[2.0] 北海道ボドゲ博2.0
「で、だ。……なして俺はオメーに付き合って札幌くんだりまでせにゃならんのだ?」
目の前に聳える鉄塔を仰いで、俺は悪態を付いていた。
「そんな憎まれ口叩かないでよ。元はと言えば、勝負に負けた伊東くんが悪いんだからさ」
ギラつく太陽の真下にいながら涼し気な口をきいたのは
俺は
今回の件は俺の隣りにいる金見とそのカノジョである
それはさておき、この二人が俺をハメやがった。
俺には妹分の
俺は「気をつけてなー」と送り出したつもりだったんだが、幸のヤローが「おにーちゃんは来てくれないの?」と来たもんだ。
で、何だかんだで俺と金見がボードゲームで勝負することになり、俺は見事に負けて、このクソ暑い最中の大通公園まで金見に連行されている。
で、肝心の幸がいないんだが、何処行ってんだか。
……仕方ねぇ、奥の手使うか。
「おい、ミユキ。ちょっと幸に繋いでくれ」
隣にいる金見には聞こえないように小声で呟く。
「——あら、伊東衛太郎。どうしたの」
幸と同じ声質だが、抑揚に欠ける声が聞こえてくる。
コイツはミユキ。声はするが姿はない。それもそのはず、コイツは人工衛星に搭載された
「いいから幸に繋いでくれ」
「——ダメ。幸には午後12:30前には繋がないように言われてるの」
「なしてだよ!」
「ん? どうかしたの? 伊東くん?」
思わずデカい声になっちまって、金見が怪訝そうな
「……い、いや、何でもねぇ」
ちっ、奥の手も使えねーのかよ! 幸め、後でとっちめてやる。
「ほら、こっち!」
「あ、ああ——」
金見が俺の腕を引っ張ってくる。情けねぇ話だが、ここは金見のなすがままにされる外はねぇ。
テレビ塔に入る。正面にはエレベータがあるが、そこにはオレンジの法被着たおっさんが立っていて「階段にお回り下さーい」と手を回しながら誘導している。
言われるまま階段に向かうと、壁沿いに人が並んでるではないか。
「……なぁ、金見。何かイベントでもやってるのか?」
「そうだよ。そうじゃなきゃ、伊東くんをこんなとこに連れてきやしないよ」
「ふん、何のイベントだってんだ?」
「ボドゲ」
……また、ボドゲかよ。思えば、一年の頃はこの「ボドゲ」って奴にさんざっぱら振り回されてきた。「ボドゲ」ってのは、ボードゲームの略だ。俺はジクザグだかってボドゲで幸にコテンパンにのされて、そこの金見に稽古付けてもらったこともあった。それから、金見と神無月のボドゲカップルに、俺と幸も付き合わされる羽目になったんだ。二年になってからはクラスも別になったこともあって、それほどでもなかったが、三年になってまたも付き合わされるとは思ってもいなかった。
「で、このボドゲのイベントに俺を連行するのがお前の
「ま、間違っちゃいないけど、僕は純粋にこのイベントに来たかったんだよ。去年は神無月さんと来てるしね」
「んじゃ、神無月と来りゃいーじゃねーか。なして、俺なんざ巻き込んでんだよ!」
「まぁまぁ。そんなに不機嫌な顔しない。そんなの見ると、佐寺さんが『おにーちゃん、そんな顔しないでよぉ』って悲しむよ?」
「て、テメーに『おにーちゃん』って呼ばれる謂われはねぇ!」
「ハイハイ」
ニヤついて肩を竦めた金見が階段を上がる。だが、俺達はまだ階段の中くらいまでしか上がってない。
俺たちが行こうとしてる(俺はイヤイヤだが)イベントはこのテレビ塔の二階で行われているようだが、テレビ塔の二階ってのは、通常の建物の五階くらいの高さに相当するそうで、結構な高さがある。それでも、じわじわと歩みは進んでいるから、あと十五分もかからずに到達はできそうだ。
ただ——
「……ったく、クソ暑い最中にクソ長い階段上らせやがって……」
札幌は今日も真夏日になるらしい。その上、こんな狭っ苦しい階段じゃそれ以上の気温になるに違いない。タダでさえ暑いのは苦手なんだ。何が「幸ちゃんが悲しむよ」だ——ん? ……ってことは、幸はそこのイベントにいるってことか? ……何やってんだアイツは。
仏頂面のまま階段を少しずつ上っていく。俺の横にいる金見はというと、何だかソワソワしている。たまにチラ見すると、目をキラキラさせて頬が緩んでいる。
「ふっふっふ……。着いたぞぉ! 待たせたなぁ、『北海道ボドゲ博2.0』!」
今にも踊りだしそうな金見。
「なぁ、ミユキ。何だよ、その『北海道ボドゲ博2.0』っってぇのは」
「——同人ゲームなどのインディーズ系のゲームを頒布するイベントね。同人誌などを扱うコミックマーケットのボードゲーム版、といったところかしら。道外ではゲームマーケットという大きなイベントが東京大阪で開催されているらしいけど、これはその北海道版みたいなものね」
本当に
階段室を出て、少しは開放的になったかと思いきや、目の前には人の頭、頭、頭……。
眉間に皺が寄った俺のところに、金見が何やら冊子を持ってきた。
「はい、入場用のカタログ。これがないと入れないから。……あ、お金はいいよ。半ば無理矢理連れてきたようなもんだからね」
半ばじゃねーよ。100%無理矢理だ。強制連行だ。
手渡された冊子を手に、イベント会場の入口へと向かう。
受付のおねーさんに冊子を見せて、中に入った途端——
「あ、おにーちゃん! やったぁ! おにーちゃん来た! 来てくれたよ、カンナ!」
正面の会議用机の向こう側に、ぴょんぴょん飛び跳ねて両手を振る
気付かないフリして通り過ぎようとしたところ、金見が俺の袖を引っ張りやがった。
「伊藤くん! 無視するのは良くないと思うよ!」
半ば怒ったような声だ。……仕方ねぇ、ここでゴネると、またあとあとメンドーになるのは間違いない。
観念した俺は、溜息混じりに振り返る。
「ほら、行くよ!」
金見に引かれて、幸と神無月の前に立つ。
「……何やってんだよ、お前は!」
「えっへへー。かわいいでしょー」
俺の言葉なんざ耳に入っていないのか、エプロン姿の幸がその場でくるりと一回転する。このエプロンにゃ見覚えがある——去年の学祭で使った奴か? だが、神無月は別のエプロンをしている。
「Psykorokinesis——サイコロキネシス?」
神無月のエプロンにはそんなロゴが入ってた。
「芳隆くん、ご苦労さま。……みゆが『どうしても!』っていうから連行してもらったの。悪く思わないでね、伊東くん」
溜息ばかりの俺を一瞥して、神無月が鼻で笑う。
会議机には何やらマットが敷かれ、その上には同じ小箱がたくさん並んでいた。つまり、これは金見か神無月が作ったゲームをこの場で売ってるってことなのか? てことは、幸はその売り子をやってるのか。
「本来なら、僕が佐寺さんのポジションなんだけどね。今回は佐寺さんがどうしてもやりたいって言ったし、伊東くんにその姿を見せたいって言うから、僕が君を連れてくるってことになったのさ」
俺の苦々しい顔を見ながら、金見が笑いを堪えるように言った。
……ふん! 揃いも揃って俺を謀りやがって。……まぁ、いいか。幸が楽しそうだからな。今日のところは不問にしてやるよ。
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