[3.2] on EXPO

「開場いたしましたぁ。列を乱さず、ゆっくりとお進み下さぁい!」

 そんな声に弾かれて、列が少しずつ進み始めた。

 わたしの足もゆっくりと動き出す。待っている間にずっと眺めていたカタログを閉じて、はやる気持ちを押さえて、入口を目指す。

 ここは札幌市民交流プラザの三階にあるクリエイティブスタジオの前の広間だ。今日はここで「北海道ボドゲ博」というイベントが開催される。

 こういったのは同人イベントって奴で、コミックマーケットが有名だけど、それは同人誌とかだけの話だと思ってた。でも、この頃はボードゲームのそれ版があって、東京や大阪で大規模なものが開催されているらしい。

 で、この「北海道ボドゲ博」はその北海道版——といった感じみたい。

 ……なんて分かったようなこと言ってるけど、実のところ、こういったイベントに参加するのは、生まれてはじめてだったりするの。キョーミがない訳じゃなかったけど……何ていうかな、そこまでわたしを掻き立てるものがなかったっていうか。それに、そーゆーイベントって、何だか怖いって印象があったんだ。

 だから、本当に来るのには及び腰だった。けど、会場に着いてからはちょっと拍子抜け。今のところは見るからに変な人もいないし、おかしなこともない。逆に何もなさすぎて、ちょっと面喰らってるかも。正直なところ、これならアイドルのコンサート会場で並ぶよりずっと静かだし、ずっと平和だよ、うん。

 とは言え、そもそもボードゲームなんて本腰入れてやったことないし、ゲームっていったらUNOとか人生ゲームしか出てこないような人間が、いきなり同人ゲームの即売会に足を運ぶってのはおかしいよなぁって自分でも思う。

 でもね、それにはちゃんとした理由がある。

 それは「ここでしか手に入れられないものがある」からだ。

 それはわたしの琴線に触れ、魂を揺さぶった。

 一ヶ月ほど前のSNS。

 何気なくTLタイムラインを見ていたら、いきなりそれはぐっさりとわたしの心に突き刺さってきた。

 調べてみたら、それはカードゲームだってことが分かった。それも、市販されてるものじゃない。北海道の、しかも札幌から遠く離れた道東の街——釧路のサークルが作ったものだった。

 ——大体、カードゲームって何? UNOとは違うの? そもそも、それってカードゲームの題材にできるの?

 さっきも言ったけど、カードゲームったら、UNOとかトランプくらいしかわたしは知らない。だから、そんなのがゲームの題材に取り上げられるってだけでも、わたしにとっては仰天ものだったんだよね。

 そうなると、やっぱり見てみたい。手にとってみたい。遊んでみたいって思うの。でも、このゲームはこのイベントでしか手に入れられないみたい。

 だったら、この北海道ボドゲ博ってイベントに参加するしかないじゃない? それに、こんなの作っちゃう人たちに、直接会うこともできるんだもの。

 胸元にカタログを抱いて、口元をキリッと結んで、大股でエントランスに向かう。途中、さっき受付でわたしにカタログを渡してくれたおねーさんと目があった。

「いってらっしゃい! いい出会いがあるといいですねー」

 おねーさんはにっこり笑って送り出してくれた。だったら、わたしもそれに応えなくっちゃ。

「はい! 行ってきます!」

 思わず敬礼しちゃってた。

 ちょっと恥ずかしくなって、小走りにエントランスをくぐり、クリエイティブスタジオのホールに続く短い廊下を駆け抜ける。

「……」

 息を呑んだ。抱いてたカタログを持つ手がきゅっと締まる。

 ——ここが会場なんだ。

 一つ深呼吸をして、ぐるっと辺りを見渡した——会議室とかにある折り畳みの長机が並んで列をなしている。そこにそれぞれの趣向を凝らした飾り付けがしてあったりなかったり。その上にはそこのブースで頒布されるであろうアイテムがずらりと並んでいる。

 雰囲気的にはフリーマーケットみたいな感じ……でも、なんだろ、どこかが違う気がする。そして、なんか暑い。……確かに今日は真夏日だし、暑いのは間違いないけど、この会場は空調がばっちり効いてるんだけどな。

「——申し訳ありませんが、もう少し中に入っていただけますか?」

 オレンジ色のハッピを着たおにーさんが私に向かって苦笑していた。

「あ、ごめんなさいっ!」

 わたしはそそくさと中に入ると、壁際に寄って大きく一つ深呼吸。

 完全にこの場の雰囲気に呑まれていた。呑まれて、その場に棒立ちになっていた。

 そっか、わたしは会場の熱気にあてられちゃったんだ。出展してる人も、そこを訪れる人も、みんな熱心だもんね!

 でも、呑まれてばかりじゃいられない。わたしもわたしの「推し」を手に入れなくっちゃ!

 もう一回カタログ開いて、場所をしっかり確認して……うん、あそこだね!

 もう一回深呼吸して、わたしは一歩踏み出した。


               ◇


 わたしの向かったその場所には、お客さんはいなかった。……あ、いなかった訳じゃないんだけど、足を止めて見ている人は居なかった。

 目の前を行き交うお客さんに一生懸命に声を掛けてるエプロン姿のおにーさんとおねーさん。でも、その声に反応する人は少なかった。

 それでも、わたしの欲しいのはアレなんだ。

 ここで、更に深呼吸……って、わたし、この会場に入ってから何回深呼吸したんだろ?

 ちょっと心臓がドキドキしてる。なんだろう、この高揚感……。

 足が止まる。

「いらっしゃい!」

 その声に、ピンと背筋が伸びた。

 おにーさんが笑顔でわたしに声を掛けてきた。

 わたしはゴクンと息を呑んで、テーブルの上を指差した。

「えっと……あの、このゲーム……く、く、下さい!」

「あら、ありがとう!」

 そう言って、笑顔を見せてくれたのは、おにーさんの隣りにいたメガネを掛けたおねーさん。おにーさんの方もすごく嬉しそうだった。

「えっと……わたし、これが欲しくて、ボドゲ博に来ましたっ!」

 今思えば、もっと気の利いたこと言えばったなぁ——なんて思う。だけど、このときはこれが精一杯の言葉だった。

 おにーさんの笑顔が一気に固まった。

 あわわ……わたし、何か変なこと言っちゃった!?

 次の瞬間、引き攣った笑顔はそのままに、おにーさんの両目がうるうるになっていた。

 メガネのおねーさんが苦笑しながら、隣のおにーさんの肩をぽん、と叩く。

「よかったわね、芳隆くん。このはキミの作ったゲームを買うために、わざわざボドゲ博に来てくれたんだよ?」

 おにーさん、今度は天井を見上げて口を真一文字に結んでいた。

 メガネのおねーさんが私に頭を下げながら、おにーさんの頭を撫でている。

「ごめんなさいねー。……ほら、泣かない泣かない。ホント、大袈裟なんだからぁ」

「あ、いえ! ……こちらの方がこのゲームを作った方なんですか?」

「うん、そうよ。……でもまぁ、彼が考案したのはゲームのシステムかな。ゲームのテーマと言うか、原案は私の友達なのよね。ゲームに使っている星や星座のデータは彼女が提供してくれたの。なんたって、ウチの学校の天文部の副部長サマだから」

「そ、そうなんですか!?」

「ええ……ってもしかして、あなたも星を観るのが好きだったりするのかな? だとしたら、あの娘も喜ぶと思うわ。……あなたのような人に、このゲームを手に取ってもらえるのはすごく光栄だわ。本当にありがとう——」

 そう言って、深々と頭を下げたおねーさん。なんだか、最後の方はおねーさんもちょっと涙声になってるような気がした。

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