[10.0] SKIT DO —— ①

「あざぁーしたぁ!」

 宅配のおにーさんが一礼して去っていく。

 僕の手には小さなダンボール箱。自然と口角が上がり、ほくそ笑む。はやる心を抑え、おもむろにカッターを取り出して、ダンボールの梱包テープを切る。もちろん、中身に傷が付かないように、細心の注意を払ってだ。

 ゴゴゴゴゴ——

 もちろん、こんな音はしないけど、頭の中では宝物庫の重厚な扉が開いていくような気分! ワクワクが止まらない!

 ダンボールのフタが開いたときには目映い光が漏れた——そんな錯覚さえ覚える。

「おおおーっ!」

 中から出てきたのは更に小さな小箱。大きなオマケ付きのお菓子の箱くらいの大きさで、黒を主体とした色合いのボックスアートがスタイリッシュだ。

「クックック……SKIT DOスキットドゥか。何だか秘密兵器を手に入れたような気分だぞ? 見てるがいい、神無月さん!」

 僕は箱を掲げて高笑い。

 はっと気付いて声を潜めた。……まずいなぁ、中二病丸出しじゃないか。

 気を取り直して手にした箱をひっくり返すと、そこにはあの売り文句キャッチフレーズが書かれていた。

「5分で理解、10分で決着!!」

 これが本当なら、実に素晴らしい! 放課後ボドゲにぴったりじゃないか。しかも、色々と考えどころがあるんであれば、僕と神無月さんの勝負に相応しい。

 こいつは先日、ファンスペで買った88create作のSKIT DOというカードゲーム。去年のゲムマ秋で発表された新作だ。

 ……では、「開封の儀」に入ろうか。

 神聖なる儀式ではあるけど、今回はそんなに大変ではない。シュリンク包装がされてないから、カッターを使わずとも開けられる。

 フタに手を掛けると、いつものことだけど、口元が緩んだ。

 フタを開けると、びしっと束ねられたカードと折りたたまれたルールが入っている。まずはコンポーネントの確認も兼ねて、ルールを開いてみる。

 ルール「ブック」とまではいかないA6サイズほどの紙両面に、ルールが書かれている。分量も少ないし、図とかが多いので確かに「覚える」ってほどじゃないかもしれないなぁ。

「5分で理解」は本当みたいだね。

 一通り目を通して、今度はカードだ。ルールによると、全部で34枚のようだ。

 で、一番先に何をするかというと、カードの内容を見る訳ではない。カードの大きさの確認だ。このカードに合うサイズのスリーブを探すのだ。スリーブってのはカード一枚一枚入れる袋だね。

 カードスリーブは必須だ。カードゲームはカードを手にしている時間が長くなる。そうなると、手垢や汗でカードが汚れてくる。それを防ぐ為にスリーブがいる。それ以外にもスレや折れからもカードを守ってくれる。

 そんな状態になると「マークド印付き」カードとなるので、それを目印にしてズルいことができちゃう。

 ま、そんなんじゃなくても、綺麗に使いたいからね。折角買ったものだし、大切に使いたいって思いのが強い。

「……うーん」

 ところが、僕はカードを手にして唸っていた。

 ぴったり来るサイズのスリーブがないのだ。

 ゲームに使われるカードサイズってのは、実に多岐に渡っている。

 ボドゲでよく見られるのはトレカ——トレーディングカードサイズ。昔はゲーム専門店くらいでしか買えなかったけど、国内で様々なトレカが流行ったお陰で、百円ショップでもこのサイズのスリーブが買えるようになった。喜ばしいことだよ、うん。でも、トレカサイズと見せかけて、ミリ単位でビミョーに大きさが違うことがあるから注意。まぁ、それはスリーブについても同じなんだけど。

 ユーロサイズってのもよく見る。文字通り、ドイツなどのヨーロッパ製のゲームに入っている、ちょっと小さなカード。これのスリーブは流石にゲーム専門店や通販じゃないと手に入らない。

 世間的に一番一般的なのは、名刺サイズって呼ばれるもの。91mm×55mmだったかなぁ。これは文字通り名刺に使われるけど、ボドゲではあんまり見ない。でも、スリーブは百円ショップでも売ってるから、入手は簡単なんだよね。

 で、このSKIT DOのサイズとは言うと——

 これがビミョーなんだよなぁ。近いのは名刺サイズ。だけど、名刺サイズよりほんの少し幅が広い。「少し狭い」であれば、名刺サイズのスリーブに入るんだけど、残念ながら入らない。

 そうなると、スリーブ無しで遊ぶことになる。……でもまぁ、当面は僕と神無月さんが遊ぶだけだろうから、大丈夫かな?

 スリーブの件はまた別の機会に考えるとして、カードそのものを見ていこうか。

 さっきも言った通り、カードは全部で34枚。そのうち、プレイヤーの手札となる数字カードは27枚。ルールカード、サマリーが7枚で合計34枚。

「案外と少ないんだな——」

 正直な感想。まぁ、二人用ゲームだし、ルールを斜め読みした感じだと、手札2枚のポーカーだから、それほどカードはいらないってことだ。

 一つ気になったのは、手札となるカードの枚数だ。2枚によるポーカーだけど、プレイヤーに配られるカードは11枚。これは多い。

 手札が多い——つまり、手に持つカードが多いってこと。当たり前だけど、手持ちカードが多いと、カードの視認性が悪くなるから、情報の把握がちょっとメンドー。個人的には5〜7枚がベストだと思う。持つ枚数を分割して、両方を見比べながらやるって方法もあるけど、ここはカードスタンドに登場してもらおう。

 カードスタンドは文字通りカードを立てて置く、安定性のある土台で、台に溝や切込みがある。カードの視認性を確保しつつ、並べておけるのが強み。

 手に持つよりもカードそのものへのダメージは少ないけど、僕自身は雰囲気が出ないなぁ、なんて思うから、手札の多いゲームに使うようにしている。

 僕のカードスタンドは自作で、百円ショップで売っている端材で組み立てたショボい奴だ。

 本当はさ、Cygnusってサークルさんの作ってるカードスタンドが欲しいんだ。MDFって材料で作られた、ちょっと湾曲しているカードスタンド。カードを並べたときの視認性が評判なんだよね。僕もネットで画像を見たけど、カッコいいんだよなぁ。僕のオンボロカードスタンドとは大違い。ただ、入手が難しい。ゲムマでは頒布してるけど、ZIXZAみたいにファンスペでは取り扱ってないんだよね。残念過ぎる。

 ここで無い物ねだりをしても仕方ない。オンボロでも自作のカードスタンドを使うしかない。……でもまぁ、実際使うのは神無月さんとの対戦のときでいいか。今はカードをテーブルに並べていこう。

「……」

 でも、カードを並べ終えた手は、それ以上動かなかった。

「うーん」

 ……やっぱりさ、神無月さんには同じ条件から始めて、正々堂々と勝負をして勝ちたい。それが勝利の美学って奴じゃないか?

 テーブルに広げていたカードとルールを全部まとめて片付けると、そのまま鞄の中に放り込んだ。……おっと、カードスタンドも忘れずにね。


         ◇


「さぁ、行こうか」

 無意識のうちにそんな呟きが漏れる。自然と口角が持ち上がり、不敵な笑みになったまま、アパートの階段を駆け下りた。

 何故か、いつもよりも足早になっている。

 ……まぁ、待て。慌てるな。神無月さんは逃げやしない。急く気を押さえろ。「急いては事を仕損じる」って言うだろ? 慌てりゃいつもの二の舞だ。……いいか、落ち着け。落ち着くんだ。

 一旦は落ちた歩調。だけど、心のブレーキの掛かりが悪い。落としたはずの歩調が、また次第に早くなっているように感じる。

 学校が近付くにつれ、歩道にウチの生徒の数が増えてくる。角を曲がると校門が見えた。背中がちょっとざわついた。……待ってろ、神無月さん!

「——今日こそ、目にものを見せてくれる!」

「なぁに? 何を見せてくれるの?」

 思わず口を吐いた言葉に返答があった。……ああ、振り返らずとも判るさ、神無月さんだ! しかも、声と同時に肩に手が掛かっている。これはつまり——

「おはよ……んぐっ」

 手を掛けられた逆側から振り返ったのに、そっち側に人差し指が待ち受けていた!

「あは! 本当に素直じゃないんだから。絶対、こっちから振り返るって思ってた♪」

 ニヤニヤ笑った神無月さんが「よしよし」って言いながら、僕の頭を撫でてくる。

「おはよ、芳隆くん♪」

「や、やめてよっ! こんな往来で!」

「そんな細かいことは気にしないの。さ、行きましょ!」

 ぽん、と僕の肩を一叩きして、神無月さんが駆け出す。

「……ま、待ってよぉ!」

 何故か、僕も駆け出していた。

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