第332話 オルガ参戦

「あ〜!やっぱ最初は向こうの方が調子いいか!」


早くから列が出来ていただけはあり、始まって早々、お客が殺到したのはナーマルチームの屋台だった。


「あれだけ良い匂いさせていましたからね〜!」


とはいえ、そう話している幹太とアンナも、続々と客席につく人たちを確認しながら全力で調理を始めていた。


「えーと、まずはメモとペン…あ、そっか!今日はメニューひとつなんだ!」


由紀はそう言ってメモ帳を置き、徐々に埋まっていく客席を見渡す。


「あ、でも入った順番はちゃんと覚えないとだね」


「そうだな」


「はい。初っ端はソフィアさんが奥から順に誘導してくれたので大丈夫そうですけど…」


今日はメニューが一つしかないため、ミスでもない限り、ラーメンを出す順番が前後することはないのだ。


「…っていうかゾーイ、あのアメリアってメイドは何者なの?」


ロシュタニアンの上からエプロンを着けて準備万端なクレアは、思わずそう聞いた。


「さっきからめちゃくちゃ手際よく肉焼いてるけど…」


「フフッ♪すごいですよね、アメリア」


「あれって、ゾーイの家に来てから身につけた技術なわけ?」


「たぶんそうです。

家の者みんなで食事する時とかは、ああしてアメリアがお肉を焼くのが定番でしたから」


「あぁ…それならそうなるかもね」


と、クレアはあっさり納得する


「い、いや…家の人たち相手にやってたとしても、あれだけの量を一気に焼く技術は身につかないんじゃねぇか…?」


「ん〜?そうですかね…普通は着くと思いますけど…」


アンナは真剣な表情で鍋の中を漂う麺を見ながら、幹太の疑問にそう答える。


「私たちの常識でゾーイさんちとか王族の人たちを考えちゃダメってことだね、幹ちゃん…」


「うん。そうだったな…」


「ですね〜」


そう言って、庶民の三人は苦笑する。


「で、えっと…配膳は審査員の人たちからかな?」


「違います。まずは一般の方からだそうですよっ!」


由紀にそう答えつつ、アンナは平ザルで鍋に入った三つの麺を一気に揚げ、素早く流水で冷やして皿に盛った。


「はい!お願いします!」


「オッケー!」


そしてそれを受け取った幹太が、先ほど試作した時とは比べ物にならないスピードで具を盛り付けて屋台の前に並べる。


「うわっ!早っ!えっと、これは…一番だね」


由紀はそう確認をしながら三杯のとりから冷やしラーメンをお盆に載せ、左手一番奥のテーブルに向かって、ヒョウのようにしなやかに加速した。


「わっ!ちょっと由紀!?」


「あ、あれで走ってないんですよね〜」


「えぇ、たぶん…本人は歩いているつもりだと思いますよ」


由紀は驚くクレア、ソフィア、ゾーイの目の前を通りすぎ、あっという間にお客の前に到達する。


「はーい♪お待たせさました♪とりから冷やしラーメンです♪」


そして笑顔でラーメンを置き、屋台の前に戻ってきた。


「す、すごいわね、由紀…」


「えっ!何がですか?」


「何って…あなた今、めちゃくちゃ早かったわよ」


「フフッ♪そんなことないですよ、クレア様。

あっちにも、ほら…」


と、由紀はナーマルたちの屋台の方を指差す。


「…向こうのメイドさんたちも、すっごく早いですから♪」


その先には、目にも止まらぬ早さで動き回るミンとリンがいた。


「ナーマル様!奥のテーブル新しいお客様、三人です!」


「ちがうわ、姉さん!そこは四人よ!」


「あ!ごめんなさい!、ちょっと見えなくて!」


由紀と同じく歩く限界の速さでロシュタニアンドライカレーを運んでいるミンとリンは、自分の視界がさえぎられるほど積み重さなった皿を片腕で持っていた。


「すごいわ♪最高よ、ミン、リン♪」


その様子を見ていたオルガは、手を叩きながら二人のメイドを褒め称える。

ちなみに二人がそれほどまで重ねてロシュタニアンドライカレーを運べるのは、ナーマルが皿枠と呼ばれる、皿と皿の間に挟むための木枠をあらかじめ作っていたからだった。


「「ありがとうございます、オルガ様♪」」


二人はそう返事をしながら、スルスルとテーブルや人の間をすり抜け、あっという間に目的のテーブルまで進む。


「はい♪おまたせいたしました♪」


「ロシュタニアンドライカレーです♪」


そうして二人が到着したのは、父、母、姉妹の四人家族が座るテーブルだった。


「ありがとう、お嬢さんたち。

これがハミッシュ様が考えられた料理なのかい?」


と、父親が聞くと。


「いいえ♪これはライナス家の調理担当が考えたお料理ですわ♪」


すぐに屋台に戻ろうとしていた二人に代わって、近くにいたオルガがそう答えた。


「も、もしかして…今日はオルガ様も接客なさるんですか?」


「えぇ♪そのつもりよ♪」


オルガが母親にそう答えると同時に、美味しそうな匂いのするロシュタニアンドライカレーを前にして、我慢できなくなった子供たちが騒ぎ出した。


「お母さん!もう食べていい?」


「私ももう食べたいっ!」


姉妹はソワソワと体を揺らしながら、母親に向かってそう聞く。


「あらあら、ごめんなさいね♪

気にせず食べてちょうだい♪」


オルガはそんな姉妹に微笑みかけて、スプーンを手渡した。


「も、申し訳ありません、オルガ様。

それじゃあ二人とも、食べていいわよ♪」


「わーい♪いただきます!」


「いただきます♪」


そうして姉妹は、初めて見るドライカレーから食べ始める。


「わ♪なにこれ!?」


「うん。初めて食べる味だけど、すっごく美味しい♪」


「えっ!そうなのか?」


「気になるわね…」


そして二人の両親も、ドライカレーを食べ始めた。


「ほ、本当だ…似たようなスパイスの焼き飯は食べたことあるけど、確かにこりゃ初めての味だな…」


「そうね。なんていうか…最初はピリッとするけど、後はまろやかな味で食べやすいっていうか…とにかくすっごく美味しいわね♪」


どうやらナーマルたちが日本のカレー粉を参考にして作り上げたドライカレースパイスは、この一家にも好評のようだ。


「お母さん、このお肉もすっごく美味しいよ♪」


「おとなりのおイモも美味しいよ、お姉ちゃん♪」


「そうね♪ぜーんぶ美味しいわね♪」


そうして一家が仲良くロシュタニアンドライカレーを食べている隣では、外国から来た商人らしき二人が、スプーンを手にしたまま、何やらヒソヒソ声で話をしていた。


「おいおい…この一皿に載ってる全てが美味いぞ…」


「あ、あぁ…そうだな。

全部一緒に食べてもそうだった…」


「なぁ、ロシュタニアにこんな名物料理あったか…?」


「いや、今回の催しのためにハミッシュ様が作らせてたって聞いたぞ」


「やはりライナス家は違うな…」


「だな。これで商売をすれば、絶対に売れるぞ…」


「あぁ、そうだな。

よし、この味をマネてやってみるか…?」


「いいや、たぶんムリだ。

何せあのライナス家の人間が、この国の名物にするために作った料理だからな」


「…ちょっとやそっとじゃ同じものは作れないってワケか?」


「あぁ。マネして作ったとしても、これの劣化版になっちまうだろうさ」


「なるほど…それじゃ本家の宣伝になって終わりだな」


「あぁ…」


そうしてその後も、クレアは時々、相手側の様子を配膳をしながらうかがっていた。


「あ、ついにオルガがウェイトレスを始めたわよ」


「お母様…さっきまでとお洋服がちょっと違う気が…」


外回りの手伝いを始めたオルガは、なぜか先ほどまで着ていたチャイナドレスのミニスカートバージョンに着替えていた。


「ミニの方が動きやすいってことかしら…?」


「かもしれないです…」


「でも、私たちより露出が少ないはずなのに、なんだかすごくエッチなのはどうして?」


「た、たぶんスタイルの問題かと…」


そう言って、二人はちょうど近くのテーブルを拭いていたソフィアを見る。


「ほぇ?お二人ともどうしたんですか〜?」


ちなみにソフィアは、先ほどまで着ていたコーチジャケットを、クレアには無断で脱いでいた。


「…そうね。あなたの言う通りだわ、ゾーイ」


「は、はい、クレア様。

でもでも、私たちだって…」


二人はお互いに、ある程度はあるはずの自分の起伏を確認する。


「だ、大丈夫!私たちの成長はまだまだこれからよ!」


「で、ですよね!」


そうしてなんとか気を取り直した二人は、次のとりから冷やしラーメンを取りに屋台へと向かった。


「ちょっと、調子はどうなのよ?」


そして屋台に戻ったクレアは、屋台の中にいる幹太とアンナに声をかける。


「見ての通りお客がひっきりなしなもんでっ!」


「はい!ちょっと追いつかなくなってきましたっ!」


「えぇっ!今からそんなじゃマズいじゃない!

どうするのよ!?」


汗拭くヒマもなく動き続ける二人を見たクレアは、思わず屋台の中へ身を乗り出す。


「フフフッ♪大丈夫ですよ、クレア♪」


しかし、アンナは笑顔でそう言いながら、屋台の上にある棚へと手を伸ばした。

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