[3.0] 北海道ボドゲ博3.0
[3.1] before EXPO
「——んーと、もう少しみぎー……あっ、行き過ぎだよ、おにーちゃん。……うんうん、そこでオッケー……だけど、ちょーっと曲がってるかなぁ——」
腕を組んだ後ろ姿が背伸びしたりしゃがんだりしながら、その向こうの大男に指示を飛ばしている。大男の方はその声に従ってるのかいないのか、半ばあたふた気味に垂れ幕を上げたり下げたりしている。
「いー加減にしてくれ、
「だって、おにーちゃん、ちゃんとしてくれないんだもん!」
声を出していた
いつも見る光景。何となく自分の頬が緩んでくるのが分かる。
ぴょんぴょん跳ねているのは私の友達の「みゆ」こと、
で、みゆは伊東くんにベタ惚れなんだけど、当の伊東くんはそれにはさっぱり気付いてないって感じ。まったく、あんなにかわいいみゆの想いに気付かないとか、どんだけニブチンの唐変木なんだか。ホント……呆れちゃう。
……だから、私は腹が立つ!
履いていた軍手を脱いで丸めて、伊東くん目掛けてぶん投げた。
「——ってぇ! 神無月、テメー何しやがんだ!」
「みゆが的確な指示を出してるのに、何してんのよって話。……それに、女の細腕で投げたのが顔に当たったくらいで、『痛ってぇ!』なんて」
「……何だとォ!」
「カ、カンナもそんな風に言わないでよぉ。おにーちゃんだって、頑張ってやってくれてるんだからさ」
睨み合う私と伊東くんとの間に、みゆが割って入る。まったく、ちょっと前まで伊東くんに文句垂れてた癖にこれだもの。でもまぁ、これもいつものパターンだ。
「ハイハイ」
私は肩を竦めて作業に戻る。
伊東くんは悪い奴じゃないんだけど、何だかウマが合わないのよね。
そういう私は
ここは札幌市民交流プラザの三階にある、クリエイティブスタジオってホール。明日、ここでボードゲームのイベントがある。
北海道ボドゲ博ってイベントで、オリジナルボードゲームの即売会——同人誌の即売会であるコミックマーケットやコミティアのボードゲーム版ってところかしら。
今は前日設営で、明日の下準備といったところ。会場に入って、自分たちのブースを作って、そこに私と芳隆くんの作ったボドゲを頒布するの!
「神無月さーん、この箱の中のを全部出しちゃっていいの?」
私たちのブースとなる会議机越しに、ひょっこり顔が飛び出した——これが芳隆くん。私をボードゲームの沼に叩き込んだ張本人。彼と会わなかったら、こんなことしてなかったろうな。
「あ、いいわよ。……ねぇ、明日楽しみだね」
にっこり微笑んで訊いたのに、帰ってきたのはハの字の眉。
「楽しみだけど、不安だよ。こんなジップロックに入ったようなゲーム、手に取ってもらえるかなぁ」
「……」
芳隆くんの気持ちは分かる。
このところの同人ゲームのレベルの高さはすごいから。箱絵などの装丁、コンポーネントの豪華さもメーカーの市販品と変わらないレベルだから、気後れするのも仕方がない。でもね、私はそれだけじゃないと思ってる。見てくれだけじゃないでしょ? ゲームってさ、やっぱり遊んでナンボじゃない?
テストプレイも何回もやったし、ゲームバランスもしっかり調整した。ゲームの内容に関してはどんなのにも絶対に引けは取らないんだから、絶対に大丈夫……のはず。
「——金見も神無月も、なーに揃って辛気臭ぇ
後ろから現れた伊東くんが、芳隆くんの両肩に手を乗せる。ずしん、と音が聞こえそうな感じだ。いきなりのことに、芳隆くんの目が丸くなり苦笑を浮かべている。
「よ、弱気になんかなってないよ、伊東くん」
「ならいいけどよ。大丈夫だって、心配すんな。オメーのひたむきさがそのゲームの中に出てるからよ。……つーかな、俺までテストプレイだがに付き合わせやがって! それが注目浴びてくんねーと、オメーに付き合った俺の時間が無駄になんだよ!」
「……分かってるってば!」
伊東くんの手荒い激励に、芳隆くんも反撃態勢に入る。
どう見てもじゃれてるようにしか見えなくて、何だか嫉妬しちゃうな。……まったく、伊藤くんと来たら!
「カンナー、眉間にしわ寄ってるよー。金見くん、おにーちゃんに取られちゃった?」
みゆがクスクス笑いながら、私の側にやってきた。
「こーやって見てると、おにーちゃんも金見くんも子供だよねー。……でもね、カンナ。さっきおにーちゃんの言ったことは本当だよ? わたしはこのゲーム、とってもとっても面白かったし、もっと自信持っていいと思うんだぁ。それに、天文部のわたしがデータを提供したんだからさぁ……って、わぁ! カンナってば、苦しいよ!」
私はみゆを抱きしめていた。
身びいきなのは分かってる。お世辞も入ってるかも知れない。でも、それでも。
「アンタって娘はぁ……」
目元がちょっとだけ熱くなった。
——ぎゅるる。
「……あ、んと、今のはなーし! 聞かなかったことにしてよぉ!」
真っ赤になったみゆがおなかを押さえている。
頬が緩んだ。
「ふふ……おなか、空いたよね。もう、こんな時間だもの」
設営は大方終わったようなものだし、あとは明日の開催までに済ませることもできそう。なら、もうご飯食べに行っても大丈夫だよね。
みゆの頭を撫でて、まだわちゃわちゃやってる芳隆くんと伊東くんに声を掛けた。
「いつまでじゃれてるのよ! あなた達は小学生? ……さ、そろそろご飯食べに行きましょ? 今日は私がおごってあげる。仕方ないから、伊藤くんもね。で、何食べたい?」
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