第80話 初出勤

翌朝、


「ふぁ〜、ね、眠い…」


幹太は眠い目をこすりながら屋台の準備をしていた。


「まさか開店初日をこんな体調で迎えるとは…」


彼は今日の仕込みと、アンナ達への謝罪の仕方で悩み、朝までほとんど寝ることができなかったのだ。


「あとはなんだっけ…?」


幹太は若干フラフラしながら、食材や調理器具をキッチンワゴンに積んでいく。


「おはようございます、芹沢様」


とそこへ、三角巾とエプロン姿のゾーイがやって来た。


「おはよう、ゾーイさん」


幹太はなんとか笑顔を作り、ゾーイに挨拶を返す。


「あの芹沢様、あれからアンナ様と由紀様は…?」


「えっと、実はあれから会ってないんだ…」


「えぇっ!?ほ、本当ですか?」


「…うん」


幹太は頬を掻き、力無く笑う。


「そんな…」


まさか今朝になっても三人が会っていないとは、ゾーイは思ってもみなかった。

昨日の由紀の様子からみても、少なくとも昨晩のうちに彼女だけでも幹太に会いに来るだろうと思っていたのだ。


『もしかして私とクレア様が芹沢様と一緒にいたから…?』


クレアは昨晩アンナ達と別れた後、幹太のいる離れを訪れていた。

ゾーイはそれに同行していたのだ。


「芹沢様!私、謝ってきます!」


そう言ってゾーイは振り返り、宮殿に向かって駆け出そうとする。


「いいんだ!ゾーイさん!」


しかし、そんな彼女の手を幹太が掴んで引き留めた。


「…ですが、私たちがあなたをリーズに連れて来てしまったからこんなことに…」


「いや、あの時アンナが怒ってたのはクレア様やゾーイさんにじゃないよ。

間違いなくあれは、能天気すぎる俺に怒ってたんだ」


幹太は一晩頭を冷やして考えた結果、そのような結論に至っていた。

たとえ事の始まりはクレア達が作ったのだとしても、幹太がその後キチンと対応していれば、あそこまでアンナを怒らせたり、由紀を悲しませることは無かったのだ。


「ですけど、それでは芹沢様が…」


「俺は大丈夫。アンナが許してくれるか分からないけど、今晩帰ってきたらちゃんと謝ってみるよ。

でも、それまではキチンとラーメン屋をやらなきゃダメだ。

両方とも中途半端にしたら、それこそ本当に愛想つかされる」


自分で言うのもなんだが、そもそもここでラーメン屋をおろそかにするような自分であれば、アンナ達にここまで想われることはなてかっただろうと幹太は思っていた。


「だから今日は一日よろしくな、ゾーイさん」


「はい!頑張ってお手伝いさせていただきます!」


そんな二人の様子を、アンナ、由紀、クレアの三人が近くにある植え込みの影から見ていた。


「…ていうかクレア、なんであなたもここに?

なぜお二人と一緒に行かないんですか?」


「仕方ないじゃない!

昨日、あの後お兄様にめちゃくちゃ怒られたのよ!

それで外出禁止が延びちゃったのっ!」


「あぁ…幹ちゃんが行っちゃう」


「…ごめんなさい、由紀さん。

でも、今日だけは我慢して下さい」


あれからアンナと由紀は話し合い、今晩までは冷却期間を置くことに決めていた。


「それで、アンナ達はこの後どうするの?」


「そうですね…とりあえずはお姉様たちを待ちます」


「えっ!ビクトリア様も来るのっ!?」


ビクトリアとクレアは同じ学園の先輩後輩である。


「えぇ、来ますよ…っていうか、言ってませんでしたっけ?」


「聞いてないわよっ!」


「…そっか、そういえばまだソフィアさんも幹ちゃんに会ってないんだもんね。

だったらやっぱり、みんなが集まってから話した方ががいいかも…」


「そうですよ。ソフィアさんだってあれだけ幹太さんを心配していたんですから、全員一緒になってから話し合いましょう」


アンナ自身も一晩冷静に考えて、だいぶ自分の気持ちを整理できているようだった。


「ふ〜ん、そう…それじゃあ私は部屋に戻るけど、あなた達はどうするの?

一緒に来るなら、お茶ぐらい入れるわよ♪」


「あ、それいいかも♪

ねぇアンナ、クレア様の部屋に行こうよ♪」


「でも…」


昨日、クレアとあれだけやり合ったアンナは、ホイホイ付いて行くがむっちゃ嫌だった。


「じゃあ、アンナは無理して来なくてもいいわ♪

由紀、一緒にいきましょう♪」


「えっ!?あっ、クレア様!?」


クレアはスルッと由紀と腕を組み、スタスタと宮殿に向かって歩き出す。


「ちょっと、クレアっ!わ、わかりました!私も行きますっ!」


そう言って、アンナは二人の後を追いかけていった。


一方その頃、


宮殿を出発した幹太とゾーイは、今日の出店場所に向けてキッチンワゴンを走らせていた。


「えっと…これはどっちかな?」


「右です、芹沢様」


「そっか。ありがとう、ゾーイさん。

そういえば、マーカス様が確保してくれた場所ってどんなとこなんだろうな?」


街一番の繁華街ということであったが、幹太はそれ以上詳しく聞いていない。


「ブルーガレリアにある広場ですね。

色々な商店が集まるアーケードの中心にある広場です」


「おっ!つーことは、人出もかなりあるのかな?」


「ん〜どうでしょう?

今日は休日ではないので、お昼はそれほどでもないかもしれません」


と、道中ゾーイが話していたのだが、ブルーガレリアに着いた二人は、目の前の光景に呆気に取られた。


「…すっごいいるじゃん、人」


「は、はい。その様ですね…」


二人がやって来たブルーガレリアの広場は、ちょっとした屋台村になっており、飲食系の屋台などが並んでいた。


「こりゃ仕込みの量を間違えたかなぁ〜」


初日ということもあって、幹太は仕込みの量を少なめにしていた。


「ん〜でも、はじめっから売れるかなんてわかんないもんな。

よっしゃ!んじゃ準備して開店しますか!」


「はい。

芹沢様、改めて今日はよろしくお願いします」


「うん。こちらこそよろしく、ゾーイさん」


そうして二人は、さっそく開店準備を始めた。

ゾーイにとっては初めての経験となるため、幹太は全ての作業をゆっくりと行い、逐一説明しながら準備を進めていく。


「えっと、これでやり残しはないかな…?」


そして最後に、一つ一つ指差し確認をして開店の準備が整っているか確認した。


「朝からけっこう大変なのですね、 芹沢様」


「うん。でもまぁ、ややこしいのはここまでだよ。

いったん開店しちゃえば、注文されたものを決められた手順で作って出すだけだから、作業としては単純なんだよ」


「そ、それなら私も…」


「…ただそれは、ここに集まった人がどれだけ来るかにもよるんだけど…」


そう言いつつ暖簾を持って外に出た幹太の先には、すでに新しい屋台に興味を持った大勢の人たちが集まり始めていた。


「ゾーイさん、もしかしたらこれはヤバいかもしんない…」


婚約者の三人ならまだしも、今日の相方は初出勤のゾーイなのだ。


「えぇ、芹沢様、元より私のこの命、あなたに預けております。

あぁ…クレア様、どうかお元気で…」


と、ゾーイは悲壮な覚悟を決めて、初めてのラーメン稼業に臨むのだった。

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