第14話 剣王とアポフィス
辺り一面全てを白く塗り潰す光は、一匹の黒竜に収縮し大爆発を起こし周辺を全てを消滅させる。
が、収縮する一歩手前で時が静止した。
「⋯⋯静止?」
これはノアがまだ危機感を抱いてはおらず、収縮が終わり爆発が起こると、それで終わるという事を表しての静止であった。
【⋯⋯なにをしておる。女子とまぐわう程の緊張感の無さは⋯】
「いや⋯⋯違う⋯俺からでは」
【言い訳をするな。事の一大事の時に⋯⋯どちらにせよ。そういう行為は一方的に男が悪いと思え】
「なんで会って早々に説教なんだ⋯。ってか、傷が治っている??」
近づいてきたアポフィスの後ろには、ズタボロのアポフィスが静止していた。
【コレに私の全てが収縮されている。気にするな、アレはもうただの肉塊だ】
「静止中に動けるなら⋯最初に会った時にも動けたのか?」
【無理だろうな。我が主人であるクロノスでさえ時の静止は使用をしなかった⋯いや、出来なかったか⋯】
「それは、どういう⋯⋯」
【なにも変わらない会話ほど無意味な事はないと思わないか? お前がやるべき約束は前(とう)にしたであろう?】
「それはお前が勝手にだろ?」
【それでも良いだろう? どちらにせよ。選択肢も時間もないぞ?】
「本当にそれしかないのか⋯⋯? お前なら他に⋯⋯」
【愚問だな。やる気が起こせないのであれば、後ろにいる奴らを殺してやる気をおこさせてみようか】
アポフィスの紅い龍眼が一瞬輝く。
嫌な感覚と共に黒影モードで3人を咄嗟に動かすと影から牙のような槍が地面から生えていた。
【どちらにせよ爆発が起これば、恐怖心を味わいながら一瞬で塵と化す。なら、時が動く前に殺しておいた方が慈悲であろう? お前が俺を殺さないというのはそういうことだ。それを拒否するのであれば、お前の全力を持って我を殺してみろ】
「言いたい事はわかった。結局、お前は死んで楽になりたいだけなのか? それとも⋯⋯」
【先程も言ったであろう? 運命が変わらない会話ほど無意味なものはない。その先を話したところでやるべき事は変わらない】
「まぁ、そうだよな。結局やるべき事は変わらないか⋯⋯その通りだよ。なら、俺は俺の先にある目的の為にお前を喰おう」
剣王モードに入る。
【それでいい。この先にある選択は何を選ぼうがお前の自由だ。お前が見ているこの世界はまだ狭い。今は生き残る為に必要な判断だけをすればいい】
黒竜の眼が真っ赤に燃え上がると、竜鱗が逆立ち劔の様に形状が変わっていき、身体中から火の粉みたいに紅い粒子が翼のように舞い上がる。
【そして、やる気を出してくれたのだ。ここからは我が全力をもってお前に問う事にしよう】
飛び舞う赤い粒子が結束していき黒竜を包み込むと紅龍が姿を現した。
一目で分かるほど⋯⋯紅龍のその巨体は歩くだけで地震を起こし、尻尾は全てを薙ぎ払う暴風、その両腕は強靭な劔と大爪で出来ており、触れる物全てを刈りとる為のものだと想像させられる。
紅鱗からは赤い粒子が止めどなく溢れており、空中で結束し数多の劔となっていく。
「おいおい⋯⋯たかだが⋯⋯人間相手に大人気なくない⋯か? そもそも死をのぞんでいるんじゃなかったのかよ」
圧倒的な存在感に、言葉の通りに圧倒される。
目の前にいるのはゲームなどでいえば、間違いなくラスボスとしか思えれない。
(いや⋯思えれないじゃなく⋯⋯こいつ、絶対にラスボスだろ⋯)
一目で分かる。これは人が触れてはいけない天災、禁忌、混沌そういう類なモノであると強制的に認識させられる。
【我からにして見れば、お前の方が化け物だ。人が決して辿り着く事がない静止した世界に、人如きがその身を置いているのだからな!】
数多の劔が360度から襲ってくるのを、神剣で喰っていく。
魔力の劔であるのが幸いであり、マジックブレイカーもとい魔術喰らいで次々と無効化していく。
神剣の中に魔力がグイグイと溜まっていくのが分かる。
剣王はこの世界では、全ての剣技を使えると言っていた。それは剣王モードに入った時に、彼の全てが流れてきたから分かっている。
ただ、そこには剣王が使っていた魔法情報もあったのである。
【劔を壊す程度では我の場所までは辿り着けんぞ】
「いや、そうでもない。アポフィスのお陰で魔力(はら)が一杯になったからな!」
剣を地面に突き刺す。
【終末黙示録(アポカリプス)】
地面から剣山が突き出て、数多の劔を砕いていく。自分の周り全てに突きだす為、周辺が見えなくなるが劔の殆どが砕けている所を確認すると紅龍もダメージが入っていると感じる。
攻撃が止んでいる事に安堵する。
【ホッとしたか? その技は剣王が使っていたのを見た事がある。瞬発性の技だからな上下には強く横からは脆い】
そう言いながら、両腕で剣山を砕きながら、そのままノアに腕を振り落としにいく。
「かかったな! それぐらい知ってる。そしてお前がその隙を突いてくる事もな!」
【天楔(スレイプニル)】
振り落としてきた腕に、魔力を込めた神剣で受け止めると、紅龍の身体中から紅色の鎖が生え動きを止める。
【ぐぅ⋯⋯ぉ。この技は⋯⋯】
アポフィス自身の紅い魔力で戒め状態に陥る。攻撃でもなくただの動き止める技であり、属性無効化なども一切受け付けない。
そして、ここから剣王が使っていた、たった一秒あれば出せる連携接続技がある。
それは、敵の魔力で束縛された天楔は身体を通して繋がっており、天楔ごと破壊する事で相手の神経回路、魔術回路などの生きるために必要な器官を壊す技。
【瞬勁】
魔法構築していた回路が壊され、紅龍を現していた紅鱗や両腕の劔が砕けて、元の黒竜に戻る。
【これも⋯また⋯何かの縁か⋯⋯まさか、この技選ぶとは⋯⋯な。ククク⋯⋯まぁ、最後まで我を殺そうとしなかったのは残念だが、その甘さもお前の良さとしておこう】
瞬勁(しゅんけい)は、他に『終勁(しゅうけい)』『瞬勁殺』とも呼ぶ。後者の二つはどちらも確実死であり、死ぬまでの時間的猶予があるかないかだけの差であり、瞬勁だけは自然治癒での数日で修復可能レベルの勁破壊である。
「これでお前も助けれるよな? 色々聞きたいことがあるし今死なれては困る。それにゆっくり話もしたことがないしな」
【ククク⋯剣王が気にいるはずだ。似ているのだな⋯お前達は⋯。ゆっくり話せるなら話してやりたいが残念だ】
黒竜の身体が徐々に飛散していき、神剣へと吸い込まれていく。
【この身体は全てを収縮したものと言ったであろう? とうにこの身体は滅んでおる。ただ、その剣のお陰か、我の全てを喰ってくれたことに感謝する】
「お⋯おい⋯」
結局、結果は変わらないでいた。声をかけようにも崩壊具合からみて喋る時間はもう無いであろう。
【⋯⋯そういう事か。悲観するな。我としては十全な死に場所だ。その剣⋯⋯いや⋯クロノスが我を呼んでくれたのだな⋯⋯】
最後は俺にいったのか、剣王が見えているのかは分からないまま、黒竜の全てが神剣に吸い込まれると、頭には黒竜アポフィスによる情報(プロフィール)が刻まれていく。
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アポフィス=ウォーカー
闇を歩む者・混沌・天災と称された黒竜。
だが、それは人間側からみた結果論であり、アポフィス自身は生きる為に動いてただけである。
食欲旺盛だった黒竜は大きな獲物を好んでいた。それはただ食いごたえがあるからという理由であり、時には自分の数倍もある獲物にも食いかかるが、それは自分が強いという自負からではなく、全ては弱肉強食という本能の元からきていた。
ただ、その狙っていた獲物の中には人間達が早急に討伐しないと被害がでるような獲物もおり、たまたま、それを目撃した人間達がアポフィスまで天災級の魔物として討伐対象に入れたのである。
討伐対象となったアポフィスに、人間が襲いかかる。が、それを容易く返り討ちにするが決して命まで取る事はなかった。
アポフィスにとって、殺すという事は食べる事であり、食いごたえの無い人間を殺す事は無かったのである。
挑んでも殺されないという噂はたちまち広がり、挑む人間が増えていく。
人間がどれだけ増えようが関係のないアポフィスだったが、いつまで経っても飽きない人間に嫌気がさし、武器を奪う事にした。
殺されない天災から、数々の財宝を守る黒竜と呼ばれる頃には挑む人間も少なくなっていた。
どんなに挑んで殺されない竜でも、挑む度に高価な武器が奪われ、いつしかアポフィスに効果的な武器は全てアポフィス自身が持っていたからである。
再び平穏が訪れたと思っていたアポフィスに、ある青年が勝負を挑んできた。
「お前、強いんだってな! 勝負しようぜ!」
隙をついたり、罠を仕掛けるのが殆どだった中、堂々と真正面から挑むのは初めての事であった。
青年の名はクロノス。
異世界から来たと言った青年は、後に剣王と呼ばれる男になる。
実際に戦って見ると、とんでもなく強く、初めは舐めてかかっていたが、いつしか本気で向かっていた。
【終焉(ラグナロク)】
これが、紅龍になる技の名称である。
後に剣王がつけた名前だが⋯この時はまだ、ただの全力モードであった。
まさか人間に対して全力を使うとは思っていなかったアポフィスにとっては驚愕の出来事である。
更にクロノスはアポフィスの魔力を使い天楔(スレイプニル)からの瞬勁でアポフィスを見事に撃破した。
負けたことが無かったアポフィスにとって、それは初めての敗北であり、アポフィス自身もそれを受け止める。
弱肉強食の中、クロノスにトドメをさせと言ったが却下され、笑いながら青年は言う。
『お前のお陰で面白い技が2つも閃いた。ありがとな! で、相談なんだが、死ぬぐらいならお互い対等の立場として、一緒に世界を回って遊ぼうぜ!』
相棒としてアポフィスを誘ったクロノスは、その数年後、英雄と称賛され世界に名を知らしめる事になり、さらにその未来には不敗の剣王と呼ばれるまでに至る。その剣王の側には相棒としてアポフィスも常にいた事により、彼らは絶対的な強者として語り継がれていったのである。
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結局の所、アポフィスは最後にもう一度だけ剣王に会いたかったのだろうと思う。
時の静止も、俺が生命の危機に入った瞬間にアポフィスが横割りをして細工をしたのではなかろうかと思う。
アポフィスの目的通りに、剣王に会えたかは分からないが、この神剣の中に二人の魂だけは入っている事だけは確実なのである。
(ってか、剣王も異世界から来てたのか⋯)
【黒竜召喚】
そして、その言葉が脳裏に刻まれると、時の静止が解除された。
収縮していた光は残滓だけが一瞬残っていたが、それも肉塊に入る事もなく消滅する。
「ノア君⋯い⋯一体⋯どうなったんだ? もしかして⋯終わった⋯のか?」
花蓮先輩が恐る恐る口を開いてはいるが、ティヤとサラも含めて終わったと感じられずに真っ青な顔を未だにしており、先程まで慌ただしかったのに反して、闇夜の静寂だけが全てを物語っていた。
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