[8.0] ポチる

「さて、次は何を選ぼうか」

 晩ご飯の後、僕はパソコンでくだんのサイトを見ていた。神無月さんがZIXZAを買ったところだ。

 PiXsピックスというお絵描きサイトがある。オリジナルから二次創作のファンアートに至るまで、プロアマ問わずに誰でも投稿、発表ができる大手サイトだ。そこの姉妹サイトに、FUNspaceファンスペースというところがあって、そこは同人誌やグッズなどを制作者が直接販売を可能な場所なのだ。

 で、そのFUNspace——ファンスペでゲームマーケット等に出展していたサークルが、オリジナルゲーム等の販売を始めていたのだ!

 ゲームマーケット——通称ゲムマは東京、大阪で開催されるアナログゲームの祭典だ。メーカーが新作ボドゲを発表したりもするけど、全国の同人創作ゲームやグッズが一堂に会する全国的イベントだ。東京開催に於ける動員数は一万人を超える。

 行ってみたいよなぁ。だけど、北海道から東京は遠い。大阪はもっと遠い。それに札幌からならまだしも、その札幌まで特急乗っても四時間以上掛かる道東の田舎からじゃ、簡単に行けるもんじゃない。

 でも、そんな田舎ボードゲーマーの僕でも、ゲムマでしか買えないようなものが、インターネットでポチるクリックするだけで買えちゃうんだよ? 凄いよね! ホントにいい時代になったなぁ。

 まぁ、それにしたって、神無月さんがファンスペでZIXZAを買わなきゃ分からなかったんだけどさ。やっぱりアンテナ低いなぁ、僕。

 この間、伊東君とこに持ってったZIXZAもここで買ったんだ。あの値段であの満足感を得られるゲームだからね、これとブロックス・ミニを一緒に持ち歩けば、いつでもどこでもボードゲーマー養成セットのできあがり!

 ……ふっふっふ、神無月さん以外にもボードゲーマーを増やすのだ。

 伊東君と佐寺さんは、これからじわじわとボドゲ沼に沈めていかなければいけない。だから、初心者を更に引きずり込むことができる、新たなゲームの見つけ出さないとね。

 初心者を引きずり込むことに必要なゲームの条件——僕の中では「簡単、短い、面白い!」の三つ。

 前にも言ったかも知れないけど大切なことだから、もう一度確認をしておこう。

「簡単」は言うまでもなく、ルール。ルールが難しいってことは説明インストするのに時間がかかるってこと。初心者じゃなくても、ゲームで「遊びたい」んであって、ルールを理解おぼえるのに時間が掛かるんじゃその最中に飽きちゃうと思うんだ。だから、簡単なのはいいことだ。

「短い」もそのままプレイ時間が短いこと。プレイ時間が長すぎても、初心者は飽きちゃう。あまりに短すぎるのも問題だけどね。

「面白い」のは言うまでもないこと。面白くないゲームは僕だってやりたくないもの。でもね、好みってのは誰にでもあるから、僕が「面白い」って言っても、他の人は「面白くない」って言うかも知れない。これが一番難しいかなぁ。今のところ、神無月さんが「面白くない」って言ったことはないけど、今後はどうなるかわからない。先々、好きな物とか訊き出しといた方がいいかも。

 ブロックスもZIXZAも以上三点は難なくクリアしている。この二つに続く物を物色してるんだけど、中々見つからない。

 あと、学校に持ち込むから、あまり大きくないモノがいい。そうなると、やっぱカードゲームかなぁ。

 そんなことを考えながらファンスペをうろうろ。

 ……あ! これ、スッゲー面白そう! 積み木みたいなの使うゲームって大好きなんだよね。BLOCK.BLOCKって言うのか。デザインもシンプルで好みだけど、大きさがなぁ。学校に持ってけるサイズだったら、間違いなく買っちゃう……って一万円!?

 ……ううう、高校生が気軽に買えるゲームじゃなかったかぁ。でも、そのうち手に入れてやる! ぬう、残念だ。

 ま、気を取り直して——

「ん? こいつぁ……」

 目に留まったのはカードゲーム。二人専用か。また、売り文句キャッチフレーズがいいなぁ。

「5分で理解、10分で決着!!」

 これが本当なら、新たな決戦の舞台がすぐにでも揃うってことだ。

 加えて、価格も千円とお値段的にも高校生に優しい。

 ……うーん、悩みどころだ。でも、今月は余裕はないんだよなぁ。ZIXZAも無理矢理買ったようなもんだし。

 ——ポチッ!

 あああ、何ということだ! 指が、指が勝手にポチっちゃったじゃないか! うぉぉー、これ以上の出費はしたくなかったのにぃ——

 などと思いながらも、僕の口許は綻んでいた。


         ◇


「——とまぁ、こんな感じで新しいのを買っちゃったんだよね。明後日には届くと思うんだ」

 いつもの放課後ボドゲ。

 僕は神無月さんとZIXZAで対戦中。これまでのところ、二戦して一勝一敗の五分だ。

「へぇ、新しいの買ったのね。うん、それは楽しみ!」

 にっこり笑った神無月さんだったけど、少し目を細めて僕を見る。

「……それって、私の為?」

 何処か甘ったるい声に聞こえるのは、僕の気のせいなのか!?

 すぐに耳が熱くなってくる。ぐぬぬ、またこのパターンなのか! いい加減慣れろよ、僕!

「耳、赤いよ?」

 笑いを噛み殺す神無月さん。

「あ、赤くないってば! それに、自分でやってみたいから買ったの! 別に神無月さんの為じゃないから! ……でも、今月は次の仕送りまでゲーム買うのは打ち止め! 流石に、これ以上は僕の生命活動に影響が出ちゃう」

「あはは。でも、芳隆くんなら、そんなこと言ってても買っちゃうような気がするわ」

「そ、そんなことないよ!」

「図星って顔してるよ?」

 僕は二の句が継げなくて、口をもごもご。

 それを見て、神無月さんはまた噴き出していた。

「あー、おかしい。……それじゃ、もう一戦いきましょ? そうね、次は今日の夕食を賭けない?」

「ふっ……いいね」

「それじゃ、負けた方が勝った方に夕食を——」

「みなまで言わなくても大丈夫! さぁ、始めようじゃないか」

 神無月さんの言葉を手で制し、僕はサイコロを手の中で転がし始める。

 今日の晩ご飯は、今回の財政難によって、買い置きのカップ麺になる予定だったけど、これで勝ちを収めれば、晩飯代は神無月さん持ちになるからな。絶対に勝つ!

 そんな僕の脳内勝利宣言から十五分後、電脳空間サイバースペースは神無月さんに拠って占拠されていた。

 僕は机に突っ伏していた。

「……何故だ」

「詰めが甘いなぁ、芳隆くんは」

 半ば呆れたような声の神無月さん。だけど、言うほど詰めが甘いとは思わないんだけどなぁ。あくまで展開の問題……ってそこが甘いのか。

 うう、しかし今回は、負けそのものよりも、賭けの報酬のが辛い。夕ご飯を奢らなくちゃいけないんだから。

「さて、そろそろおなかも空いてきたし、ごはん食べに行きましょ?」

「あ、いや、その……神無月さん? 賞品の晩ご飯は今度にしない?」

「どうして?」

 うーむ、財布の中にお金がないなんて、カッコ悪くて言えないよ……。

「お金の心配ならしない」

「うわぁ!」

 腕組みして考え込む僕の耳元に、不意討ちの声が襲う。

「さっき、ちゃんと条件をきいておかないから、こんなことになるのよ。いい? 今回の報酬は『負けた人が勝った人に夕食を奢られる』……つまり、負けた芳隆くんは勝った私に夕食を奢られなければいけないの。分かった?」

 人差し指を立てて、神無月さんは得意そうに笑った。

 正直、胸を撫で下ろした。

「うふふ、ホッとした?」

「そ、そんなことないよ! ……よーし、じゃぁ、何を奢られようかなー」

 なーんか、これから奢られる僕だけど、どっちかと言うと踊らされてる様な気がしてならなかった。

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