第331話 スペシャルゲスト

その声は、会場の隅々まで響き渡った。


「で、殿下…聞いてるだけで恥ずかしい…」


そう言うアルナは、本当に頬を赤く染めていた。


「もちろん俺だってそうですけどっ!」


幹太は、珍しく涙目になりながら恨めしげに妻たちを見る。


「まぁまぁそんなに怒らないでよ、幹ちゃん♪」


「そうですよ〜♪」


「ですです♪」


「こうして幹太さんの望み通り、ピアスもつけてますしね♪」


四人の妻たちはそんな幹太を囲み、それぞれピッタリと寄り添った。


「これだけラブラブな姿を見せれば、ピアスなんていらないんじゃない?」


と、クレアは幸せそうに抱き合う芹沢家の五人を見ながら言う。


「…まぁ、なんか四人だけっていうのは釈然としないけど」


「えっ!クレア様も旦那様からピアスを贈られたかったんですか?」


驚きながらそう聞いたのはゾーイだ。


「違うわよっ!幹太からピアスなんて、まったく!ぜーんぜんほしくないわっ!」


「でしたら、何が欲しかったんですか?」


「ん〜?何がいいかしら?

ね、アルナ?」


「…?クレア様…殿下は私にもくれるの?」


「もちろんよ♪

だって、今日お手伝いする報酬だって言っていたもの♪」


クレアはアルナを撫でながら、幹太に向かってニヤリと笑う。


「で、幹太は何をくれるの?」


「殿下…くれるの?」


「あ、うん…実は本当にクレア様とアルナさん、それにシャノンさんの分も用意してて…」


幹太は再びバックに手をつっこみ、先ほどのピアスのものより大きな箱と、こちらの市場ではよく見る紙袋を取り出した。


「ええっと…こっちがアルナさんで、こっちがクレア様のです」


幹太はアルナに箱を、そしてクレアには紙袋の方を渡した。


「ありがとう、殿下…」


「あら?紙袋なんて何かしら?」


そしてまずはアルナが箱を開ける。


「わぁ♪殿下♪私のは…アンクレット?」


「うん。そうなんだ」


「あ、確かにアルナさんって、アンクレットが似合いそうだね、幹ちゃん♪」


「うん。俺もそう思ってそれにしたんだけど…」


「フフッ♪えらいえらい、ちゃんと考えたんだ」


そう言って、由紀は幹太の頭を撫でる。


「殿下…着けてみたけど、どう?」


二人が話している間にアンクレットを着けたアルナは、ピョンピョン跳ねてみせる。


「良かった。サイズは大丈夫みたいだな」


その様子を見た幹太は、ホッと胸を撫で下ろす。


「アルナさんのもつたの柄なんですね〜♪」


「うん。けど、ソフィアさんのとはちょっと違って、花の模様も入ってるんだ」


幹太は森の国、ラパルパから来たアルナのイメージに合うと考えて、蔦に花が咲いたデザインがベースのアンクレットを選んでいた。


「フフッ♪ちっ♪なみっ♪にっ♪殿下っ♪」


よほど嬉しかったのか、アルナはピョンピョン跳ねながら幹太に近づく。


「私の国では、アンクレットは旦那さんがいる証になる…


「「「「ええっ!」」」」


それを聞いて幹太より先に驚いたのは、彼の妻たちだった。


「これって…わかってて贈った感じかな?」


「だ、旦那様ならやりかねませんね…」


「確信犯です〜♪」


「となると、ラパルパとシェルブルックの友好関係がより一層…」


「いやいや!本当に知らなかったからっ!」


「…うん。まぁそうだろうと思ったけど、でも私…男の人から贈り物をもらったのは初めてだからすごく嬉しい…♪」


アルナは心底嬉しそうな表情で、アンクレットを見つめる。


「なるほど、先ほど由紀さんが言っていた通りですね♪」


「ですね〜♪とってもよくお似合いです〜♪」


アンナとソフィアの言う通り、幹太の贈ったアンクレットは、小麦色のはだのアルナによく似合っていた。


「本当にありがとう、殿下♪」


そう言って、アルナは幹太の腰に抱きつく。


「うん。喜んでくれたなら良かったよ」


「じゃあ、次は私ね♪」


そう言って、クレアは紙袋の中を覗き込み。


「えっ!?」


そして、中に入っていたものを取り出す途中でピタリと動きを止めた。


「か、幹太…?」


「はい…」


「こ、これは一体、どういうこと…?」


「い、いえ…あの…クレア様への贈り物が一番難しくてですね…」


「だ、だからって、なぜあなたが私にこ、こんなものをくれるの…?」


プルプルと震えながらそう聞くクレアの顔が、なぜか徐々に赤くなっていく。


「その…実は、クレア様へのプレゼントを選んでいる時に、偶然サロメさんに会いまして…」


「…サロメって、マルコの幼馴染のよね?」


「はい。そのサロメさんです。

それで意見を聞こうと、ちょっと相談したら…」


「サ、サロメが…私にはこれがいいって薦めたってわけ?」


「はい…クレア様にも、いつか必ず必要な日が来るからって…」


「……」


と、幹太の答えを聞いたクレアは、顔だけでなく首すじまで真っ赤に染めながら再び紙袋の中身を見た。


「…ちょ、ちょっと待ってちょうだい、こ、これが…?こんなものが必要な日が、私にも来るっていうの?」


クレアは紙袋を握りしめ、真っ赤な顔を真紅の髪で隠しながらそう聞く。


「は、はい…好きな男性がいる女性なら、いつかはそれが必要になるからと、サロメさんが…」


クレアが義理の兄に恋をしていることは、さすがの幹太でも気づいているのだ。


「う、うん…そうよね…確かにいつかは…いつかはそうなるかもしれないけど…さすがにこれは攻めすぎじゃないかしらっ!?」


「あ、あの…一体、その中には何が入っているんです?」


どう考えても贈り物の受け渡しをしているとは思えない様子の二人に、アンナは思わずそう聞く。


「いや!俺から言うのはムリだ!」


「ご、ごめんなさい!ここでは見せられないし言えないわ!」


「えぇっ!めっちゃ気になるんですけど!」


と、アンナが叫んだところで、ステージ上にある魔力スピーカから音楽が鳴り始めた。


「さぁ!皆さん!」


そしてオルガが弾むようにステージに駆け上がり、集まった人々に向かって声をかける。


「両陣営とも準備が整ったみたいだし、そろそろこのロシュタニアのご当地料理を決める試食会を始めるわよ〜♪」


皆に向かってそう言ったオルガは、ステージの袖へと視線を送る。


「でもその前に、スペシャルゲストが急遽きゅうきょ審査員しんさいんとして参加することをお知らせするわ♪」


「へっ?特別な方…?

幹ちゃん、聞いてる?」


「あ、いや、俺はぜんぜん…」


「特別って…あ!」


と、そこでアンナは、ここにやって来た時のクレアの態度を思い出す。


「クレア…もしかして…?」


「でもでも、いつかっていつなの…?こうなったら、もう今晩にでも襲…って、えっ?あ、あぁ…あなたは気づいたのね…」


「えぇ、まぁ。

だからシャノンが、少しの間だけ護衛を交代するって言っていたんですね…」


そして二人の王女は、同じタイミングでステージ上を見る。


「では、こちらにおいでください!」


そうしてオルガがステージ上へと呼び込んだのは、美しい金髪の青年であった。


「フフッ♪マーカス様、ようこそロシュタニアへ♪」


「ありがとう♪

皆さん、こんにちは♪

僕はリーズ公国から来た、マーカス・ローズナイト。

今日はよろしくね♪」


青年、改めマーカスは、慣れた様子で集まった人々に手を振った。


「ちょっと幹ちゃん!あれってマーカス様じゃん!」


「う、うん。めちゃくちゃマーカス様だな」


「だからクレア様の機嫌が良かったんですね〜♪」


そうなのだ。

先ほどクレアとゾーイがハミッシュに呼ばれたのは、マーカスがロシュタニアに到着したことを知らせるためだったのである。


「っていうか、なんでシャノンも一緒にいるの?」


「そりゃ俺にゃわからん」


由紀の言う通り、なぜかマーカスの斜め後ろには、直前までアンナの護衛をしていたはずのシャノンが立っている。


「お姉様、すっごく無表情です…」


「そうね。嫌なら断ればいいのに…」


と、クレアは頬を膨らませた。


「も、申し訳ありません、アンナ様、クレア様。

母がワガママを言って…」


その隣で、ゾーイは二人に頭を下げる。

本来、アンナの護衛であるはずのシャノンがマーカスのそばにいるのは、ステージ上によろいを身につけた男性衛士を配置して物々しい雰囲気になるのを嫌ったオルガが、本人たちに頼んでのことだった。


「だいたい、あなたの護衛はどうなってるのよ!」


「わかりません…ですけど、先ほどからリーズの男性衛士の方が屋台の周りにチラホラと…」


マーカスは、シャノンの代わりにアンナの護衛するよう、自分の衛士隊に命じていた。


「ってことは、シャノンも審査員をするのかな?」


と、由紀は幹太に聞く。


「ん〜?シャノンさんにはこの後もスープを冷やしてもらう予定だから、今だけだと思うぞ」


「ですと、お姉様とマーカスから一票ずつというのは期待できないワケですね…」


「そうね。でも、それはどうあれ確実じゃないことだわ」


二人の王女の姉と兄は、常に公明正大なのである。


「では!ご当地料理決定戦!開始よー!」

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