[7.1] ZIXZA —— ②
「ねぇ、カンナ。カンナはさ、いっつも金見くんと放課後にボードゲームやってるみたいだけど、面白いの?」
お昼休み。おなか一杯で眠くなって机に突っ伏してたら、神無月さんのところに佐寺さんがやって来たようだ。
「楽しいわよー。まだ、二つくらいしかやってないけど、両方とも楽しいよ。今度、みゆもやってみる? でもね……ここだけの話、もっと楽しいのは芳隆くん」
「——!?」
危うく、声が出るところだったじゃないか! これは、このまま寝たふりして、話を聞くしかない。
「ふぇ? ……金見くんが面白いの!?」
予想外の答えに驚いたような佐寺さん。すると、「しーっ」という声。
「起きちゃうよ、芳隆くん」
「あ、ごめん」
さっきよりトーンを落とした声が聞こえた。
「とにかくね、芳隆くんの反応が楽しいの。多分ね、芳隆くん本人はポーカーフェイスだと思ってるのかも知れないけど、バレバレなのよね」
ががーん! 神無月さんは、僕の反応見て楽しんでるのか! てゆーか、僕はポーカーフェイスじゃないってのか!? 自分では顔に感情を表さない方だと思ってたのに。
「あは、確かに表情はコロコロ変わるから、見ていて退屈はしないかもねー。……それに、金見くん童顔だからカワイイし」
などと、小学生にも見えそうな佐寺さんに、ンなこと言われてる僕ってどーなのよ!
その後はあーでもないこーでもない、といつもの雑談だ。
僕の眠気も戻ってきて、本当のお昼寝タイムになりかかったときだった。
「そう言えばさ——」
佐寺さんの声が更に小さくなっていた。
「——カンナって、金見くんとお付き合いしてるの?」
目の前にいた眠気がどっかに吹っ飛び、ぶわっと顔から背中から汗が噴き出した。
ち……違う、違うよ、佐寺さん! 僕と神無月さんは——
こ、これは我慢できない! この場で否定しなければ!
「さぁ? どうでしょう?」
僕の我慢限界ギリギリで、神無月さんが答えていた。けど……な、なんて曖昧な! しかも、そのビミョーな、心をくすぐるような声で!
「また、そうやってはぐらかすんだから、カンナって!」
「うふふ」
予鈴が鳴った。
「あ、もうお昼も終わりだ。じゃ、あとでね、カンナ!」
足音が遠ざかっていく。
一体、神無月さんは何のつもりであんな答えをしたってんだ? また僕を弄る為のネタなのか? 分からん、さっぱり分からん! ……って、予鈴鳴ったってことは、そろそろ起きる準備しないといけないんじゃないか?
「さて……。芳隆くん、起きてるんでしょ?」
ちょっ……バレてたのか? そこまで見越した上での、あの回答なのか? い、いや、待て。早まるな! ここは寝たふりで押し通すしかない!
「耳、赤くなったままだよ」
優しい声が耳元に掛けられた。そして、触れたのかが分からないくらいの微妙すぎる感覚が耳にやって来る。
それなのに、背筋にまで届いた震えは今まで以上だった。
「んもー! 耳弱いんだって! ……あっ!」
気付いたときには、神無月さんの噴き出しそうな顔がそこにあった。
くっそー! また、してやられた!
「ぷぷ……はい、お昼寝はおしまい! ほら、教科書出すの!」
「……はい」
僕は頬を膨らましながら、机の中から教科書を取りだした。
◇
午後のお勤め終了。
教室の空気が一気に開放感で満たされる。
「終わったわねー」
「うん!」
「ふふ……芳隆くん、何だか声が弾んでる」
「そ、そーゆー神無月さんだって……」
くそー、どうにもワクワクが隠しきれなかったか! でも、僕にも分かってるんだぞ! 神無月さんだって少しは楽しみなんじゃないの? 待ち遠しいはずだよ、絶対!
そう、早起きして朝早くに来てまでやった、
ポストカードサイズのボード一枚にサイコロ六個。たったこれだけのコンポーネントなのに、プレイ感は思いっきり深い。その上、ルールも単純明快。将棋やチェスが好きな人なら絶対にハマると思う。その将棋やチェスと比べても、コマの数は少なく各陣営サイコロが三個ずつ。しかも、コマの動かし方を憶える必要もない。総合すると、僕の中ではZIXZAに軍配が上がる。
ホントここは素直に、「ハッピーゲームズさん、僕の負けです」、と諸手を揚げるよ——とまぁ、こんな風にZIXZAついて思いを馳せてたのにさ、
「あはは! 芳隆くん、そんなに待ち遠しいの? 何だかうずうずしてるよ? ……ホント、カワイーなぁ」
なんて、言われる始末!
「今度はふくれてるし……百面相にも程があるよ」
今度は涙浮かべて笑ってるし!
くそー、このお返しはZIXZAできっちり決めてやる。見てろよぉ、神無月さん! 僕のこの屈辱を倍返しだっ!
「……うん、カンナの言う通りだね、金見くんって見てるととっても面白い」
「——!」
ゆっくりと横目で流すと、佐寺さんが神無月さんに耳打ちしている。
……しっかり聞こえてるんですけど!
「あれ? みゆ、今日は部活ないの?」
「あるけど、ちょっと時間あるからさ、カンナと金見くんのゲームを見学させてもらおうって思ったんだぁ」
な、なんと! ……これは大チャンス! 二人目のボドゲフレンズをここでゲットかぁ!? いやいや、ここで焦っては「二兎追う者、一兎も得ず」だからね。慎重に振る舞おう。
逸る気持ちを抑えて、ここは紳士的にいこうじゃないか。
「さ、佐寺さん? だったら、まずは、神無月さんと、ZIXZAをやってみるといいと思うよ」
最初上擦っていた声が、「ZIXZA」の言葉が出た途端にするっと出てきた。……むう、ZIXZA効果スゲぇ。
「なるほど、いいわね、それ。……それじゃ、芳隆くん。私とみゆが対戦するから、芳隆くんはみゆのバックに付いてあげてね」
「そこは心得てるよ、神無月さん!」
「大丈夫かなぁ……」
ちょっと心配そうな佐寺さんを席に着かせる。
神無月さんは優しそうに微笑んだまま、佐寺さんの様子を見守ってた。
「あれ? 佐寺さん。伊東君は?」
思わず訊いていた。やっぱり、普段一緒に見られるものがないと、ちょっと落ち着かない。
「ん? ……あ、おにーちゃんね。おにーちゃんは今日は空手の日なの。ガッコの部活は入ってないけど、小学校の頃から空手やってるんだよねー」
「ふーん……」
ま、あの
伊東君のことはさておいて、佐寺さんが赤、神無月さんが青の陣営となった。ボードの向きはどっちでもいいんだけど、自分の手元に来るシンボルが違ってくる。ゲームの内容には全く関係しないんだけど、このシンボルには意味がある。実はこのZIXZAには、ちゃんとゲームストーリーがあるんだ。
このゲームボードは
別にゲームをする上では関係のないことかもしれない。知らなくてもゲームは楽しめるからね。でも、こういったものがしっかりしていると、ゲームをやる上での臨場感っていうのかな、盛り上がり方が違ったりするのもまた事実。僕は俄然、盛り上がっちゃうんだよな。
……おっと、佐寺さんに教えなくちゃ。
できるだけ簡単に、分かり易く。ま、ZIXZAはそこまで難しいルールじゃないけど、それでも困らないように。
佐寺さんは「うんうん」と頷きながらボードを指差したり、サイコロの面を見比べている。
ちらりと神無月さんを見ると、何だかうっとりしたような視線でこっちを見ている。
「——!?」
思わず目が奪われた。けど、神無月さんに気付かれて、慌てて目を戻す。
「ほら、見とれないで、みゆにちゃんと教えなくちゃ」
うぐぐっ! また紅潮してきたじゃないか! 抜け目ないよ、神無月さん。
少し口籠もってたら、佐寺さんが笑う。
「うん、大体分かった! 途中で分からなくなったら、金見くんに訊くー」
こうして、佐寺さんVS神無月さんのZIXZAが始まった。
「うーん」
「そう来るかぁ」
楽しそうにサイコロを動かす二人。見ているだけでも面白いなぁ。
「げっ、そこにその目で来ちゃうの!?」
「えっへへー♪」
僕の教える出番は来なかった。だって、佐寺さん、凄いんだもの!
可愛い顔して、やることが結構えげつないし。
「……うーん、みゆの勝ちだね」
喜び一杯ガッツポースの佐寺さん。
「やったー! カンナに勝ったぞー! ……って、もうこんな時間!? いっけなーい、ミーティングがぁ! ブチョーに怒られる! ごめん、わたし、部活行かなくちゃ!」
慌てふためく佐寺さんの頭を神無月さんが撫でる。
「大丈夫よ、みゆ。あと片付けはいいから、部活にいってらっしゃい」
「ごめんねー。カンナ、金見くん! じゃ、バイバーイ!」
わーわーばたばた大騒ぎの佐寺さんが、戸口に向かって駆け出していって——コケた。
「……ぐにゅ」
「だ、大丈夫? みゆ」
「あ、あははー、大丈夫! 今度こそ、バイバーイ!」
廊下を走る音が次第に遠ざかる。
嵐が去って行った。
「うふふ、あの娘らしいわ」
「……」
僕には何となく、伊東君の気持ちが理解できたような気がする。
佐寺さんの出て行った戸口を見ていたら、神無月さんが涼しげに言ってきた。
「さて、芳隆くん。朝のリベンジさせてもらってもいい?」
「望むところさ。ブロックスはアレだったけど、ZIXZAは僕の連勝で終わらせてもらうからね」
不敵に応えてやった。
◇
反省の時間が近づきつつある。
これは神無月さんに負けた日の夜には必ずやっている。……ああ、そーだよ、毎日やってるんだよ! 週末以外は! そして、今日のZIXZAも初戦に勝っただけで、結局は一勝三敗だったんだよ!
どうして、こうも勝てないんだ? ゲーム中に僕の表情を読んでるから? それだけでこんなことになるのか?
でも、ペース乱されちゃうよなー。
最後の一戦のときも——
「芳隆くん、私の目を見て」
言われるままに見てしまった神無月さんの目。吸い込まれそうな漆黒の瞳。見つめてると、段々恥ずかしくなってきて、目を逸らす。
「あはは、そんなに照れなくてもいいのに」
……もう、反省するだけ無駄なように思えてきた。
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