第20話 漆黒の剣王・白銀の剣王
王の剣は花蓮先輩を貫いているように見えた。
見えたのは全員の錯覚であり、その一瞬の差が残滓として目に残っていただけである。
「はぁはぁはぁ⋯⋯」
今、俺の両手の中に花蓮先輩がいる。
「ノ⋯⋯ア⋯くん⋯?」
先輩も一瞬で俺の所に来た事に困惑しているが、俺の動揺と手の震えが伝わり現状を理解する。
「⋯⋯大丈夫ですか⋯? どこかケガなどはないですか⋯?」
「あ⋯あぁ、大丈夫だ。もしかして⋯⋯」
「えぇ、その通りです」
時の静止が起こっていたのである。
俺ではなく、花蓮先輩が死ぬ瞬間に静止した。
そして理由はかんがえるまでもなく⋯これは『審判の天秤』の作用だと、すぐに理解した。
花蓮先輩に剣が振り落とされる瞬間に、俺の心臓が燃える勢いで熱くなり静止にはいった。先輩があの時に心臓を捧げた事による恩恵と考えれば自然と納得できた。
「すまない⋯⋯私のせいで迷惑を⋯」
「いえ、先輩は何も悪くありませんよ」
俺の心臓は未だ鼓動が早く、手が小刻みに震えているのが分かる。
「何をやったかは知らぬが、よく守ったではないか! ただ、ここからその女を守りながら戦えるかのぅ」
「ちょっと黙ってくれませんかね? それと安心して下さい。俺はもう⋯⋯あんたを敵と判断したよ」
「ふむ。だが、その女が死んだ方が力が湧き出るじゃろう?」
「⋯⋯はぁ⋯⋯くだんねぇな⋯。マジできちぃわ。もう喋んな。力だっけ? んなもん見せてやるよ。こんな下らない力で良ければいくらでもな⋯」
フィスを解除し、花蓮先輩の肩に乗せる。
「少し待ってて下さい」
俺は、怒りを吐き出す場所まで我慢させながら王に歩いて近づいていく。
「なんだ? 無防備で歩いて策でもあるつもりか!」
「そもそも策なんていらねぇっつーの。お前のそのムカつく顔を普通にブン殴るつもりだけだし」
俺はただ、あのアホに向かってまっすぐ歩いていく。
「ガハハ、まだ分からんのんか? 出来るものならやってみい!」
数多の剣を出し、俺に向かって飛ばす。
それを避ける事もせず、全身で浴びるようにして全てを壊す。
「?! なんじゃ? 一体何をした!!」
剣を2つに分けて、剣刃を飛ばしてくるが、これも避ける事もなく全身で受け止めて壊す。
「なんだ! なんじゃ! どうなっておる!!」
上に向かって剣刃を飛ばしまくり、一定量を溜め込むと、俺に再びアポクリファで攻撃をする。
そして、これも全身で受け止めて、破壊する。
「てか、あんた⋯剣王の何を知っているんだ? 何を見たんだ? 剣王は剣技が凄いんじゃない。剣の道を極めたのが凄いんだ。剣技が生まれるのは実力のある敵と戦った成長の証であり、幾度も何度も使ったり見せるような技じゃねぇよ」
ちなみに1度目のアポクリファで左腕を傷ついたのは、自分からした『わざと』である。あの時、結局静止状態に入ったのだが、時の静止をバラすと⋯あとあと各国から狙われる可能性などもあったので、あえて自分で傷をつけた後に王の後ろに回り込んで、止血代りとしてフィスに左腕を巻きついてもらったと言うわけである。
その後に未来視の話をした事で、静止の信憑性を王から取り除く為である。
「なんだ⋯⋯なにをしているのだ⋯貴様は!」
「何って、手品さ。俺の力を見たいといったろ? これは⋯⋯俺に向けられる攻撃に関しての無効化かもしれないし、このマジックブレイカーのもう一つの能力かもしれないし、ただの幻覚を見せているだけかもしれないが、俺はあんたみたいに酔狂な人間ではないんでね。わざわざタネを明かすような真似はしねぇよ」
「ならば! 望み通り剣で斬り伏せてやるわ!!」
「やっと⋯俺の手が届く殴れる距離まで来てくれたか⋯」
「ッグォ⋯」
次の瞬間に、王の斬撃は見事に空振りし、そのまま俺の拳が王の顔にめり込む。
大したダメージになっていないので、多少後ろによろける程度で追い討ちをかけようとする。
「一発入ったぐらいで調子に乗るな!!」
そのまま横薙ぎにするが、それも空振りをして二発目のパンチを喰らっている。
そこから何度も何度も俺を斬ろうとする度に空振りをして、その都度パンチが王の顔に入っていく。
王の方もダメージが少ないのもあるが、剣王が後退する事の恥ずかしさと一回後ろに下がるべきとの迷いに葛藤している様子であった。
そして、その時が来る。
ダメージが少ないとはいえ、毎回頬を殴られれば誰でも脳がグラつくのが当然であり、膝をガクガクとなり王の腰は地面に落ちる。
「で? まだやります? どんな事をしようが、今のあんたじゃ、俺の手品を見破れねぇよ」
「お⋯⋯あ、ワシが⋯⋯下⋯」
最初はずっと優勢だった。何をしても優勢だったのに、その数分後には拮抗状態に戻る。さらに目の前にいる男は、自分からは軽いパンチをしてきただけでなのに、今はなぜかワシを見下ろしている。
なにがどうなってそうなるのかが、頭でいくら考えようが、答えが出ず理解できない王様の研究者としてのプライドはズタズタなって崩れる。
「⋯⋯みとめん⋯」
「ん?」
「認めん。認めれるわけがなかろうが!!!」
プライドより本能が動き、剣王が後退をする。
「許せん。ワシが! この新剣王が! 目の前にいる雑魚に後退するなぞ!!!」
「なんだ⋯まだ⋯殴られたりないのか?」
「黙れ! もう、これ以上はさせん! これだけは、もう少し調べてする予定だったがもうよい!!」
新剣王と言ったのにこの醜態。舐めてかかったのもあるが、それ以上にこやつが運ではなく実力で生き延びていたのを実感した。
「今から見せる技で最後じゃ!! もしこれを繰り出した上でまだ貴様が立っているなら、ワシの負けと認めてやる!」
右手で顔を触ると兜が装着される。
「前剣王が使うことを躊躇ったほどの禁技(きんぎ)だ。この剣王の全身鎧に刻まれた竜言語の文字を使い初めて使用可能な技だ」
(剣王が躊躇った⋯⋯それって、確かアポフィスが言っていたものがあったな⋯)
鎧の各部位から赤い文字が浮かび上がり、空間に溶けていく。
すると、徐々に空が赤く染まり、時を刻む音が皆の耳に囁くように響きはじめる。
そして、刻む音は徐々に潤滑油が切れたかのように鈍くなっていき、全員の動きもそれに合わすように動かなくなっていく。
「ワシを誘(いざな)え!! 全てが静止する世界へ!!」
空間が凍結する。
慌てて逃げようとしたのか、観戦者の動きが鈍くなったときによろけてコケそうになった人間が中途半端な角度で止まっている。
そして、テーブルからコップから溢れた液体もすべてが空中で止まっている。
「は⋯ははは! わははははは!! 成功じゃ! かつての剣王が躊躇ったと言われる技をワシがやってのけたのだ!!」
歓喜に満ちて大声で笑っているが、誰からの返事も賞賛もない静寂な空間。
「さて、まずはあの娘から殺してみようか。その後、あやつが気づかぬ間に死んでいると気づいた時の顔が楽しみだ。いや⋯まてよ? ただ殺すでは面白くない。手足を切り取り付け替えて様子を見たほうが、あやつもより絶望に陥るか⋯」
独り言をブツブツと言いながら、どうすればいいか考えている。
「まぁよい。ひとまずは女を捕まえるか」
女の方を見ると、その女の前に黒く赤いラインが特徴的な人の形をした何かが立っている。
「なんじゃコレは⋯⋯それに小僧はどこにいったのだ?! まさか⋯⋯コレがあの小僧なの⋯⋯か」
何がどうなっているのかは分からないが、これは歪だと確信し、女を殺して様子を楽しもうとしていた考えが、再び正気に戻される。
この小僧はすぐに殺すしかないと判断をして、剣を構え斬りかかろうとすると、黒い影の指が動き始めた。
「ま⋯⋯まさか⋯」
指が動くと次は腕、腕の次は身体、そして全身まで及ぶ所で紅い眼が開く。
「ん〜。やっぱ時を止めたか⋯⋯」
自分の身体が気にはならないのか、焦りも興奮もない口調で喋っている。
「な⋯なんじゃ⋯⋯きさま⋯は⋯なぜ⋯静止した⋯この世界に入ってこれる⋯⋯」
もはやこれは畏怖以外なにものでもなかった。
人がおおよそ辿りつけない領域であるはずの静止した世界に唯一入ったと確信した王⋯⋯。
⋯だが、最弱で召喚された者が、さも当たり前のように領域にズカズカと足を踏み込んでくる。
「何でだろうな? 最弱だからじゃないか?」
「ふざける⋯なぁ⋯! 分かるか? この静止した世界は人が入ってこれる領域ではないのだ」
「でも、あんたもはいってるよな?」
「ワシは既に人ではない! この世界に入った事により剣王を越え剣神となった」
「⋯しょうもな。剣王でも剣神でもどうでもいいんだけど、俺がここに入ったのなら⋯俺も結局はそういう事じゃないのか?」
「愚か者めが! 何もしていないやつが人を既に超えたじゃと、自惚れるのもいい加減にしろ!」
「何もしてないっつーか。あんたの言い方から言わせてもらえれば、剣王の撃破、アポフィスの撃破、誰も成し得なかった事をしたんじゃねぇの? それにその全身鎧(ガラクタ)だって、俺が渡さなかったら手元になかったもんだろ? 中にいた剣王の身体を再利用して強くなったって、根本的な部分はしょぼいままだろ? それで剣神とかいわれてもしょうもないぐらいの感想しかねぇよ」
「ぬぐっ⋯⋯⋯そうじゃな⋯。⋯認めよう。確かに貴様がいなければ何もならなかったな⋯。なら、今ここで貴様ーーいや守乃白鴉を超えさしてもらおう」
もはや力量をしらずに自惚れていたのはワシの方だと理解した上で、ここで越えなければ自分の先はないと感じる。
「⋯⋯いいだろう。ならば、俺も全力でいくと言いたいが、悪いけど相手は俺じゃない」
「どういうことじゃ?」
「いや⋯さっきから神剣【クロノス】が、求めてるんだ。剣王ーーいや剣神との戦いを」
(つか、吸収されたはずなのに、意思だけで舞い戻ってくるなんてどんだけ強いんだよ⋯)
黒影モードから剣王モードになる。
「お⋯⋯おぉぉ。まさか⋯そういう事だったのか」
その場に同じ全身鎧が立っている。
片や、白銀の甲冑を纏いし剣神。
片や、漆黒の甲冑を纏いし剣王。
【よもや、この静止した世界に足を踏み込むとは、その心意気は認めよう】
「⋯本物の剣王なのか」
【『元』だな。今は貴殿が『剣神』なのであろう? 我は敗北した時に、この少年の先を見たくなったゆえ、もう表舞台に立つ事はないと思っていたが⋯⋯野心のみでこの地に立ったのだ。褒美として、我自らがこの地に相応しいか見極めてやろう】
神剣を構えるだけで、大気が振動する。
「まってくれ! なぜ、あなた程の人物が最弱のあの少年に加担しているのだ」
【愚問だな。その理由を聞いてどうなるというのだ? これは少年が、ただ私が試したいという我儘を聞きいれただけの結果であり、これ以上なにも変わらん事象だ】
(アポフィスと剣王⋯⋯似てんな⋯)
少し前に、アポフィスに同じような事を言われたのを思い出す。
「そうか⋯ならば、最強と呼ばれた剣王の実力⋯⋯どれ程のものか楽しませてもらおう」
王も剣を持つと大気が震える。
お互いの姿が、一瞬の内に消え、中間あたりで剣と剣がぶつかり、最終戦が火蓋を切って落とされた。
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