第298話 フィリアとスピカ
「じゃあ次はお野菜を見てみます?」
「うん。行ってみよう」
二人は振り返り、肉屋の向かいにある八百屋に向かう。
「野菜…もめちゃくちゃ豊富だな」
八百屋の前には、日本では見かけない鮮やかな色彩の葉物や根菜が所狭しと並んでいた。
「あ、これはロシュタニア産ですよ」
そう言ってゾーイが手に取ったのは、黄色いサツマイモのような形の根菜だった。
「こりゃ芋…かな?」
「はい♪すいません…」
ゾーイは店主に許可を取り、パキッと芋を半分に折る。
「旦那様、これは日本のお芋と一緒じゃないですか?」
「うん。たぶん、色以外はそうっぽいな。
こっちだとどんな料理に使うの?」
「蒸してそのまま食べたり、煮たりすること多いですね」
「そっか…味は甘いのかな?」
「はい。すり潰してお菓子にもするぐらいです」
「お、そんじゃあ味もサツマイモに似てるっぽいな…」
幹太はゾーイから芋を受け取り、じっくりと眺める。
「芋で具…は無理かも…スープはどうなるかな…」
「…スープも難しいですか?」
「いや、ベースにもよるけど、たぶんちょっと甘くなるだろうな…」
「買ってみます?」
「そうだな…」
幹太はそう返事をしつつ、辺りを見回す。
「旦那様?」
「あ、ごめん…」
「いいえ。けど、どうかしましたか?」
「あぁいや、なんか俺とかゾーイさんみたいな格好の人だけじゃないんだなって思って…」
昨日に引き続き、幹太とゾーイは今日もロシュタニアン姿である。
「あ、はい。他の国から来てお店を出している人もたくさんいますからね」
「そうなんだ…例えば、あのお店にいる真っ赤な
そう言って、幹太は少し離れた場所にある食器店の主人を差した。
「あ、あれがラパルパの民族衣装ですね」
「そうなの?森の国なのに、けっこう薄着なんだ…」
「森でもラパルパは暑い国ですから」
「あぁ…熱帯雨林的な感じなのかな…」
「で、あっちが広大な砂浜で有名な海の国…ハルハナ国の人です」
ゾーイは幹太に寄り添い、両手で彼の顔を自分の見ている先へと向ける。
「う、海の国の人もビキニなんだな…」
二人が見ている果物屋の女主人は、地球的に言うとビキニに腰ミノをつけたハワイアンダンサーっぽい服装に、鮮やかな黄色い花で編まれた花冠を付けていた。
「つまり、ロシュタニアは多民族国家ってことなのかな?」
「ほぇ?多民族国家…ってなんです?」
「簡単に言うと、色々な国の人が住んでる国ってこと」
「ん〜?まぁそうなるんですかね…何代も前に他の国から来た一族の方もいるみたいですし…」
実際、この国にいるゾーイの友人には、この国以外の産まれの子もかなりいる。
「ですけど、いま旦那様と話すまでそう思ったことは無かったかも…」
「なるほど…だとすると、それだけゾーイさんには当たり前ってことなんじゃないかな」
「確かに、色々な国の人がいて当たり前だと思いますね…」
「…うん。良い国だな、ロシュタニア」
間近にあるゾーイの顔を見つめながら、幹太はそう呟く。
「フフッ♪そう思いますか?」
そしてその呟きを聞いたゾーイも、すぐ近くにある幹太の笑顔を見つめた。
「じゃあ旦那様、ここで一緒に暮らしますか♪」
ゾーイはイタズラな笑顔で幹太にそう聞く。
「あ〜ロシュタニアで暮らすか…それもいいかもな…」
「えぇっ!アンナ様がいるのにですか!?」
「ハハッ♪アンナなら、ぜひ行きましょうって言いそうじゃない?」
「あ…なんか言いそうです」
「だろ。
まぁしばらくはシェルブルックに住むだろうけど、そのうちみんなで引っ越しってのも面白いかもしれないぞ」
「フフッ♪そうですね♪」
「あ!ゾーイちゃん!」
「ゾーイだ!」
とそこで、二人の間に二人の女性の声が割って入った。
「…ゾーイちゃんだよね?」
幹太とゾーイが振り返ると、そこにはソフィアと同じぐらい長身の女性と、アンナぐらいの背格好をした女の子が立っていた。
「フィリア…スピカ…?」
と、ゾーイは少し首を傾げながら、二人の名を呼ぶ。
「そうだよ、ゾーイちゃん♪」
「やっぱりゾーイだ!」
「えっ!あ、ゴッハッ!」
二人は駆け出し、進路上にいる邪魔者を突き飛ばしてゾーイを抱きしめた。
「ゾーイちゃん、元気だった?」
「会いたかったぞ!」
「う、うん…わ、私も二人に会いたかった…」
突然の再会と目の前で起こった出来事に驚きつつ、ゾーイはそう返事をした。
「えっと…それでゾーイちゃん、この人はだダレ?」
フィリアと呼ばれた女性は、先ほどゾーイを抱きしめる際に、思い切り腹部をカチ上げるようにして排除した男を指差して聞いた。
「えぇっと…この人は私の旦那様で…」
「「旦那様っ!?」」
と、ゾーイの説明に驚いた二人は、みぞおちの辺りを押さえて転げ回る幹太を見つめる。
「な、なんか冴えない感じなんだけど…」
ジト目でそう言ったのは、小柄な方のスピカだ。
「…ゾーイちゃん、騙されてない?」
追い討ちをかけるようにそう言ったのはフィリアである。
「だ、騙されてないよっ!素敵な旦那様なんだからっ!」
ゾーイは膝を着き、足元で悶え苦しむ幹太を優しく支えた。
「は、はじめまして…芹沢幹太・バーンサイドです…」
「なんか…ヤラれたくせに挨拶してきたよ、フィリア…」
「そうね、スピカ。ヨダレが垂れててめちゃくちゃ気持ち悪いけど…」
「ふ、二人ともヒドイ!」
そうして衝撃的な再会と出会い果たした四人は、ひとまず市場の屋台村に向かい、ヤシの木の生えた湖畔にある客席に座った。
「で、ゾーイちゃん、この人は何だって言ったっけ?」
「だから、私の旦那様!」
「あ!私、わかった!ゾーイ、メイドさんしてるんだ!」
「違いますっ!そーじゃなくて!結婚した方の旦那様!」
「「はぁ〜?」」
と、二人は顔を見合わせ、ため息を吐く。
「な、なによ、二人して…」
そう言って、ゾーイは自分の膝の上で唸っている幹太の頭を撫でた。
「う、うぅ…、ゾーイさん、こ、この二人は…?」
「私のお友達のフィリアとスピカです」
「あ、あぁ…お友達ね…」
「はい。フィリアはロシュタニア出身で、スピカは小さな頃にラパルパから来たんですよ」
「フィリアでーす♪」
「スピカだよ♪」
ロシュタニア出身のフィリアは、ゾーイと同じくビキニに薄布の腰巻のついた青いロシュタニアンを着た長身黒髪ショートカットの美人であり、ラパルパ国出身のスピカは、白地に赤いラインの入ったピッタリサイズのヘソ出しのTシャツに、お尻がハミ出し気味のショートパンツを履いた、もっさりピンク髪の元気系美少女であった。
「あ、改めて…よろしくお願いします…」
幹太はなんとか上体を起こし、震える手で二人に握手を求める。
「フフッ♪はじめまして♪」
「ハハッ♪お前、大丈夫か?」
二人はそう返事をしながら、そんな幹太の手を取った。
「…じゃあ本当にこの人が旦那なの?」
と、スピカは再びうめき始めた幹太の頬をつつきながらそう聞く。
「だ・か・ら・何度もそう言ってるでしょ!」
そう言って、ゾーイはテーブルを叩く。
「あ、ゾーイのそれ久しぶりだな♪」
「もー!どうして二人とも信じてくれないの!」
「だって…ね、スピカちゃん?」
「うん。ゾーイはナーマルと結婚すんじゃないの?」
「…二人はそう思ってたの?」
「うん。だよね、フィリア?」
「そうね。少なくとも、最近までナーマルはそう言ってたわ」
「そうなんだ…」
と、ゾーイは悲しげに俯く。
それは長らくロシュタニアを離れていたゾーイの知らない事実だった。
「け、けど…そ、そういえばバーンサイドって聞いたことあるぞ」
「あ、あら、スピカちゃんも?私もちょっと聞き覚えがるような…」
「…それはそうだよ。だって私、アンナ様と同じ旦那様と結婚したんだもん」
そう言った途端、二人はガッと目を見開いてゾーイに詰め寄った。
「嘘でしょ!ゾーイちゃん!?」
「ア、アンナ様って!あのシェルブルックの妖精姫のっ!?」
「うん…」
「ちょ、ちょっと待ってよ…わ、私…」
さらに二人の中でも、スピカの食いつきは尋常ではなかった。
「…私!アンナ様の大ファンなんだけどっ!」
そう。
スピカはアンナ推しだったのだ。
「あ…そういえば、スピカって小さな頃からお姫様に憧れてたっけ?」
「うん♪だから私、この世界にいるお姫様はみーんな知ってる!」
そう言って、スピカはショートパンツのポケットからぶ厚いカードの束を取り出す。
「ほらっ!アンナ様の激レア!」
そしてその中から、薄いブルーのドレスを着たアンナのカードを取り出してゾーイに見せつけた。
「えぇっ!こんなのあるのっ!?」
「あるよ!二つの大陸のプリンセスカード!」
「し、しかもこれ…リーズでアンナが一日だけ着たドレスだ…」
驚いたことに、なぜか日本のアニメっぽいタッチで描かれたそのアンナは、彼女が実際に持っているドレスを着ていたのだ。
「すごい…髪留めまで同じだ…」
幹太はアンナがその装いで、ブルーガレリアに現れた日のことをハッキリ覚えていた。
「ア、アンナ様を呼び捨てに…じゃあ本当に…?」
「だからそう言ってるじゃない!私の旦那様はアンナ様の旦那様なの!」
「「うそーん!!!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます