[10.1] SKIT DO —— ②
……長かった。実に長かった。待ちに待った放課後。三々五々にクラスのみんなが教室を出て行く中、僕の手は鞄の中に突っ込まれていた。手には箱の感触——そう、SKIT DOだ。
「何だかウズウズしてるねー。その手には何が握られているのかな?」
頬杖付いて、神無月さんはニヤニヤしている。
実は、まだ神無月さんにもSKIT DOのことは話してない。
「何が出てくるのかな? その鞄から。楽しみだねー。……もう、始めちゃう?」
僕の心をくすぐるような物言い。
ちょっと紅潮し掛かっている。
……うう、本当に今すぐにでも出したいんだよぉ! だけど、まだ人が残ってるじゃないか! 僕はもう、これ以上勘違いされたくないんだ! 僕は……僕は、ただゲームがしたいだけなんだぁ!
伊東君の話じゃ、僕と神無月さんは既に付き合ってるってことになってて、クラス全員が生暖かく見守ってやろうぜ——って話になってるらしい。
この間の体育の時間のときなんか、クラスの男子全員から小突かれ、真っ赤になって否定したら、「怒ってんだか、照れてんだか分かんねーよ」って含み笑いされる始末。
伊東君にまで「諦めろ。とっとと付き合っちまえばいーんだよ」とまで諭されてしまった。
そりゃぁさ、神無月さんみたいな美人さんがカノジョだったらいいかもしれないけどさ、あくまで神無月さんはボドゲの
「あら? 耳が赤くなってるよ? 何考えてたの? ……あ、もしかして、ボドゲのことじゃなくて、エッチなこと?」
「ちょ——」
更に顔が熱くなる。神無月さんは手で口を覆いながら笑いを噛み殺している。
……ぐぬぬぬぬぅ!
教室に残ってるのは、伊東君と佐寺さん、目黒さんと土屋さんと末松君か——やむを得ん、我慢の限界だっ!
僕は鞄の中からアレを掴んでいた手を引っこ抜いて、水戸黄門の印籠の如く、神無月さんに向かって突き出した!
「勝負だ! 神無月さん!」
教室にいた、僕以外の全員は目を白黒。伊東君なんかは口まで大開きだ。
だけど、神無月さんだけはきょとんとしていた
「ふふ……いいわ。お相手致しましょ?」
神無月さんが言い終わる間もなく、教室に残っていたみんながそそくさと出て行く。……伊東君だけは佐寺さんに背中を押されてだったけど。
……みんな、僕たちの間に漂う緊迫感を感じて、勝負に水を差すまい、と気遣ってくれたんだね。ありがとう! 僕はみんなの期待に応えられるように最善を尽くすよ!
神無月さんが中腰になって、僕の手の中の箱を見る。
「ふーん、SKIT DOか。これがこの間話してたゲームなのね?」
「その通り。僕と神無月さんの新たな戦いの
今回は机を二つ繋げることにした。と言うのも、ブロックスやZIXZAと違って、SKIT DOは結構スペースを使うんだよね。
向かい合わせに繋げた机に、僕と神無月さんが対面に座る。
「うーん、いつもより芳隆くんが遠いなぁ……」
「こいつはちょっと場所喰うからね。……なんか問題あるの?」
「……寂しいじゃない?」
「な——」
こ、これはポーズだ! 僕を陥れる為のポーズ!
大きく一つ深呼吸。上がり掛けていた紅潮が少しだけ鈍くなった気がする。
「——何を馬鹿なことを! そ、その手には乗らないよ、神無月さん!」
言葉にすることで、紅潮は完全に消えた。……ふっふっふ、僕の成長を見たか! 男子三日会わざるば、刮目して待て! 今の僕は正にこれだ!
「あら、私は本心から言ったつもりなんだけどな」
神無月さんは薄い微笑み——これがアルカイックスマイルって奴なのか?——を携えて僕を優しく見つめている。
消えたはずの紅潮が倍加して襲いかかってきた。
「うふふ、まーた赤くなっちゃって。そんなに照れなくてもいいのに。それじゃやりましょうか。そのSKIT DOを。……ほら、まずは腰掛けて」
「う、うん」
僕はそそくさと腰掛けた。
「……」
何だか、これから面接を受けるみたいだ。もちろん、神無月さんが面接官で。そんな感じで正面には神無月さんが座っている。僕は膝に手を乗せたまま、何とも落ち着かない。
神無月さんが軽く首を傾げた。
「……芳隆くん?」
「ひゃ、ひゃい!?」
思わず立ち上がり、直立不動になる。
神無月さんが目を丸くした。けど、すぐに頬杖をついて、クスッと笑う。
「着席して下さい、金見芳隆くん」
言われるままに腰掛けると、神無月さんは肘付いたまま手を組んで、そこに顎を乗せると僕の目をじっと見つめてきた。
「そんなんじゃ、私には勝てないぞ? ……えいっ!」
そう言いながら伸びてきた右手がデコピンを繰り出し、僕のおでこにヒットする。
——あっ!
そうだ、そうだよ! 僕はSKIT DOをやるんだった!
「……ご、ごめん」
「どういたしまして♪ 芳隆くんらしいと言えば、らしいかな? ……はい」
やれやれ、といった感じで笑う神無月さんが、僕にSKIT DOの箱を渡してきた。
「あ、ありがと」
僕は箱を開けて、中に収まるカードを取り出し、机の上に扇状にスライドさせた。
「素敵なカードね。……うん、それに芳隆くんもイイ顔になった。流石、ゲームを前にすると変わるね」
「ちゃ、茶化さないでよ」
「茶化してなんかないよ。ホント、素敵だよ」
にっこりと笑った神無月さんに、心がざわめく。だけど、それを抑えて無言で首を縦に振り、目の前に扇状に並べられたカードから何枚か抜いて、神無月さんの前に並べた。
「それにしても、シンプルでいい感じのデザインよね」
「うん、かっこいいなって思う。黒ベースのカードってのが渋い! 数字のフォントがまた力強くて、僕は好きだなぁ」
「そっかぁ。……じゃ、私のことは?」
イタズラな微笑で神無月さんは僕を見る。
顔が熱くなってきそうなのを我慢して、咳払いで誤魔化した。
「な、何言ってるのさ! ……ま、まずは、カードの説明。カードは数字と色で分けられた5種5色。数字は大きい方が強くて、色は赤、青、黄、緑、紫。赤が一番強くて、紫が一番弱い。それと色のない「0」が2枚加わり27枚からプレイングカードが構成される。面白いのは、上下対称になった数字の間——ど真ん中に文章があるよね。これはそれぞれの数字に応じた特殊効果なんだ。……ま、これはあとから説明するよ」
「流石、ゲームのことになると、一気に平静を取り戻すわねー」
ニヤニヤを無視して、僕は続ける。
「……こっちのルールカードは3種5枚。これによって、各ラウンドの勝利条件が決定される。これもプレイの時に確認だね。サマリーは文字通り「まとめ」で、「
ニッコリとした神無月さんだけど、それは何に対しての笑顔なの? ……でも、ルールの説明を続けるぞ!
「簡単に言えば、手札2枚のポーカー。それを5回行って得点の多い方が勝ち。1回のゲームはピリオドと呼ばれ、5ピリオドで1セットとなる。5ピリオドで1セットの理由は手札の関係なんだ。初期手札としてプレイヤーに配られるのが10枚+1枚の11枚であり、その中からカードを組み合わせてスキットを作っていく——つまり、最後に手札が1枚になるまでそれを繰り返すんだ」
「だから、SKIT DOなのね。なるほど」
最初にポーカーと言ったけど、カードが最初からすべて配られているから、組み合わせは自分で完全に
手札として配られた11枚の中から2枚を選んで、自分の前に裏向きにして
ゲーム性もシンプルだね。
その上、オープンとなったカードはすべて公開情報となるから、相手の手札の読み合いってのが勝負になる。……こいつぁ、アツい戦いになるのは確実だ。
たぎる気持ちを胸に押し込めて、テーブルに広げられたカードを全部まとめてシャッフルして、僕と神無月さんに交互に配っていく。
「実際に配られると多く感じるね。『大富豪』とか『7ならべ』みたい」
「実はもう1枚あるんだ。……はい、これが最後の1枚」
僕は「0」を手渡した。
「さっきも言ったけど、ランダムに配られた10枚のカードと今渡した『0』を合わせた11枚が初期手札になる。残りは横に置いといて、後から
「へぇ、無駄がないんだ」
「そう、
「なるほどね。それじゃぁ——」
「あ、ちょい待ち」
カードに伸ばし掛けた手を止めて、神無月さんが首を傾げて僕を見る。
「ゴメン、コレ出すの忘れてた」
苦笑交じりに僕は鞄の中から、アレを取りだした。
「ん? これって? ……あ、カードを立てておく台かぁ。うん、確かに11枚も手に持つのは大変だよね。これってゲームの付属品?」
そんな言葉にちょっと気後れした。スタイリッシュなデザインのカードにはとても似合わない。
「えーとね……この『カードスタンド』は僕が作ったんだ。もっとキレイに作れたらよかったんだけど……なんか、ゴメン」
カードに比べて野暮ったいデザイン——っていうか、デザインにもなってない。端材を組み合わせただけの代物だもんなぁ。
「どうして謝るの? 確かに、手作り感は満載だけど、芳隆くんのお手製ってのがいいんじゃない?」
「ありがと」
カードを並べながら口を吐いた何気ないお礼の言葉に、神無月さんが少し驚いたような表情になったけど、すぐにクスッと笑う。
「ふふ、今日は素直なのねー」
カードを並べていた手が止まる。ちらっと神無月さんを見たときに一瞬目が合って、また伏し目がちになった。
「照れないの。……ホント、カワイーんだから。ほら、ルールの続きを説明してよ」
仄かに感じる挑発。だけど、それに気付かない振りをする。
ちょっとだけ笑ったような、そんな息遣いが耳に届いた。
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