BGG! — ボードゲーム・ガール —

大地 鷲

番外篇

[1.0] 紙とペンとゲーム

 いつもの放課後。

 僕は鞄の中の漁りに漁っていた。中にあるのは教科書にノートのみ! ……いや、本来はそれが正しいんだろうけどさ、僕にしてみたら肝心な物が入っていない。

 この金見芳隆かなみよしたか、一生の不覚!

 頭を抱えてると、僕の目の前の神無月かんなづきさんが眼鏡をかけ直しながらニィッと笑った。

「あら、芳隆くん。もしかして、忘れてきちゃった?」

 僕が忘れてきた物はボドゲ——ボードゲームだ。放課後はこの神無月さんとボードゲームをやるのが不定期なとなっているのだ。

「んー、実は私も持ってこなかったのよね。妹がね、どうしても貸してっていうもんだから」

「……」

 一縷の望みだった神無月さんのゲームもないとなると、遊ぶボドゲがないってことになる。

「今日は諦めるしかないね。帰ろうか」

「えー。それはつまらないな。私はもう少し一緒に居たいな、芳隆くんと……」

「ふぇ!?」

 声がひっくり返る。一気に頬と耳が紅潮してくる。

 な、何を言ってるの? 神無月さん!

「……ゲームするのに」

 そう言ってクスッと悪戯っぽく笑う神無月さん。

 ま、ま、またたばかったなぁ!

「本当に楽しいよね。じゃぁ、ちょっと懐かしいのをやろうよ。何でもいいから、ノートとシャーペン出して? ほら、早く!」

「な、何する気なのさ」

 仏頂面の僕の答えも笑顔で受け流し、神無月さんが人差し指を立てた。

「ヒット&ブロー」

 あ、確かに懐かしいかも。

 ヒット&ブローは紙とペンさえあればできるゲームだ。

 あらかじめ自分の任意の桁の数字の羅列を決めておいて、その数字を対戦相手と推理し合うゲーム。任意の桁、とは言うけど、大抵は四桁だ。三桁以下だとすぐに当てられちゃうし、五桁以上だと時間が掛かりすぎるからだ。

 やり方は簡単。好きな四桁の数字を言って、その数字に対して対戦相手がヒントを出す。位置と数字があっていれば「ヒット」、数字だけがあっていれば「ブロー」と答えるのだ。

 例えば、僕の決めた数字が「5843」だとする。

 これに対して、神無月さんが「4613」と言ったとすると、僕は「1ヒット1ブロー」と答えなければいけない。四桁目の「3」が数字も位置も合っているため「1ヒット」、位置は違えど「4」は合っているから「1ブロー」って訳だ。

 この数字の宣言を交互にやっていって、先に相手の数字を当てた方が勝ちとなる。

 ふっふっふ。神無月さんは知らないかもしれんが、僕は小学校時代はこのヒット&ブローはクラスじゃほぼ負け無しだったんだぜ? 正々堂々お相手してやろうじゃないか!

「数字決めた?」

「ああ、いいよ。……神無月さん、先攻でいいよ」

 ここはハンデを与える意味でも、レディファーストってことで、神無月さんに先を譲ろうではないか。

 僕の決めた数字は「8807」

 語呂合わせで「8807はやまるな」ってとこ。

 別に数字は同じ物を使っても構わない。同じ数字を使うと、「ヒット」、「ブロー」が出にくくなる代わりに、被っている数字がバレると、一気に形勢が不利になるところがネック。けど、僕の今までの定石から考えると、数字二個のダブりはそんなに不利にはならない……はずだ。

「まずは『1234』で」

 神無月さんが僕の顔を見る。僕を見据える漆黒の瞳——うう、相変わらず目力強いなぁ。しかも、数字が一個もかすりさえしないのもヤラレタ感が強い。

 僕がヒントを答える前に神無月さんがニヤリとする。

「一つもなかったんだ。これはラッキーね♪」

「……ちょ、答える前に分かっちゃうってどうなの!? じゃ、僕も『1234』!」

「2ブロー」

 おっ! 二つ当たったぞ。いけるかぁ?

「『0987』」

「……1ヒット……2ブロー」

 僕は目が点になった。

 ……こ、これってヤバいんじゃない? 二回目にしてここまで当てちゃう? 神無月さんってやっぱり超能力者エスパー!?

 いやいや待て待て。僕だって、同じように当てていけばいいのだ!

「『4152』」

「おっ! やるわねー。2ヒット!」

 ふっふっふ、見たか! これが実力って奴さ!

 さぁ、次は神無月さんの番だ。まさか、今回で当てられることはないだろうけど、気をつけなければ。

「私の番ね。そうね……これからするのは『答え』じゃないからね? 5……6……」

 僕の目を見ながらゆっくりと数字を数え出す神無月さん。……ぼ、僕を誘導する気だな!

「8……9……0……5……6……」

 神無月さんは5から0まで、噛み締めるようにゆっくりと繰り返す。

 数字の読み上げが三周目に入ったときだった。神無月さんの数字の口ずさみ方に強弱が付けられる。

 無心だ。ここは無心になって乗り切るんだ——なんてことを考えながらも、目が僅かながらに泳ぎそうになる。耐えろ……耐えろ!

 神無月さんは僕をじっと見ながら数字を唱えている。それが次第に魔法の呪文のように思えてくる。

 何なんだ、このプレッシャー! こめかみに汗が滲む。

 何処か緊迫していた空気がちょっと緩み、神無月さんの視線が柔らかくなる。

「5……6……うふふ、芳隆くんって、睫毛長いんだね。かーわいい」

 か、か、カワイイだってぇぇ!? なんてことを言うんだ、この人はっ!

 無意識に紅潮する耳と頬。神無月さんの顔を見てるのも恥ずかしくなって、視線を外す。

 クスクス笑っていた神無月さんが、「ん」と一つ咳払いした。

「さて、当てにいこうかな?」

 お、大きく出たな! だったら、当ててもらおうじゃないか!

 ちょっと熱の残る耳もそのままに、僕は腕を組んでお腹に力を入れた。

 読まれるな、絶対に読まれるな! 相手は神無月さんだ。一瞬の隙が命取りだ!

「じゃ、行くわよ! まずは……そうね、『8』かな?」

 こめかみの汗が流れた。

「……ふーん。続けて……『8』だね」

 目が大きく見開きそうになるのを、何とか我慢!

「次は『0』!」

 ぐわっ! 何故、そこまで言い当てられるんだ!? やっぱり、これは精神感応テレパシーなのかっ!? まずい、非常にまずい!

 ぎゅっと目を瞑ると、耳元に囁き声。

「『7』」

 心を見透かされたような気になった。更にのし掛かる敗北感。

「どう?」

「うぐぐ……正解です」

「じゃ、私の勝ちかな? ふふ……なるほど、『8807はやまるな』かぁ。やっぱり、語呂合わせだったね」

「ど、どうして、分かったのさ」

「ん? そりゃね。すぐ何でも語呂合わせにしようとするじゃない? 芳隆くんって」

 少しだけ首を傾げて微笑む神無月さん。読まれてる、完全に読まれてるぞ! ……くそぉ、また僕の負けなのか? まだだ、僕の数字を当てられただけだ! 僕が神無月さんのを当てればドローだ、ドロー!

 奮い立て、僕!

「……まだだよ、神無月さん! 僕も当てれば引き分けだよ。さぁ、僕の乾坤一擲を受けるがいい!」

「ええ、いいわよ? さ、どうぞ」

 などと、余裕綽々で、手なんか差し出してくる。

 見てろよォ……。

 さっきの僕の答えでは2ヒット。位置も場所も分からない数字が二つ。その部分を一発で当てる確率は百分の一。すべての数字をヒットさせるには、当然ながら更に低い数字となる。しかし、だ! そこを何とかするのだ。

 ……よし、僕も神無月さんの表情を読むんだ!

 じーっと神無月さんの表情かおを見る。

 薄い微笑を湛えた神無月さん。真剣な(はずの)僕の顔を優しい視線で包んでいる。

 な、何だかちょっと恥ずかしいけど、ここは我慢だ!

「さ……『3』!」

 これは完全にヤマカンだ。ここをクリアできれば——

 不意に神無月さんが驚いた表情をした。

 い、いける! 行けるぞ! これは、イケる!

 さて、ちょっとだけ考えよう。僕のさっきの結果は2ヒット。数字は二つはバッチリってことだね。今の「3」で、表情は変わった。恐らくはいきなり当てられたんで、誤魔化す余裕もなかったに違いない。つまりは場所もあっている? ……うん、そう仮定してみよう。さっき言った数字は「4152」。……まさか、「3156サイコロ」なのか!?

 いやいやいやいや、あの神無月さんがそんなに単純なはずがない! ここは語呂合わせと思わせておいてからの——

「神無月さん、分かったよ……君の数字は、『3157』だ!」

 僕ははやる心を抑えてクールに、だけど、力強く言った。

 どうだ! 神無月さん!

 すると神無月さん、クスッと小さく笑って上目遣いで紙を見せたんだ。

「——!」

 そこには「3156」の数字が! 

 ぐあああぁぁぁー! ヤラレタ、またしてもヤラレてしまったぁぁぁ!

「折角、私も語呂合わせにしたのになぁ。考えすぎだよ、芳隆くん。『策士策に溺れる』って奴ね」

 ぐぬぬ、ひとっことも言い返せない……。

 今日も机に轟沈した僕の頭に、手が優しく乗せられた。

「……でもね、そんな芳隆くんだから、私にヒットしたし、ブローされちゃったんだよなぁ」

 えっ——

 僕が顔を上げたとき、神無月さんは鞄を持って、教室の戸口に向かうところだった。

「それって……」

 鞄を後ろ手にして、くるりと神無月さんが振り返る。

「……さぁ? 帰りましょ、芳隆くん」

 そう言って、神無月さんは微笑を残したまま、また踵を返した。

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