[3.0] ブロックス

「この後は部活見学になってるが、希望者だけだ。部活入る予定のない奴は帰っていいからなー。明日からは授業だ。寝坊するんじゃないぞー。んじゃ、解散」

 塩谷先生が教卓で出席簿をトントンやって、教室から出て行った。

 途端に騒がしくなる教室。

 本日のお勤め終了——そんな雰囲気で満載だった。これからは部活の見学なんかもあるけど、自由な時間に違いない。

 隣の神無月さんも大きく伸びをしていた。

 部活見学に行くクラスメイトたちが、ぞろぞろと教室から出て行く。

「じゃあなー、金見」

「うん、また明日」

 クラス一大きな伊東君が鞄担いで出て行った。帰宅部なのかな?

 そんな感じで、教室の人口密度はあっという間に低くなっていった。

 隣の神無月さんは頬杖突いて、窓から外を眺めている。

 それじゃ、僕もどこぞの部活の見学でも行ってみようか。

 よっこらせ、とばかりに立ち上がろうとしたとき、神無月さんが声を掛けてきた。

「部活、する予定なの?」

「まだ分からないよ。とりあえず、ぐるーっと見てこようかなって」

「そっかぁ。……そう言えばさ。さっき聞きそびれたことなんだけど、金見くん……趣味がボードゲームって言ってたよね?」

 いきなり、神無月さんがそんなことを口にした。

「う……うん」

 僕は再び腰を下ろす。

「どんなのやるの?」

「——!?」

 僕は目を丸くした。

 この言い方だと、神無月さんはボードゲームの経験者、もしくはそれなりに詳しい、あるいはコアなボドゲファン——みたいな口ぶりじゃないか! そうじゃなきゃ、「ボードゲームって何なの?」とか、「人生ゲームみたいなの?」とか、そんな感じの質問が来るはずだ。それがいきなり、「どんなのやるの?」だ。

 確かに僕の趣味はボドゲ——ボードゲームだ。

 だけど、プレイそのものはそんなにないんだよね。……まぁ、相手に恵まれなかったというか。同年代の友達は一向にボドゲに興味を示さなかったし、家族も簡単なゲームであれば付き合ってくれたけど、ちょっとルールが複雑になるとやってくれなくなった。だから、カタンすらやったことがないんだよぉ。カタンは未開の島を開拓していくボードゲーム。相手との交渉がファクターとして含まれる。ゲームとしてはそんなに難しいルールじゃない。だけど、交渉とかが入った途端に敬遠されるんだよね。

 あ、話が逸れた。

 じゃ、相手いないなら捜せばいいじゃんって人は言う。今の時代、ネットで捜せば相手なんていくらでもいるじゃんってね。けどさ、僕の住んでた浜中の近くにはそんな人はいなかったんだよ。浜中よりも大きな町に行けば行けばいたかもしれないけど、一番近い根室まで四十キロ、中学生がおいそれと飛び出していける距離じゃない。

 そんな訳で、僕の持っているボドゲの大半はプレイされてない積みゲーだったりする。

 だから、高校デビューを果たして、ボドゲの相手を見つけたかったってのもある。

 もしかしたら、神無月さんが——

「金見くん? 金見くん、聞いてる?」

 神無月さんが心配そうに僕を見ていた。

「ボーッとしてたけど、大丈夫? 気分悪いなら保健室に……」

「あ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。ちょっとびっくりしちゃってさ。……で、今の答えだけど、ボドゲは趣味だけど、それほどやってないんだよね。周りに相手がいなくてさ。んじゃ、今度は僕から質問。神無月さんはボドゲが趣味なの?」

「違うよ」

 間髪入れずに、いともあっさりと神無月さんは答えた。

 ちょっとがっかりだった。初のボドゲフレンドが出来るかと期待してたのに、やっぱり「人の夢は儚い」んだなぁ……。

 自嘲気味に口許が歪んだ。

「えいっ!」

「痛っ! 何するんだよ!」

 さっきみたいに、デコピンをかましてきた神無月さんはクスッと笑う。

「なんで残念そうな顔してるの? ……うん、今はボドゲは趣味じゃない。でも、これから趣味になるかも知れないよ? さっき言ったよね? 『趣味はイロイロ』って。楽しいことは何でもやってみたいんだ。実際、ボドゲにも興味はあるの。……小学校の頃にね、近くに住んでたおにーさんが遊んでくれたことがあるの、ボドゲで。それが面白かったんだぁ。……えーとね、テトリスみたいなブロックを並べていって——」

「ブロックス」

 今度は僕が間髪入れずに答えていた。

 神無月さんは僕を指差して微笑む。

「あ、それ!」

 ブロックスは二人から四人用の陣取りのようなボドゲだ。

 プレイヤーはそれぞれ自分の色を受け持ち、神無月さんが言ったように、1から5の正方形ブロックを組み合わせた、テトリスみたいなタイルを、グリッドで区切られた正方形のゲームボード上に並べていくゲームだ。

 テトリスみたい、といわれる所以は、タイルを構成するのブロックの数が増えれば、直線だけじゃなくL字型のタイルがあるからだ。一番大きな5ブロックのタイルには十字型や階段状、凸や凹みたいな形のものがある。

 このタイルを並べ方にルールがあって、自分の色のタイルを辺ではなく点で接するようにしなくてはいけない。

 勝利条件は誰よりも多くの陣地を取ったプレイヤーの勝利。つまりは、盤上に自分の色のブロックが多くあれば勝ち。

 言葉にすると分かり難いかも知れないけど、やれば分かる——そんなゲームだ。

「じゃ、やってみる? ブロックス」

「えっ!?」

 驚く神無月さんを尻目に、僕は鞄の中から袋を取り出して中身を広げた。

「……ねぇ、金見くん。これって?」

「これもブロックスなんだよ。『ブロックス・ミニ』って言ってね、二人用のブロックスなんだ」

 このブロックス・ミニは小さくて携帯に優れているから、ボドゲに興味を持ってくれた人を引き摺り込める様に、いつも持ってるんだよね。

「わぁ、本当だ! ブロックスだ!」

 プラスチック製のボードと小袋に入っていたブロックを見て、神無月さんは両手を合わせて目を輝かせた。

「二人用だからね。ボードも小さいし、タイルも二色しかない。でも、コンパクトだから持ち運ぶにはぴったりなんだ」

「ふーん。……それにしても、持ち歩いてるなんて、相当にコアなボドゲマニアだね、金見くんは」

「……そ、そんなこと、ないから!」

 含み笑いをする神無月さんに、僕はちょっとどぎまぎしてしまう。……何だってんだ。

「じゃ、やろうよ。見せるためだけに出したんじゃないでしょ?」

 ちゃんとルールを説明する手間が省けるのはいいけど、神無月さんは小学校以来ってことだよね。だったら、少しは手加減しないといけないかな。

「ルールは大丈夫?」

「多分、だけどね」

「OK。んじゃ、間違ってたらその場で指摘するよ。あと、先攻後攻、どっちがいい? 好きな方でいいよ」

「うん、じゃ、先攻で。間違ってたら教えてよ?」

「分かった」

 タイルを交互に一つずつ置いていく。

 パチン、パチン——

 静かになった教室に、将棋の駒を置いたときのように、小さな音が響く。

「その置き方はダメだね。角じゃなくて辺が繋がってるよ」

「あ、そっか。……うーん、じゃ、これなら大丈夫だね」

「——!」

 な、何てとこに置くんだ!

 神無月さんは僕の配置の邪魔をしつつ、自分を有利に導く置き方をさらりとやってのけた。こいつぁ、手加減って感じじゃないかも知れないぞ。

 パチン、パチン——

 神無月さんはタイルを置けなくなっていた。

「……うーん、負けちゃったかぁ。金見くん、強いね」

 僅差で負けるつもりだったけど、存外手強かったんで、つい本気になって勝ってしまった。これで神無月さんのボドゲへの興味が削がれなきゃいいんだけど……。

「うん、楽しい♪ もう一回やろうよ」

「ご随意に」

 クールに見せたつもりだけど、正直嬉しかった。

 さて、二回戦目は——


            ◇


「一勝……九敗か……」

 僕はベッドに転がって天井をボーッと眺めるばかりだった。

 正に完敗だった。一戦目の勝利だけが僕の白星で、残り九戦はは全て神無月さんの白星に終わっていた。

 間違いなく神無月さんは強い。今まで戦った誰よりも。

 負けたことは特に悔しくなかった。元々、勝ち負けにはこだわる方ではないし。とは言え、正直九連敗もするとは思わなかったけど。

 まぁ、勝負は時の運。……次にやるときは僕の九連勝で終わらせてくれよう。

「……」

 不意に、あのときのシーンが脳裏に浮かんだ。


 僕は遊び終えたブロックス・ミニを片付けていた。

「教室……もう私たちしかいないね。何時から二人っきりだったんだろうね?」

 やんわりと注ぎ込むオレンジ色の光に包まれて、神無月さんが微笑んでいた。

 鞄にブロックスを入れようとしていた手が止まった。

「……」

「ん? どうかした?」

「……い、い、いや。なんでも」


 神無月さんの笑顔——

 僕は見とれていたのか? ……いやいやいや、そんなことはないだろう? ただ、目が離せなかっただけだ。

 ぐう——お腹が鳴った。

 考えることは色々あるけど、今は取り敢えず何か食べよう。そうしよう。そうすりゃ、何か分かるに違いない。それに「腹が減っては戦は出来ぬ」って言うもんな。

 で、明日の戦の準備として、ブロックスのソロプレイでもやろうか。

 僕は靴を突っ掛けて、コンビニに向かった。

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