[7.3] ZIXZA —— ④

「へぇ、伊東君ってバイク屋さんなんだ!」

「ああ、昔は漁船のエンジンなんかも扱ってたらしいがな。ま、取り敢えず、上がれや」

 学校を出て、伊東くんにくっついて、伊東君の家までやって来た。学校からは十五分くらいかな。結構近いんだね。

 部屋に通され、待ってたら伊東君がお茶缶持って戻ってきた。

「ほれ」

「ありがとう」

 んー、高校に入ってからだと初めてだな、友達の家に来るのは。

 部屋の中をキョロキョロ見てたら、カラーボックスの上にヘルメットがあった。家がバイク屋さんだけに、伊東君もバイクに乗るんだなぁ。

 いいなぁ、とは思うけど、僕は原付免許すら持ってないもんなぁ。

 お茶を飲み干した伊東君が、部屋の隅にあるゴミ箱に空き缶を放り投げて、僕を見る。

「早速だが、稽古付けてくれ。で、晩飯までに何とか形になるようにしてくれ。恐らく、九時過ぎたら幸の奴が来るだろうからな」

「えっ?」

 九時過ぎに来るって……伊東君と佐寺さんってどんな関係なの? 幼馴染みとはいえ、そんな遅い時間に来るなんて。

「ああ、その辺りは気にすんな。俺と幸の両親はツーカーでよ。家も隣だしな。……ほれ」

 僕の表情に、苦い顔した伊藤君が窓を指差す。窓越しに見える家、あれが佐寺さん家で、正面にあるベランダのある部屋が佐寺さんの部屋だそうだ。……よくあるマンガやラノベ的設定が現実にあるなんて、ちょっとびっくりだ。

「その辺は今度ゆっくりにしてくれ。今はとにかくZIXZAをだな——」

 ちぇ、その辺の話が聞きたいのに。でもまぁ、仕方ないかぁ。

 そんなことを考えながら、鞄の中からZIXZAのボードとサイコロを取り出す。

 部屋の真ん中に出された小さな折りたたみテーブルに、ZIXZAのボードを置く。

「ああ、これだこれだ」

 なんて言いながら、伊東君が手に取って裏と表を交互に見ていた。

「さて、やってみようか。まずは伊東君がどの程度なのか、見極めなくっちゃね」

「おう、望むところよ」

 そんな感じで軽く一戦交えてみたんだけど……ん、確かにこれじゃ勝てないよ。

「だぁぁ! また負けた! やっぱ、俺にゃ向いてねーんだな」

 正直、伊東君は単調すぎる。基本、前進しかしてこない。ZIXZAのアクションが「移動」ってなってるのは、前に進むだけが作戦じゃないってことなんだよ。進んだり戻ったりをしながら、自分を有利に導く状況に持ち込むのがZIXZAの醍醐味なんだから。

 でも、単調ってことはちゃんと分かってないってことだから、しっかりツボを教えれば化けるかもしれない。

「何となく、伊東君の状況は理解したよ。だから、まずはこれ」

 僕はサイコロを一つ摘まんで、伊東君の前に出したのだ。

「多分、このままプレイを続けたところで、何の練習にもならないと思うんだ。ZIXZAの本質って言うのかな、それを伊東君が分からない限り、同じことの繰り返しになっちゃうと思う」

「……本質?」

「そう、本質。ZIXZAを制するには、まずはサイコロを制しないとダメなんだ。……なーんて、大仰なこと言ったけど、押さえる点はサイコロの構成さ。サイコロってのは知っての通り、表裏の面を合わせると『7』になるよね。そこをしっかり押さえておくんだ」

「……簡単そうな、難しそうな、だな」

 伊東君は腕組みしては険しい顔をした。ふふ……顔では難しいって言ってるよ?

 僕は伊東くんの前にZIXZAのボード上みたいに、正面から見て斜めになるように置いて、伊東君に訊いた。

「さて、上に見えている面——『天面』って言うんだけど、その裏と、伊東君から見て天面に垂直になった二面の裏の目を答えてくれる?」

「ふむ、天面は『2』、俺の右手側は『6』、左は『4』……ってこたぁ、それぞれ5、1、3か」

「うん、その通り。それが分かるってことは、次のそのサイコロを動かしたら、どんな目が出るのかも分かるよね?」

 そう、サイコロを移動させたときに、次はどの目が天面になるのかってことを把握しておくことが大切。

「ZIXZAでは『サイコロを動かしたら、この目になった』じゃ、ダメなんだよ。『この目にする為に、サイコロを動かした』にしないとね」

「ふむ。ただ漠然と動かしても駄目なのか。次に上になる面を自分でコントロールしろって言いたいんだな?」

「そうそう。呑み込みが早いね、伊東君。だから、ZIXZAの自分の番にできるアクションには『回転』があるんだよ。実際に目が変わるのは『移動』の結果だけど、その下拵えには『回転』は欠かせない」

 伊東君は深い溜息と共に腕を組んで、感心したように僕を見た。

「金見ぃ、オメー頭いいなぁ。マジで感服した。恐れ入ったわ」

 流石に、ちょっと照れ臭いなぁ。伊東君がそんな顔で褒めてくれるなんて、思ってもみなかったから、少し紅潮し始めてきた。でも、そこは不敵な笑みで口許を歪めて誤魔化す。

「褒めても何も出ないよ? ……ま、『回転』を上手く使って目を自在にできるようにしないとね。相手サイコロに近付くときは、できるだけ大きな目にできるようにする。ちょっと『先読み』しないとね」

「戦局、時流を読むって奴か……俺の一番苦手な奴だ」

 伊東君が頭を掻いた。

 佐寺さんが常勝してきた理由が分かったよ。

「伊東君が戦局を読むのが苦手だってのは、何となく分かるなぁ」

 僕がそんな風に笑うと、伊東君は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「ふんっ! ほっとけ!」

「まぁまぁ。だから、それを改めることができれば、伊東君の勝ちも見えてくるってことさ」

「うーん、そうか。……仕方ねぇ、やるか!」

 肩を回して腕まくりする伊東君。……いや、別にそこまで気合入れなくてもいいんじゃない? でも、「兄の威厳」が掛かってるんであれば、力も入っちゃうかぁ。んじゃ、僕もその心意気に応えるように教えないといけないな。

 ポイントの一つであるサイコロの目を自分で把握コントロールすることは教えた。じゃ、あと教えておかないといけないことは?

 ……あ、これはどうかな。

「さっき、必勝法はないって言ったけど、負けにくくなる方法ならあるかも。名付けて『シゴロ大作戦』!」

「何だか陳腐な作戦名だな。どっかの漫画のチンチロリンか?」

 ドヤ顔で人差し指まで立てたのに、その物言いかよ。さっきの仕返しのつもりだな?

「な、名前はアレかもだけど、内容はちゃんとしてるんだから! つまり——」

 僕の提示した作戦はこうだ。

 できるだけ盤上のサイコロの目を4、5、6に保つ、と言うことだ。これら三つの目は隣り合ってる。これはサイコロの構造を考えれば当たり前。だから、この三つのいずれかが出るように「移動」を行い、「回転」で準備するのだ。

 当然、6が天面を占める割合が多いのが望ましい。何たって、6は1以外には負けないんだから。で、コアに入るときには6が天面になるように移動させる。

 ただし、三個のサイコロ全部が6とかだと、相手にも付けいる隙を与えるから、一つはいつでも1が天面になるような状態で待機させておくのだ。

 移動はできるだけ、すべてのサイコロを等しく移動させた方がいい。いつでも三個のサイコロが連携できるようにね。

 そんなところかな。

「金見、やっぱオメー、頭いいわ」

 伊東君が心底感心していた。

「だから、褒めたって何も出ないってば。ま、あとは相手の出目に合わせて一手先読んで動かすくらいかな。それじゃ、二、三回手合わせしてみよう」

「おう!」

 さっきとは打って変わって、伊東君のサイコロの動かし方が丁寧になった。さっきは本当にやっつけ仕事っぽい動かし方だったからなぁ。ちゃんと移動後の目を考えて動かしてるのがよく分かる。

 淡々とゲームは進む。時に長考を挟みながら。

 結果は最初の二戦は僕の勝ち。そして、三戦目にして遂に伊東君が勝った! 僕は決して強い訳じゃないから、僕に勝ったからといって、佐寺さんに勝てるって訳じゃない。でも、これが伊東君にとってのZIXZA初勝利となった。

「おーし! 金見に勝てたぜ!」

 伊東君はガッツポーズで破顔した。

「おめでとう! うん、今のは悪くなかったと思うよ。今まで三回やったけど、一回のプレイ毎に強くなってた様な気がする」

「褒めんなよ。……てか金見、オメー、手ぇ抜いてねぇだろーな?」

「まさか。僕は手加減できるほど強くないよ。勝ったのは伊東君の実力さ。……まぁ、マグレかもしれないけどさ」

「けっ! 言ってくれるじゃねーか。だが、これで幸にコテンパンにされる可能性はかなり減ったろうな。ありがとよ、金見! じゃ、飯行こーぜ」

 ありがたいのはこっちさ。ゲームを教えて、晩ご飯をご馳走になれるなんて嬉し過ぎるって。一食分浮くんだから、一人暮らしにゃ万々歳だよ。


              ◇


 次の日。

 見るからに上機嫌の伊東君がやってきた。

「よぉ、金見! おはよーさん。昨日はあんがとなー」

 ふふ、結果は聞かなくてもいいみたいだね。

 だけど、伊東君は大きな腕で僕の肩に手を回してきて、半ば強引に廊下に連れ出された。

「ま、俺の顔見りゃ結果は一目瞭然だろーがよ、勝ったぜー! 三戦して二勝一敗よ」

「それはよかった。僕も教えた甲斐があるってもんだよ。『兄の威厳』って奴は保てた訳だ。……で、佐寺さんは悔しがってた?」

「それなんだがよ。……ほれ」

 伊東君が親指で指した先——佐寺さんが神無月さんに身振り手振りで話している。何だかとても嬉しそうに見える。

「ん……?」

「いやぁな、俺が二勝一敗で勝ち越して、悔しがるのかと思ったら、『おにーちゃんすっごい!』とか言って、抱き付いてきやがった。俺も拍子抜けよ。だもんで、その部分では溜飲は下がってねぇ」

「ふっ……佐寺さんは強い『おにーちゃん』が嬉しいんじゃない? ねぇ、『おにーちゃん』!」

「……て、テメーに『おにーちゃん』呼ばわりされる所以はねぇっ!」

 ぶんっと大きな手が背中に襲い掛かる。

「おっと」

 それをするりと避け、含み笑いをしながら駆けだした。

「金見、テメー!」

 後ろから、伊東君の迫力のない怒声が聞こえてきた。

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