第297話 ロシュタニア中央市場

そしてその頃、宿に帰った幹太たちはホテルの一室に集まっていた。


「まさかここへ来てご当地ラーメンとは、ゾーイのお父様もなかなかやるわね」


「でも、良かったです♪」


「なにが良かったのよ、アンナ?」


「ラーメンで判断するってことになってですよ、クレア♪」


「まぁそうよね…あなた達の旦那といえばラーメンだもの」


「けど、オアシスの国のご当地ラーメンってどうすればいいのかな?

幹ちゃん、何か浮かんでる?」


「いや…まだぜんぜん」


「ナーマルさんは何を作るのでしょう?」


ゾーイにそう聞いたのはアンナだ。


「それもぜんぜんわかりません。

私、ナーマルが料理人なったのも、知りませんでしたから…」


「えっ、そうなんですか?」


「はい。私がたぶん兄と旅に出た後に料理人なったんだと思います」


「そう言われてみると、私がゾーイと会ってから、ずいぶん経つのよね…」


「はい。それに、クレア様と会う前から旅はしてましたから…」


「つまり、料理人になってからの期間もわからないし、実力もわからないってわけね」


「はい」


「…だそうだけど、大丈夫なの?」


と、クレアは幹太に聞く。


「まぁ相手の実力に関わらず、自分のできることをやるのみですから」


「そうです!幹太さんなら大丈夫です!」


力強くそう言って、アンナは拳を握り締める。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、砂漠ってのがちょっとな…」


そして、翌日。

幹太はゾーイと二人でオアシスのほとりにある市場にやって来た。


「な、なんだかめちゃくちゃ物があるな…」


高さ三メートルほどの天井近くまで積み上げられた商品の山を見上げながら、幹太はそう言った。


「はい。市場は小さいんですけど、もしかしたら取り扱っている商品の数はブリッケンリッジの中央市場より多いかもしません」


「えぇっ!そうなの?」


「えぇ。こうして積み上げて展示するのは、ロシュタニア独特のものらしいですけど…」


「そうなんだ。けど、これってなんだか、日本のディスカウントストアみたいだよな」


「あ♪旦那様と夜に行ったところですか?」


「そうそう」


幹太は日本に戻った時に、ゾーイや他の妻たちと、深夜営業がウリのディスカウントストアへ行っていた。


「確かにちょっと似てるかも♪」


嬉しそうにそう言って、ゾーイは幹太の手を引っ張って歩きだす。


「お、おぅ…ゾーイさん、奥が食料品売り場なの?」


「はい。手前が日用品や雑貨で奥が食料品です♪」


「ハハッ♪なんだか楽しそうだね、ゾーイさん?」


ゾーイに手を引かれながら、幹太は笑顔で聞いた。


「はい♪まさか自分の旦那様とロシュタニアの市場を歩ける日が来るなんて思ってもみなかったですから♪」


「へっ?そうなの?」


「そうですよ。だって私、兄と同じくロシュタニア以外の国に住みたくて旅に出ましたから…」


「なるほど…普通だったらなかなか帰れない距離だもんな」


「ですね。だから、結婚しようとしまいと、あまり帰るつもりがなかった…というか、無理だろうって思ってました」


「リーズからは距離だけじゃなくて、旅費もけっこうかかるしな…」


「はい。そういえば旦那様、今回の旅費はどうしたんですか?」


旅行中の食事や買い物などは、護衛官として得た給料で払っていたゾーイだが、船やラクダなどの交通費はまだ払った覚えがなかった。


「そりゃ姫屋の上がりってこと…になるのかな?」


「姫屋の売り上げってことですか?」


「そう。仕入れなんかの経費を引いてからの利益から出た、俺の給料」


「でしたら、私も出しますよ」


クレアの護衛官であるゾーイは、リーズ公国からこの世界ではかなり良い給料をもらっている。


「うん。困ったら頼らせてもらうよ」


「はい」


「っていうか、ゾーイさんだけじゃなくて、由紀とかソフィアさんにも実はもう色々と払ってもらってるし…」


「私はたまに食事代を払ったくらいですけど…」


「うん。ゾーイさんと同じ感じで、気づいたら払ってくれてるんだよ。

だから旅費ぐらいは、俺が持とうと思ってさ」


「そうなんですね」


「まぁ姫屋のメイン三人は給料が三等分だから、無理して払ってたりしたら速攻でバレちゃうんだけどな…」


それ以外に、その日手伝ってくれたゾーイや由紀やシャノンにも、幹太はバイト代を払っている。


「でしたら、せめてアンナ様と旦那様の旅費は、ご祝儀から出してもいいんじゃないですか?」


そもそもシェルブルック王家が出した幹太たちへのご祝儀は、新婚旅行を見越してのものなのだ。


「アンナやシャノンさんにもそう言われたんだけど…そういや、ラーメンを作った報奨金ほうしょうきんもあるって、ソフィアさんが言ってたな…」


姫屋関連の収支の管理は、村にいる頃に卸しの仕事をしていたソフィアがしている。


「報奨金…って、旦那様がブリッケンリッジのご当地ラーメンを作ったからですか?」


「俺っていうか、姫屋のみんなでだけどな。

あとは、ジャクソンケイブのご当地ラーメンを作ったのと、ラーメン自体の普及に貢献したからっていうのもあるらしい」


シェルブルック国内、特に王都ブリッケンリッジでラーメン店が増えているのは、幹太が基本的なラーメンのレシピを市民に公開したお陰なのだ。


「すごいです♪」


「ありがとう。

まぁせっかくだから、それは今後のラーメン作りに使おうと思ってるんだよ」


「それはアンナ様たちにも話してるんですか?」


「うん。それが一番いいって言ってくれてる」


オルガの予想通り、娘夫婦たちが心配な国王や王妃は、国民から不満が出ない常識的な範囲で芹沢家を援助しているのだ。


「さて、この辺りかな?」


とそこで、幹太は見慣れた雰囲気の一角で足を止める。


「はい♪」


「しかし、こりゃすごいな…」


二人が到着した市場の食料品売り場は、多種多様な民族が集まる国の市場だけはあり、肉や果物や野菜など、様々な食材で溢れていた。


「旦那様、まずは何を見に行きます?」


「とりあえず、まずはお決まりのスープの食材からかな…」


「っていうことは、お肉屋さんですか?」


「うん。お願いできる?」


「はい♪では旦那様、ついて来て下さい♪」


そうしてゾーイはそのまま幹太の手を離さず、肉屋の前まで連れてきた。


「お、おぉ…すごい!見たことない豚が丸ごと売られてる…」


そう言う幹太の前には、ツノの生えたイノシシっぽい豚が丸ごと売られていた。


「…って、こりゃ本当に豚でいいのかな?」


と、幹太はゾーイの方へと振り返って聞く。


「だと思いますけど…ちょっと待ってくださいね」


そう言って、ゾーイは店の店主に何やら聞き始めた。


「…やっぱり豚だそうですよ」


「そっか…ロシュタニアにも豚はいるんだ」


「いいえ、違います、旦那様。これはロシュタニアの豚さんじゃないみたいです」


「えっ!そうなの?」


「はい。南の方の森の国、ラパルパ国に住んでいる豚さんらしくて、丸焼きで食べるのが普通みたいです」


「なるほど、森の国か…そういや、こっちの大陸ってどういう風に分かれてるの?」


「えぇっと、でしたら…」


ゾーイはしゃがみ込み、指で砂の地面に地図を書き始める。


「こっちの大陸はこんな形で…ロシュタニアが真ん中で…こことここと、こことここに国が…」


ゾーイはまず日本の四国のような形に大陸を描き、その中心にロシュタニアを表す楕円形を描いた後、ロシュタニアの縁と大陸の縁を上下左右に四等分っぽく線を引いて分けた。


「あの…ちょっと簡単すぎない?」


「フフッ♪でも、本当にこんな感じなんです♪」


ゾーイは、今回自分たちの通って来たルートに線を引きながらそう言う。


「つまり…隣の国に反対側にある国に行く人はみんなロシュタニアを通るってこと?」


「それもですけど、国境線に山脈がある国同士を行き来する時もロシュタニアを通るんです」


「あっ!国同士が接してても道がないってこと?」


「フフッ♪正解です、旦那様♪」


「なるほど、そりゃロシュタニアに人が集まるわけだ…」


そうして幹太とゾーイは、その後も市場を見て回る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る