ジェイクさんの日常
ジェイクの1日は、長い日と短いに日に分類される。
長い日は、延々と研究をしていたり本を読んでいたりする。短い日は、長い日に体力を消耗した結果、布団の中で死人みたいに寝こんでいる。物凄く落差が激しい。あと、どう考えてもただのダメ人間だ。
そんなダメ人間であるところのジェイクが、何故、《真紅の山猫》に所属しているのかと時々皆が不思議に思う。だがしかし、ジェイク本人は気にしていない。かつては王国最高峰、世界レベルの学術研究所に所属していた筈なのに、そんなことはちっとも見せない。むしろ今の方が気楽だと笑う変な男であった。
さて、そのジェイクであるが、現在。
「……何でアンタまた倒れてるんですか」
物凄く呆れた顔をしたウルグスに見下ろされつつ、アジトの廊下で行き倒れていた。ダメだこの男。早く何とかしなくちゃ。
口は悪いし、見かけはどこからどう見てもガキ大将系のウルグスだが、実際は育ちの良いお坊ちゃんである。きちんと躾の行き届いている少年であるので、廊下で行き倒れているジェイクを見ても放っておけずに手助けをしてしまう優しい少年だった。
今日だって、ブツブツ文句を言いながらもジェイクを背負って部屋まで運んでくれる。何て優しい子だろう。
「今日は何で倒れてたんですか」
「……いやー、寝不足で」
「いつものか!」
思わずウルグスが叫ぶ程度には、寝不足のジェイクが廊下でぶっ倒れているのは通常運転だった。無事に部屋まで送り届けたウルグスは、「食事の時間にまた呼びに来るから、それまでちゃんと寝ててください」と小言めいたことを言って去って行く。何て良い子だろうか。言動で判断しちゃいけないの見本みたいだった。
ウルグスにベッドに放り込まれたジェイクは、そのまますよすよと素直に睡魔に身を委ねた。どうやら今日は、彼にとっての短い日になるようだった。結局ジェイクは、その日、食事だと呼ばれても起きることはなく、夜になるまで放置されていた。起こしても起きないなら、寝させておいた方がマシだと判断される程度には、いつものことだったので。
「お前は本当に学習しないな、ジェイク」
「いやー、面目ない」
「しかもちっとも反省してねぇだろうが」
「性分ですからねぇ」
呆れた口調のアリーに対して、ジェイクはにこにこと笑っている。何とか夕飯の時間に起きてきたジェイクは、半日寝て過ごした分で回復したのか、元気に食事を取っていた。その食後のアリーとのやりとりもまた、いつものことであった。
ジェイクが学習しないでぶっ倒れるのはいつものことだ。もう風物詩を通り越して日常風景になってしまっている。最初の頃こそ、アリー達もどうにかしようと頑張ってみたのだが、改善されなかったのだ。何しろ、知的好奇心の塊みたいな性質なので、一度興味に火がついたら誰の話も聞かないのだ。迷惑なことだった。
ただ、幸いと言える部分があって、それは、ジェイクは「アジトに居るときしか倒れるような無茶はしない」ということだった。少なくとも、屋外に研究や調査に出かけたときは、ここまでノンストップで熱中することは無い。その辺りのセーブは出来ているらしいと判断して、そこを及第点にしたのだった。
「そういや、お師匠さんから手紙がきてたぞ」
「え」
「お前また何か論文でも送ったのか?」
「送ってませんよ。……送ってないので、その手紙は読みたくないのですが」
「知るか」
べしっと額に貼り付けるように渡された手紙に、ジェイクは困ったように息を吐いた。ジェイクの師匠は、世界最高峰とも言われる王国の学術研究所で、長を務めているような凄い人だった。凄い人ではあるが別に偉そうでもなく、ジェイクがまだ半人前だった頃から良くしてくれた師匠だ。
その師匠からの手紙。こちらが何か論文を提出したならともかく、そうで無いときの手紙。そんなもの、ジェイクには不幸の手紙に等しかった。お師匠様に怒られる!みたいな反応をしているので、色々察して欲しい。
「うぅ、今度は何だろう……」
「いや、お前、師匠からの手紙に怯えすぎだろ」
「うちのお師匠様は、時々向こうから無理難題投げてくるんですよぉ」
やだなぁと言いながらも封を切って手紙の中身を確認するジェイク。確認して、そして。
ぺいっとゴミ箱に向けて手紙を投げた。
とはいえ、空気抵抗のせいでへろへろと中途半端なところで落ちてしまったが。思わず目を点にするアリーと、突然飛んできた手紙にきょとんとしている他のメンバー。しかしジェイクは気にした風もなく、頭を抱えて唸っていた。
「いーやーだー。行きたくないー……」
「……何があった」
「何か知りませんけど、表彰式?とかがあるから顔を出せって……」
「「……あぁ」」
そりゃ絶対に行こうとしないわ、と皆の心は一つになった。ジェイクはこれで学者としては優れた才能を持っているので、幾つもの論文を発表している。その論文は高い評価を得ていて、だからジェイクには、本人が望めば幾つもの栄誉が与えられるのだ。
けれど彼は、その全てを「え?面倒なのでいらないです」と言い切って、論文の発表も師匠に代理で頼んでいるのだ。どうやらその師匠からの、何度目になるか解らない「いい加減、自分の功績はちゃんと受け入れろ」というお達しだったらしい。
だがしかし、ジェイクの決意は決まっている。表彰式になど行かない。ここでの気楽な生活が、彼の全てだ。面倒なしがらみは全て、置いてきたのである。
「よし、お断りの手紙を書こう」
何故かそういうときだけはフットワークが軽く、翌日には手紙を出してしまうジェイクであった。
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