第81話 ヘルプ仮面参上!

「ゾーイさんはタレと具をお願いしますっ!」


開店早々、幹太は何玉かの麺をL字の大きなザルで揚げ、豪快に湯切りをする。


「わ〜!お母さん!すっごいね♪」


「ホント、見てて楽しいわね♪」


初めて見る調理法に、屋台の正面に座っていた親子が歓声を上げた。


「よっし!オッケー!」


そして湯切りした麺を、ひと玉づつ盛りザルに取り分けた。


「これとこれを乗せて…」


次にゾーイが、麺の乗ったザルの上に醤油とニンニクで味付けした海老の素揚げを綺麗に並べて置いた。


「ゾーイさん!スープいくよ!」


「はいっ!お願いしますっ!」


続けて幹太は寸胴鍋からスープを掬い、ゾーイの用意したタレの入った器に注ぐ。

この器は、先日クレアの離れにあったレイブルブルーの器である。


「ほんっとにありがたいわ〜」


調理台に並んでいるレイブルブルーの器に続けざまにスープを注ぎながら、幹太は職人とクレアに感謝した。

今日この屋台で使っている器は、クレアがかなり無理を言って職人達に作らせたものだった。


「皆さん寝らずに作ってましたからね…。

あとで手土産でも買って伺いましょう」


ゾーイはそう話しつつ、スープの入った器にメンマと味付け玉子を盛り付けていく。


「はい!終わりました!」


「はい!レイブルストークご当地ラーメン!

海鮮スープの海老つけ麺、おまたせしましたー!」


と、幹太は威勢よくカウンターの上に麺とつけ汁の二つを置いた。


そう、今回のご当地ラーメンはつけ麺だった。


先日の試食会で幹太が思いついたのは、お客さん自身でスープの風味の強弱を調整してもらうということであった。


「どっぷりスープに漬ければ魚介の風味が強くなるし、ちょっとだけ漬ければあっさりした風味になるだろ」


試作したつけ麺をクレアとゾーイに出した後、幹太は自信ありげにそう言った。


「本当だわ…私、このあっさりした感じもキライじゃないかも♪」


「私はやっぱり濃い方が好きです」


というように、クレアとゾーイに試食してもらった結果、つけ麺にして風味を調節できることが証明されたのだ。


「でも幹太、これで完成なの?」


「いや、あとは具だな。

とりあえず海鮮スープには定番のチャーシューなんかが合うんだけど、せっかくだから今回はエビでいこうかなぁと…」


「それいい!海老はレイブルストークの名物よ♪」


幹太が魚市場に行った時、やたらと甲殻類を専門に扱う店が多かった。

どうしてなのか店主に理由を聞いてみると、この大陸において、ここレイブルストークがエビの水揚げ量で第一位であるらしいのだ。


「ご当地ラーメンだもんな…」


そう思った幹太は、具にエビを使ったつけ麺を作ることに決めたのだ。


「生で食べても美味いんだから、どう調理しても大体は大丈夫だろうけど、つけ麺にするなら…」


どうやら幹太の中ではすでに海老の調理法を決まっていたらしく、離れに戻った彼はすぐに調理を始めた。


「そのままだとまた海鮮の臭みが強くなっちゃうから、一度タレに漬け込んでみたんだ」


衣を付けて揚げると食べる時にベシャベシャになってしまうと考えた彼は、調理法として素揚げを選んだ。

加えて素揚げならば、衛生的にも理にかなっている。


「わっ♪美味しいっ♪

乙女としては食べた後が怖いけど、これは病みつきになるわね♪」


なぜ後が怖いのかというと、今回の海老の漬けダレにはかなりの量のニンニクが入っているのだ。

スペイン料理のアヒージョが代表的だが、海老とニンニクは最高に相性がいい。


「こんな美味しい調理法があるんですね♪」


「そりゃ良かった。

そんじゃメインの具はこれで大丈夫として、あとは…定番の味玉とメンマでいこう」


いくら大量に取れるとはいえ、このレイブルストークでも海老を仕入れるにはそれなりにコストがかかる。

幹太のご当地ラーメンは庶民の味というのもテーマであるため、価格設定的にも味玉とメンマはベストな選択だった。


「よし!これで完成だっ!」


「そうね♪私の理想通り、とってもレイブルストークっぽいラーメンだわ♪」


「おめでとうございます、クレア様、芹沢様」


そうしてレイブルストークのご当地ラーメン、海鮮スープの海老つけ麺は完成した。


「これは…どう食べればいいのかしら?」


「ねぇお母さん、これどうするの?」


「め、麺をこちらのスープにつけて食べて下さい」


と、つけ麺を前にして戸惑っていた親子に、ゾーイが食べ方を説明する。


「あら、美味しいわ♪」


「これ、なんだか楽しいね♪お母さん」


どうやら子供の方は麺を一回スープにつけて食べるというのが面白いらしく、笑顔でツルツルと麺を啜っている。


「美味しい〜♪」


「本当♪麺も美味しいわ〜♪」


ひとまずこの親子につけ麺は好評だったようだ。


「良かった〜」


「えぇ、本当に良かったです♪」


「それじゃドンドンいくぞ!」


「はい!」


それから幹太とゾーイは、息つく暇もなくつけ麺を作り続けた。

人手が足りないため、洗い場には汚れたレイブルブルーの器がかなり乱暴に重ねて置かれていくが、やはり一つも割れはしない。


「おおっ!こりゃ美味い!海の旨味がたっぷりだ!」


「このエビ!最高だなっ!」


「これって…あ、ああやって食べるのか…」


「すいません!この卵をもう一つもらえるかな!」


次々と幹太の屋台を訪れるお客さん達は、ラーメンスープのつけ麺という新しい料理を早くも受け入れ始めていた。


「ゾーイさん!次、上がったよ!」


「はいっ!えぇっと…これが大盛りで…」


しばらく経つと、次から次へと入ってくる大量の注文に、ゾーイの手が遅れ始める。

幹太もそれを見越して仕込みの量を少なくしたり、メニューもつけ麺一つにしたのだが、それでもだんだんお客を捌きれなくなってきていた。


「ゾーイさん!ゆっくり!正確に!」


「は、はい!は、はうぅ〜」


もちろんゾーイもそのつもりでやっているのだが、幹太に大声で言われて余計にパニックになってしまう。


『これ以上は二人じゃムリかな…』


と、今日に限っては早めに屋台を閉めてしまおうと幹太が思ったその時、


「か〜ん〜た〜さーん♪」


という声と共に、幹太の後頭部が異世界一の優しさに包まれた。


「ふぁっ♪」


突然に訪れたえも言われぬ快感に、幹太は思わず腑抜けた声を上げる。

明らかに誰かが背中に飛び乗っていた。


「も、もしかして…ソフィアさんっ!?」


「はい〜♪」


幹太が首だけで振り返ると、そこにはなぜかマスカレードの仮面をしたソフィアの顔があった。


「あら、いけない♪

幹太さん、私はソフィア・ダウニングではありませんよ〜♪」


「マ、マジで…」


「はい〜♪」


そう言われても、自分の背中にくっ付く豊満な感触は間違いなくソフィアのものである。


「芹沢様っ!」


とそこで、一人注文を捌いていたゾーイが悲鳴をあげた。


「あっ!!ごめん!ソフィアさんっ!」


「はいっ♪」


マスカレード仮面(ソフィア)は、笑顔で幹太の背中から降り、クルリと回ってゾーイの隣に立った。


「は〜い♪では、お手伝いします〜♪」


「よ、よろしくお願いします…」


ゾーイはいきなり現れたこのマスクレディに困惑気味だった。


「ソフィアさん!タレは擦り切れ一杯!エビ四つと味玉とメンマだよ!」


「わかりました〜♪」


『この人がソフィア・ダウニング…?

ブリッケンリッジの調査では、もっとのんびりした方だと思ってたのに…』


ゾーイは、ものすごい勢いで具を盛り付けていく彼女の手捌きを見てそう思った。


「…ゾーイ様ですよね。実は私、幹太さんの婚約者のソフィア・ダウニングです〜♪」


呆気に取られている彼女にソフィアはそう自己紹介をするが、ゾーイには「実は」の意味がさっぱりわからない。


「えっと…その…」


「…ゾーイ様?大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です」


「今回は麺とスープが別々なんですね。

これも美味しそうです〜♪」


「…美味しいですよ。あとで芹沢様に食べさせてもらっては?」


ソフィアがヘルプに入った事で、ゾーイにもだいぶ余裕が出てきたようだ。


「そうですね♪そうします〜♪」


『この人、なんでマスクを…?』


しかし、疑問の方は増えるばかりだ。


「よっしゃー!終わった〜!」


「よ、良かったです…これ以上あの状態が続いていたら…」


「お二人ともお疲れ様でした〜♪」


幹太が麺の仕込みの量を少なくしていただけあって、お昼を過ぎる頃には海鮮スープの海老味玉つけ麺は売り切れた。


「ソフィアさん、来てくれて助かったよ。

本当にありがとうな」


「ありがとうございます、ソフィアさん。

ご迷惑をおかけしてすいませんでした」


「いいんですよ〜♪私も久しぶりに幹太さんの手伝いを…」


と、そこまで言いかけたソフィアの動きがピタリ止まった。


「か、幹太さん、私はソフィアではありません…と、通りすがりのお助けお姉さんですよ〜」


ソフィアは額に冷や汗を流し、今さらながらごまかそうとする。


「そういやなんでそんな覆面をしているんだ?」


「ええっと、それは〜」


それはこの少し前のこと。


ローズナイト家の使用人達の案内でレイブルストークの宮殿に到着したソフィア達一行は、幹太もこの宮殿内にいると聞いた。


「じゃあ私は幹太さんに会ってきます〜♪」


出発した時から幹太に会いたくて仕方なかったソフィアは、一刻も早く彼の元へ向かいたかった。

それだけでなく、幹太に会ったらなんかもうメチャクチャのぐっちょんぐっちょんにするつもりだったのだ。


「あ、幹ちゃん、今はお仕事に行っちゃってるよ」


「えぇっ!?でしたらなぜお二人はここにいるんですか〜?」


幹太がお店を出すとわかっているのに、なぜ二人がここに残っているのか、ソフィアにはまったく理解できなかった。


「えっとね…頭を冷やす時間を取ろうって…」


と、そこまで言った由紀は、ソフィアの身体から深い闇のオーラが立ち昇るのが見えた。


「…ってアンナが言ったの!」


彼女がそう言った途端、俯いていたソフィアの顔がグルリとアンナの方を向く。


「由紀さんっ!?」


由紀の突然の裏切りに、アンナは思わず大声を上げた。


「アンナ様…アンナ様は、私の…ワたしの幹太さんに会ったんですか〜?」


「あ、会ったかもしれま…」


「どっチですカ〜?」


いつもは癒されるソフィアの語尾も、今は怖いとしか思えない。


「あ、会いました…」


「ソレなら私モ会いに行っていいですよネ〜?

コンヤクシャは平等でショウ〜?」


「は、はい!平等!大切ですっ!」


「ソレデ…ワタシノイトシイヒトハドコニ〜?」


アンナの肩をがっちり掴んでそう聞くソフィアは、指輪を捨てに行く物語の変わり果てたホビット族のようだ。


「か、幹太ならブルーガレリアでお店を出すって、お兄様が言ってたわ…」


「クレアっ!それを言っては…」


「ワタシ、ブルガレリア、イクゥ」


「あぁ…もう仕方ありませんね。では由紀さん…」


「なに、アンナ?」


「私達も一緒にブルーガレリアに向かいましょう。

このままでは幹太さんが色々な意味で危険です…」


「そ、そうみたいだね」


「ではそのように。

クレア、馬車を用意していただけますか?」


「いいわよ。

そうだ!もしゾーイが困ったりしてたらちゃんと助けてあげてね♪」


「わかりました。

ではソフィアさん、行きますよ!」


「ワタシ、カンタ、タベル」


そうして半ば野生化したソフィアは、アンナと由紀とともにブルーガレリアにやって来たのだ。


『ア、アンナさん達が怖い顔でこちらを見てます〜』


先ほど急にソフィアの動きが止まったのは、物陰から自分を見張るアンナと由紀を発見したからであった。


『でも…お手伝いはしないと〜』


ここまで来る道中で、幹太から分からないように遠くから見守ると約束させられたソフィアであったが、パニックを起こしかけているゾーイを見て居ても立っても居られなくなったのだ。


『あのお店にあるマスクなら〜』


彼女なりに幹太にさえバレなければセーフとでも思ったのか、ソフィアは屋台の手前にある雑貨屋で仮面舞踏会のようなマスクを買い、彼らの元へと駆けつけたのである。


「と、とにかくお姉さんはこの辺で…あ、そうです〜」


ソフィアはそう言って、幹太の首筋に顔を寄せた。


「ど、どうしたのソフィアさん?」


「幹太…」


と、幹太の首筋で名前を呼ぶソフィアの声は身震いするほど色っぽい。


「こんなに長く私の側から離れるなんて、帰ってきたらお仕置きですからね…」


「は、はいっ!」


「ふふっ♪いい子ね、幹太♪は〜むっ♪」


「うっ!」


ソフィアは妖艶な笑みを浮かべて幹太の首筋をカプッっと噛み、ねちっこく味わってからゆっくりと唇を離した。


「ソフィアさん…」


「それじゃあ後でね、幹太…」


「は、はい…」


「それではお片づけ頑張ってください〜♪」


バレバレのお助け姉さんは、そう言って二人の元を去って行く。


「せ、芹沢様…」


「は、はい…ゾーイさん」


「あの方も婚約者なのですよね?」


「…うん」


「女の私が言うのもなんですが…」


「な、なにかな?」


「私、あんなにエッチな人は初めて見ました…」


ゾーイは幹太とソフィアの会話を全部聞いたわけでもなく、もちろんソフィアが必要以上にセクシーな格好をしていたわけでもない。

しかし、彼女の行動の一つ一つが幹太を誘惑していると、隣にいるゾーイにも感じ取ることができたのだ。


「うん。ヤバいなソフィアさん…」


幹太は呆然としながら、首筋に残る感触を思い出していた。


一方その頃、


アンナと由紀の所へ戻ったソフィアはめっちゃ説教を食らっていた。


「「ソフィアさんっ!!」」


「は、はい〜」


「クレアにも頼まれていましたし、ゾーイさんを助けに行ったまでは許しましょう。

ですけど…」


「な、なんでしょうか、アンナさん〜?」


「あの最後のはなんですかっ!?」


「そーだよっ!あとソフィアさん、最初に幹ちゃんに抱きついてた!」


「えぇっ!?由紀さん、ここから見えていたんですか〜!?」


ソフィアは薄暗いキッチンワゴンの中でならば、二人から見えないだろうと高を括っていた。


「ふっふ〜ん♪私、めちゃめちゃ視力はいいんだよね♪」


高校時代、由紀の視力は保健室内では測定できず、距離を離すために体育館行われていた。


「ソフィアさん…幹太さんに何回チューすれば気が済むんですか…?」


「そ、それはもちろん何回でも〜」


「それは私もですっ!」


「わ、私もたぶん…」


と、由紀もおずおずと手をあげる。

芹沢幹太、今後と婚後のキッス天国決定であった。


「いいですか、ソフィアさん。

私と由紀さんがキスするまで、ソフィアさんはキス禁止ですっ!」


「えぇっ!そんなぁ〜最近そういうのが多くありませんか〜? 」


とは言いつつ、そうでもしてもらわないと自分の欲望に歯止めが効かないことを、ソフィアは自覚していた。


そして、そんなソフィアの隣では、


『幹ちゃんとキス…?

そ、そんなの絶対恥ずかしいよっ!

でも、私がしないとソフィアさんが可哀想なんだよね…。

あーもー!どうすればいいの〜!?』


と、真面目な由紀が頭を抱えていた。


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