第333話 故郷の味
「よいしょっと!」
そしてそこから、長い取手が両側に付いた大きなザルを取って下ろす。
「ちょ、何それアンナ?もしかして…それで麺を揚げるの?」
「はい♪たぶんこんな時がくると思って…」
アンナはそう言いながら、まだ麺を入れていない寸胴鍋にザルを沈める。
「…ちょっと前から、幹太さんと考えていたです♪」
そしてその上から五つの麺を、ほぐしながら熱湯の中に入れた。
「うん。冷やしならこんなザルでもいけるんじゃないかってな」
「はい♪で、やってみたら大丈夫だったんで、今日はこれでいくことにしたんです♪」
そしてそれから一分半後、アンナは木のグリップのついた取手を握り、一気に引き上げた。
「よいしょー!」
「わ!すっごい量!」
「まぁ俺でも五つは平ザルじゃ無理な量ですからね」
「はい〜♪けっこう重いですよ〜♪」
そう言いながら、アンナが引き揚げたザルを、ソフィアが受け取った。
「あら?ここからはソフィアも調理担当なの?」
「はい。お二人にそうお願いされてましたから〜♪」
「まぁ外回りの人手は足りてるものね…」
クレアの言う通り、何かと要領の良い三人とアルナがいれば、メニュー一つの配膳など余裕でこなせるのだ。
「では、これを冷やして〜♪」
「で、五等分にすればいいってわけだ」
幹太は冷やした麺をソフィアから受け取り、五等分して皿に盛った後、先ほどと同じようにスープをかけて具を載せた。
「はい。じゃあお願いします、クレア様」
「わかったわ!えぇっとこれは…」
「クレア様!次は三番です!」
「三番ね♪了解よ、由紀♪
っていうか、このテーブルに番号を振り分けるやり方って、かなり便利ね♪」
今朝、アンナと共に会場の下見をした幹太は、あらかじめテーブルに番号を付け、それを外回りを担当する女性陣に知らせていた。
「はい。今回は広い会場だったんで、それがいいかなと思って」
「うん。ファミレスのバイトの時みたいでめっちゃわかりやすいよ♪」
そう言う由紀は、一時期、家の近所のファミレスでウェイトレスのバイトをしていたのだ。
「そういや由紀、お客さんの反応はどうだ?」
「うん♪私から見た感じでは好評って感じだよ♪」
「お、そうか?」
「そうだね♪最初食べた時に、おっ?って顔してるけど、その後はみんな美味しそうにしてるよ」
「おって顔…?でも、その後は美味しそうなんだよな?」
「うん。っていうか、本当に美味しいって言ってる人もいっぱいいるよ♪
幹ちゃんも、ちょっと見てみなよ」
由紀は幹太の頭を
「お、ありゃサロメさんだ」
「…うん。サロメとお店の仲間たち…」
そう言ったのは、その三人に配膳をして戻って来たアルナだ。
「そっか、アルナさんの同僚さんだったね♪」
そんなサロメたちは、初めて見る料理を興味深げに見ていた。
「これがラーメンなのね♪」
「アルナに聞いてた以上にすごいボリュームじゃない?」
「そうね。こういう豪華さってロシュタニアっぽいわ♪」
「じゃあ食べてみましょっか♪」
サロメがそう言い、三人はそれぞれに麺やスープから食べ始めた。
「わ!このスープ、コクがあって美味しい♪」
「すごいわ♪私、ヒヤッとするほど冷たいお料理って初めてかも♪」
「麺もモチモチで美味しい〜♪」
「じゃあじゃあ、次はこのおイモっぽいのいってみる?」
「「そうね♪いきましょう♪」」
そして三人は、最初から気になっていたポテサラを食べ始めた。
「あ、美味しい♪」
「うん♪美味しいわ♪」
「美味しいし…なんか懐かしい感じだわ…」
「懐かしい…?この味が?」
サロメは緑のブラウスを着た女性にそう聞く。
「味…というか、このおイモね♪
これって多分、よく食べるロシュタニアのジャガイモじゃなくて、ラパルパのジャガイモよ♪」
「懐かしい…?懐かしいと言われれば、私もそんな感じがするわ…」
「でも、あなたはラパルパじゃなくて、ハルハナじゃなかった?」
サロメは、もう一人のブルーのブラウスを着た女性にそう聞く。
「えぇ…そうなんだけど…たぶん、これかしら?」
青いブラウスの女性は、ポテトサラダに入っていた柵状に細切りされた何かをフォークにのせてサロメに見せた。
「それは…なに?」
「えぇっと、うちの地元だとグーラスって名前なんだけど…たぶんこれは魚の練り物ね」
そう話しながら、三人は幹太の方へと振り返る。
「あ、説明か…じゃあアルナさん、こう伝えてきて…」
そして幹太から何かを耳打ちされたアルナは、三人のテーブルまで行ってこう伝えた。
「…ラパルパのジャガイモと一緒に混ぜてあるのは、ハルハナのカニとお魚を混ぜて作った練り物…だそうです」
幹太はポテサラに、カニカマを加えていたのだ。
「つまり、あなたたちの故郷のラパルパのジャガイモと、ハルハナの練り物でこの具はできてるってことなのね♪」
「フフッ♪このジャガイモ、久しぶりに食べたわ♪」
「私もカニの練り物なんて地元でもなかなか食べれないから嬉しい♪」
「っていうことは、この鶏の唐揚げは…」
「「そうね♪」」
そして最後に、三人は一斉に大きな唐揚げにカブりつく。
「わ!美味しい!」
「うん♪ジューシーで最高♪」
「やっぱりこれは私の地元、ロシュタニアの鶏の唐揚げよ♪」
そう。
様々な国の人々が集まるオアシスの国、ロシュタニアを表現するため、幹太はこの国や周辺の国々の食材を使ってスープや具を作り、この一皿を完成させたのだ。
「…でも、カニカマなんてよく思いつきましたね?」
と、アンナは隣でポテサラと刻んだ練り物を混ぜている幹太に聞く。
「ちょっと前にアルナさんが、ハルハナ出身の同僚の人から練り物をもらったことがあったって教えてくれたんだよ」
アルナは以前に、ナルトのような食べ物をどこかで見た事があると言っていたのだ。
「で、ちょうどクレア様のタブレットに練り物のレシピもあったし、この国に無いなら作っちゃおうって思ってさ」
「フフッ♪私、それをポテサラに混ぜるって聞いた時は、ちょっとだけビックリしちゃいました♪」
「あれ?アンナと行ったことなかったかな、カニカマ入りのポテサラがあるお店?」
「そういえば、行ったよーな?
もしかして…駅前のお店で最初に出てきたやつですか?」
「そうそれ。お通しな」
前回、日本に行った時にアンナが二十歳を越えていたため、幹太は由紀と共にアンナを飲み屋に連れて行っていたのだ。
「それにもともと冷やし中華にはナルトが定番だし、ぜったい合うって思ってさ」
「けっこう市場で探してましたもんね」
「うん」
「フフッ♪予想通り上手くいきましたね、幹太さん♪」
と、アンナは汗でテカテカに輝く顔で、幹太に微笑みかける。
「あぁ、アンナのおかげだよ」
「ほぇ?私ですか?」
「そりゃそうさ、どれだけスープや具に凝ったって、肝心な麺がなきゃラーメンじゃないだろ♪」
そして幹太もアンナを見て、ニッコリ笑った。
「あ、なるほど♪」
「まぁ由紀の言う通り、ひとまずは好評ってことで良さそうだな」
「ですね♪」
そう言って、二人は調理台の下でグータッチをする。
「お…」
そしてそれからしばらく経った頃、スープの中にお玉を入れた幹太が声を上げた。
「もう一本目のスープが無くなってきたな…」
「ちょうど麺も半分なくなりましたよ〜」
そう言って、ソフィアはカラになった麺箱を持ち上げた。
「アンナ、シャノンさんは?」
「えっと、さっき戻ってきて…」
「ここです…」
「「「わっ!」」」
三人は、自分の真後ろから聞こえた声に飛び上がって驚いた。
「ビ、ビックリした…」
「は、はい〜、ビックリしました〜」
「シャ、シャノン!調理中に驚かすのはやめて下さい!」
「申し訳ありません…あまりに大勢の人目に
「えっ?シャノンさんって、いつもけっこう人目に晒されてないか?」
「だとしても、なぜ私たちでそれを解消したんです!?」
「…私を探していたのは、スープの魔法ですか?」
シャノンは二人の疑問には一切答えず、二つの寸胴鍋に近づく。
「あ、はい。こっちの寸胴の氷を…」
幹太は先ほどカラになった寸胴鍋の隣にある、氷で覆われた寸胴鍋を指差した。
「それでしたら、そろそろ溶けるはずです」
シャノンがそう言った直後、鍋の上半分を覆った氷が、水になることなくパッと一瞬で消失した。
「氷が消えました〜!」
「本当だ!すごい!」
それを見たソフィアと幹太は、思わずそう声を上げる。
「フフッ♪さすがはお姉様です♪」
「…氷の量はこのぐらいで大丈夫ですか?」
「あ、はい。充分です」
そう答えながら、幹太は寸胴の中のスープをかき混ぜながら確認する。
「うん。脂も浮いてないし、いけそうだな。
そいじゃあ、もうひと頑張しますか〜!」
「お〜♪」
「はい〜♪」
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