[4.0] 賭け試合

 ぐぬぬ。……勝てぬ。何故だ! 何故なんだぁ!

 一昨日から放課後のブロックス・ミニは累計三勝二四敗。昨日は九戦して一勝八敗、今日はここまで八戦して一勝七敗だ。決まって初戦は僕が勝つんだけど、その後がよろしくない。

 正直、神無月さんは強い。だけど、僕が勝てないって程の強さでもない気がする。ちょっとしたきっかけさえあれば、僕に勝ちは転がってくるだろう。

 そう、何かきっかけさえあれば——

「ねぇ、金見くん、次は賭け試合にしない?」

「賭け試合? 何か、賞品を賭けるってこと?」

 大して興味のない素振りを見せたけど、僕は内心ニヤリとしていた。上手い具合に、きっかけが転がり込んできたじゃないか。

「そう。その方が勝負への真剣味も増すんじゃないかしら。金見くんもそんな条件の方が本気出しやすいんじゃない?」

 神無月さんは不敵に微笑む。

 ……くっ! また精神感応テレパシーを使ったのか? だが、気取られるな。これまでと同じように振る舞えばいい。

「で、何を賭ける?」

「んー、それじゃ、私のファースト・キス」

「——!?」

 目が見開いた。絶句した。……ぐわっ、心臓が! 鼓動が、鼓動がぁぁっ!

「あははっ! 冗談よ、冗談! ホント、楽しいなぁ、金見くんは!」

 息が出来なくなるほど笑った神無月さんは、目許の涙を拭う。

 くっそー! またやられた! 神無月さんの常套手段だって分かってるのに、毎回同じ反応をしてしまう。ううう、僕は男女関係には耐性が低いんだよぉ……。

「あー、おかしい! ……って、そんなに怒らないでってば。んーそうね、『負けた方が勝った方の望みを一つ叶える』ってのはどう?」

「それでいいよ……」

 またも、さんざっぱら弄ばれた。流石にもう怒った、本気出す。絶対にだ! ここは負けられない。いや、勝つんだ。勝って、神無月さんを僕のいいなりにするのだ!

 決戦の火蓋が切られる。血戦となる第九戦だ!


           ◇


「じゃ、私の勝ち」

 ——パチン!

 終わった。完全に終わった。

 盤上にはもうタイルを置くスペースは残っていない。

 手持ちの残りブロック数:僕は6、神無月さんは4。神無月さんの勝利。ブロックスは盤上のブロック数が多い方の勝利。つまり、手元に残ったブロック数が少ない方が勝ちとなるのだ。

「ゴメンねー」

 にっこり笑う神無月さん。

 ぐうの音も出ない僕。

 勝利の女神は何故、僕には微笑んでくれないのか。代わりと言っちゃなんだけど、神無月さんの勝利の笑顔はうんざりするほど見せられた。

 己の弱さに、僕は頭を抱えて突っ伏した。

 その上、今のは賭け試合だ。

「さて、何をしてもらおうかな?」

 神無月さんの声。僕は突っ伏したままだから、声が聞こえるのみ。誰が聞いても弾みっ放しの声で、表情かおなんざ見なくたって分かる。ニンマリとご満悦ってとこなんだろ!

「どーぞ、煮るなり焼くなり好きにして!」

 うつ伏せたまま叫んでいた。

「何言ってるの? 煮たり焼いたりしないわよ。そんなことしたら、ボドゲができなくなるじゃない。……ふふ、実はね、決まってるの。それを叶えたくて、賭け試合にしようって持ちかけたんだし」

 な、なんだってぇぇ!

 今の勝負も勝つ自信満々だったのか、神無月さんは! くっそー、完全に舐められてる!

 ……って、一体何をやらされるんだ、僕は? 既に決まってるって言ったけど、一体何を!

 悪寒が走る。でも、それ以上のものが襲い掛かってきた!

「よ・し・た・か・くん!」

 吐息と囁き声が、耳元を襲う——背中が一気にムズ痒くなって、頬と耳が熱くなる!

 うぐぐぐぐぐぅ……ダメだぁぁ、もう辛抱堪らん!

 がばっと顔を上げると、目の前に神無月さんの顔があった。

「うわっ! 耳まで真っ赤だよ、芳隆!」

 ……ちょっ! 呼び捨てにまでされたっ!

「なして名前で呼んでるのさ! しかも、呼び捨てぇ!?」

 神無月さんはお腹を抱えて笑っている。また、笑いながら泣いてるよ!

「もう、勘弁してよぉ! 名前で呼んだだけで、その反応? いくら何でも初心うぶ過ぎるんじゃない?」

 勘弁してもらいたいのはこっちの方だ!

 僕はこれ以上はないってくらいの苦い顔になっていたはずだ。

 大体、付き合ってる訳でもないのに、男子を名前で呼ぶなんて、どういう神経してるんだよ! クラスのみんなに勘違いされたらどうするつもりなの、神無月さんは? まだ高校生活も始まったばかりだっていうのにさ。

「名前の呼び捨てはマジ勘弁! 呼び捨てにすんなら苗字にしてよ、神無月さん! ……その、付き合ってる、訳でも……ないんだし」

 口にすると、尚更気恥ずかしくなる。

 あー、そーですよ! 僕には女の幼馴染みもいないし、今まで女の子と付き合ったこともないですよーだ!

 憮然とした僕に、神無月さんは笑うのを止めた。

「ごめん、からかい過ぎた。でもね、名前で呼びたいのには理由があるの。……まぁ、呼び捨ては止めるね。これ以上、芳隆くん困らせるのもなんだからね」

 優しい口調だった。

「理由ってのは、私の名前は『花波かなみ』。あなたの苗字は『金見かなみ』。字は違えど、読みが一緒なんだもの。私にしてみれば、何だか自分の名前呼んでるみたいで、今までずっと違和感ありありだったのよね。……だけど、それもどうしても厭だって言うんなら……」

 そこまで言ってくるりと僕に背中を向けると、神無月さんは夕焼けに染まる空を見ている様だった。

「もう、夕方だね。そろそろ帰ろうか」

 何処か寂しそうな感じがした。

 ……ずるいぞ、神無月さん。そんな様子見せられたら、断れないじゃないか。

「まぁ……『くん』付けで呼んでくれるならいいよ、名前で呼んでも。望みを一つ叶えるって条件だし、僕は負けたんだからね」

 振り返った神無月さんは、ニカッと笑っていた。

「ありがとね、芳隆くん!」

 い、今のも演技だったってのか! うぐぐ、またしてもやられたってのか、僕は!

「さぁ、帰ろう!」

 学生鞄を持って、神無月さんが教室から出て行く。

 元気よく歩きその後ろから、僕はトボトボ付いていく。

「元気出して。明日は勝てるから、きっと」

 いつの間にか僕の隣にいた神無月さんが、肩を叩いてきた。

 誰に負かされていると思ってるんだよ! もう、悔しさ通り越して不甲斐ない気持ちで一杯だよ!

「あれ? カンナと……金見くん?」

「ん? みゆ?」

 廊下の向こうに小さな女生徒がいて、首を傾げている。

 あれは、同じクラスの佐寺幸さでらみゆきさんだ。

 神無月さんに気付いた佐寺さんがこっちに駆け寄ってくる。

「はぁーい、みゆ」

「やっほー、カンナ!」

 神無月さんが突きだした掌に、佐寺さんがハイタッチをする。

 佐寺さんは身長が低い。もしかしたら、学年一小さいかも知れない。だからか、女子にしては高い身長の神無月さんに対しては、ハイタッチっぽく見えてしまうんだよね。神無月さん、僕よりも身長あるんだよ……。

「こんな時間までどーしたの?」

「私たちはね、ボドゲやってたの。そう言うみゆは?」

「うん、わたしは部活だよ。天文部! 今日はね、これから『新入生歓迎星空観測会』があるんだぁ。でね、観測会は夜だから学生証が必携なんだよね。でも、机の中に入れっ放しだったの思い出したから、取りに来たの」

「そっかぁ」

「ねぇねぇ、カンナ。カンナも天文部に——」

 へぇ。神無月さんは女子の間では「カンナ」って呼ばれてるんだ。

 佐寺さんと神無月さんは他愛のない話を繰り広げている。僕はそれを何気なく見てたんだけど、頭の中にチカちゃんが出てきて叫ぶ——「ボケーッと生きてんじゃねーよ!」

 はっと気付く。

 別に、僕は神無月さんを待ってる必要はないんじゃないか? 一緒に帰るって訳じゃないし、住んでる場所にしたって、神無月さんはバス通だし、僕は近くのアパートだ。

 未だに談笑している二人に、僕は「それじゃ」と一言残してその場を立ち去った。

 うん、これでいいのだ。

 ガールズトークに入っていけるような、話題も度胸も持ち合わせてないしね。

 それにしても、今日はなんだかなぁって感じだ。

 賭け試合に負けて、女子から名前で呼ばれることになるとは、思ってもみなかった。まぁ、約束だから、反故にしたりはしないけどさ、僕にはステディでもない男子を「名前で呼ぶ」ってのが理解できない。まだ、幼馴染みで付き合いが古いとかなら、分からないではないけどさ。

 僕と神無月さんは入学式の日に初めて会って、数日しか経ってないのだ。自己紹介のことや席替えのことがあったから多少は親しくなったけど、名前で呼ばれるほどの仲になっているとは思えない。

 今のところボドゲで繋がって——

「酷いなぁ、置いてけぼりだなんて」

「うわぁ!」

 いきなり後ろから耳元に、生暖かい声が掛けられる。言わずもがな、神無月さんだ。

 突然のことに驚いたのか、耳元の囁きにどぎまぎしたのかは分からないけど、動悸が激しくなっている。僕はそのうち心臓発作で死ぬんじゃないかって、真面目に考えてしまった。

「あは、相変わらずいい反応♪ まだ始まったばかりだけど、私の高校生活、充実してるなぁって思うわ」

 などと、きゃらきゃら笑っていた神無月さんだったけど——

「でも、それは芳隆くんのお陰だよ」

 大口開けた笑い顔が一転して、キュートな微笑に変わった。

 僕の目が見開いた。けど、すぐに直視できなくなってちょっと視線をずらす。

「ボドゲも教えてくれたし、名前で呼ぶことも許してくれた。ホントにありがとね。大感謝! それにしても、私の名前も芳隆くんの苗字も『かなみ』だなんて、凄い偶然だよね。紛らわしいんだけどさ。ま、だからこそ、『名前で呼ばせて』って言ったんだけど」

 ……まったくだ。その所為で僕は「知り合って間もない女子から名前で呼ばれる」、なんて罰ゲームを喰わされる羽目になったんだから。

 今日は疲れた。心底疲れた。特に精神的ダメージが大き過ぎ! 帰ったらごはん食べてすぐに寝る!

 深い溜息が漏れた。

「お疲れだねー」

「おかげさまで」

 流石のうんざり口調だった。

「私の……所為かな」

 少しだけ沈んだような神無月さんの声だった。

「違うよ」

 即答していた。

 うん、神無月さんの所為だけじゃない。こんな状況を招いているのは、恋愛に関しては豆腐メンタルな自分にも原因がある。もう少し鍛える必要があるな、そっち方面を。

「んーっ!」

 気分転換のつもりで大きく一つ伸びをした。ちょっとだけでも、しゃっきりできたかな?

「少しだけ復活? 芳隆くん」

「まぁね」

 本当に気分が変わったのか、神無月さんが名前で呼んでも、然して気にならなくなった。慣れてきたのかな。

「よかったぁ。私の所為で芳隆くんが具合悪くなったんじゃ夢見悪いもの」

 そう言って頭を掻いた神無月さんだったけど、何か思い出したように両手を合わせた。

「そうそう、さっき思っちゃったんだけど、もしね、私が芳隆くんと結婚したら『金見花波かなみかなみ』になっちゃうよねー」

 横目で見た神無月さんはクスクスと笑っていた。

 いや……あの、神無月さんは、軽い冗談のつもり……だろうけどさ!

 ぼっ!——

 着火した音が聞こえた気がした。全身が燃え上がるような錯覚を覚えた。うわあああああぁぁぁぁぁっ!

「……にゃにゃにほひってひるのはなぁ何を言っているのかなぁ? ひゃんなひゅきひゃんは神無月さんは!?」

 無理矢理開いた口からは、名状しがたい声しか出てこなかった。

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