[3.3] after EXPO

「ふう……」

 ホテルの部屋に入った途端に溜息が漏れた。そのままベッドに倒れ込みたくなったけど、それは止めておいた。だって、そのまま本当に寝ちゃいそうだったから。

 とにかく疲れた。言葉通り、性も根も尽き果てたって感じ。

 芳隆くんもきっとぐったりしてるんだろうな。

「……よいしょっと」

 ぱんぱんに膨らんで、結構な重さになったトートバッグを自分のベッドに置く。中には、ボドゲ博で手に入れたゲームがびっしり詰まっている。

 ちょっと買いすぎたかな?――とは、自分でも思う。中学からのお年玉貯金が半分くらいになっちゃった。でも、後悔なんて全然していない。これでまた、芳隆くんとの放課後ボドゲの時間が充実したものになるのは間違いないから。

 バッグの口からはみ出しているボドゲを見ていたら、いつの間にか私はそれをベッドに並べ始めていた。

 ゲームを一つずつ手にする度に、それを手渡してくれたブースの人たちの笑顔が浮かぶ。

 お店で同じものを手に入れても、こんな風にはならない。それを作ってくれた人たちから直接手渡してもらえるんだから、やっぱり特別なものなんだよね。

 目を瞑ると、さっきまでいた会場の情景シーンがよみがえる。イベントの雰囲気と喧騒が戻ってくる。本当に楽しかったなぁ……。

「カンナ、ただいまー」

 途端に、現実に引き戻される——みゆの声だ。

 持っていたボドゲもそのままに、ドアの方に振り返る。

 そこには、凄く満足そうなみゆがいた。

「おかえり、みゆ。その様子だと、たっぷり堪能したようね。プラネタリウムは楽しかった?」

「うん、とっても! カンナにも見せてあげたかったなぁ。……あ、そんなことよりも……うんと、あの……どうだった……の?」

 最後は消え入りそうな声になって、ちょっと上目遣いのみゆ。

 みゆの訊きたいことは分かってる——

 それは、私達の作ったゲームの行く末に違いない。実際に作ったのは私と芳隆くんだけど、みゆのアイデアと揃えてくれたデータがなければ、できなかったものだから。

 ……やっぱり気になるよね。

 私も芳隆くんも頑張っては見たものの、結果は——惨敗だった。

 みゆの期待を裏切ることになるかもしれないけど、事実は事実として伝えなくちゃいけない。

「みゆ、ごめんね。私も芳隆くんもできる限り頑張ったけど、完売には至らなかったの。売れた数は十二個。全部で三十個作ったうちの十二個だから、半分にも満たない……」

「そっかぁ……。わたしのアイデアが悪かったのかなぁ。……でも、考えてみれば、そうだよね。わたしみたいな星見人ホシミスト向けのゲームだもん。フツーの人はあんまり興味が沸かないかもしれないよね。……ごめんなさい、カンナ」

 心底済まなそうに、みゆはぺこんと頭を下げた。

 私はそんなみゆの頭に手を乗せる。そして、ゆっくりと撫でた。

「ううん、そんなことないよ。大丈夫。それにね、実を言うと、私は上出来だと思ってるのよ」

「えっ!? そうなの? 完売にならなかったのに?」

 みゆは顔を上げて、目を丸くした。

 ちょっと首を傾げて笑う。

「うん。……だってね、知名度も何もない、ただのゲーム好きの高校生が作ったカードゲームだから。そんなだもの、完売なんて夢のまた夢。あ、でもね、ゲームのデキが悪いとかそういうのじゃないのよ。テーマだって悪くないと思うわ。確かにみゆの言う通り、星の好きな人にしか刺さらないかもしれない。でも、それでもいいと思うの——」

 私も芳隆くんも作りたいものを作った。完成度だって自分では満足している。そりゃね、完売してくれた方がいいに決まってる。でも、私はこのゲームをボドゲ博で頒布できたことが嬉しかった。

 そして、あのことも——

「でもね、完売できなかった悔しさ以上に嬉しいこともあったんだよ。……あのね、あのゲームが欲しくて、わざわざボドゲ博に足を運んで、私たちのところに来てくれたがいたの。多分中学生かな? みゆと同じく星の好きなだったわ。私たちのゲームが、その娘の心を揺さぶることができたのよ!」

「ホントにっ!? ……嬉しいなぁ。ホントに嬉しい!」

 さっき以上に満面の笑顔になったみゆ。ここまで喜んでいるみゆを見るのは、初めてかもしれない。

「嬉しいなぁ、うん。今日の晩ご飯は美味しくなりそう!」

 ぐぅ——

 言った矢先に、聞こえたおなかの音。

 でも、みゆだけじゃない。私のおなかも鳴っていた。

 お互い顔を見合わせて「えへへ」と照れ笑い。

 実のところ、ボドゲ博の会場で、運営スタッフの方から差し入れのおにぎりとお茶はもらったけど、そのときは緊張で食べられなかったのよね。だから、今はお腹がペコペコだった。

「じゃ、カンナ! ご飯を食べに行こうよ。おにーちゃんと金見くんも誘ってさ。さぁ、行こっ!」


                ◇


「おにーちゃん! 金見くん! ご飯食べに……って、あれ?」

 芳隆くんと伊東くんの部屋に入ると、ベッド脇に伊東くんが突っ立っていた。

「……よぉ、幸、神無月」

 私とみゆの方に向いた伊藤くんは、やれやれといった面持ちだった。

 伊東くんは視線を戻し、「ふん」と鼻で笑う。彼の視線の先には、ベッドに突っ伏している芳隆くんの姿があった。

「芳隆くん……寝ちゃったのね?」

「俺が部屋に入ってきても、ピクリともしねぇ。相当に疲れてンだな、金見コイツは。……でもまぁ、少しか寝たんだろーし、飯喰いに行くンなら、起こすか」

「あ、待って、伊東くん! そのまま寝かせてあげてくれない? 芳隆くん、本当に疲れてるのよ」

 伊東くんの動きがぴたりと止まり、私の方に向き直った。ハの字になった眉が、何か言いたそうだ。

「ん? コイツ寝かしたまんまにして、俺達だけで飯喰いに行こうってのか? なぁ、神無月……そいつぁあんま——」

「ほらほらぁ、おにーちゃんはいいから、わたしと一緒に行くの! ……じゃ、カンナ、また後でねー!」

 ちらっと私を見てウインクしたみゆが、伊東くんの手を掴んで引っ張り出した。

「お……おい、幸!」

「さっ! 行こ行こ!」

「だから、ちょっ——」

「わたしはラーメンが食べたいなぁ」

 バタン——

 ドアの閉まる音。それを最後に部屋に静寂が戻ってきた。

 ……にしても、みゆめ。変に気を遣ってくれちゃって。

「さて、私の王子様は……と」

 当の芳隆くんはピクリともしていなかった。あんな喧騒の中でもまったく反応しないなんて。

 肩をちょっと竦めて、私は芳隆くんを頭越しにして、ベッドに腰掛ける。

「目が醒めたら、ご飯食べに行こうね」

 うつ伏せの頭に手を乗せる。いつもと変わらないふわっとした感触を確かめて、軽く撫でる。

「……ん」

 撫でた私の手に反応して、芳隆くんが寝返りを打った——今度はほぼ大の字になっている。

「むにゃむにゃ……」

 無防備で幸せそうな寝顔。

 それ見てると、私の頬も自然に緩んでくる。

 ——今日は楽しかったね!

 でも、それは言わずもがな、だ。

 ボドゲ博の会場からホテルまでの道すがら、芳隆くんは喋り通しだった。

 普段はそれほどお喋りじゃない彼が、ボドゲ博のことばかり、ずっと口にしていた。

「——ホントに凄い人達ばっかりだったなぁ。ほとんど全部がゲムマの常連さんたちだよ? そんな人達が僕たちの作ったゲームを評価してくれたんだ! あ、もちろん、佐寺さんのアイデアあってのゲームだけどね。改善点を教えてくれたり、ゲーム制作のノウハウも手解きしれくれたり……ホント、ボドゲ博に出展できてよかったよー。神無月さん、来年も絶対に出ようね! 来年もまた、みなさんに会えるかなぁ。会いたいよね、絶対。あ、今度は自分の名刺も作っておかなくっちゃ。……それに、あの中学生の子! あんな事言われるなんて思ってもなかったよ。あまりのことにカチンコチンになっちゃったもんなぁ。今度はしっかりとお礼言えるようにしないとね。あ、その前に、そうなるようなゲームを作らないと——」

 芳隆くんの目はキラキラ輝いていた。

 イベントが楽しかっただけじゃなく、たくさんのクリエイターさんとお近づきになれたのが、本当に嬉しかったんだね。

 私も新しい世界に飛び込んで行ったような気がして、ワクワクした。芳隆くんと一緒に北海道ボドゲ博に出ることが出来て、本当によかった。

 そして、あの娘の言葉——


「わたし、これが欲しくて、ボドゲ博に来ました!」


 ボドゲ博でお話していただいた出展者さんの誰もが言った。

「クリエイターとして、これ以上の褒め言葉はないよ」

 ……うん、確かにそうかもしれない。芳隆くんも「これが制作者冥利に尽きるってことなんだね!」って泣きながら笑ってた。

 でも、私にとっての一番は、今まで見たことのない芳隆くんの表情かおを拝むことができたことかな。

 かわいらしい寝顔を見ながら、そんな風に考えてた。

「芳隆くん……本当にありがとう」


 そして、私と芳隆くんの距離はゼロになった。

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