第324話 準備開始

オルガはステージの前にいる夫を手で指す。


「説明はハミッシュから♪」


「うん。まずはここにいる皆さんの投票してもらうんだけど…」


「そうね♪」


「二つある屋台のどちらか興味のある方か、両方を食べてみて、このロシュタニアを代表する料理にふさわしいかどうか、この木札で投票してもらうんだ」


ハミッシュは黄色と青に塗られた二枚の木札を掲げ、ステージ下にある大きな壺の前へと移動する。


「で、木札は二組の料理を受け取る時にもらえるんだけど、その料理がロシュタニアのご当地料理としてふさわしいと思った場合に、この壺に入れるんだ。

ふさわしくないと思った時は壺の横にある大きな木箱に入れていく…」


「ちなみに黄色がナーマルで、青がアンナ

様たちの菫屋ね♪」


「ありがとう、オルガ♪

ちなみに、両方食べた人もやる事は同じ、気に入ったら壺に、気に入らなければ箱だよ。

みんなわかったかな?」


ハミッシュがニコリと笑ってそう聞くと、客席からわかっただのはーいだのと返事が返ってきた。


「で、あとは僕の家族の投票だけど、僕たちはアンナ様たちのものとナーマルたちのもの両方を食べて、どちらがふさわしい方に投票するよ」


「…ちょっといいかしら?」


とそこで、ステージ上にいるクレアが手を挙げた。


「はい。なんでしょう?」


「あなたたちの票の配分はどうなるの?」


「そうですね…」


ハミッシュは考えるそぶりをしながら、集まった人々を見回す。


「そうですね♪一人で三十票でどうでしょう?」


そしてニヤリと笑いながら、クレアにそう答える。


「三十…っていうことはあなたたちだけで…」


クレアは審査員席に座るライナス家の人々を指折り数えていく。


「‥全部で四百ちょっと…なるほどね…」


「クレア様、それで良いでしょうか?」


「えぇ、大丈夫よ♪」


「えっ!」


と、クレアの返事を聞いた由紀は驚いた。


「ね、ねぇ幹ちゃん、クレア様、四百って言わなかった?」


「いや、ちょっと聞いてなかったわ」


「そっか…たとえば、幹ちゃんお店って一日だいたいどのぐらいのお客が来るの?」


「東京のウチの屋台だと一日で五十人来れば繁盛って感じかな…」


「えぇっ!そうなのっ!?」


「そうだよ。普通の店舗だと二百とか三百ってとこもざらにあるけどな」


「そ、そんなに違うんだ…」


基本的に限られたスペースと時間でしか出店できない屋台と、屋台よりもスペースがあり、一日中商売ができる店舗ではまったく売り上げは違うのだ。


「まぁ今日は商売ってわけじゃないし、この人手だから…」


そう言って、幹太は由紀に正面を見るように促す。


「わ!上から見たらすごい!」


「な、けっこうな人だよな。

ウチの高校の全校集会みたいだ」


「あ、そんな感じかも。

こんなにいて、食材は足りるの?」


「どうかな…麺の方はアンナがめちゃめちゃいっぱい仕込んでたけど…」


「でも、ウチの学校と同じなら、半分でも二百人以上だよ」


「大丈夫です♪そのぐらいならぜんぜんいけます♪」


と、胸を張ってそう言ったのはアンナだ。


「たぶんここの人、全員分ぐらいは仕込みましたから♪」


「おぉ!さすがアンナ!

やっぱり麺を打たせたら世界一の姫だな!」


「フフ〜ン♪そうでしょう、そうでしょう♪」


「そりゃ他にラーメンを打つ姫なんていないんだからそうでしょうよ…」


と、盛り上がるラーメン馬鹿ズの隣でクレアはため息をつく。


「…けど、なかなか面白い投票の仕方ね♪」


「面白いって…どこがです、クレア?」


「だって普通、料理対決ってみんなに両方を食べてもらって投票してもらうでしょ?」


「そういえばそうですね…でも、なぜです?」


と、アンナは首を傾げる。


「たぶん料理の見た目や匂いも勝負に入るってことなんでしょうけど…」


そう言いつつ、クレアは幹太を見た。


「確かにカレー相手だと、なかなか厳しい投票方法ですね」


「あら、幹太は気づいてたの?」


「まぁ普通の投票じゃないかもとは思ってましたから…」


「じゃあ最後に幹太とナーマル、お互いに握手をしちょうだ〜い♪」


とそこで、オルガが二人にそう声をかけた。


「お、いよいよ対決っぽくなってきたな」


「じゃあ行ってくるね」


二人はお互いのチームメイトにそう声をかけ、ステージの中心へと歩み寄る。


「ナーマルさん、今日はよろしくお願いします」


「うん。よろしく…」


二人は力強く握手をし、視線を交わす。


「フフッ♪ようやく、ゾーちゃんを取り返す日がきたよ♪」


「いいや…そうはいかないさ」


お互い不敵に笑いながら、二人は手を離した。


「いいわね♪じゃあ、最後の準備に取りかかってちょうだぁーい♪」


そうして幹太たち菫屋と、ナーマル、アメリアの合同チームの対決が始まった。


「えぇっとぉ〜、仕込みは何が残ってましたっけ〜?」


屋台に戻ってきてすぐそう聞いたのは、紫色ロシュタニアンの上から、いつものヒヨコ柄のエプロンをしたソフィアだ。

ソフィアは薄布を身につけていないため、まるで裸エプロンのようである。


「もう仕込みはほとんどないよ」


「じゃあ、いつもの開店準備でいいですか〜?」


「そうだな。お湯の寸胴を沸かして後は…屋台の方に具を並べるって感じか…」


「フフッ♪麺湯の寸胴が外って、ちょっと新鮮です♪」


そう言いながら、アンナは屋台裏にある魔石コンロに着火した。

今回の屋台は幹太製の即席なため、屋台の中でできる調理が限られているのだ。


「何百食も作るんでしょ、これで足りるの?」


そう言って、由紀はアンナが火にかけた方ではなく、なぜか二重に重ねて置かれた寸胴鍋の方をコンコンと叩く。


「大丈夫。そう思って、寸胴鍋だけは余分に借りたんだ」


「ってことは、この他にもあるの?」


「うん。そこに…」


そう言って、幹太は先ほどから自分の隣にあった氷のかたまりを指さす。


「えっ!もしかしてこれって?」


由紀は自分の腰の高さほどある、長方形の氷の塊の中を覗き込んだ。


「うん。シャノンさんの魔法で凍った鍋」


「す、すごい…でも、溶けちゃわない?」


「それがさ、ある程度の時間なら溶けなくできるんだと。

しかも、パッと消したりもできるって言ってたな」


ちなみにパッと消える場合、普通の氷のように水になるようなことはない。


「ほ、本当にすごいね…」


「あぁ…俺も久しぶりにここが異世界だって思い出したよ」


「こっちのも常温…じゃないんだ」


由紀は二重になった寸胴鍋に触れながらそう聞く。 


「そう。えぇっと…なんだったかな?湯煎じゃなくて…」


「氷煎…はない?」


「聞いたことないけど、まぁそんな感じだよ」


幹太は冷やしてもらったラーメンスープを適温に保つため、鍋を二重にしてその間にシャノン製の氷水を入れたのだ。


「魔法でシャノンにずっと適温にしてもらうんじゃダメだったの?」


「うん。色々一緒にやってみたんだだけど、スープの冷たさをいい塩梅に保つには、これが一番良かったんだ。

ですよね?」


そう言って、幹太はアンナのそばにいたシャノンを見た。


「…はい。やはり、魔法だけで継続して適温にするというのは難しかったですね」


「うん。直接冷やしてもらうよりも、氷を作ってもらった方が良かったよな」


「そっか…それに今日のシャノンは、ずっとお鍋のそばにいるわけにはいかないんだもんね♪」


「えぇ…」


今日のシャノンの仕事は菫屋の手伝いでなく、本業のアンナの警護である。


「さて、そんじゃあ後は具だな」


そう言って、幹太は保冷バッグの中から、フタ代わりにヒモで皿を縛ったどんぶりを取り出した。


「あ、タッパーはないんだっけ?」


そう聞いたのは由紀だ。


「うん。ぜーんぶ盗られた。

なぜか保冷バッグは盗まれなかったのにな…」


「それで大丈夫なの?」


「まぁ営業が始まれば、フタしてるヒマなんてないからな」


「フフッ♪」


とそこで、二人の話を聞いていたゾーイがなぜか笑った。


「へっ?ゾーイさん、今の幹ちゃん、何かおかしかった?」


「旦那様、今、営業って言いました♪」


「あ、そっか、今日は対決なんだもんね♪」


「そういやそうだったな…今日はお金取らないんだ」


そう言って、幹太は頭を掻く。


「さて、あとの準備は…っと、アンナ、これって…?」


そうして幹太たちしらばく準備をしていると、ナーマルたちの屋台の方からエスニックな香りが漂ってきた。


「はい。向こうも準備が整ってきたみたいですね♪」


「そうみたいだな」

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