第78話 ゾーイ
そして翌日、
マーカスから出店の準備が整ったと連絡を受けた幹太は、宮殿の中庭に呼び出された。
「おおっ!こりゃスゴイ!」
幹太が中庭にやって来ると、そこにはマーカス、クレア、ゾーイの三人と、シェルブルックに置いてきた姫屋とほぼ変わらない設備の馬車が停まっている。
「ちゃんとしたお店よりこの方がいいって言われたから準備したけど…本当にこれで大丈夫なのかい?」
マーカスは当初、キチンとした店舗を用意しようとしていたのだが、クレアに幹太ならば屋台の方が喜ぶと言われたのだ。
「もちろん!十分ですっ!」
「ほらね♪言ったでしょう、お兄様♪」
「ははっ♪そうだね、本当にこれでいいみたいだ。
それじゃあさっそく中を確認してくれるかい?」
「はい!ぜひ!」
幹太はリーズ公国に来てから一番のいい返事をして、さっそくキッチンワゴンに乗り込んだ。
「わぁ〜!最っ高!」
「どうだい?立派なもんだろう?」
苦労人の幹太にとって、ピカピカの調理器具が整然と並ぶ馬車の荷台は天国のようだった。
「もしかしたら俺、新しい寸胴鍋って初めて使うかもしれない…」
「えぇっ!ウソでしょ!?」
「本当だよ。今までずっと親父のお下がりだったから…って、あぁっ!この調理台もまだ保護の紙が貼ってあるじゃないのぉ♪」
と、幹太はなぜかオネェっぽく叫びつつ、真新しい調理台を手の平で撫でる。
あまりの嬉しさにジェンダーが変わりかけているのだ。
「あっ!私、剥がしたいっ!」
「クレア様!そんな事をしたら、芹沢様に一生恨まれますよっ!」
「えー!なんで?つまんないの〜」
地球で例えるなら、新車のビニールを他人に剥がされるといったところであろうか。
「こちらに無い物は君の話を参考にして作ったけど、平気かい?」
「そうですね…」
幹太は一通り屋台の中を見回した。
実のところ、場所を移動して商売をするラーメン屋台にそれほど近代的な設備は必要ない。
代表的な物を挙げるとしたら、食材に鍋とコンロと食器、それに洗い場があれば、ほぼラーメン屋台は営業できると言っていい。
こちらの世界で営業するとしても、水はポリタンクがなくとも樽などを使えば問題はないし、コンロの火と食材の保冷は魔法で補えるのだ。
「ん〜、たぶんこれで大丈夫だと思います。
あとは不都合が出てきた時にその都度改良していけば大丈夫です」
「わかった。
それじゃその時は遠慮なく言ってくれ…っと、僕はそろそろ戻らないと。
あと、何か聞いておきたい事はあるかな?」
「あ、そう言えばアンナ達はどうなったんですか?」
「とりあえず出発したってムーア導師から連絡が来たけど、その後は知らないなぁ。
一応、君が無事だってことも伝えておいたんだけどね。たぶんアンナには伝わってないと思うよ。
まぁ普通ならそろそろ着く頃だけど、僕にわかるのはそれぐらいかな…」
「そうですか、わかりました」
「それじゃまたね」
「マーカス様、色々とありがとうございました」
幹太は宮殿へと戻って行くマーカスに頭を下げた。
「そうね、忘れてたわ。
アンナ・バーサイドが来るのよね…」
「どうしましょう、クレア様?
門前にバリケードでも築きますか?」
「あの子はそんなんじゃ止められないわよ、ゾーイ。
なにせ時空すら飛び越えるんだから。
あぁ…ほんっとに厄介よね」
「ははっ♪その突き抜けた行動力ってのが、アンナのいいとこなんだよ♪」
と、幹太はうっかり口に出してしまう。
「なによ…ノロケ?」
「お顔がキモいです、芹沢様」
「ぐはっ!」
二人の容赦の無い言葉が、幹太の胸に突き刺さった。
「それで?今日はどうするの、幹太?」
「あぁ、今日はこないだの魚市場に行こうと思ってるよ」
先日、ある工夫によってスープの風味の調節に成功した幹太は、次に具の選定に入っていた。
「私、今日はガラス職人達と話があるから一緒に行けないのよね。
まぁそうでなくてもお兄様から外出禁止って言われてるんだけど…」
クレアはそう言ってゾーイを見た。
「仕方ないわね…ゾーイ、私の警護はいいから、今日は幹太と一緒に行ってくれる?」
「でも、クレア様…」
「王宮でいつもの職人達も一緒なんだから危険なんてないわ。
だからゾーイは幹太と行ってあげてちょうだい」
「…はい」
もちろんこれは、クレアによる芹沢幹太リーズ公国移住作戦の一環である。
実際に王宮の離れに職人達は来るには来るが、すでにこれと言ってクレアの指示が無くても食器作りはできるのだ。
『ちょっとずつだけど、ゾーイの方も幹太に慣れてきたみたいだからね…』
ゾーイはクレアの護衛という立場上、普段はマーカス以外の男性とあまり関わりがない。
こんなに毎日顔を合わせて会話する男性は、彼女にとって久しぶりなのだ。
『それに…幹太ってけっこう好物件よね♪』
その上二人が恋愛関係になれば、幹太はリーズに残る事になり、ゾーイは働き者のいい旦那を持つことができる。
まさに一石二鳥な名案だと、クレアは考えていた。
「それじゃ、私は離れに戻るわ♪
いいわねゾーイ、くれぐれも幹太から目を離さないでちょうだい」
「はい。クレア様」
クレアはそう言って、鼻歌を歌いながら離れに戻って行った。
「えっと…そんじゃ今日はよろしくな、ゾーイさん」
「はい。では行きましょう」
そうして二人は魚市場に向かった。
幹太が馬に乗れないため、二人は並んで馬車の御者台に乗りながら、市場へと続く海沿いの道を走っている。
「あ〜、ゾーイさんって確かこの国の生まれじゃないんだよな?」
なんとなく黙っているのが手持ち無沙汰になった幹太は、以前から彼女に聞きたかった事を聞いてみた。
幹太がこの町に来て何日か経つが、浅黒い肌と銀の瞳という組み合わせを持つ人間は、彼女以外に見ていない。
「それは…まぁもう芹沢様になら話してもいいですかね…」
ゾーイはここ数日の付き合いで、このラーメン馬鹿になら何を話しても問題ないだろうと判断していた。
「私はこの国どころか、この大陸の生まれでもないんです」
「ん〜と…確かこの大陸ってプラネタリア大陸だっけ?」
「はい。私はもっと南にある大陸のロシュタニアという国の生まれです」
「おぉ〜!なんだかすごい遠そうだってのはわかるけど。
それで?ロシュタニアってのは一体どんな国なんだ?」
「砂漠の中のオアシスの国です」
「あぁなるほど!なんか納得だわ」
そう言って、幹太はじ〜っとゾーイを見つめた。
彼の頭の中では、インドのサリーっぽい衣装を着たゾーイの姿が浮かんでいる。
「なにがですかっ!?」
不穏な空気を感じとったゾーイが、腕で体を隠しながらウーっと幹太を睨んだ。
「いやさ、俺の世界の暑い国の服が似合いそうだなって…」
「もう!いやらしい想像は禁止ですっ!」
「やらしくないよっ!インドの人に謝って!」
本来のサリーは腕以外、ほぼ肌の露出はない。
「それで?ゾーイさんはどうしてこの国に?」
「そうですね…簡単に言ってしまえば退屈だったからでしょうか…」
ゾーイの国、ロシュタニアは砂漠の中にあるとはいえとても豊かな国だった。
ロシュタニアは南の大陸の真ん中に広がる広大な砂漠の、さらに中心に位置する国である。
そんな土地柄もあって、様々な理由で大陸を行き来する人々がロシュタニアを通るため、何もせずとも多くの人やお金が集まるのだ。
「国民に分配される国からの援助金でほぼ生活が賄えるので、ほとんどの国民が無気力なってしまったのです…」
さらには砂漠の中心という事もあり、ロシュタニアの国の人達はほとんど一生をその町の中で過ごしていた。
「時間はたっぷりあるのに、ほとんど一日何もしない…。
私にはとても耐えられない生活でした」
「そうか、この世界にはそんな国もあるんだな…」
言われてみれば、アンナもクレアも自国の停滞をなんとかしたくて打開策を探していた。
幹太が思うに、その無気力というものがこの世界における根本的な問題一つなのだ。
「んじゃ、その国からは一人で旅を?
ここまで来るのはけっこう危険だったんじゃない?」
ほぼ毎日、様々な美女達と一緒にいる幹太から見ても、エキゾチックな魅力を持つゾーイはかなりの美人である。
「いいえ。途中までは兄が一緒に居ました」
「と、途中?なんで途中までなんだ?」
もし自分にこんなに綺麗な妹がいたら、心配すぎて旅の途中で別れる事など考えられない。
「兄は旅の途中で出会った女性と結婚したんです。
えっと、島の名前は確か…サースフェー島でしたかね?」
幹太は奇跡のニアミスをしていた。
「そ、そんじゃサースフェー島でお兄さん一家と暮らせば良かったんじゃないの?」
「私も兄にそう頼んだのですが、妹と一緒に暮らすのはなぁ〜と言われて…」
「お兄さん、相当ヤバいな…」
幹太は思わず呟いた。
自分は途中で所帯を持ち、邪魔な妹には一人で旅を続けさせるなど正気の沙汰ではない。
「えぇ、私、兄の所為でしばらく男性不信になりましたよ…」
「ま、まぁそりゃそうなるよ…」
「それから私は一人で海を渡って、このプラネタリア大陸に到達しました。
そこで諸国を旅しているクレア様に出会ったのです」
その頃のクレアは、リーズの学園を休学して見物を広める旅をしていた。
「偶然同じ宿屋に泊まった私達は、気がつけば同じテーブルで食事をしていました」
退屈な国を飛び出したゾーイと、自国に活気を取り戻したいクレアはあっという間に意気投合した。
「あぁ…そんでクレア様が私の国に一緒に来なさいって言ったんだろ?」
「えぇ、芹沢様の言う通りです」
「やっぱりな!そんなこったろうと思った」
兄と離れ、他に行くアテもなかったゾーイは、その意欲に燃えるお姫様に付いて行くことにしたのだ。
「そっか、話してくれてありがとう、ゾーイさん。
お、ちょうど市場に着いたかな?」
「ですね」
そうして幹太とゾーイは漁港の広場に馬車を停め、再び巨大な魚市場へと入って行く。
どうやら先日幹太達が来た時よりも入港した船が多いらしく、魚市場の中は人でごった返していた。
「ゾーイさん、なんか好物ってある?」
幹太はキョロキョロと周りのお店を見ながら、隣を歩くゾーイに質問した。
「そうですね…ここにある物で言うと…えぇっ!?」
と、質問に答えようとしたゾーイは驚きの声を上げた。
隣を歩く幹太が、なんの迷いもなく彼女の手を握ったのだ。
「あ、あのあのっ!芹沢様!?」
「あれは…練り物屋じゃないか?
こないだはあんな店開いてなかったよな…?」
焦ったゾーイは真っ赤な顔で幹太の顔を見るが、彼の方はまったく気にした様子がない。
どうやらまたいつものクセが出てしまっただけのようだ。
「せ、芹沢さまぁ…」
「あっ!ごめん、ゾーイさん。
あそこの店が気になっちゃって聞いてなかったよ。
それで、何か好物なのかな?」
「私は海老が…」
「エビかぁ〜やっぱりゾーイさんもエビ好きなのか…」
海老はレイブルストークの名物である。
「あのぅ…芹沢様、手が…」
「うん?あぁ、ちゃんと繋いでおかないとな」
幹太はそう言って、今まで以上に力強くゾーイの手を握った。
「えぇっ!ど、どうしてっ!?」
「よし、そんじゃやっぱりエビを見に行ってみよう。
ゾーイさん、どこかいいお店は知ってるかな?」
「…あっちに…」
ゾーイは繋いだ手とは反対の手で、通路の向こうを指差した。
「よし!そんじゃ行ってみよう!」
「えっ!あっ!芹沢様っ!?」
そうして二人は手を繋いだまま、再び巨大な魚市場をグルグルと歩き回る。
「あぁ、疲れた…この市場に来るといつもこうだな…」
「はい…私もヘトヘトです」
数時間後、疲れ果てた二人は市場のベンチに並んで座っていた。
「でも、その甲斐があってなんとかなりそうだ♪」
「芹沢様、だいぶ色々と買いましたからね」
そう言って二人は顔を寄せ合い、食材の入った大きな紙袋を覗き込む。
とそこで、
「幹太さん…?」
「幹ちゃん…?」
という聞きなれた声に幹太が振り返ると、そこには死んだ魚のように仄暗い瞳をしたプリンセスと幼馴染が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます