第10話 大熊

「にしても、はじめは森と思っていたが、地形がめちゃくちゃだな」


 地図を見るとエルフ村の真後ろの方向だが、結構高い絶壁であり村をグルリと回らないと行けない。

 食料印はそこまで遠くなかったが、森に入り歩くとすぐに急勾配にさしかかり、なかなか距離を稼ぐ事が出来ないでいた。


「けど、少しだけ身体は軽い。これはエルフのお陰かな」


 普通だったら既にヒィヒィと言ってると思う。


 更に距離を稼ぐと、周りからガサガサと音がなり「グウゥゥゥ」と獣の声がする。


「狼か⋯」


 一瞬立ち止まった瞬間に、周囲から狼が襲ってくる。


 時の遅速を使い状況を把握すると、あからさまな時間差攻撃を仕掛けてきていた。


 戦闘開始直前に1匹が姿を現していたが、その後ろに数匹の狼、そして更に後ろにまだ狼が待ち構えていた。


(知能が高いな⋯)


 最初の一匹目は牽制で、近づこうとしたら後方にゆっくり下がろうとする。

 すると、次に向かってきた数匹は撹乱で、最初の狼に注目している俺の背後や側面から脚の間を走り抜け、左右に意識が向いた直後、最後に待機していた狼が真正面から首に噛みつこうと飛びかかってくる。


 遅速のお陰で、俺に作戦というものは効かない。


 そのまま飛びかかってきた狼の頭を下から上にナイフで突き刺すと、そのまま着地に失敗したかのように地面に落ちピクピクと痙攣していた。


「アウォオオオオオオン!!」


 後方で一際大きな吠え方をすると、小細工抜きで全員が襲ってきた。


(あれか⋯)

 後方で一際大きい狼がこちらを凝視していたが、狼の群れで近く事は出来ない。


 遅速を使い、次々と狼の足を斬りつけていく。


 本当は切断が出来たらいいのだが、どうやら狼による補正値が入っても俺の力では骨を断つことは不可能であり、一匹ずつ頭を刺していくのも効率が悪かった為、ちまちまと斬りつけて行くしかなかった。


 多勢に無勢なのに、仲間達がなぜか次々と斬られていくのを目の当たりにする狼達は、少しずつ怯えはじめ一歩ずつ後退すると、一際大きい大狼が苛立っている様子で前に出てくる。


(やっと出てきたか)

 大量の狼を殺せず次々と斬るだけで、殺したのは最初の一匹だけである。そして、ここがポイントで頭の偉い動物であれば一際大きい自分なら倒されないと考えると思っていた。


 ボスが大きな咆哮で叱咤すると、大量の狼達が再び襲ってくる。その狼の相手をしているとボスが隙を見計らって頭を噛みつく寸前で時が静止した。


(確かにこの口で⋯この勢いで頭を噛まれたらブチンと千切れてもおかしくはないなぁ)

 ナイフを神剣に変化させると、そのままボスの首を斬る。


 時が動き出すと、噛み切るように口が閉まるが、それはただの反射でありボスはそのまま頭と胴体が離れながら地面に激突して死んでいた。


 その様を見た狼達はその場から散り散りに走り去っていく。


「よし、うまいこといったな」

 ボスの死体は持ち帰るとして、ひとまずは目前にある果物を取ることにする。


 果物を取っていると、少し離れた所でズンッと音が鳴る。


「なんだ? 今の音」


 遠くで鳥が沢山飛び立った後、再びズンッと次は簡単な地響きを感じる。


「さっきから何の音だよ」


 遠くから狼の吠えた声が聞こえたが、すぐに消え去った。


「狼達が襲われてるのか⋯」

 そりゃまぁ、傷がついてるわけで血の匂いはしてるから襲われてもおかしくはないだろうけど。


「ん〜もう少し果物をとったらさっさと帰るか」


 果物をある程度採り終え、急いでさっきのボスの所に向かう。


「あれ? ボスの死体がない⋯」


 さっきまであった場所には血しか残されていなかった。


「まじかぁ〜誰かが持って行ったのか⋯」


 などと、思っていたら目の前に熊が出現し絶句した。


「⋯⋯⋯⋯⋯oh」

 

 言葉を発したつもりはないが、人間本当に絶句していても反射的に声が出るらしい⋯。


 そして目の前にいるのは熊だ。まぁ100歩譲って普通の場合でも驚くとは思う。思うけど、なんか異様にでかいんだけど⋯。


 3メートル級の熊が眼の前に立っており、よく見ると手にはさっきのボスと思われる狼の下半身があった。


 もはやこれは熊ではない。熊っぽいクリーチャーである。


 双子の絵で、確かに熊は逃げろって書いてあったけど、大きさも表現して欲しかった。


「グォォォォォォォォォォォォ!!!」


 咄嗟に耳を塞ぐと、前足を大きく上に持っていき同時にそのまま振り落とす。


 遅速でそれを回避して後ろに下がったが、前足を地面に落とした瞬間にゼロ距離加速でタックルをかました所で時が静止した。


 タックル一撃=死であるらしい。


 大熊から距離を取り急勾配を下りていく。


 タックルに手応えが無かった熊は、すぐに周りを見渡し匂いを嗅ぐと俺を追うように走りはじめる。


「うひぃ〜。ってか木がなぎ倒されていってるじゃん」


 こいつも頭がいいのか? もし、そうだとすると今からやろうと思っている作戦が失敗になるかもしれないな。


 大熊が追いつき、巨大な爪で二度目の静止。


 その間にナイフで大熊の両目を斬る。


 叫ぶ大熊。だが、けして戦意喪失をする事はなく、その大爪で無差別に木などをなぎ倒して行く。


「さぁ! かかってこいクリーチャー!」


 あえて挑発をすると、その音に反応して一直線に俺に向かってくる。


 ここは急勾配、眼の見えない大熊は転がると思ったが、熊爪などを巧みに使い走ってくる。


「まじかー!!」

 流石は熊っぽいクリーチャー。

「だが、甘い!」


 木の枝を向こう側の木に当てるとガサガサと音が鳴り、大熊が一瞬そちらに向く。更に枝を別の場所に当てる。


(ふははは、分からぬだろう! 俺の居場所は分からぬだろう)


 怒りに溺れている貴様に俺の位置が特定できるわけがないと思っていたが、「グルルルゥ⋯」と言ってた声が止むと必用に鼻をフンフンと鳴らす。


(あれ〜? やっぱこいつ偉いんじゃん!!)


 何度かフンフンと鳴らすと正確にこちらに向く。


 再び追いかけっこが始まる。


 急勾配が丁度終わる所ーー崖のすぐそばで3度目の対峙である。


 崖から下を見ると、エルフの村を確認する。


「⋯⋯⋯⋯⋯」


 匂いが分かるといっても、目が使えない為、ガムシャラに攻撃をしてくる大熊に対して果物を使い熊の顔面にぶち当てる。


「いい匂いだろ?」


 その言葉だけに反応して突っ込んでくる。


(よし! 思っていた通りだ)


 ゴクリと生唾を飲み込み覚悟を決め、俺は走りだして崖から飛び降りる直前に「コッチだ!」と大きく言い熊を誘導した。


 挑発されて怒った大熊は、怒りの咆哮をあげ猛突進して二人とも崖から落ちたのである。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 何やら上の方から大きな咆哮が聞こえて、上を向くと巨大な動物と人が落ちている事に気づくと、急いで全員がその場を離れる。


 双子の眼はかなり良く、落ちてきた人が私達の知っている人であり絶句するが、既にどうしようもなく落ちる寸前まで直視してそのまま泣き崩れた。


 そのあと、大熊が物凄い轟音と共に地面に叩きつけられた大熊が地面にめり込み、その衝撃で近くの家屋は崩れ視界を塞がれるほど土煙が舞う。


 エルフ達が落ちた熊に注目する。


「おおぅ⋯⋯家壊れたのか⋯⋯やっべー。家の事は計算にいれてなかった⋯。殺した場合⋯運ぶのキツそうだったから崖から落とす作戦⋯⋯やっぱまずったか⋯⋯」


 土煙が晴れると、一緒に落ちてきた男の子がまるで何事も無かったように立っていた。


 あの男の子がこちらに気づくと、大熊を指差して肉を食べるジェスチャーをしている。


「うん。大丈夫。熊もご馳走だよ」

 男の子には伝わらないだろうけど、ウンウンとだけ伝えて近寄る。


 その爆音の所為だったのか、ノアの声に反応したのかは分からないが、眠っていた花蓮もゆっくりとその瞳を開いていった。

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