[5.0] ステップアップ
「現在のところ、作戦進捗は順調。問題はこの先だ——」
僕は棚の前で唸っていた。棚の前と言っても本棚ではない。ボドゲ棚だ。いや、本来は本棚なんだけど、並べてあるのはすべてボドゲなのだ。
次の選択が大切だ。ここで見誤ると取り返しの付かないことになる。そして、このステップアップが上手くいけば、今後の展開は楽になる。
しかし——
「うーん。学校に持っていくのであれば、小箱だよなぁ。できれば二人用。神無月さんの好みもあるだろうけど……って、そんなの知らないし」
などと、セルフツッコミやってしまった。
僕は今、ブロックス・ミニの代わりとなる、次のボドゲを物色中だった。
もう少しで五月。入学してから二週間が過ぎようとしている。学校にも大分慣れたし、友達もできた。そしてなんと、ボドゲの相手も見つかった。これが一番デカい! やってみたいゲームは山のようにあるのだ。目の前にある棚のほぼ全てが、そうなのだから。
ただなぁ……そのボドゲの相手が、事あるごとに僕を弄り倒す神無月さんってところが問題だ。
だからといって、神無月さんにいなくなってもらっては困る。そう簡単に手放してなるものか!
そうじゃなくちゃ、さんざっぱらからかわれ、あれだけ辱めを受けて笑われた、僕の我慢は何だったんだって話になる。
……あ、勘違いされると困るんだけど、僕はあくまでゲームの相手として、神無月さんにいなくなられると困るんであって、恋愛対象としてじゃない! これだけは一応、断っておく。
ゲーム相手としての神無月さんは優秀だ。インスト——ルールを教えること——にしても、勘どころがいいんだよね。「一を聞いて十を知る」っていうか。
加えて、何より強い! まだブロックスしかやってないけど、初めてやった日から今日の放課後まで八十六戦を行い、通算成績は僕が七勝、神無月さんが七十九勝、と神無月さんの圧倒的勝利なのだ! はっはっは!
……何だか、虚しくなった。
まぁ、これには目を瞑ろう。ボドゲに限らず、ゲームは勝つだけが目的ではない。「ゲームを楽しむ」ってことが大切なのだ。少なくとも、僕にとっては、神無月さんとゲームをする時間はとても充実しているからね。
で、その充実感を更に大きいモノするために、僕は悩んでいるのだ。
「鞄にしっかり収まって、然程ルールも難しくない。その割に、考えどころがあって、然程時間がかからないゲーム……って、そんなのあるんかよ」
またもセルフツッコミだ。
大きさの問題はさておき、ルールの難しさと時間は重要なんだよね。
ボドゲ慣れしてる人はさておき、初心者にはすぐにルールが覚えられて、簡単なのが好まれる。
時間も短めの方が、気軽に初めて気軽に終われる——その軽さが大切なんだよ。
ボドゲに興味を持ってくれて、実際遊んで楽しいと思った人でも、この二つの要素がビミョーだと、次から遊んでくれなくなる可能性が高くなる。……ウチの家族がそうだったから。
そんな過去の失敗も踏まえて、僕はボドゲを選んでいるのである。
「少しずつ、神無月さんをボドゲ沼に沈めてやる。今までの屈辱的体験はそのためにあったのだぁ! ふははははー」
両手を広げて高笑い……ただの残念な高校生じゃないか、これじゃ。
はぁ、と溜息。
でも、真面目に探さないと。ずっと、ブロックスって訳にもいかないからなぁ。
ネックとなってるのは携帯に便利ってのもそうだけど、それ以上に「二人でも面白い」ってのが問題。大抵のゲームは「人数:2人〜」ってのが多いんだけど、二人だとゲーム性が変わって面白くないものもあるらしい。だから、できれば二人専用のゲームがいいんだけどね。
「バトルラインか……確かに面白いかもしれないけど、難しいかなぁ。ちょっと時間も掛かるし」
棚からバトルラインを取りだして、裏書きを確認する。
このゲームは二人専用のカードゲームだ。バトルラインの名前の通り、戦線を作るゲームで、中央に並べられたコマを、トランプのポーカーよろしくカードで役を作って、その優劣でコマを取り合う。最終的に取ったコマの多い方が勝ち。
ルールそのものはそれほど難しくはない。だけど、考える時間が増えるから、プレイ時間もそれに比例して長くなってしまう。
「うーん、やっぱり時間がネックだな。……思った以上に、選択が難しいな。神無月さんを立派なボードゲーマーに調教するなら、ベストの選択しないとな」
……調教?
何気なく口にした単語に、ちょっとドキッとした。
一瞬、イケない妄想が頭をかすめる。
いやいやいやいやいやいや!
そういや、神無月さんってスラッとしてる割に、結構胸もあるんだよね。クラスの女子の中でも一、二を争うんじゃないか?
だから、そうじゃない、そうじゃないってば! な、何を考えてるんだ、僕はっ!
……次のボドゲを選ぶのだ。神無月さんを虜にしてしまうような、面白いボドゲを。
……虜? 途端に、また妙な妄想が僕を歪めようとする。
あああ、何なんだよ、これ……。
こんなことを数回繰り返した僕は、何故か肩で息をして、疲れ果てていた。
「はぁはぁはぁ……駄目だ、今日は寝ちまおう」
こんな状態で、まともな案が出るはずもない。また明日、リセットした頭でしっかり考えることにしよう。
案外と建設的な考えが出た割に、身体を投げ出すようにベッドに転がる。天井から伸びた紐を引っ張ると、灯りが落ちた。
目を瞑る——
寝付きがいい方、と自負のある僕だけど、今日に限ってはさっぱり眠くならない。逆に目が冴えてきたような気もする。
むう、日付が変わっちゃったじゃないか。とっとと寝ないと。
こんなときはどうしたっけ? あ、山羊を数えるんだっけか? いや、羊だったかな?
羊と言えば、羊を千匹にするカードゲームってあったよな。あれ、何て名前だっけ? あれ、絵柄も可愛いし、女の子ウケはいいかも……って、あれは一人専用か。あと「ひつ陣」ってのもあったなぁ。でもあれは二人で遊べたっけか? てゆーか、それ以前に持ってないじゃん! ひつ陣買う? でも、OKAZUブランドのゲームなら横濱紳商伝DUELのが欲しいし。いやいや、そうじゃないし。神無月さんが遊んでくれそうなゲームの選択だろが、まずは! でも、将来的には横濱紳商伝DUELも神無月さんとやりたいところだな。
だからまずは、神無月さんを深みに嵌めるボドゲをだな——
「へぇ、私の為にゲームを選んでくれてんだ」
聞き覚えのある声に驚いて、目が開く。
「なして、ここにいるの!?」
神無月さんが僕の顔を覗き込んでいた。な、何故バニーガールの格好してんのさ! ……って、神無月さんに家を教えた憶えないんだけど!
どうやって来たってんだ? なして、バニーガールなんだ!
「まぁまぁ。で、どんなボドゲを選ぶつもりだったの?」
「それが選べないから、こんなにうんうん唸って悩んでんじゃないかぁ」
にっこり微笑んだ神無月さんが手を差し出した。何かの箱が握られている。
「犯人は踊る……第三版?」
「うん、私はこれ、やってみたい」
いや、それさ、確かに面白いけど、三人以上いないとゲームにならないってば。このゲームは五、六人が面白いって——
神無月さんがニヤリと笑う。
「ちょっ! これって、どういうこと!?」
僕はいつの間にか断崖絶壁に追い詰められていた。後ろは底の見えない深淵だ!
「犯人はお前だぁっ! えいっ!」
デコピンが飛んでくる
「うわあああぁぁぁ!」
——ドシン!
首が痛い。
僕の視界には床からそびえ立つ勉強机兼食卓テーブルの足と、転がっている「犯人は踊る 第三版」が映っていた。分かりきったことだけど、今のは夢で、僕はベッドから落ちて目が覚めたのだ。
何というお約束的展開! 夢の中でまで僕を陥れるとは! 神無月さん、前にも増して恐るべし。
眠ったんだか、寝てないんだかよく分からない。それでも、菓子パンをかじって牛乳で流し込む。目覚まし時計に目をやると、ビミョーな時間になっていた。……うげ、遅刻ギリギリじゃないか!
僕は鞄を引っ掴んで家を出た。
◇
「おはよ、芳隆くん」
欠伸しながら席に着いたら、神無月さんが笑いかけた。
「
「眠そうだね」
頬杖を突いていつもの微笑で僕を見てくる。
不意に昨夜の妄想が反芻されて、顔が紅潮してくるのが分かった。
「ふぇ!? まだからかってないのに、どうして赤くなってるの?」
「あ、暑いんだよ!」
「ホントかなぁ。そんな夜更かしして、何をしていたのやら」
神無月さんはやらしー含み笑いしながら、僕を小突いてくる。
更に暑くなった。
しかし、ここで「神無月さんの所為だ!」などと口走ると、新たなネタを与えかねんから、ここはじっと我慢だ! ……でも、待てよ? ここで、神無月さんの為にボドゲ選びを悩んで寝不足なんだよ——くらいに言っておけば、少しは恩を売れるか?
「いやさぁ、放課後のボドゲ、ずっとブロックスでしょ?
言い終わると同時に、また欠伸が出た。
神無月さんの為に——って言おうと思ってたけど、口から出ることはなかった。
「そっかぁ。ねぇ、それって、もしかして……『私の為』?」
呑み込んだはずの言葉が、神無月さんの口から飛び出していた。
「ち、違うから! ブ、ブロックスばっかで飽きたんだよ、僕が!」
神無月さんは「そっか」とクスッと笑う。だけど、次の瞬間、真面目過ぎる視線をぶつけてくる。
「でも芳隆くん、今日の放課後ボドゲは中止ね。すぐに帰宅すること。いい? これは私からのお願い。そんな本調子じゃない芳隆くんに勝っても楽しくないもの」
中指で眼鏡のブリッジを持ち上げ、そこから発射される眼光の鋭さに、僕は思わず息を呑んだ。
「は、はい」
何故か、直立不動で返事をしていた。
「あと、眠かったら、我慢しないで寝て下さい。ノートは私が責任持って写させてあげる。分からない部分があったら、きっちりみっちり教えるわ。いいわね?」
有無を言わさぬ迫力。いや、これは拒めないだろ。拒んだらどうなるのか——いや、それは絶対に知りたくない。
「どうしたの? 突っ立ったままで。座ってよ」
今はフツーの神無月さんだった。
「あ、ありがと」
そそくさと席に着く。……んー、何か調子狂うなぁ。いや、元々調子は悪いんだから、狂いっ放しか。
「で、新しいボドゲ? 確かにブロックスしかやってないよね。……本当はモノが届いてから、芳隆くんにサプライズしちゃおうって思ってたんだけど、今発表しちゃいまーす」
茶目っ気たっぷりの笑顔のまま、神無月さんは人差し指を立てた。
「実は、昨日ネットで凄く可愛いデザインのゲームを見つけたの。しかも、値段も手頃! 思わず、注文しちゃったわ。……で、それが届くのが
「へぇ、何てゲーム?」
「んー、何だったかな。ま、それは届いてからのお楽しみってことで。……とにかく凄くデザインが気に入ったの。惜しむらくはピンク系の配色じゃなかったのよね。これがピンク系だったら、どストライク! もしあるんなら、もう一つ買っちゃうかも!」
お、驚いた! 自分でゲームを買うなんて、凄いじゃないか! ふっふっふ、僕の調教……じゃない、教育の成果は確実に出てるんだなぁ。
僕は何処か満足げな
「眠気でしゃきっとしていない割にはいい顔してるね! どぉ? 私も少しはステップアップしたって思わない?」
神無月さんは腕を組んでドヤ顔である。その瞳が悪戯っぽい色に染まって、僕の耳元にまで近寄ってくる。
「……ねぇ、私たちの関係もステップアップしちゃう?」
「——!?」
反射的に飛び上がって、
流石の神無月さんも両手を口許に当てて驚いている。
今の大きな音で、クラス中の視線が僕に集まる。
一瞬の静寂。
「な、何なんだよ、もー!」
僕のこの一言で教室は一気に沸いた。
そして、神無月さんもお腹を抱えて笑っていた。
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