[6.0] 噂

「なぁ、金見、ちょっと付き合え」

 クラス一の巨人、伊東君が僕に声を掛けてきた。いつもであれば、放課後は神無月さんとボドゲの時間ではあるんだけど、彼女は今日は家の用事とかで、「ごめんねー」と一言残して帰っちゃったからな。

「うん、いいけど……どうかした?」

「特に用って程のことじゃねぇんだが、せっつかれて大変なんだ」

「えっ?」

「ま、とりあえず、だ。金見、腹減ってねーか?」

「……うん、減ってるっちゃ減ってるかな。帰るときにコンビニ弁当でも買って帰ろうって思ってたから」

「あ、オメー一人暮らしか。いいなぁ。俺もやってみてぇな、一人暮らし。ま、それはさておき、いずみ亭行ってスパカツ喰ってこようぜ」

 スパカツ——それは釧路市民のソウルフードと呼ばれているものだって聞いたことがある。けど、僕は浜中町民だったから、食べたことはない。いや、食べたことはあるかもだけど、そうだとしても小さい頃の話だから覚えてない。

「うん、いいけど。……って伊東君、佐寺さんは?」

 伊東君と佐寺さん、いっつも一緒にいるような印象だったけど、あの小さいリスのような姿は、今は伊東君の隣にはない。

「ああ、幸な。あいつは今日は天文部だ。俺も羽を伸ばせるってもんよ」

 そう言えば、前に放課後にあったとき、「天文部が——」とか言ってたもんな。

「あ、金見、これだけは約束してくれ。俺とスパカツ喰いに行ったことは幸には絶対言わないでくれ」

「なして?」

「うるせーんだよ、あいつ。事ある毎に『ずるい! どーしてわたしも連れてってくれなかったの!』って言われんだよ……」

 苦虫を噛み潰したような伊東君の表情かおに、僕は思わず噴き出してしまった。強面こわもての伊東君には余りにも似つかなかったから。

「笑うなよ、金見。あいつの相手はメンドーなんだから」

「わかったよ」

 とは言いつつも、僕は笑いを堪えることができなかった。


          ◇


「凄いボリュームだね、スパカツって」

 僕たちはの前には二枚の空になった鉄皿プレートが置かれていた。スパゲッティの上に大きなトンカツ。更にそこにたっぷりのミートソースがかかっているのだ。ここ、レストランいずみ亭の看板メニューって聞いてたけど、間違いないね。

「まぁな。でもお前、それ全部喰ったってこたぁ、見かけによらず喰う方なんだな。……さて、腹拵えもしたし、本題に入ろうか」

 伊東君が腕組みをして僕を見据えた。

 強面の伊東君にそんな格好されると思わず身構えてしまう。……だって、迫力満点なんだよ、伊東君!

「ぶっちゃけ、ストレートに訊くぞ。俺は回りくどいのは嫌いだからな」

 息を呑んだ。……一体、何を訊くつもりなんだ? 伊東君は!

「金見、お前……神無月と付き合ってるのか?」

「へっ!?」

 藪から棒の質問に、見事に声がひっくり返っていた。

「ど、どどど、どーしてそんなことになるのさ!」

「クラス中で話題になってるぞ? 『あいつ等はデキてる』ってな」

 まさしく、青天の霹靂。何処をどー見れば、僕と神無月さんがデキてるって話になるの!? 放課後にボドゲやってるだけなのに?

「金見……顔赤いぞ。耳まで真っ赤だ」

「そ、そんな根も葉もないこと言われたら、そーなるよ! 大体どーして、そんな話が出てくるのさ!」

 僕が喰って掛かると、伊東君はさもありなんって表情になった。

「あ、そうか。お前は寝てたから分からんのか。実はな——」

 それはこの間のことだ。僕が寝不足で、神無月さんから放課後ボドゲ禁止令を喰らった日のこと。

 あの日は結局耐えきれずに、二時間目からお昼休みまでぶっ通しで寝てしまった。

 起きたときには、にっこり笑った神無月さんに「おはよう」って言われて、図らずも赤面した。

 伊東君が言うには、三時間目の現代社会のときに、居眠りに気付いた担当の末武先生が僕を起こそうとしたのを、神無月さんが阻止したそうなのだ。

「驚いたぜ、あれにゃ。だってよ、神無月の奴、お前起こそうとした末武に向かって、立ち上がってこう言ったんだぜ? 『金見くんは昨夜の勉強で疲れているのです。起こすことは許されません! 末武先生、本授業での履修内容に関しましては、私が責任を持って金見くんに教授致します。ですから、今日のところはお見逃しの程を』なんて、ぴしゃりと言ったもんだから、末武が引っ込んじゃってさ。いやぁ、あの迫力は凄かった。何たって、俺が神無月の言葉を、丸々全部覚えてるくらいだからな」

 絶句した。

 神無月さんがそんなことをしてくれてたなんて、それこそ夢にも思わなかった。

「そんなだからな。お前等がデキてるって話が持ち上がるのも無理はないってことさ」

 うんうん、と自分の言葉に頷く伊東君。けど、言われっ放しも悔しかったので反撃してみる。

「そ、そーゆー伊東君だって佐寺さんとどうなのさ! 考えてみれば、なして『おにーちゃん』なんて呼ばれてるの?」

 クラス一大きな伊東君とクラス一小さな佐寺さんの凸凹コンビ。だから、佐寺さんが伊東君のことを「おにーちゃん」って呼んでいるのは、今まで然したる違和感を感じなかったんだよね。

 コップを傾けていた伊東君が咽せた。

「——げほっげほっ! あのなぁ、金見。俺は幸の『保護者』みたいなもんだ。あいつとは幼馴染みでな、もうかれこれ十数年の付き合いなんだよ。で、小さい頃からあいつは、俺のことを『おにーちゃん』って呼んでる。それだけの話だ。未だにおこちゃまが抜けきってないんだよ。それに、あの鉄砲玉は俺が見張ってないと、何しでかすか分からんからな。俺も頭が痛いのさ」

「ふーん……」

 そんな事情があったのか。

 もう一つ疑問が沸いた。

「それは分かった。じゃ、僕からもう一つ質問。なして、伊東君がそんなこと僕に訊いた訳? 言っちゃ悪いけど、伊東君は恋愛沙汰にはあまり興味がなさそうなのに」

「いや、それな……」

 伊東君の身体が縮こまったように見えた。

「幸がよ、確認してくれってうるせーんだよ」

 何処か小声の伊東君の回答に、僕は拳を口に当ててぷっと噴き出した。

 あはは、流石は「おにーちゃん」ってところなのかな?


               ◇


 ピコーン——

 LINIEリニーの着信音が鳴った。

 ん? 神無月さんか。

[届いたよ! 早速やってみたいから、明日は7:30に校門前に集合!]

 あ、この間言っていたゲームが届いたのか。そりゃ、すぐにでもやってみたい気になるよなぁ。

 この気持ちは凄く分かる。

 僕もよく通販でボドゲは買うから、届くまでの待ち遠しさ、届いてから開封けるまでのドキドキ、実際プレイするときの高潮——どれも甲乙付けがたい興奮だ。ま、最後のプレイの高潮はあんまり味わったことがないんだけどさ。

 で、神無月さんがどんなボドゲを買ったのか——

 教えてって言ったところで、素直に教えてくれるはずないから、それを推理するところからいってみようか。

 まずは価格の問題。

 ボドゲを買うってのは、価格との折り合いがつかないと買うことができない。何でもそうだけど、高い物は高い。コンポーネント中身が豪華であればあるほど高い。例えば、ゲームボードのアートワークが素晴らしいとか、厚紙でビシッとしてるとか。コマがフィギュアになってるとか。

 ゲームでお金を扱ったりするモノなんかだと、金属製のコインが付属している——なんてものもある。

 ただ、前に「値段が手頃」って言ってたから、コンポーネントが豪華絢爛ってことはない。特に、神無月さんはボドゲ初心者なんだから、そこまでお金を掛けたりしないだろう。

 次は大きさ。

 明日、学校でやってみたいってことは学生鞄に入って然程邪魔にならないサイズってことだ。だとすると、よく言われる小箱って奴かな。小箱のゲームは多くの場合、カードゲームであることが多い。ゲームボードが付属するモノもあるけど少数だ。

 最後に時間。

 ボドゲに費やす時間全て。プレイ時間だけじゃなく、その準備とか後片付けもそこに含まれる。まぁ、これは基本的にコンポーネントの多さに比例する。更に、初めてのプレイだと、ルールのインスト時間も考慮しないといけない。ルールが煩雑なモノだと、インストだけで一時間以上掛かるモノもある。

 学校の休み時間や放課後にするんであれば、長時間を必要とするモノはできない。つまり、一回のプレイ時間は十分程度ってところだな。

 で、これら条件を加味して考えると——むう、さっぱり分からない。

 予想としてはカードゲームだとは思うんだ。小箱だろうから。

 前に一度、僕が持っていこうとしたバトルライン。これもカードゲームだけど時間はそれなりに掛かるし、神無月さんが「可愛いデザイン」って言ってたから、ないな。バトルラインのカードイラストはとても有名な外人さんが描いてるんだけど、お世辞にも可愛いとは言えない。それに値段も三千円前後だったはずだから、「値段も手頃」じゃないよなぁ。

 まぁ、神無月さんの言う「値段が手頃」ってのがどの程度なのかも分からないからね。家が華道の家元って言ってたから、もしかしてお金持ちで、神無月さんの月のお小遣いがン万円とかだったら、全然分からないよ。

 ボドゲ的感覚で値段が手頃ってのを考えてみる。僕の場合は二千円以下かな。二千円でも、しがない高校生にとっては大金だからね、しっかりと吟味した上で買うんだけどさ。

 僕のことはさておき、神無月さんが何を買ったか何だけど、カードゲームかなってくらいで、それ以外はさっぱりだ。

 ピコーン——

 あ、またLINIEだ。

[既読スルー?]

 あ、返事してなかったか。いかんいかん。

[ごめんなさいー。色々と考え事してたから]

[もしかして、私の買ったゲームのこと?]

[まぁ、そんなとこ]

 まったく、相変わらず勘がいいなぁ。

[じゃ、当ててみてよ!]

[無理! さっぱり分からない]

[明日を楽しみにしててね! じゃ、おやすみー]

 時計を見ると、もう十一時を回っていた。むう、流石に僕も寝ないとダメかな。

 寝不足になったら、また神無月さんに迷惑を掛ける羽目になる。それだけは回避しないとな。

 僕は大人しくベッドに潜り込んだ。

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