[2.0] 席替え

 結論から言うと、僕と神無月さんはまともに入学式には出られなかった。式は既に始まっていて、その途中からクラスの列に加わるのには無理があったからだ。

 僕たちは揃って体育館の後ろに突っ立って、長ったらしい校長先生の歓迎の言葉を聞き、何時終わるか分からない知事だの市長だのからの祝電披露に付き合わされた。それにうんざりし始めた頃、やっとこさ解放されて体育館を後にしていた。

「……校長先生の話ってのは何処でも長いんだなぁ」

 独り言のつもりだったのに、神無月さんが相槌を打った。

「そうね。まぁ、校長先生専用のネタ本があるくらいなんだから、そこから引っ張ってきた話をしたいんじゃないかな。そうじゃなきゃ、勿体ないじゃない」

「ま、まぁ、そうだよね」

 入学式も終わり、クラスのみんなとは合流してそれぞれ教室に戻る途中なんだけど、何故か僕は神無月さんと並んで歩いている。ずっと入学式の時も僕たちだけ別だったからなのかもしれないけど。

 でも何だろう、全然落ち着かない。だんだん背中がムズムズしてくる。

 僕はそんな現状を打破すべく、少しずつ歩調を落としていた。

 別に、神無月さんを意識してこんなんなってる訳じゃないだろうけど、このまま一緒だとペースを乱されて、また何かやらかすんじゃないかと心配になったのだ。

「金見くん、どうかした? 遅れてるよ?」

 振り返った神無月さんは立ち止まり、僕が追いつくのを見届けて、また一緒に歩き出す。結局、僕は神無月さんの隣を歩くことになった。

「……」

 その後、僕たちは言葉を交わさないはずだったのに。

「ねぇ、金見くん。もしかして、緊張してる?」

「……な、なして、そーなるのかな?」

 図星突かれて、こめかみからつーっと汗が流れた。けど、それを悟られてはいけない。

 神無月さんは人差し指を唇に当てて中空を見ていたけど——

「それとも、女の子が隣にいるから、とか」

「ま、まさか! 浜中にも、女の子は、いるんだぜ?」

 間違いなく女の子はいるよ。だけど、少なくとも僕の周りには同年代の女の子はいなかったけど。まぁ、そんなことは神無月さんは知る由もないから、ここはクールに決めよう。

 僕は両掌を上向きに肩を竦めたポーズを取る。

「……ふーん」

 横目で僕をちらりと見た神無月さんの口元が悪戯っぽく歪んで、僕の顔を覗き込む。

 気取られたのか? いや、まさか!

 そうは思っても、こめかみからまたも汗が伝う。

「それじゃぁ——」

 とまで言った神無月さんは、続けて僕の耳元で囁いた。

「——私のこと、意識しちゃってる?」

 身体が硬直した。首がゆっくりと囁きの元へ向こうとするんだけど、錆び付いた蝶番みたいに音を立てた様に思えた。

「……ふぁっ!?」

 変な汗と変な声が同時に出た。心臓の音の自己主張が有り得ないくらいになる。一気に顔が火照って、耳まで熱くなってきた。

 ……か、完全におもちゃにされてるっ。

 中学までの僕なら、完全に取り乱しているだろう。だが、そうは行くか! 見せてやろうじゃないか、高校生となった僕の精神力という奴を!

 微笑を湛える神無月さんを正面から見据え、僕はきっぱりと言い放つ。

「そんな訳ないだろ! 大体、会って、間も……ない……」

 目力を最大限に引っ張り出し、威圧感を乗せて吐き出した僕の言葉は、いとも簡単に神無月さんの漆黒の瞳に吸い込まれてしまった。

 あ、悪魔だ……この人は悪魔だ!

 僕の口はパクパクと酸素不足の金魚みたいになっていた。

 神無月さんは苦笑している。

「大丈夫? ほんの冗談なんだから、真に受けないの。……って言うか、そんな脅えた目で見ないでよ。もしかして、『こいつは悪魔だ!』くらいに思ってるのかな」

 僕は目まで丸くなっていた。

 し、思考まで読めるのか、この人は! ボドゲの相手したら、さぞかし手強そうだ。

「だったら、それはちょっと悲しいなぁ……せめて、『小悪魔』くらいにしてくれると嬉しいな。それはそうと、とりあえず教室に入らない?」

 僕たちはいつの間にか教室の入口に到着していた。

 駄目だ、どうにもペースを乱され過ぎだろ! と、とにかく、神無月さんは危険だ。本人に悪気は無いんだろうけど、危険過ぎる。

 けど、神無月さんの席は僕の隣なんだよなぁ。このままでは、僕の高校生活に黄色信号が灯ってしまうじゃないか。

 何だか、隣から生暖かい視線を感じるけど、ここは無視だ!

 腕組みしてしかめっ面をしていると、塩谷先生が入ってきて教卓に立った。

「よーし、全員いるよな? まずは席替えだ。今の席は出席順で並べた暫定的なものだからな」

 くわっと僕の双眸が開いた。

「それだ!」

「金見、どうかしたのか?」

 塩谷先生が困惑していた。

「す、すみません……」

 い、いかん。完全にペースを狂わされている。どうしたもんだか……。

 横目で見ると、神無月さんが息を殺して笑っている。

 ぐぬぬぅ……だが、それもこれで終わりだ! 席替えだ、席替え!

 神無月さんともこれでお別れだ。シーユー、アデュー、さようならーってとこだ!

「ホント、金見くんって楽しい。でも、席替えかぁ。折角、隣だったのにね。もう少し、見ていたかったなぁ」

 などと、神無月さんは少し残念そうな顔をした。

 悪いが神無月さん、僕は君の欲望を満たすために生きてる訳じゃ無いんだよ。これは僕が充実した高校生活を送る為の第一歩なんだ。

「そんじゃ、くじを回すから順番に取っていけ。くじに書いてある数字が新しい席の番号だ。この席順表を参考にしてくれ」

 塩谷先生が黒板に席順表を書いていく。

 その間に、箱に入ったくじが窓側の席から回り始めていた。

「はい。でも、本当に残念。……あ、でも、新しい席も金見くんの隣ならいいんだ」

 などと、末恐ろしいことを口にしながら神無月さんがくじの箱を渡してくれた。

 僕は眉根を寄せてそれを受け取る。

 神無月さんが僕の方をじーっと見ている。

「くじ、引かないの?」

「引くよ! 引くけどね、こう言ったのは『念を込める』っていうか、『願を掛ける』っていうか、気合が大事なんだよ」

「たかだか、席替えのくじ如きに?」

 神無月さんがニヤリと笑った。

「ああ、大切なことさ。『たかが席替え、されど席替え』ってね。……ふふ、これで神無月さんの隣から離れられそうだよ」

 僕も不敵な笑みで応酬して、箱の中からくじを引く。そう、今の一言こそが僕にとっての「願掛け」だったのだ。

 箱から選び出したくじ——それは僕のこれからの命運を左右する。ちょっと大袈裟かもしれないけど、これから始まる高校生活のスタート地点となる席が決まる。

 僕は「運命の扉くじ」を開き、黒板の席順表と照らし合わせる。

 そして、不敵な笑みのまま、うんうんと数回頷くように首を縦に振った。

 神無月さんは「おっ!」と言うような顔をした。

「その様子だと、いい場所に当たったようね? その満足気な笑み。もしかして……一番後ろの席にでもなったかな?」

 目が見開いた。

 どうして、分かったんだ? ……や、やっぱり悪魔……というよりは超能力者エスパーなのか、神無月さんは? 確かに僕の引いたくじは「12」。窓側二列目のの一番後ろという、僕にとってはベストポジションだ。

 ごくり、と息を呑んだ。

「……ふーん。その様子だと、金見くんにとってはベストポジションってとこ?」

 背中が総毛立った。不本意ながら身体がぶるっと震える。

「あ、そうなんだ。てことは、窓側から一つ離れた列の一番後ろ——12番の席だね?」

 な……な、なんて人だ! 僕は何一つヒントなんか出してないのに、見事に的中させるとは! ……神無月さん、恐るべし!

 だが、それが何というのだ! 僕の席を当てられただけのことじゃないか! 僕の席が分かったところで、神無月さんが隣にならなければ、どうということはない!

 冷や汗タラタラの僕に、神無月さんは上目遣いで自分のくじを開いて見せた。

「——!」

 僕の目と口が一気に大きく開く。

 そのくじには「6」と書かれていた。

 神無月さんが茶目っ気たっぷりに微笑む。

「また、隣だね」

 そう、神無月さんの引いた6番の席は、僕の席の隣だったのだ!

 ……ば、馬鹿な。クラスは総勢四十名。つまり、くじは四十枚。一枚は僕が引いて、残り三十九枚。神無月さんはその三十九分の一を引き当てたことになるのか。いや、僕の方が後から引いてるんだから、僕が三十九分の一を引いたってことなのか。どっちにしても、これって確率的にはかなり低いんじゃないの!?

 席替えの結果に、一喜一憂の声が教室を飛び交っている。そんな中、僕は声さえも出せずに半ばボーゼンとしていた。

「よーし、全員、新しい席に移動しろ」

 塩谷先生の声が、何処か虚しいものに聞こえた。


             ◇


 かくして、僕の席は窓側に近い一番後ろ、という位置的なベストなのに、隣が神無月さんになったことで、先行き不透明の高校生活がスタートすることになった。

 げんなりした顔で席に着くと、とんとん、と肩を叩かれる。

「そんなに落ち込んだ顔しないでよ——」

 神無月さんだった。

「——別に取って喰おうって訳じゃないんだから。気を取り直して、改めまして、自己紹介! 私は神無月花波。春採はるとり中学校から来ました。趣味はイロイロ。特技はお花……って華道のことね。ウチが家元でねー。ま、そんなのはどうでもいいわよね。これからよろしくね、金見くん!」

 神無月さんはちょっと首を傾げてにっこりと微笑んだ。

 ふん、美少女ゲームとかの定番のポーズじゃないか!

 だけど、僕の胸は何だかざわついていた。

「……う、うん」

 真っ直ぐに僕を見据える澄んだ瞳に、ちょっと気恥ずかしくなって、僕は目を泳がせながら頷いていた。

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