第325話 アメリアの鉄板
幹太たちにその香りが届く少し前。
「あれ?もしかして…向こうは冷たい料理なのかな?」
ナーマルは、菫屋の裏にある氷った鍋を見てそう言った。
「…さすがですね」
「えっ!アメリアさんが褒めるなんて珍しい!」
「そうでしょうか?私としては、いつも正当に評価しているつもりですが…」
「それはわかるけど、求めるレベルが高いってことですよ。
で、アメリアさんは向こうの何がさすがだと思ったんですか?」
「ナーマル様の言う通り、ご当地料理として、冷たい食べ物を選んだことです」
「だよね。この国にいると、少なくとも一日に一度は冷たい食べ物が食べたくなるし」
「えぇ。それに加えて、あの規模の冷却魔法使いは、こちらの大陸にはなかなかいないという意味でもあります」
「そっか、少なくとも僕の周りにはいないな…」
「はい。ですから、もしあれを毎日やるとしたら、キチンとした魔道具を作らないとダメでしょう」
やはりシャノンやアンナはこちらの世界でも、相当な魔法の使い手なのだ。
「そう言えば、シェルブルックには大導師のムーア様がいるんだっけ?」
「そうですね。かの大導師はトラヴィス国王様の片腕ですから…」
「そりゃ冷却魔法もすごいはずだ」
「それに、魔法を使っているのは王家直系の方です…」
「王家直系?それって、つまりアンナ様でしょ?」
「いいえ。アンナ様の姉上様の…」
「えっ!ビクトリア様も来ているの!?」
ビクトリアは以前、国王に代わってこの国を訪問していた。
まだ幼かったナーマルは、その時見たビクトリアの優しい笑顔を今だに覚えている。
「違いますよ。あの黒髪の護衛の方が、アンナ様の姉上様です」
「えぇっ!そうなのっ!?」
「はい。シャノン様は王位継承権こそありませんが、アンナ様の姉君になります」
「そうなんだ。どうりでアンナ様と仲がいいわけだ…」
ナーマルは、姉妹ならではの距離感で話す姉妹を見ながらそう言う。
「よし。じゃあそろそろ僕達もやらないとだね」
「はい。
ではリン、ミン…」
アメリアは、近くでテーブルセッティングをしていたメイドの双子の姉妹を呼ぶ。
「「はい。なんでしょうアメリア様?」」
「二人は向こうから、私の鉄板を持ってきてくれませんか?」
「「は〜い♪」」
二人はアメリアに向かって笑顔で敬礼をし、ステージ裏にあるナーマルチームの食材置き場へと向かった。
「あ、あの…アメリアさん?」
遠ざかる二人を見ながら、ナーマルは大きめの炭火コンロを屋台へと運びはじめたアメリアに声をかけた。
「なんでしょう?」
「アメリアさんの鉄板って、あの厚くてすごーく大きな鉄板ですよね?」
「もちろんそうですが…」
アメリアの鉄板とは、アメリアの肉料理が気に入ったオルガがそのために特注した、厚さが三センチ、面積が畳一畳ほどある巨大な鉄板である。
「あ、あれをあの二人で運ぶのは、ちょっと…」
「「うわぁ〜!!」」
と、ナーマルが言いかけたところで、ステージ裏から姉妹の悲鳴が聞こえた。
「いけませんっ!ピナっ!」
「はいっ!」
「やっぱり!重すぎたんだっ!」
アメリアとナーマルは他の準備をしていた力自慢のピナと共に、ステージ裏へと急ぐ。
「アメリアさまぁ〜!」
「た、たすけてぇ〜!」
「ミン、リン!」
「ピナさんも早く!」
「はい!いま助けます!」
そして三人は、すぐさま鉄板の下でもがくミンとリンを救出した。
「あ、あぁ…重かった…リン、大丈夫?」
「え、えぇ…大丈夫よ、姉さん」
「二人とも怪我はありませんか?」
「「はい。大丈夫です、アメリア様」」
「すみません…最初からピナに任せるべきでした」
と、アメリアは二人の埃を払いながら謝る。
「…ピナ、鉄板は炭火コンロの上にお願いします」
「はい」
アメリアから頼まれたピナは軽々と鉄板を持ち上げ、コンロの上に載せて炭に火を付ける。
「アメリア様、これで大丈夫でしょうか?」
「えぇ、ありがとうございます」
「でも、こんなに屋台でこんなに大きな鉄板を使うんですか?」
ミンは、立ち上がった妹の頭の埃を払いながらそう聞く。
「はい」
「じゃあ、すっごく大きなお肉を焼くんですね♪」
そう聞いたのはリンだ。
「お肉自体も大きめではありますが、他にも色々と使うことがあるのです」
「そうなんだ…」
「では、二人は引き続きテーブルの方をお願いします」
「「はい♪」」
アメリアはテーブルの方へ走っていく姉妹を見届けた後、ピナがセッティングした鉄板ではなく、屋台の裏に据え付けられた調理台へと移動した。
「ナーマル様…」
「うん?なに?アメリアさん」
「今、何時ですか?」
「今は…十一時半だね」
「開始時間は十二時…ナーマル様、そちらの準備は?」
「えぇっと…ごはんの方はそろそろだと思うけど…」
「でしたら、そちらはお任せしても?」
「うん。と言っても、温度を確認するぐらいしかやることないけど…」
「では、私も準備を…」
そう言ってアメリアが氷の入った大きな木箱から抱え上げたのは、霜降りの大きな牛肉の塊だった。
「ア、アメリア様…それを一気に焼くんですか?」
と、無表情で巨大な肉を持ち上げた上司にちょっぴり引きながら、ミンが聞く。
「いいえ、まずは下ごしらえです」
アメリアはまな板の上に大きな肉の塊を載せ、刃渡り三十センチほどの牛刀をシャープナーで二、三回研いだ後、サクサクと切り分け始める。
「な、なんかすごいね、姉さん…」
「うん…」
「フフッ♪ビックリするよね♪」
ナーマルはポカンとしながらアメリアを見守るミンとリンにそう声をかける。
「ナーマル様はアメリア様がこんなに豪快な調理をするって知ってたんですか?」
「うん。いちおう完成品の試食もしてるからね♪」
「完成品…そう言えば、私たちは食べてないわ。
ね、リン?」
「うん」
「ごめんね。ちゃんと決まったのは昨日だったから、時間がなくてさ」
「あ!でも、ちょっと辛いスープみたいなのなら食べました!」
「そうね。それなら私も姉さんと食べたわ」
「あぁ、実はそれからけっこう変わってね…」
「「変わった…?」」
「うん」
「あんなに美味しかったのにですか?」
ミンはナーマルとアメリアが作った、日本のカレーがお気に入りだったのだ。
「わ、私も…あれがご当地料理になると思って楽しみにしてたのに…」
そしてそれはリンも一緒だった。
「フフッ♪大丈夫だよ。
そっちもまた作ってあげるから♪」
ナーマルはそう言って、二人の頭を撫でる。
「ナーマル様、なにか他に重いものはないですか?」
とそこで、ピナがそう聞いてきた。
「あ、うん。ピナじゃないと運べないようなものはもうないかな」
「ほぇ?そうなんですか?」
以前の試食でミンやリンと同じカレーを食べていたピナは、カレーの入った大きな鍋などがあると思っていたのだ。
「そうなんだよ。
さっきも言ったけど、アメリアさんと相談してずいぶんと変えたんだ」
そう言って、ナーマルはスパイスの入った二つの大きなボールを調理台の上に置く。
「で、あとはお米だけど…」
「はい。それならもういい具合ですよ♪」
そう言って、ピナはナーマルの前に炊いた米の入った木製の大きな桶を持ってきた。
「まだちょっと温かいですけど、これでいいんですよね?」
ピナにそう聞かれたナーマルは、手にしたスプーンで中に入っていた細長い米を一口食べる。
「…うん。これならもう大丈夫そうだね♪」
そしてご飯の入った桶、つまりおひつを持って、ようやく火の通りはじめたアメリアの鉄板へと移動した。
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