[7.0] ZIXZA —— ①

「ふぁぁ」

 欠伸が出た。

 いつもよりも三十分以上早い起床に、眠気はまだ完全には抜けていなかった。

 今日は少し早くに学校に行かないといけない。でも、七時半に校門前って早くないか? 始業時間が八時半だから一時間も早い。僕がいつも家を出るのは八時十分くらいだからなぁ。

 ま、記念すべき神無月さんのボドゲ初購入なんだから、仕方ない。

 学校までの道すがらは、それをうんうん唸って予想したけど、結局昨日以上の予想はできなかった。

 やっぱり、カードゲームが大本命。それ以上の予想ができないところが僕の限界か。まだまだ経験値が足りないってことだ。

 間もなく校門に到着——はいいんだけど、十分も早く着いちゃった。

 神無月さんの姿も見えない。

「待ち合わせは五分前厳守!」って昔から親からみっちり叩き込まれているから、まぁいいや。

 問題は神無月さんがいつ来るかだけど、彼女にしたってそんな遅れてくるはずはないだろ。

 校門に寄り掛かって待つこと五分、腕時計は七時二十五分を指していた。

「わっ!」

「——!」

 いきなり頭上から降り注ぐ声!

 ナンダなんだ、何なんだーっ!

「相変わらずいい反応するわよね! コレだもん、芳隆くんってやっぱ楽しい!」

 ……か、神無月さん!?

 変な格好で固まった僕を尻目に、神無月さんは校門の門柱から飛び降りる。スカートがふわりと舞って、中が見えそうになる。

 僕は目のやりどころに困って、目を逸らした。

「あはは、カワイー! ちゃんと短パン履いてるからね。そう簡単にパンツは拝めさせられないよー」

 ぷぷぷ、と含み笑いの神無月さん。

「んもー、そんなことする為に早く来た訳じゃないんでしょ!」

 僕は仏頂面だ。

「まぁまぁ、そんなに怒らない。私はね、感心してるんだぞ。約束の十分も前に来るなんて、中々できるもんでもないからね。ウン、エラいぞ、芳隆くん!」

 そう言いながら、僕の頭を撫でてくる。

 神無月さんは僕よりも身長が高い。僕が男子にしたら小さいってのもあるんだけどさ。そんなだから、こうやって頭を撫でられたりすると、神無月さんがお姉さんに見えてしまう。……違う、ただのクラスメートだってば!

「よくこの門柱に登ったよね」

「裏側にね、ビール瓶の箱が転がってたから、それ掻き集めて、踏み台にしたのよ」

 まったく、その労力は別のことに使って欲しい。

「てゆーか、神無月さん、いつから居たのさ」

「んー、七時十分頃かな。やっぱり、ワクワクしちゃってね。芳隆くんにも早く見せたいって思いが強くって。そんな訳で、ここで公開しちゃう! 我慢できないもん!」

 神無月さんは学生鞄の蓋を開けて、中をまさぐり始めた。

 そんなに待ち遠しかったのか。まぁ、分かるけど。

 そして、ニヤリと笑った神無月さんは鞄から手を抜いて、僕の目の前にを見せつけた。

「——!」

 正直、僕は驚きを隠せなかった。僕の知らないゲームだったからじゃない。逆に、やってみたいと思っていたゲームだ。ただ、どうして、これが神無月さんの手に握られているのかが分からなかったのだ。

「……ZIXZAジグザ

 それ以上の言葉が出てこない。

 この「ZIXZA」ってのが、このゲームのタイトルだ。

 ただ、一般的に流通している大手メーカー製のボドゲじゃない。ハッピーゲームズというところが作ったゲームで、ゲムマ——ゲームマーケットと呼ばれる全国規模の同人ゲームの即売会でしか入手できないタイトルなのだ。

 それをどうして神無月さんが!?

「流石は芳隆くん! 知ってるのね、このゲーム」

 僕が絶句しているのを見て、神無月さんはきょとんとなる。

「あれ、どうかした? ……可愛いデザインでしょ、これ。前にも言ったけど、これがピンク基調だったらもっと可愛かったんだけどなぁ」

「あ、あのさ、神無月さん、これ、どこで買ったの?」

「ネット通販よ? サイト名は忘れたけど、確か……お絵描きサイトの姉妹サイトだったかなぁ」

 ぐぬぬ、ゲムマのゲームがそう言ったサイトで手に入るような時代になったのかぁ! それ以上に、アンテナ低いなぁ、僕。

 それにしても、初めて手にしたボドゲが同人ゲームだなんて、神無月さんも大概だ。それがいいとか悪いとかじゃなくて、一般市販ゲームと同人ゲームのデキの溝が、それだけ埋まってきてるってことなんだろう。

 同人ゲームには「手作り感満載」ってイメージが強いけど、今のは同人ゲームとは思えないアートワークをしたものも多いのだ。

 このZIXZAにしたってそうだ。どこからどう見たって、市販品と見紛うレベル。神無月さんが惚れ込むのも分かるよ。

 ポストカードサイズのゲームボードに描かれた、緑を基調としたアートワーク。デザインの洗練さは市販品を——

「芳隆くん! 早くやってみましょ?」

 予想外のZIXZAの登場で、ショックが抜けきらない僕の手を掴み、神無月さんがぐいぐい引っ張っていく。

 まさか、この間のゲムマで発表されたタイトルをもうプレイできるなんて! 僕は幸せ者だぁ……って、なして、神無月さんが僕の手を引っ張ってるのさ!?

「か、か、神無月さん! 手を離して頂けると、う、嬉しいのですがっ!」

「急ぐんだから、文句言わない!」

 右にZIXZA、左に僕の手を握った神無月さんの歩調は早く、あっという間に教室に着く。

「ほら、早く席に着く!」

「ふぁ、ふぁい」

 有無も言わさず着席されられた僕。神無月さんは鞄から小さな巾着を取りだして、ひっくり返す。中からバラバラと六個のサイコロが転がり落ちてきた。

「おっとっと!」

 机から落ちそうなサイコロを、何とか受ける。

「ナイス、リカバー♪」

 神無月さんが笑う。

 改めて、机の上に置かれたZIXZAを見てみる。

「手に取ってみてもいい?」

「とーぜん!」

 ホント、見事なデザインだよなぁ。……あ、裏面がゲームルールになってるのか! この小さなボードに全てが収められているのか……凄いなぁ。

 ふと気が付いた。

「このZIXZAのボード、カードケースに入ってるけど、コレも付属品?」

「違うわよ。それは私が買ったもの。そのサイコロと一緒に百円ショップで買ってきたの。だって、これ、お気に入りだもの、綺麗に、大切に使いたいじゃない?」

 流石は神無月さん! その辺は教えるまでもないみたいだね。

「本当、ステキよね。ルールも簡単だし。驚いたのはサイコロ使うのに、振って使うんじゃないのね」

 そう、ZIXZAはサイコロを使うゲームだけど、サイコロ本来の使い方をするのはゲーム開始時だけ。じゃ、サイコロはどう使うの?——って話になる。

 ZIXZAではサイコロそのものが、プレイヤーの動かすコマとなるのだ。

 ボードには斜めになった四角いマスが、三個、四個、三個、四個……と連なり九列のフィールドを形成する。

 プレイヤーは対面に座り、それぞれ自分の前にある少し色の薄い三つのマス——出現ポイント——に受け持った色のサイコロを置いていく。で、このサイコロをルールに従って動かして勝ちを目指すのだ。

「私がルールを説明するまでもないわよね? それじゃ、レッツプレイ!」

「じゃ、まずは一つの目のサイコロを振ろうか」

 僕が青、神無月さんが赤のサイコロを受け持ち、それぞれ一つずつ転がした。出た目は僕が3、神無月さんは5。

「じゃ、私が先に配置するね」

 神無月さんは出現ポイントの真ん中にある、シンボルの付いたマスに出目である5を上にして置いた。

 続いては僕。僕も同じく、自分のシンボルのマスに3を上にして配置。

 同じ動作を三回繰り返し、僕の出現ポイントには4、3、6、神無月さんの出現ポイントには1、5、6の目を上にしたサイコロが置かれた。

 初期配置はこれで終わり。さぁ、火蓋を切ろうじゃないか。

 出目の合計は僕が13、神無月さんが12で僕が先攻だ。

「ワクワクするね」

 神無月さんが弾んだ声を出した。僕は答えの代わりにニヤリと笑って、サイコロを動かした。

 プレイヤーが手番にできることは三つ——移動、回転、そして攻撃だ。攻撃は隣に相手のサイコロがないとできないから、この場合は移動か回転のみ。

 僕は4の目のサイコロを移動させることを選んだ。移動と言ってもそのまま動かす訳じゃない。隣のマスに向かってように進めるのだ。これによって、サイコロの目は1となって隣のマスに移動する。

「ふーん。ルールはよく読んでイメージはできたんだけど、やっぱり実際に人を相手にするのは違うね。……最初の配置、ちょっと失敗しちゃった」

 そう言って神無月さんは、6の目のサイコロを回転させる。回転をさせると、移動したときに現れる新たな目を変えることができる。実は始めにサイコロを置くとき、向きは自由に置けるんだ。出目は変えられないけどね。で、その向きを間違って置いちゃったんだろう、神無月さんは。

 それでも、「ちょっと待って」とか「コレ無し!」とか言わないのは流石だ。好感持てるよね……って、ゲームプレイヤーとしての好感度だよ! 言うまでもなく!

 だからといって、僕は手綱を緩めるつもりはないよ、神無月さん。何しろ、ブロックスではほぼコテンパンにやられているんだからね。

 でも、そんなことは口にせず、僕はだんまりのまま、サイコロに手を伸ばした。

 ZIXZAの勝利条件は三種類ある。一つは、真ん中の列にある少し濃い色の「ZIXZA」の三マス——「コア」と言うそうだ——を全て占拠。もう一つは、相手のサイコロを二つ取る。最後の一つは、相手のシンボルへの到達だ。

 さて、ここはどの勝ち筋を目指すか。とは言え、あくまでも指標だ。相手の動きを見て、臨機応変に立ち回るのだ。

 僕も神無月さんも無言になった。

 朝の静かな教室にサイコロを前進させたときの、「ことっ」って音だけがたまに聞こえる。

「……あっ!」

「ふふふ、詰めを誤ったね、神無月さん!」

 一つずつ相手のサイコロを取り除いた後のことだった。4の青いサイコロの隣に前進した赤いサイコロの目は3だった。

「じゃ、僕の勝ち」

 隣接するサイコロの戦闘は、開始時に純粋に大きい目の方が勝つ。たった一つの例外は、1が6に勝つってことかな。全ての目は六竦ろくすくみになってるってこと。

 僕の青いサイコロは4で、3の赤いサイコロを「攻撃」した。

 結果、赤いサイコロは除去され、神無月さんは二つのサイコロを失った。よって、僕の勝ちーっ!

 思わずガッツポーズをするとこだった……危ない危ない。

 ここは涼しい顔をしないとね。

「んー、これ面白い! ますます気に入ったわ! 再戦、と行きたいところだけど、時間的にはきっついかな?」

 そう言って、神無月さんは眼鏡をかけ直した。

「カンナ、おっはよー! 金見くんもおはよー」

 元気一杯の声が教室に響く。佐寺さんだ。その後ろから大欠伸をしながら、鞄を担いだ伊東君が入ってくる。

「あら、みゆ。おはよ。随分と早いのね」

「うん、今日はおにーちゃんが日直だからね。付き合って早く来たんだぁ」

 神無月さんが佐寺さんとお喋りをし始めた。

「おう——」

 伊東君が僕を小突く。

「——朝っぱらから随分と仲良しじゃねーか。……金見、お前ら本当は付き合ってんじゃねぇの?」

 などと、下卑た笑いをしてくる。

「ち、違うから! ……絶対に、違うから!」

 反射的に飛び出た声が教室にこだました。

「どしたの? 芳隆くん? 違うって、何が?」

 驚いたような神無月さんと佐寺さんが僕を見ている。その横で含み笑いをしていた伊東君は、いつの間にか大口開けてお腹を抱えていた。

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