[3.0] 北海道ボドゲ博3.0

[3.1] before EXPO

「——んーと、もう少しみぎー……あっ、行き過ぎだよ、おにーちゃん。……うんうん、そこでオッケー……だけど、ちょーっと曲がってるかなぁ——」

 腕を組んだ後ろ姿が背伸びしたりしゃがんだりしながら、その向こうの大男に指示を飛ばしている。大男の方はその声に従ってるのかいないのか、半ばあたふた気味に垂れ幕を上げたり下げたりしている。

「いー加減にしてくれ、みゆき!」

「だって、おにーちゃん、ちゃんとしてくれないんだもん!」

 声を出していたが大男の方につかつかと歩み寄り、身振り手振りを交えて文句を言い始める。彼の胸元あたりで、その娘の頭がぴょんぴょん弾んでいる——

 いつも見る光景。何となく自分の頬が緩んでくるのが分かる。

 ぴょんぴょん跳ねているのは私の友達の「みゆ」こと、佐寺幸さでらみゆき。大男の方は伊東衛太郎いとうえいたろう。みゆは伊東くんのことを「おにーちゃん」と呼んでいるけど、小さい頃からの呼び方が未だに続いているだけで、二人は兄妹ではない。本当に生まれた頃からの幼なじみだそうだ。

 で、みゆは伊東くんにベタ惚れなんだけど、当の伊東くんはそれにはさっぱり気付いてないって感じ。まったく、あんなにかわいいみゆの想いに気付かないとか、どんだけニブチンの唐変木なんだか。ホント……呆れちゃう。

 ……だから、私は腹が立つ!

 履いていた軍手を脱いで丸めて、伊東くん目掛けてぶん投げた。

「——ってぇ! 神無月、テメー何しやがんだ!」

「みゆが的確な指示を出してるのに、何してんのよって話。……それに、女の細腕で投げたのが顔に当たったくらいで、『痛ってぇ!』なんて」

「……何だとォ!」

「カ、カンナもそんな風に言わないでよぉ。おにーちゃんだって、頑張ってやってくれてるんだからさ」

 睨み合う私と伊東くんとの間に、みゆが割って入る。まったく、ちょっと前まで伊東くんに文句垂れてた癖にこれだもの。でもまぁ、これもいつものパターンだ。

「ハイハイ」

 私は肩を竦めて作業に戻る。

 伊東くんは悪い奴じゃないんだけど、何だかウマが合わないのよね。

 そういう私は神無月花波かんなづきかなみ。ボードゲームの好きな女子高生だ。ただ、その「好き」が高じて、自分でも作ってみたくなっちゃったからこんなところにいる。

 ここは札幌市民交流プラザの三階にある、クリエイティブスタジオってホール。明日、ここでボードゲームのイベントがある。

 北海道ボドゲ博ってイベントで、オリジナルボードゲームの即売会——同人誌の即売会であるコミックマーケットやコミティアのボードゲーム版ってところかしら。

 今は前日設営で、明日の下準備といったところ。会場に入って、自分たちのブースを作って、そこに私と芳隆くんの作ったボドゲを頒布するの!

「神無月さーん、この箱の中のを全部出しちゃっていいの?」

 私たちのブースとなる会議机越しに、ひょっこり顔が飛び出した——これが芳隆くん。私をボードゲームの沼に叩き込んだ張本人。彼と会わなかったら、こんなことしてなかったろうな。

「あ、いいわよ。……ねぇ、明日楽しみだね」

 にっこり微笑んで訊いたのに、帰ってきたのはハの字の眉。

「楽しみだけど、不安だよ。こんなジップロックに入ったようなゲーム、手に取ってもらえるかなぁ」

「……」

 芳隆くんの気持ちは分かる。

 このところの同人ゲームのレベルの高さはすごいから。箱絵などの装丁、コンポーネントの豪華さもメーカーの市販品と変わらないレベルだから、気後れするのも仕方がない。でもね、私はそれだけじゃないと思ってる。見てくれだけじゃないでしょ? ゲームってさ、やっぱり遊んでナンボじゃない?

 テストプレイも何回もやったし、ゲームバランスもしっかり調整した。ゲームの内容に関してはどんなのにも絶対に引けは取らないんだから、絶対に大丈夫……のはず。

「——金見も神無月も、なーに揃って辛気臭ぇツラしてんだよ! 明日はお前らの檜舞台ひのきぶたいなんだろ? だったらもっと自信持ってシャキッとしろや! でねーと、俺と幸が手伝ってンのが無駄になっちまうだろが」

 後ろから現れた伊東くんが、芳隆くんの両肩に手を乗せる。ずしん、と音が聞こえそうな感じだ。いきなりのことに、芳隆くんの目が丸くなり苦笑を浮かべている。

「よ、弱気になんかなってないよ、伊東くん」

「ならいいけどよ。大丈夫だって、心配すんな。オメーのひたむきさがそのゲームの中に出てるからよ。……つーかな、俺までテストプレイだがに付き合わせやがって! それが注目浴びてくんねーと、オメーに付き合った俺の時間が無駄になんだよ!」

「……分かってるってば!」

 伊東くんの手荒い激励に、芳隆くんも反撃態勢に入る。

 どう見てもじゃれてるようにしか見えなくて、何だか嫉妬しちゃうな。……まったく、伊藤くんと来たら!

「カンナー、眉間にしわ寄ってるよー。金見くん、おにーちゃんに取られちゃった?」

 みゆがクスクス笑いながら、私の側にやってきた。

「こーやって見てると、おにーちゃんも金見くんも子供だよねー。……でもね、カンナ。さっきおにーちゃんの言ったことは本当だよ? わたしはこのゲーム、とってもとっても面白かったし、もっと自信持っていいと思うんだぁ。それに、天文部のわたしがデータを提供したんだからさぁ……って、わぁ! カンナってば、苦しいよ!」

 私はみゆを抱きしめていた。

 身びいきなのは分かってる。お世辞も入ってるかも知れない。でも、それでも。

「アンタって娘はぁ……」

 目元がちょっとだけ熱くなった。

 ——ぎゅるる。

「……あ、んと、今のはなーし! 聞かなかったことにしてよぉ!」

 真っ赤になったみゆがおなかを押さえている。

 頬が緩んだ。

「ふふ……おなか、空いたよね。もう、こんな時間だもの」

 設営は大方終わったようなものだし、あとは明日の開催までに済ませることもできそう。なら、もうご飯食べに行っても大丈夫だよね。

 みゆの頭を撫でて、まだわちゃわちゃやってる芳隆くんと伊東くんに声を掛けた。

「いつまでじゃれてるのよ! あなた達は小学生? ……さ、そろそろご飯食べに行きましょ? 今日は私がおごってあげる。仕方ないから、伊藤くんもね。で、何食べたい?」

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