第296話 夫の条件

「ずいぶん早く着いたね、ゾーイ」


そう言って、ナーマルはニッコリ笑う。


「う、うん…」


「ナーマル」


「なんでしょう、ハミッシュ様?」


「君は、まだゾーイと一緒にいたいと思ってるかい?」


「はい。ですけど、それにはゾーイの気持ちもありますから…」


ナーマルはゾーイの方を見ずにそう言う。


「ゾーイさんの気持ちって…もう決まってるから幹ちゃんと結婚したのに…」


と、由紀は珍しく不機嫌そうにそう口にした。


「まぁ…親の手前、筋を通さなきゃいけないこともあるわよ」


由紀の言葉にそう返事をしたのはクレアであった。


「でもクレア様、それじゃゾーイさんと幹ちゃんの気持ちは…」


「大丈夫よ、由紀♪」


そう言って、クレアはウィンクする。


「大丈夫って…?」


「だってそうでしょ。要は幹太をちゃんと夫として認めさせればいいんだから」


「でもそれじゃあ…」


「あのね、由紀…あなたの夫は、ゾーイの両親が納得して娘を預けることができないような男なの?」


「そんなことはないです!」


「フフッ♪じゃあいいじゃない♪」


クレアはそう言って、ナーマルとオルガの前に立った。


「で、お・ば・さ・ま♪幹太は何をすればいいの?」


「フフッ♪そうね…」


クレアとオルガはお互いに顔を近づけ、笑顔で睨み合う。


「それは、ハミッシュに決めてもらいましょ♪」


「えぇ、そうね♪それが妥当かしら♪」


オルガとクレアは、同時にハミッシュの方へと振り返る。


「そうだね…カンタ、キミは料理人なんだっけ?」


ハミッシュはゾーイからの手紙で、幹太が料理を生業なりわいとしていることを知っていた。


「はい」


「君はそれですべて生計を立ててるのかな?」


「そうです」


「…だったら、それで証明してもらうのがいいかな…」


「証明…ですか?」


「うん。ウチのゾーイを幸せにできるって…カンタ、キミは何の料理人をしてるんだい?」


「ラーメン屋です」


「ラーメン屋?」


「この辺りじゃ見たことない麺料理の店よ、ハミッシュ。

彼はその土地の土地柄や名産品と合わせて、その麺料理を作っているわ」


そう言ったのはオルガだ。


「見たことのない麺料理をその土地に合わせて…?

基本的にはどんな料理なんだい?」


「野菜や動物の骨で取ったスープに麺と具を入れて食べる、俺の国の料理です」


「なるほど…」


そう言って、ハミッシュは頬に手を当てて考え始めた。


「…だったら、この国に合わせてその料理を作ってもらうっていうのはどうかな?」


「!!!」


と、ハミッシュが提案した瞬間、アンナはやりましたと叫ぶのをなんとか堪えた。


「ハミッシュ様、僕はどうすれば?」


「そうだね…だったら、ナーマルにも何かロシュタニアの名物になるようなものを作ってもらおうか」


「僕にも?」


「あぁ…君だって料理を仕事にしているだろ?」


「はい」


もともとライナス家の使用人として働いていたナーマルは、様々な仕事をしてきた結果、現在厨房で働いているのだ。


「でしたら、僕も麺でなければダメなのでしょうか?」


「いや、君は麺でなくてもいいよ。

ただ、この場所の名物になるようなものならね♪」


「名物ですか…」


砂漠のど真ん中にあり、水があるだけで人が集まるロシュタニアには、名物と呼べる料理がこれまでなかったのだ。


「カンタもそれでいいかい?」


「はい」


自分の作ったラーメンで判断されるのなら、幹太も望むところである。


「…誰が評価をするとかは聞かなくていいのかな?」


「はい。それは誰でもかまいません」


幹太はキッパリとそう言い切る。


「まぁ勝負って考えると、お客の数っていうのが公平かな…」


「それじゃダメよ、ハミッシュ。

ラーメンが珍しいってだけで、お客が来ちゃうかもしれないわ」


「じゃあオルガはどうするのがいいと思うの?」


「だったら、お客の数と私たち家族の投票っていうのはどうかしら?」


「あぁ、なるほど…それで僕らはちょっと多めに票数を持つとか…かな?」


「そうね♪それがいいわ♪」


「ん〜?でしたら…」


と、そこで手を挙げたのはアンナだ。


「その家族には誰が入るんです?」


「それは…私とオルガ、マルコとゾーイ、それに兄弟たち…かな」


「メイドさんたちはどうするんです?」


「もちろん、アンナ様たちが良ければ加えさせていただきます」


「私たちは大丈夫…」


そこまで言って、アンナは幹太の方を見る。


「もちろん、お客は誰だって大歓迎さ」


「…だそうです♪」


「でしたら、家族というのはこの家の者全員としましょう。

それでいいですね、アンナ様?」


「はい♪」


アンナは満面の笑みでそう返事をする。


「あとは…ゾーイ…」


「は、はい。お父様…」


「ナーマルとどうなるかはさて置き、もしカンタが負けたら、ゾーイにはここに留まってもらうよ」


「で、でもお父様!私と旦那様はもうシェルブルックで結婚してます!」


「うん。それはもう仕方ないね。

けど、この勝負の行方次第では、僕は君をこの国に留まらせるためにトラヴィス王に話をつけに行く覚悟だよ」


「そ、そんな…お父様…」


末娘として家族からずっと甘やかされていたゾーイがこんなに厳しい父を見るのは、今回が初めてだった。


「…まぁそれが認められるかはわからないけどね…」


ハミッシュは、がっくりと項垂れるゾーイに聞こえないようにそう呟く。


「…でしたらお義父様、日程はどうしますか?」


項垂れるゾーイの頭を撫でながら、アンナはそう聞いた。


「ん〜?どうしようかかな?

僕は料理のことがさっぱりわからないから…」


「ひと月もあれば十分よ、ハミッシュ」


「そうか…オルガがそう言うなら、それでいこう」


こうして幹太とナーマルがご当地料理対決をすることに決まり、それぞれが宿と家に戻った後、お客や家族のいなくなったリビングで、ハミッシュとオルガはソファーに座っていた。


「ねぇ、ハミッシュ…」


「なんだいオルガ…」


「…あなた、本気で幹太を試す気なのよね?」


「もちろんそうだけど…何か問題があるかな?」


「いいえ…」


オルガはそう返事をしながら、自分よりだいぶ背の低いハミッシュに寄りかかり、肩に頭を乗せる。


「ありがとう、ハミッシュ。

私、ナーマルに約束してたの…」


「ナーマルと約束?」


「えぇ、ゾーイと一緒にいられるチャンスをあげるって…」


「そうなんだ」


「けど、正直どうしたらいいかって思ってたの…」


「まぁ、相手は向こうの大陸一の王家の婿だからね…」


「そうなのよ。第二王女のアンナ様の夫とはいえ、直系の婿だもの…」


「うん。けど、驚いた…」


「うん?何に驚いたの、ハミッシュ?」


「いや…まさか彼が全て生計を自分の商売で立ててるとは思わなかったからね」


「フフッ♪もしかしてハミッシュ、幹太が王家からお金を貰っていると思ってたの?」


「うん。だって、アンナ様の夫だよ。

たとえ国からお金をもらっていたとしても、ぜんぜん不思議じゃないじゃないか」


「そうね。

けど、本当にお金はもらってないみたいよ」


「…それは誰に聞いたんだい?」


「フフッ♪アンナ様本人よ♪」


アンナを肉料理で手懐けた夜、オルガはアンナから色々と話を聞いていた。


「さすがにゾーイや他のお嫁さんたちのお給料もあるみたいだけど…」


「えっ!か、彼女たちは働いているのかい?」


「えぇ♪アンナ様も含めて全員ね♪」


「アンナ様も!?それはすごいな…」


この国にいるだけで生活に困らないお金をもらっているハミッシュにとって、それは信じられないことだった。


「ねぇオルガ…もしカンタが勝ったとして、そんなところにゾーイをお嫁にやっても大丈夫なのかな?」


「フフッ♪ハミッシュったら、本当にゾーイに甘いんだから♪

大丈夫、あの子たちが本当に困ったらトラヴィス様や奥方様たちが黙っているわけないわ」


「そっか…そうだよね…」


「そうよ♪

でも、ゾーイがシェルブルックに住めるかは勝負次第…でしょ?」


「あぁ、もちろんさ」


そうして二人は、しばらくの間寄り添っていた。

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