第329話 ポテト対ポテト
「で、これをー」
そして鍋の中で8の字を書くようにして麺を掬い上げて湯切りをした後、背後に用意されていたシンクの水で冷やす。
「わ!アンナすごい!」
アンナの一連の動きを見ていた由紀は、思わずそう声を上げた。
「あんなのいつの間に練習してたの?」
「あんなのって…湯切りのことか?」
「うん」
「ん〜?確か湯切りは前回東京に行った時だよな?」
と、幹太は流水で念入りに麺を冷やすアンナに聞く。
「はい♪」
「でもまたなんで?
だって、いつもはあの丸くて深いザルでやってるでしょ?」
「ん〜と…たぶんキッカケは、あの鹿児島のラーメン屋さんなんです」
アンナは冷やした麺の水気を切りながらそう言う。
「そういや…天文館にあったラーメン屋は、寸胴じゃなくてデカい鍋を使ってたし、ザルも平ザルだったな」
今となっては珍しい、大鍋にいくつか麺をまとめて入れる茹で方をしていたラーメン店に、幹太もソフィアと入っていた。
「そのラーメン屋さんのやり方を真似したかったってこと?」
「はい♪だってこれ、カッコ良くないですか?」
そう言いながら、アンナは平ザルで麺を掬う動きをした。
「それに、こういう技術って覚えておいた方がいいかなって思ったんですよね♪」
「うん、わかる。
なんとなくだけど、テボが使えなくなった時のために忘れないようにしなきゃなって、俺もたまに練習するし…」
幹太も東京で屋台を始めた当初は、平ザルで湯切りをしていたのだ。
「結局、それがこうやって役に立つんだよな」
「はい♪」
アンナはそう返事をして、麺を少し深さのある皿へと移す。
「市場にこの器があってよかったよ」
そしてそれを受け取った幹太は、まずはシャノンの魔法で冷えたスープをかける。
「ねぇ幹ちゃん、なんかそのお皿って中華丼のお皿みたいだね」
「言われてみれば、まさにそんな感じだな」
実際に日本でも市場で売られている中華丼の深皿は、夏になると冷やし中華によく使われている。
「で、お次はこれ…」
そして次に幹太が麺の上に載せたのは、モサッとした白い塊だった。
「えぇっ!か、幹ちゃん、それって?」
「うん。ポテトっていうか、野菜は入ってないけど、いちおうポテサラ…になるのかな?」
「え、えぇ〜!ラーメンにポ、ポテサラぁ〜!?」
と、思わず由紀は声を上げる。
「ハハッ♪まぁそう思うよな」
続いて幹太は、先ほどソフィアが持ってきた大きなバットから次の具を取り出す。
「殿下…それはもしかして…」
そう聞いたのは、外回りの準備を終えて戻ってきたアルナである。
「そう。鶏の唐揚げです」
幹太が麺の上に載せたのは、大きな鶏胸肉の唐揚げだった。
「か、唐揚げ…?確かに飲み屋さんとかで、ポテサラと鳥の唐揚げは定番だけど…」
「まぁな。俺にとってもけっこうな挑戦だったよ。
で、あとはこれとこれ…」
そう言って、幹太はラーメンでは定番の具であるメンマとワカメを載せた。
「キュウリと錦糸卵とナルトは?」
「いちおう練り物は入ってるけど、卵とキュウリはナシだな」
「なんだかすごいボリュームね♪」
「はい…見ているだけでお腹いっぱいになり
そうです」
とそこで、クレアとゾーイが屋台の前にやって来た。
「クレア、準備の途中でどこへ行ってたんです?」
「ちょっとゾーイのお父様に呼ばれてたのよ♪
ね、ゾーイ♪」
「…クレア?なんだか機嫌が良くありませんか?」
「まぁね♪で、これが今回のラーメンなワケね♪」
クレアはアンナにそう聞きながら、割り箸を手にする。
「えぇ。良かったら、食べてみてもらえますか?」
「もちろんそのつもりよ♪」
そしてパキッと割り箸を割り、まずは麺から食べ始めた。
「うん…うん…この麺、すっごい歯応えね…」
「どうです?美味しいですか?」
「うん♪いいと思うわ。
野菜でトロみのついたスープにも、すごく合ってるし♪」
「で、次はこれね…」
クレアは恐る恐る、ポテサラに箸を伸ばす。
「わっ!意外だけど美味しいわ♪
これって、日本で食べたマッシュポテトとマヨネーズを混ぜたやつよね?」
「ポテトサラダですよ。クレアは食べたんでしたっけ?」
「日本にいる時に由紀の家で食べたわ。
けど、マヨネーズなんてロシュタニアにあったかしら…?」
「いいえ、クレア。マヨは幹太さんが作ったんです♪」
「えっ!そうなの?」
と、クレアは幹太に聞く。
「はい。材料はこっちにもあるものですし、作り方も簡単ですから」
「ビックリするぐらい、市場で簡単に見つかりましたよね♪」
「うん。まぁ人が住んでいる所なら、どこに行ってもありそうな食材だからな」
マヨネーズの原材料は、基本的に食用油、酢、卵の三つである。
「なんてったって、異世界と言ったらマヨネーズだよね♪」
由紀が読む異世界料理系の小説では、異世界に行った主人公がよくマヨネーズを作っているのだ。
「えぇっと…つまりこれはポテサラ唐揚げ冷やし中華ってワケね…」
「もっと正確に言うなら、鶏野菜塩ダレのポテサラ唐揚げ冷やし中華になりますね♪」
「そういえば、この前食べた時よりスープが増えてるのよね…」
そう言って、クレア目の前の器に視線を戻す。
今回、幹太とアンナが作った冷やし中華は、ほぼ麺が隠れるほどスープに浸っていた。
「やっぱり…これは私が知ってる冷やし中華とだいぶ違う感じがするわ」
クレアが日本で食べたのは、スーパーで売っている流水で麺を流してタレをかけるだけで出来上がる、ごくごく普通の冷やし中華だった。
「由紀の家で食べたのは、こんなにスープが入ってなかったし…」
クレアはそう言いながらレンゲを手にし、トロみのあるスープを一口飲んだ。
「うん♪やっぱりこのスープって最高ね♪」
そして、笑顔でそう言った。
「クレア様、私も一口もらっていいですか?」
「えぇ、ゾーイもどうぞ♪」
クレアは再びレンゲでスープを掬い、ゾーイの口へと運ぶ。
「フフッ♪ありがとうございます、クレア様♪」
「で、どうかしら?」
「はい♪とっても美味しいです♪」
「…ねぇ幹太、この前は聞き忘れたんだけど、これって凍らせただけでこんなに澄んだスープになるの?」
「臭みがぜんぜんないのもそのおかげですか?」
と、二人は屋台前のテーブルから身を乗り出して聞く。
「いいえ、それだけじゃないです」
そう言って、幹太はいくつかの香草などをヒモで縛ったものを二人に見せた。
「これは、ブーケガルニね♪」
「はい。そうです、クレア様。
もともとあまり臭みのないスープですけど、これでもっと爽やかな味わいになります」
「そうなんだ。凍らせる以外にやったのはそれだけ?」
「いいえ。火にかけてる間はマメにアクを取ったりしてますね」
「だいぶ手が混んでるのね。
でも、毎回それをするのは大変じゃない?」
「そうですけど、他の仕込みもやりながらですし、スープに時間がかかるのはラーメン屋としては普通のことですから…」
幹太をこれまで培ってきた技術と経験の全てを使って、このスープを仕込んだのだ。
「そっか…言われてみればそうよね」
クレアの店である紅姫屋でも、幹太レシピ通りにスープを作るためにかなりの手間をかけている。
「さて、それじゃあ…」
クレアは、ついに大きな鶏胸肉の唐揚げを箸で持ち上げた。
「お、重いわ…」
「フフッ♪そうでしょ、クレア♪
できるだけ大きくしようって、幹太さんと決めましたから♪」
「じゃあさっそく一口…」
そしてその大きな唐揚げにガブッとかぶりつく。
「ハフッ!ハフッ!」
「さぁ!どうですクレア?美味しいでしょう?」
「フッハッ!ひょっとまっひなさいよ…」
と、我慢できずに感想を聞いてくるアンナを手で制しつつ、クレアは唐揚げに続いて、ポテトサラダも頬張った。
「…うん♪これは素晴らしく美味しいわ♪」
そして飲み込んだ直後、そう言って微笑む。
「フフッ♪やりましたね、幹太さん♪」
「あぁ。クレア様が言うなら間違いないな」
幹太とアンナは、向かい合ってハイタッチした。
「しかし、すごいわね…さすがにポテトサラダは攻めすぎじゃないって思ったけど…」
「フフッ♪鶏と野菜のスープと思いのほか合いますよね♪」
「そうなのよ。そんなにドヤ顔のあなたに言うのは悔しいけど、これってすっごく合うのよね…ハフッ!」
そう言って、クレアは再び鶏の唐揚げを頬張った。
「ふぉれで、ふぉの唐揚げとポテトサラダも、すっごく合うの…」
「フフッ♪クレアったら、すごい顔ですよ♪」
「だって美味しいんですもの!仕方ないじゃない!」
真っ赤な顔でそう叫ぶほど、クレアはこの冷やし中華がずいぶん気に入ったらしい。
「で、これはどういう名前で売り出すの?」
「ほぇ?だから…鶏野菜塩ダレのポテサラ唐揚げ冷やし中華ですよ」
「…はぁ」
と、アンナの答えを聞いたクレアは深いため息をついた。
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