第330話 独占欲

「な、なんですか…?」


「あのね…そんな長ったらしい名前で売れるわけないでしょ」


「でも、今日は無料ですから…」


「だとしてもよ!作る側だって面倒じゃない!」


「あ、なるほど…そりゃ言えるな。

けど、名前なんてぜんぜん考えてなかったから…」


そう言ったのは幹太だ。


「だよね。でも、私もなんか決めた方がいいと思うよ」


幹太に続いて、由紀もそう言う。


「っていうか、なんか冷やし中華って感じがしないんだよね、これ」


「そうね。すごくわかるわ。

なんていうか…ラーメン感があるじゃない?」


「あ、クレア様もそう思います?」


「ってことは、由紀もそうなのね♪」


「はい。これだけスープたっぷりだと、もうほにゃららラーメンって方が良さそうかなって…」


そう言って、二人は屋台の中にいる幹太とアンナを見た。


「ラーメンか…そりゃ望むところだけど…」


「ですね。正直、これをもうタレって言いづらかったです…」


「だとすると、ほにゃらら冷やしラーメン…とかでいいのかなぁ〜?」


幹太は首を傾げて、腕を組む。

ちなみに幹太が今言ったことは、由紀が直前に言ったこととほぼ同じだ。


「この冷やしラーメン、色々めちゃめちゃ鶏なんですよね…」


そして隣にいるアンナも、幹太と同じように首を傾げる。


「な、なんかぜんぜんダメそうです〜」


そうなのだ。

困り顔のソフィアの言う通り、これまでのことを踏まえてハッキリ言ってしまえば、この二人に命名のセンスは皆無なのである。


「商品名なんてシンプルでいいのよ!シンプルで!」


まったく期待できない二人の様子に、命名センス抜群のクレアは思わずそう叫ぶ。


「ですと…鶏の唐揚げとポテサラの冷やし塩ラーメン…ですかね?」


「おしいわ!でも、さっきよりだいぶいい感じよ!」


「じゃあもう、とりから冷やしラーメンで良くない?」


そう提案したのは由紀だった。


「えっ!塩とかポテサラも入れないのか?」


驚いた幹太は、由紀にそう聞く。


「少なくとも今日、他の味はないんだし、ポテサラだって、もともとこっちにない料理なんでしょ?」


「あ〜、そういやそうだな」


「っていうことは…つまり、旦那様の言葉がポテサラのまま通じているのは、前もって食べたことのある私たちだけってことになるんですね?」


「そうなるわね」


と、クレアはゾーイの言葉に頷く。


「そうか…通じようが通じまいが、この世界にその料理がないなら気にしなくてもいい気はするな」


「そうね♪

それに並んでいる人たちにも、まったく情報なくあの白いのはなんだろうって思わせるのはアリかも♪」


「でしたら、とりから冷やしラーメンに決定にしますか?」


アンナは幹太ではなく、クレアにそう聞く。


「いいんじゃないかしら♪

とりから冷やしラーメンでいきましょ♪」


「では、それでいきます…」


ようやくそう決まり、ゾーイは看板を書き始める。


「結局、試食もしてもらっちゃったし、命名までクレア様に任せちゃったね、幹ちゃん♪」


「だな」


そうしてだいたいの準備が整った後。


「あっ!そうだ!

ウチのみんな、ちょっと集まってくれー!」


幹太は自分の妻たちを屋台の前に集めた。


「どうしたんですか〜?」


そう聞いたのは、つい先ほどクレアによって、隙だらけだったコーチジャケットのチャックを、ぴっちり上まで閉められたソフィアだ。


「開店前にみんなに渡したいものがあってさ。

アンナ、ちょっと後ろ通るよ…」


「あ、はい」


幹太は反転しながら隣にいるアンナの背後に回り、屋台の骨組みに掛けてあった肩掛けバックを手にして戻ってくる。


「フフッ♪で、幹ちゃんは何を私たちに渡したいのかなぁ〜♪」


そう聞く由紀は、なぜかニヤニヤしていた。


「え、えっとさ…今日はみんなに手伝ってもらうから、ちょっとした贈り物っていうか…」


幹太はなぜか顔を真っ赤にしながら、バックから四つの小箱を取り出し、テーブルの上に置いた。


「これなんだけど…」


「フフッ♪幹ちゃん、やっぱりこれって…」


由紀は自分の前に置かれた小箱を手に取り、

パカッと蓋を開ける。


「わぁ♪素敵♪」


由紀の開けた小箱の中には、カナリアイエローに輝く一対のピアスが入っていた。


「幹ちゃん、これってロシュタニアの?」


「う、うん。いちおうそのつもりで…」


ロシュタニアでは、男性が結婚する相手の女性にピアスを贈る風習があるのだ。


「あれ?でしたら私のは…」


そう思ったゾーイが自分の前に置かれた小箱を開けると、そこにはピンクの宝石が付いたピアスが入っていた。


「あ、それなんだけど…」


ゾーイは以前、結婚相手にピアスを贈る風習を知らない幹太から、ゾーイの瞳の色と似た、赤い宝石の付いたピアスを貰っていた。


「誕生日ってこともあるし、それに今回はちゃんと意味を知った上で贈ろうって思ったんだけど…ダメかな?」


「いいえ、旦那様。とっても嬉しいです♪」


ゾーイは前に幹太から贈られたピアスを片方だけ外し、贈られたばかりのピアスに付け替える。


「あら、それもいいじゃない♪」


「そうですか♪」


「うん…いちおう、そうして着けてもらえるかもと思って、それにしたんだけど…」


ゾーイならたぶん片方づつ着けてくれるだろうと、幹太はピアス選ぶ時点で考えていたのだ。


「えぇ♪とってもよく似合うわ。

幹太もやるわね♪」


「ありがとうございます」


「殿下、ナイスセンス…」


クレアに続いてそう言ったのは、いつの間にかアンナにとりから冷やしラーメンを作ってもらい、屋台裏で密かに食べていたアルナである。


「ありがとう、アルナさん」


「ってことは…幹太さん、私のはこれですか?」


そう言って、アンナは一つだけ手前に置いてあった小箱を手に取る。


「あぁ」


「フフッ♪では…」


アンナは笑顔で小箱を開いた。


「わぁ〜♪綺麗です♪」


そこにはロシュタニアの湖のような、アクアブルーの宝石が付いたピアスが入っていた。


「さっそく着けてみますね♪」


アンナは普段着けているダイヤのピアスを外し、アクアブルーのピアスを着ける。


「これはブルーのトルマリン?

いいわね♪あなたの髪の色によく似合うじゃない♪」


様々な宝石が採れるリーズ公国の姫であるクレアは、宝石の種類に詳しいのだ。


「そうですか…」


アンナはそうクレアに返事をしながら、キョロキョロと鏡を探して辺りを見回す。


「なによ?私が言ったんじゃ信じられない?」


「信じてます!信じてますけど…」


「ご自分で確認したいんですよね〜♪」


そう言って、ソフィアは自分のコンパクトをアンナに手渡す。


「ありがとうございます、ソフィアさん♪」


「フフッ♪では、最後は私ですね〜」


そしてソフィアは一つだけ残った小箱を手に取り、ゆっくりと開く。


「……」


小箱の中には、つたが絡まるようなデザインの銀の土台に、ラベンダー色の宝石の付いたピアスが入っていた。


「サファイア?違う…アメジストかしら?」


「……」


ソフィアはそう聞くクレアにも返事をせずにピアスを手に取り、いくつか穴が空いていた自分の耳に着ける。


「わぁ〜♪すっごくいい♪」


「それ、ロシュタニアのアメジストですけど、そこまで綺麗な紫は珍しいです♪」


「フフッ♪蔦の意匠いしょうというのもソフィアさんっぽいですね♪」


「うん。ソフィアさん、ピアス好きみたいだから、ちょっと凝ったデザインのものにしてみたんだけど…大丈夫かな?」


そして四人にそう言われた途端、ソフィアはプルプルと小刻みに震えながらその場に崩れ落ちた。


「「「「!!!!」」」」


「ちょ、ちょっとソフィア!?」


突然のことに驚いた四人より先に、ソフィアに駆け寄ったのはクレアだった。


「大丈…って、あぁ…そういうことね…」


そしてソフィアを抱き抱えたクレアは、すぐに安堵のため息をつく。


「えっと…クレア?ソフィアさんは?」


「うん。これは大丈夫…」


クレアはソフィアの顔を両手で挟み、皆の方へと向けた。


「うへぇ♪でへへへへぇ〜♪」


「わかる?なんか気持ちわるいけど、めちゃくちゃ喜んでるのよ、コレ…」


「アハッ♪ウヘッ♪オホ〜♪」


「そ、そういば…ソフィアさんって、こういう時はいつも…」


「はい。酔っ払ってましたね…」


「たぶん…素面しらふだとこうなっちゃうから、飲んでたんだね」


安心した由紀とゾーイはソフィアの腰と脇に手を回し、ぐいっと引き上げて立たせた。


「ご、ごめんなさい〜、もう私…私、嬉しくて〜♪」


「大丈夫、大丈夫。気持ちはわかるよ♪」


「ですね♪わかります♪」


「あ♪でも、幹ちゃんさ…」


とそこで、由紀は再びニヤニヤしながら幹太の方へと向いた。


「な、なんだよ?」


「幹ちゃんがピアスをくれた理由って、本当に私たちに手伝ってもらうからってだけなの?」


「うっ!そ、そりゃまぁ…」


「だったら、クレア様とかアルナさんは?」


「い、いや…そりゃ後で…」


「ウ〜ソ♪それだけじゃないでしょ?」


由紀はゾーイにソフィアを預けて近づき、正面から幹太の肩に手をかける。


「フッフッフッ♪幹ちゃん、なんか言いたくないワケがあるでしょ♪」


「ゆ、ゆーちゃん…な、なんでわかったの?」


幹太はバツが悪そうに目の前の由紀から目をらしながら、そう白状した。


「ほら、やっぱり♪」


「えっ?えっ?由紀さん、どういうことです?」


隣で二人の様子を見ながら、アンナはそう聞く。


「ん〜と…たぶん、幹ちゃんは心配になったんだよね♪」


「心配…?幹太さん、私たちが心配なんですか?」


アンナはキョトンとしながら、幹太の方へと向く。


「う、うん…まぁ…」


「ほぇ?心配だと、なぜ結婚の証のピアスを…あっ!」


そこまで言って、アンナは気がついた。


「…もしかして、私たちが他の男性に声をかけられないようにですか!?」


「はい!アンナ、大正解〜♪」


そう言いつつ、由紀はどさくさに紛れて幹太の首に腕を回して抱きしめた。


「アンナ、やりました♪正解です♪」


「フフッ♪幹ちゃん、実は独占欲強いからね〜♪」


「ま、まぁ…その、なんていうか…この人たちは既婚者だってわかった方がいいかなって…」


由紀に抱きしめられながら、幹太は恥ずかしげにそう言う。

こちらの大陸に来て以来、いろいろと魅力的な妻たちの姿を目にした幹太は、漠然と不安に駆られ、ロシュタニアでの結婚の証を贈るという、今回の行動に至ったのである。 


「ん〜?既婚ってわからせる?

それもちょっと違うよね、幹ちゃん♪」


そんな幹太に、由紀はさらに追い討ちをかけた。


「あ、いや…それは…」


「ほ〜ら♪ちゃんと言ってみなよ、幹ちゃん♪」


「フフッ♪本当はなんて言いたいんですか〜♪」


「旦那様♪ハッキリ言ってください♪」


「そうです♪これからのためにもハッキリしてもらわないとです♪」


さらには由紀だけでなく、ソフィア、ゾーイ、アンナの三人までもが、ニヤニヤしながら幹太に迫る。


「わかった!言う!言うからっ!」


そしてヤケクソになった幹太は、思いっきり息を吸い込んで叫ぶ。


「この人たちは俺のもんだー!って、周りしに知ってもらうためですっ!」

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