第313話 カレーめん
そうしてそれから数日後。
「勝負の日が決まったんですか?」
アンナは今朝方、実家に呼び出しを受けたゾーイにそう聞いた。
「一週間後の…その…私の誕生日の日に…」
「えっ!ゾーイさん、誕生日なの?」
そう聞いたのは由紀だ。
「はい」
「ん〜と、七日後だから…あ、ゾーイさんこっちの八月生まれなんだ…」
由紀はスマホを取り出し、ムーアの謎魔術で西暦とは微妙に違うプラネタリア大陸の暦になっているカレンダーを見る。
「確か…シェルブルックに四季はあるけど、季節は日本と逆だったよね?」
と、由紀はアンナに聞く。
「そうなりますね♪」
つまりシェルブルックやリーズは八月が一番寒く、二月が一番暑い時期となるのだ。
「けど砂漠の国ってぐらいだから、ロシュタニアは一年中夏なのかな?」
「フフッ♪いちおう私は冬生まれですよ、旦那様♪」
「こ、これで冬なのか…」
「殿下…こっちの大陸にも季節はあるし、私の国にもある…」
「そうなんだ…って、またアルナさんっ!?」
「おっす殿下、ちょっとぶり〜」
そう言って、アルナはユルユルと手を挙げる。
「ちょっとぶりって…最近毎日会ってるよね?」
「そう…?」
そう言って、アルナは可愛らしく小首を傾げる。
ここ最近、アルナは毎日のように幹太たちのいるホテルを訪れ、幹太とアンナがラーメン作りをしている厨房や幹太の妻たちの部屋に入り浸っていた。
「しかし、あと七日かぁ〜」
「ご当地ラーメン、完成しますかね?」
幹太とアンナはソファーに座り、並んで腕を組む。
「やるしかないだろ。アンナの方はどう?」
「麺は大丈夫…と言いたいところですけど…」
「えっ!言いたいところって…何か問題あったかな?」
「いえ、もう少し改良しようと思っていまして…」
「あれ以上か…この間のでもかなり美味しかったけど…」
「ですけど、スープも具もまだ決まりじゃないんですよね?」
「うん。まだ変えると思う」
「でしたら、当然麺もそれに合わせて変えます」
「あ〜、まぁそりゃそうなるよな…」
「幹ちゃん、具体的にはどうしようと思ってるの?」
「それがさ…実はこの間、試しにあのスープを辛くしてみたんだけど…」
「あのスープってこの間の丸鷄のやつ?」
「そう」
スープに何か物足りなさを感じていた幹太は、厨房にあった唐辛子を使い、試しに辛味丸鷄スープを作っていた。
「殿下…裏切り者…」
アルナは悲しそうな顔でそう言って、幹太の腕に爪を立てた。
「いででっ!た、試しただけで!勝負に使おうと思ったわけじゃないんだ!」
「…ホントに?」
そう言いつつ、アルナは指先に力を込める。
「ホント!ホントだって!
ちょっと煮詰まってたから、試しにやってみただけなんだって!」
「…なら許す」
「あ、あ〜痛かった…」
幹太は涙目になりながら、クッキリ爪痕の残った腕をさする。
「で、辛いスープはどうだったの?幹ちゃん」
「あ、あぁ…それが辛いのもけっこう美味くてさ」
幹太はそう言って、一緒に試食したアンナの方を見た。
「はい♪辛味だけじゃなくて、ニンニクを効かせたのが良かったですよね♪」
「た、確かに、聞いてるだけで美味しそうね…」
そう言ったのはクレアだ。
「あ、そうだ!クレア様も紅姫屋でおろしニンニクを試してみて下さい」
「へっ?やっちゃっていいの?」
「ぜひぜひ。
さっきも言ったように今回使うつもりはありませんし、もともと紅姫屋でも使えるかなと思ってやったことですから」
「そうなのね♪じゃあ遠慮なくやらせてもらうわ♪」
「はい」
「けど幹ちゃん、自分たちのテーマに沿ってて美味しいなら辛くたってよくない?」
「でも、やっぱり今回は暑い場所で辛くないご当地ラーメンってのに挑戦したいんだよ」
「ん〜?暑い所で辛い以外のラーメンかぁ〜」
由紀は幹太とアンナの後ろに立ち、二人と同じように腕を組んで考える。
「日本だと博多ラーメンになるのかな?」
「博多だけじゃなくて、熊本と鹿児島もあるぞ」
「鹿児島のラーメン、美味しかったですね〜♪」
幹太と二人きりだったということも相まって、ソフィアは鹿児島で食べた豚骨醤油ストレート細麺の鹿児島ラーメンが一番のお気に入りだった。
「ソーキそばもスープはラーメンっぽい…」のかな?」
由紀は以前、ラクロスの遠征で沖縄に行ったことがあった。
「うん。豚骨だったり鶏ガラだったりするから、ラーメンスープとほぼ変わらないと思うぞ。
それに、麺も小麦粉だしな」
「けど、イマイチ参考にならない感じ?」
「ん〜?まぁそうだな」
「じゃあ、それこそカレーラーメンは?
今のスープでカレー味っていうのも美味しそうだけど…」
そう言う由紀は、日本人なら誰もが知っているカレーのインスタントラーメンが大好きなのだ。
「あ、なるほど…その手があったか…」
「幹ちゃんって、そういうラーメン作らなそうだもんね」
「うん?そういうラーメンってどんなのだ?」
「だから、カレーラーメンとか麻婆ラーメンとか、ご飯にかける系のおかずと組み合わせたラーメン…って言うのかな…?」
「う〜ん…確かに店が屋台だとそういう手のかかるラーメンはなかなか浮かばないかもな…」
「ひとまず作ってみますか?」
そう聞きながら、アンナは立ち上がる。
「うん。とりあえずやってみよう」
そうして幹太たちは、再びホテルの厨房に向かった。
「しかし…スパイスのカレーってどうやって作るんだ?」
「カレーのスパイスのレシピならここにあるわよ」
クレアは肩掛けのカバンの中から、日本から帰って以来、肌身離さず持っている液晶タブレットを幹太に見せた。
「わ!すごい!クレア様、お料理のレシピも入れてたんですか?」
そう聞いたのはゾーイだ。
「そうよ♪いつか役に立つだろうと思ってね♪」
「えぇっと…それじゃ必要なスパイスは…」
幹太はクレアからタブレットを受け取り、食材の欄を拡大する。
「お、写真付きだ」
「どれですか…?」
ゾーイは調理台に手をついた幹太の脇の下からタブレットを覗き込む。
「えぇっと、ターメリック、コリアンダー、クミン…旦那様、たぶんこれならこの厨房にありますよ」
「おぉ!そりゃ助かる」
そうしてそれから数十分後。
「よし。ひとまずは完成だな」
幹太はアンナの麺と丸鷄のスープとスパイスでカレーラーメンを完成させた。
「ちょっと食べてみるか…」
「あ、私もいただきます」
まずは幹太とアンナが、どんぶりに入った黄色いスープを味見する。
「お、こりゃいける…」
「…はい。けっこうおいしいです」
そう言うにもかかわらず、二人はなぜか複雑な表情をしている。
「殿下…これ、辛いの?」
「いや、辛くないよ、アルナさん」
「じゃあなんだって二人はそんな顔してるのよ?」
そう聞いたのはクレアだ。
「でしたら、クレア様も…いや、みんなで味見してもらえるかな?」
そう言って、幹太はその場にいる全員に新しいレンゲを手渡した。
「フフッ♪久しぶりのカレーめんだ♪」
「私、カレーのラーメンは初めてです〜♪」
「わ、私も初めて食べます」
「じゃあいただくわね♪」
「殿下、辛かったら許さない…」
そうしてそれぞれがスープを口にする。
「あ〜なるほどね♪」
そしてまずは由紀がそう言った。
「おぉ…やっぱりゆーちゃんもそう思った?」
「うん♪」
「私も…なんとなくわかるわ」
「そういえば、クレアも日本でけっこうカレーを食べてましたからね」
「わかりません〜?どういうことですか〜?」
ソフィアにそう聞かれた幹太は、スープのどんぶりを持って、厨房の角にある大きな鍋が置かれた一角へと移動する。
「こうしたらわかるかな…」
そしてスープの中に何かを入れ、みんなの前に戻ってきた。
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