第13話 アポフィス

 日が沈み、森が月明かりに照らされる。


 ノアが双子と出会った場所にあった洞窟に月明かりが照らされていたが、再び黒く塗りつぶされ、そこから全身、黒鱗や黒皮がズタズタにされ赤い身が曝け出されている竜が現れる。


 赤い身は、黒鱗に押し出される様にはみ出るとそのまま鱗によって切られて地面に落ちる。


 落ちた身は腐敗したようにグチュグチュと溶けていき、どす黒く変色した後に爆発した。


 黒鱗や黒皮で爆発によるダメージはないが、曝け出している赤い身は別であり、動く事を余儀なくされる。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 既に喋る事も出来ず、声にならない空間振動という咆哮をすると、辺り一帯の鳥達が一斉に飛び立つ。


 黒竜の眼は白濁しており生気は感じられはしないが、ただーーただ、人間に弄ばれた黒竜は闇に紛れて目的地へとむかっていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 エルフ村のみんなとこれからの行動を話し合っていると、急に全員が立ち上がり同じ方向を見た。


「⋯⋯⋯⋯」

(な⋯なんだ?)

 その方向を見ると鳥達が一斉に飛びだっている。


「先輩? みんな急に立ち上がって飛び立つ鳥を見てるけど⋯俺もやった方がいいんですか?」


「き⋯君は何も感じないのか?」


「⋯? ⋯えぇ」

(そういえば、みんな険しい顔をしてる⋯)

 一人だけしてないのはおかしいという事で、俺も立ち上がり険しい顔で鳥達を見ようとすると、それに合わせたかのようにエルフ達が騒然とする。


「どういう事だ!! この魔力量は!!」

「再びアレが戻ってきたのか?! それにしてはこの未だに膨張する魔力はおかしいだろう!」


 これからの話をする前に、すぐに男性エルフと女性エルフが数人程、村を出て偵察に行く。


「なに? どういう事??」

 のっけだよ! 俺一人のっけだよ! 一人だけ完全にアウェーのKYだよ!


 結果、一人状況のわからない状況で放置されているので、険しい顔をしつつ、一人頷きながら同化するように雰囲気を醸(かも)し出していた。(つもりでいる)



「何をしているのだ。こんな状況の中を君は⋯⋯」

 長い⋯長く感じた数分後に花蓮先輩が、俺の一人相撲にやっと気づいてくれる。


「せ⋯先輩、やっぱり俺には先輩が必要らしいです」

 長かった数分から解放された俺は⋯甘えたような顔をしていた。(らしい)


「なっ!! この状況だからか⋯⋯この状況だから危機的生存本能で子孫を残そうとしているのか?!」


 キョロキョロと辺りの様子を伺っている先輩の姿を見て後悔し一気に感情は冷える。


「いや、子孫を残すとか思わず、ただのアウェー感が辛かっただけです。しいていえばペットでもいれば大丈夫でした」


「ペットなら、今は材料がないからどうする事も出来ないが後でいくらでも私がなってやろう」


「いや、そういうペットはいらないですから。それよりも説明が欲しいです。みんな慌しくなっている原因を⋯」


「本当に分からないのか?」


「はい⋯」


「なるほど、簡単にいえばさっき鳥が一斉に羽ばたいた場所に強力な魔力反応があったんだ。それが急に出現したから恐れたんだ」


「なるほど。けど、やっぱり俺にはなんにも感じませんね⋯⋯」


「それならばいい。実際、表には出さないように癖がついているお陰でそうは見えないが、本当は怖いんだ」


 手を重ねると小刻みに震えているのが分かる。


「本当だ⋯」


「学校でみんなの前に立つ時も本当はそうだぞ? ただ、そうしているだけで本当はいつも心臓でドキドキなのだ」


「⋯⋯⋯先輩」


 いつものキリッとした先輩の顔に不安が混じっているのが分かる。

(こういう場合は抱きしめたい方がいいのだろうか⋯⋯)

 目の前にいる女の子が、か弱く感じ不安を取り除こうと抱きしめようとすると、外から双子の声が聞こえる。


『お姉ちゃん、偵察している仲間から連絡あったよ』


「そうか、すぐに行こう。ノア君もいくぞ」

 外に不安を微塵にも感じさせない先輩の言葉に素直に尊敬する。

「⋯⋯⋯えぇ」


 村の広場では既に出来る限り武装したエルフ達が待機している。


『やっぱり、お兄ちゃんに出会った時の黒竜だったよ。ただ、既にあの時の面影はなくズタズタみたいなの』


「黒竜ってアポフィスか?」


『うん。眼は既に見えていないし、言葉も通じないから、魔法で動きを止めようとしたけど⋯⋯一切の回避行動もとらずに一直線に向かっているみたい』


「向かってるってどこに?」


『ここだよ。ズタズタになっているから肉が削ぎ落ちてるんだけど、少し時間が経過すると爆発する事からクリスタル化の時限爆弾にされているんではないだろうかと推測するって言ってる』


「時限爆弾って⋯⋯そんな技術あったって事は先輩の時ももしかすると⋯」


『しようとしてたらできてたと思うけど、あの時はお姉ちゃんの一撃で準備する時間が取れなかったんだと思う。自分達は死にたくないんだしね』


「なるほどな」


『それよりもお兄ちゃん、出来る限り遠くに避難して下さいだってさ。黒竜の魔法質量で爆発が起きた場合、かなりの広範囲で消滅するだろうって』


「して下さいって、おまえ達はどうするんだ?」


「私達はどこにいっても死ぬ運命しかないから、出来る限り黒竜の肉と魔力を削ぎ落として爆発力を緩めるで一致したよ。私達はお兄ちゃんについて行っていいって言われたけど⋯⋯みんなが戦っているのに逃げる事はしたくないから⋯⋯みんなについていく事にしたの⋯。ごめんね、お兄ちゃん」


 ムカッとしたので、双子にチョップする。


「お⋯おい、ノア君!」


「ってか、なんで俺らだけが逃げる前提になってんだよ? 今更、城にもどったっていいことになんねぇんだし。俺らの事も使えそうなら使え」


『で⋯⋯でも』


「いつまで人間様を優先にしようとしてるんだ? 俺らも城の奴らと同じように見えるのか?」


 頭を抑えながらブンブンと横に振る。


「俺らは対等だ。それ以上それ以下もない。分かったらさっさとエルフ達に伝えてくれ。人間が二人程、参加するってな」


「カッコイイ⋯ノア君に◯れる」


(後ろで何か変なキーワードが聞こえたが無視しておこう⋯)

 ってか、やめてほしい。いい場面が台無しじゃないか?

「それに、個人的にはアポフィスにも用事があるしな。村には俺一人でいいから、他のみんなはアポフィスの魔力削ぎに出てもらってほしいと伝えてくれ」


「だめだ。私も残る」


『私たちも!』


 駄目といっても残るつもりなのだろうと感じさせる眼差し。


「わかった。けど、俺の前には絶対に立とうとしないでくれ。絶対に俺を盾にするつもりで動いてくれ」


 3人共、能力を知っているので頷いてくれた。



 

 それから時間が経つにつれて、爆発音がどんどん近づいてくる。


 村には、俺と花蓮先輩とサラとティヤだけが残っている。


 俺の持つマジックブレイカーの負担を少しでも減らすためにエルフ達は総員で黒竜の魔力を弱める事にし、ここに辿り着いた時点であとは俺次第となる。


「あ〜緊張する」

 静かになった村で、刻々と近づいている黒竜を待つ時間が長く感じる。正直に、なにか言葉でも放たないと重圧(プレッシャー)に押しつぶされそうになる。


「なら、気晴らしに壊れないプリンでも揉んでみるか?」

 俺の手を取り、胸に押し当てる先輩の鼓動もとても早かった。

「分かるか? 緊張や怖いと思う方が正常の証だ。私の言葉では気晴らしにはならないだろうが少しでも和らいでくれると嬉しい」

 少しでも元気付けてくれようとする先輩に感謝するが、さすがに胸の感触が極悪なので手を離そうとするが⋯⋯。


「っん! そこっいい!」


 などと言いつつ、いつのまにか俺の手を使い、巧みに胸の撫で回す様に動かしていた。(あえて感じていたとは書かない)


「⋯⋯⋯なら、今の状況でそういう行動を取れる先輩は正常ではないという事なんですね⋯」

 ひとまず手を離そうとするが、結構な力で離れない。


「何を⋯いう⋯ん。先程、言った様に危機的生存本能が子孫を残すために起こしておる⋯正常な行動だ。強大な魔力反応がすぐそこまで来ているんだ⋯⋯これは至極当然な反応だ⋯」


「それは流石に⋯⋯嘘だって分かります⋯見てください。サラとティヤがいい証拠です」


 双子を見ると、二人とも頬を紅くさせながら凝視している。


「え? 二人とも⋯⋯そうなのか」


『うん⋯⋯そうだよ。けど、お姉ちゃんの後でいいの。私達はそういうの習ってない⋯」


「習ってるとか、そういう問題じゃない気がするんだが⋯」

 なに⋯。おれがズレてんの?? 普通ならヤバイと感じると性欲が増大するのか? 


 などと、考えていると先輩の行動が更に早くなり、3人の顔が青ざめる。


 動かしていた手は止まっており、持つ力も支えている程度であった為、離して後ろに振り向くと黒と赤に染まった竜がいた。


 俺と対峙したのか、目的地まで来たからなのか、白い眼がぐりんと動き、赤い竜眼が現れる。


【⋯⋯⋯見つけた。さぁ⋯⋯いま⋯⋯こそ⋯⋯約束を⋯】


 カチリと何かがハマった感覚がすると、アポフィスの身体が真っ白に輝く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 王城のテラスにて、王が片手にグラスを持ち興奮気味に白い発行色を見つめていた。

「これじゃこれ!! 生命を使った光とはなんと綺麗なものか!! みておれ! ここからこの白い輝きが収縮した後、物凄い爆発が起こるぞ!!」


 グラスの酒を一気に飲み干す。


「ここまでくれば、マジックブレイカーを使おうがふせぐ事は不可能じゃ! 持っている腕ぐらいは残るかもしれんが他は消滅じゃ! がははは!」


 一時(いっとき)も目を離す事もなく、酒をグラスに注ぎ、その光景をツマミにして酒を飲んでいく。




「悪手ね。爆発の威力を弱める為に動いているようだけど、あからさまにな火力不足。相手の速度もあるけど、原因がわかってるならもっと対応の仕方があったのでしょうに⋯⋯ノア君、本当にこれで⋯さよならなのかしら?」


 イオは王城ではない場所から覗いていた。


「もしこれが剣王であれば、辿り着く前に勝敗がついているんだろうけど。爆発の鍵が作動している中で何かができる⋯⋯? もし⋯⋯もし、仮にこれで防げるなら、ノア君の能力(スキル)は後出しの様なものと想定できる⋯⋯」

 ただ、後出しとはいえ爆発に対応出来るものに対して思い浮かぶようなものは何もない。


 勝敗は既に決していると頭では思ってはいるが、それでもイオはノアの何かを期待してその先を見届けるつもりでいた。

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