そして踏み出す、大きな1歩。2
「やはり、このまま君をイデアに行かせるわけにはいかない」
僕の脚を見た彼は僕にそう告げる。
「俺には君の脚を治すことが出来ない。俺に出来ないなら、他の誰にも無理だ。そちらの世界でもダメだったんだろう?」
確かに、医者には回復の見込みはない、と言われた。
でも、神じゃないにしろすごい力を持っているであろうディオにも治せないと言う。
それは、この足は絶対に治らないという事と同義ではないか。
ディオならばもしかして……なんて淡い期待は、飲み干したホットミルクとともに消えてしまった。
「……ええ。原因がわからない上、何故動かないのかも分からない、と」
それを聞いた彼は、驚いたように目を見開き、ああ、とすぐ納得した表情を見せる。
「どうかしましたか?」
その様子を訝しんで尋ねると
「いや、なんでもないよ」
そう、笑顔ではぐらかされてしまった。
「えーっと、君の脚が動かない理由は分かるんだ」
彼は何も無い空間に人差し指を立てて上下左右に動かしながら話す。
えっと……何をしているんだろう?
彼の指の動きを追っていると、何となく何かを描いていることは分かった。
でも、何を?なんのために?
「要するに、君の脳が脚の動かし方を忘れてしまった。いや、そもそも動かないものだと認識しているのが問題なんだ」
だから、と彼は衝撃的な言葉を続けた。
「君を、イデアに転・生・させる」
……は?
あまりにも突拍子のない言葉に、思考が一瞬フリーズしてしまった。
「転生!?そんな事が可能なんですか!?」
「ああ、出来る。もう魔法も完成した」
いやいやいや、出来るって。
あなたは神様じゃないって言ってましたよね?
完全に神様の所行ではないでしょうか?転生って。
「えっと……この際出来る出来ないはもう置いておいて、なんで転生なんですか?」
「最初からやり直せば、脚を使えるようになるだろ?それに、転生してしまえば簡単に君があちらの世界の人間に見つからないだろうしね」
……確かに、そうかもしれないが……
彼は動かしていた人差し指を下ろした。
すると何も無かった空間に、白く光る魔法陣が浮かび上がってきた。
魔法陣の完成。何もわからない僕でも、それは分かった。
ディオは、魔法陣から目を離し僕の目を真っ直ぐに見つめる。
揺蕩う水面のような青い瞳は、まるで僕の心を見透かしているようで落ち着かない。
「碧くん。ここが向こうに戻れる最後のチャンスだ。一応言っておくけれど、君はどちらの世界を選んだとしても、必ず危険が付きまとう。何度も言うけど、僕は神じゃない。君を導くことも助けることも出来ない。君が、君自身の人生を選んでくれ」
転生。
僕の知っている転生という概念が正しいならば、僕の魂は肉体から離れ、イデアで新たに生まれることになる。
……そうなれば、もう向こうの世界には……
僕の人生を思い返してみる。
僕の親族と呼べる人達は皆他界していて、友達と呼べる人も、誰一人としていなかった。関わりがあったのは美術商と配達員とギルさんくらいだ。
僕は生活の中で、孤独、というものを感じたことがなかった。……いや、感じないようにしていたんだ。絵を描くことで。
今更、それに気づいてしまった。
向こうに戻ったところで、僕を待つ人間は誰一人としていない。その上、僕を巡る争いに巻き込まれてしまう。
何より、そういった争いから僕を守ろうとしてくれたギルさんの思いを裏切ることにもなる。
───あの世界が、碧、君にとって、正しく《イデア》であり、幸せな暮らしを送ることが出来るよう祈っている───
薄れゆく意識の中で、微かに聞こえたその言葉を思い出す。
ギルさんは、組織を裏切ってまで僕を助けようとしてくれた。
今度は、僕の番じゃないか?
僕が、覚悟を決める番じゃないのか?
大きく息を吸って、吐く。
さあ、覚悟を決めろ。前を向け。胸を張って明日を生きるんだ!
閉じていたまぶたを開き、真っ直ぐ彼を見据えて
「僕を、転生させてください」
新たな1歩を踏み出す決意を胸に、その言葉を口にする。
「わかった」
彼は優しく微笑み、人差し指を魔法陣に向ける。
そのまま指を横に動かしていくと、魔法陣も指と一緒に移動する。
「君をイデアに存在する伝承、『神子』の伝承を利用して世界に転生させる。まぁ文字の通り、僕の子供として生まれるんだ。だから、生まれるはずだった子供の居場所や生活を奪ってしまう心配は要らないよ。」
僕の正面にまで移動して来た魔法陣は回転を始め、少しずつ僕に近付いてくる。
「……?はい、分かりました」
正直、ディオの言った言葉の意味は分からなかった。
居場所を奪う?どういう事なんだろう?
まぁ、大丈夫だと言うなら大丈夫なんだろう。気にしないでおく。
手を伸ばせば触れられる距離で魔法陣は止まる。
「君が生まれるのは政治の安定した豊な平和な国だ。魔法も覚えられるはずだから、頑張ってみるといい。」
魔法か……面白そうだ。
おっと、そう言えば大事なことをひとつ聞き忘れていた。
「あの……そう言えば、僕の能力って……?」
僕の絵からものを取り出す能力。これが使えるならば、きっとどこかで役に立つはずだ。
「ああ、使えるよ。ただ、使いすぎるのには注意するんだよ。体は子どもなんだから」
「そうですか。ありがとうございます」
魔法陣は高速回転しており、もはや1枚の白い円盤のように見える。
「というか、本当に神様じゃないんですか?」
転生がどれほどの技術なのかは分からないが、少なくとも人間の扱える技では無いだろう。
ディオは肩を竦めて言う。
「だから、俺は神じゃない。俺は人間でも無く神でもない、言うなれば《似非神》ってところかな」
「似非って……」
まぁ、似て非なるものって事か。
「さぁ、目を閉じて。力を抜くんだ。」
目を閉じても、その魔法陣の輝きはまぶた越しにも見える。だんだん近づいてくるが、不思議なことに、それに対する恐怖や不安は一切なく、あたたかみを感じる。
ギルさんに短剣を突き立てられた時が、もう懐かしく感じる。
あの時と同じように、ゆっくりと遠のいていく意識の中で、彼の声が聞こえた。
いいかい?誰かを頼る事は、悪いことじゃない。
悩み事や迷っていることがあるならば、一人で抱え込むんじゃなくて、誰かを頼るといい。
この先、君にはいくつもの壁が立ちはだかるだろう。
そんな時、信用出来る仲間が、友人が、恋人が、家族が、君に、手を差し伸べてくれたならば。
その手を取って、共に越えていくんだ。
君は、決して1人じゃない。
絶対に、これだけは覚えておくんだ。
それは、僕が忘れてしまったもの。
僕はずっと1人だったから。
けれど、イデアでなら
取り戻すことが出来るのかな?
「あ、忘れてた!君は7歳の子供の状態で世界に生まれるよ!さすがに赤ん坊の生活を君の意識で送るのは辛いだろうからね!」
……そう言うのはもっと早く言ってくれ。
そして僕は
再び意識を失った。
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