[9.0] いずみ亭
「今日は私の奢りだから、何頼んでもいいわよ?」
「本当に……いいの?」
「大丈夫よ。お年玉貯金、結構あるのよね、私。少なくとも、芳隆くんよりはお金持ちだと思うけど」
僕たちはいずみ亭に来ていた。僕はこの間も伊東君と来たけど、制服のままは入れるレストランはここくらいなのだ。
光陵高校の規則じゃ「制服で喫茶店等は入るな」と書かれているけど、このいずみ亭に関しては何故か不問らしい。僕は伊東君からその話を聞いた。
ま、それはさておき。
「じゃ、遠慮なくごちそうになるよ。何にしようかなぁ。……やっぱ、スパカツかな」
「オッケー。それじゃ、オーダーするね」
神無月さんが店員呼出のボタンを押すと、程なくウエイトレスさんが現れる。
「彼にはスパカツを、私にはピカタをお願いします」
「かしこまりました。スパカツとピカタでございますね。少々お待ち下さい」
一礼したウエイトレスさんが去って行く。
神無月さんはこくん、と水を一口含んだ。
「そういえば、初めてだね。こんなとこで、二人で食事するのなんて」
言われて、目が丸くなった。
そ、そうだ! どうして今まで気付かなかったんだ!? こ、ここ、これじゃ、まるで……デートじゃないかっ!
そんな考えが頭を過ぎると、いつものように顔と耳が紅潮してくるのが分かる。
僕はぎこちなく手を伸ばしてコップを掴むと、一気に
「……げほっげほっ!」
「あらあら、大丈夫?」
おしぼりを手にした神無月さんが、腕を伸ばして、口の周りを拭こうとする。
「だ、だだだ、大丈夫だからっ!」
僕は身体を仰け反らして、それだけは阻止した。ち、小さい子供じゃないんだからさっ!
神無月さんはクスクス笑うばかりだ。……あ、目許に涙まで浮かべてるよ!
「そんなに恥ずかしがることないのに」
そ、そんなこと言われても無理! 僕は口を尖らせる。
「そ、そういう神無月さんはどうなのさ! 恥ずかしくないの?」
「何が?」
すぐに返ってきた答え。
神無月さんは肘を付いて手を組むと、そこに顎を乗せて笑った。
「私は芳隆くんと食事をしに来ただけ。それ以上でもそれ以下でもないでしょ?」
「……」
神無月さんは大人だなぁ、なんて素直に思った。
そしたら神無月さん、目を細めてこう言ったんだ。
「好きな人と一緒に食事をするって、ステキなことだと思わない?」
「——!」
「……なーんてね」
一瞬暴発するかと思われた僕の心臓は、何とかそれを回避することができた。でも、ドキドキが止まらない! 神無月さんめ、何てことを言うんだよ!
僕はもう一度コップに手を出す。コップが一気に空になった。
神無月さんは目を細めて僕を見ている。
また、何か仕掛けてくる気なのか!?
第一種警戒態勢で身構えていたけど、それより先に
「スパカツとピカタにございます」
アツアツの鉄皿に乗ったスパゲッティ——神無月さんが言うには、いずみ亭のは「スパゲッティ」であって、「パスタ」ではないそうだ——僕のはそこにカツとミートソースがてんこ盛り、神無月さんのは……ってこれは一体!?
「オム……ライス?」
思わず、そんな言葉が漏れていた。
そう見えるのも仕方ない。だって、鉄皿の上にはオムライスよろしく、黄色いタマゴの掛け布団が掛かってるんだもの。
「あはは、違うよ。これはピカタ。んー、言うなれば『いずみ亭
ぺろっと上唇を軽く舐めた神無月さんがスパゲッティを口に運ぶ。……何だか、上品に食べるなぁ。こんなこと言っちゃ悪いけど、がっついて食べていた伊東君とは比べものにならない。
「ん? どうかした?」
「い、いや、何でもないよ。いただきます」
僕は見とれていたのか? ……いやいや、ピカタの中身が気になっただけだ。そのタマゴの下に何が隠されているのかが。
その後は特に何も話さず食べていたんだけど——
「ぼ、僕の顔に何か付いてる!?」
神無月さんが頬杖付いて、優しそうな眼差しでこっちを見ていたのだ!
「ううん。美味しそうに食べるなぁって思ったの。……奢った甲斐があるってものよ?」
「そ、そお?」
当然ながら、声はひっくり返り、目は泳いでいる。
「そう言えばさっき言ってた、芳隆くんが買えなかったゲームって何だったの?」
いきなりの急展開。それでも、すぐに切り替わるのが僕のボドゲ脳。
ふふふ、僕が買えなかったゲームが気になるなんて、神無月さんがボドゲ沼にはまってきた証拠じゃないか!
「BLOCK.BLOCKってね、積み木風のゲームなんだ。簡単に言えば、ブロックスのコマを立体的にした感じの積み木を積んでいって、陣取りをする——みたいな」
「へぇ、面白そうね!」
ブロックスでは僕にほぼ完勝だからか、神無月さんの目が輝いた。
「ただね、おいそれと手が出せる値段じゃなかったんだよね。一万円もするんだ。でも、高いことは高いけど、理由はさ、分かり過ぎるくらいに分かるんだ」
「どうして?」
「積み木系のゲームは元々高いんだけど、これは更に作るのに手間掛かってるみたいだから。でもね、高校生に一万円のゲームは中々手が出せるモンじゃないよ。……仕送り入った直後だったら、思わず買ってたかもしれないけど」
「……ふーん」
ちょっと首を傾げてなんとも言えない返事をしていた神無月さんが、ちらりと視線をずらした。
「——?」
不意に、神無月さんが僕を見てニヤリとした。
「芳隆くん♪」
言うが早いか、神無月さんのフォークが僕の鉄皿目掛けて飛んでくる!
「——!」
電光石火で迫る神無月さんのフォーク。だが、甘い! 距離は圧倒的に僕の方が近いのだ。
急降下で僕のフォークが迎撃に入った瞬間、軽い金属音が耳に残った。
「ば、バカなっ!」
僕のフォークは、斜めに突っ込んできた神無月さんのフォークに弾かれてしまったのだ!
哀れ、僕のカツは神無月さんの餌食となってしまった……。
「んー、美味しいよねー。やっぱり、スパカツは釧路市民のソウルフードよね!」
「……か、神無月さん、酷いや」
「カツ一切れで泣かないの! 代わりと言っちゃなんだけど、これ、お願いできるかな?」
そう言って、神無月さんは空になった僕の皿と自分の皿を入れ替える。
神無月さんの鉄皿には、まだ三分の一くらいピカタが残っている。
「ちょっと多かったのよね。私はみゆみたいに食べられないなぁ。でね、食べ残しみたいで悪いけど、食べてくれるかな? 最初っから食べられないと思ってたから、ちゃんと分けておいたの……」
ちょっと上目遣いで、両手を合わせている。
でもなぁ……。
いやいや、頼られているんなら、それに応えなければ男が廃る。それに、神無月さんが僕を拝んで頼んでるんだぞ? 今まで負け通しでぐぬぬ状態の僕を、だ。……まぁ、実のところ、ピカタも食べてみたいなぁって思ってたし。
「そこまで言われたんじゃ、仕方ないなぁ。頂戴するよ」
「ありがと!」
今一度、僕を拝んでくる神無月さん。
ふっふっふ……何だ、この気分の良さは!
今度は僕も手を合わせる。
「いただきます」
「ん」
神無月さんが満足そうに微笑んだ。
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