第74話 取り越し苦労

三人はそれからすぐに市場に向けて出発したのだが、その道中で幹太がめざとく漁港を見つけ、まずはそこへ寄ることになった。


「すっげぇー!」


偶然見つけた漁港のあまりのデカさに、幹太がエリアス軍曹のポーズで叫ぶ。


「もうっ!市場に行きたいんじゃなかったの?」


と、苦笑するクレアにも構わず、彼は漁港の隣に併設された魚市場へとズンズン進んで行く。


「いいや!ここに寄らないって選択肢はないだろっ!

あっ!あそこにトコブシっぽいのがあるっ!

すっげぇ!めちゃめちゃデカいよっ!」


というように、生け簀に入った様々な魚介類を興奮度マックスで吟味する幹太の目は完全にキマッている。


「おいおいどうすんだっ!?こんなに食材があったらどうすんだっつーの!?

うおおっ!あれは海老かっ!?」


再び猛然と別の生け簀へ駆け出す彼の後を、クレアとゾーイが呆れつつ付いていく。


「…ゾーイ」


「はい」


「私ね…彼にラーメンを作ってもらうために、すっごい色々と作戦を考えてたのよ…」


「…はい」


「でも見て…まったくもう、あれじゃ作るなって言っても勝手に作る勢いよ…」


「そうですね…」


「ゾーイをお嫁にやる案だって本気だったのにっ!

真剣に考えて損しちゃったわ!」


「えぇっ!あれ本気だったんですかっ!?」


「でもまぁ…作ってくれるんだったら結果オーライね♪」


「えぇ、それはもう」


「おーい!クレア様ー!」


二人がそんな話をしていると、幹太が奥にある店舗の前でワキワキ動くカニっぽい甲殻類を持ち上げていた。


「これー!ミソが美味いんだってさー!」


「もうっ!今行くからちょっと落ち着きなさい!

はぁ…じゃあゾーイ、行くわよ」


「えぇ、急ぎましょう」


二人はそうしてしばらくの間、一つ一つの店を丁寧に見ていく幹太に付き合い、気がつけばこの魚市場にある全ての店を回っていた。


「あ〜疲れたぁ〜」


「あんなに歩き回ったんだから当たり前じゃないっ!

もう!足が痛くなっちゃたわ!」


「ははっ♪ゴメンゴメン、クレア様。

いや〜でも最高の時間だったなぁ〜♪」


視察を終えた幹太達は、魚市場の中にある食堂で一息ついていた。


「それで芹沢様、何か使える食材はあったのですか?」


「う〜ん、そりゃまだ分からん」


「「えぇっ!?」」


幹太のその言葉に、クレアとゾーイはテーブルの上でガックリとうなだれた。


「それじゃ私は何のためにこんなに疲れたの〜」


「芹沢様…さすがにそれはツライです…」


「いや、たぶんここの魚介も使うよ。

ただまずは市場も見てみないと、何を使っていいかわからないってことさ」


そう言って、幹太は目の前に並ぶ二人の頭をポンポンと撫でる。


「う〜、でも幹太、今日はもう市場に行けないわよ」


クレアが優しく頭を撫で続ける幹太に恨みがましい目を向けてそう言う。


「あれ?もうそんな時間?」


「そうよっ!

私とゾーイが何度も言ったのにっ!聞いてなかったの!?」


「ん〜?そういや言ってたような…?」


「…ねぇゾーイ、どうしてこんな男がアンナの婚約者なの…?私、ぜんぜんわかんないわ」


「私にも理解できません」


「ハハハッ♪そりゃそーだよ、当の本人にもサッパリわかんないんだから♪」


いい笑顔でそう言う幹太を見て、クレアとゾーイは大きくため息をついた。


一方その頃、シェルブルック王国の王都ブリッケンリッジの王宮では、


「えぇっ!クレアも行方不明なんですか!?」


と、シャノンから報告を聞いたアンナが叫んでいた。


「はい。リーズ公国からの情報では、クレア様は学園の寮から警備の目をかいくぐって脱走したそうです」


「確か…クレアはビクトリアお姉様と同じ学園でしたよね?」


「ですね。リーズの国立学園です」


「もー!どうなってるんですか、あの学園はっ!?

でもそうなると…ブリッケンリッジに来てたのはやっぱりクレアなんでしょうか?」


「どうでしょう?

護衛のゾーイさんも一緒にいなくなったそうですから、なにか計画があっての脱走だと思いますが…」


「でしたら絶対にクレアですよ。

私、なぜか分かるんです。どうしてでしょうか…?」


そう言って、アンナは頬に手を当てる。


『たぶん思考が似てるからですね…』


と口に出すのを、シャノンはグッと堪えた。


「こうなったらリーズに直接連絡を取りましょう!

シャノン、ムーア導師の所へ行きますよ!」


「はい」


ムーア導師の魔法ならば何らかの方法があるかもしれないと、アンナ達は彼の元へ向った。


「レイブルストークの宮殿となら、直接連絡が取れるぞい」


二人から話を聞いたおじいちゃんはあっさりそう答えた。


「さっそくやって下さい!ムーア!」


アンナがおじいちゃんの胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる。


「あだだっ!アンナ様!苦しいですぞ!」


「ダメです!アナ!導師が召されてしまいます!」


「あっ!ご、ごめんなさい、ムーア!

アンナ、ちょっと興奮してしまいました、てへ♪」


「ふ、ふぅ〜、婚約したと言うのに、アンナ様はまったく変わっておりませんな」


「それでムーア導師、どうやってリーズの宮殿と連絡を取るんですか?」


「あ〜と…どうやるんじゃったかなぁ〜?」


最近のおじいちゃんは、めっきり物忘れが激しくなっているのだ。


「ムーア…早く思い出さないと私…」


アンナが仄暗い目をして、ゆらりとムーアににじり寄る。


「い、いや!思い出しましたぞ!

確かアンナ様とマーカス殿下の婚約の時に作ったホットラインがあったはずじゃ!」


「「ホットライン?」」


アンナとシャノンが可愛らしく小首を傾げた。


「そうじゃ!こちらから言葉を入れるとあちらで再生される魔法装置じゃよ。

それの繰り返しで会話をするのじゃが…」


「ではさっそく…」


「アンナ様、今すぐには無理じゃ。

この装置はお互いの国で莫大な魔力が必要となるからのう、トラヴィス国王様の許可が必要なんじゃよ」


「シャノン、手段は問いません、なる早でお父様に許可をもらってきて下さい」


「はい」


そうして国王に許可をもらいに行ったシャノンは、ほんの数分で戻ってきた。


「オッケーです、アナ」


「じゃ、よろしくお願いします、ムーア」


「な、なにをっ!?シャノン!お前、国王様に何をしたのじゃ!?」


「…導師、それは後で直接聞いて下さい。

今は装置の方を早く…」


「ムーア…お願いします…」


アンナはおふざけをやめ、ムーア導師の手を握って真剣にお願いをする。


「まったく…その顔はズルいですぞ」


ムーアはそう言いつつ、部屋の奥の扉を開け地下室へと降りていく。

元よりこの優しいおじいちゃんは、孫同然の二人のお願いを断る事などできないのだ。


「凄い…シャノン、あなたこんなの知ってましたか?」


「いいえ、私も知りませんでした…」


ムーア導師の後について階段を降りた二人が見たのは、大きな四角い水晶板が付いた見たこともない装置だった。


「ふぅ〜、ではいきますぞ」


ムーアがそう言って水晶板の上部に魔石をセットすると、三人のいる地下室全体が輝きだす。


「これでしばらく待てば、向こうから連絡が来るはずじゃ」


「魔力を注ぐと向こうに知らせがいく仕掛けなんですね♪」


アンナは真紅に輝く魔石を興味深く見ていた。


「アンナ様、その魔石一つでとんでもない値段がするのですぞ。

まったく、またこれを買うのに幾らかかるか…」


「ありがとう、ムーア♪」


「ありがとうございます、導師」


と、孫二人がお礼を言ったその時、水晶板にうっすら人影が映り始めた。


(えー、あー、聞こえますか?

私はリーズ公国王子、マーカス・ローズナイトです。

シェルブルック王家の方がお呼びと聞いて参りました。

…あれ?もしかしてアンナ?アンナ・バーンサイド?)


「あっ、ムーア!マーカスですよ!見にくいですけどなんとか解ります!」


「それでなんとお聞きするのじゃ、アンナ様?」


ムーアは装置の横から伝声管を外してアンナに手渡す。


「そうですね、えーと…」


(お久しぶりですね、マーカス。

要件だけお伝えしますが、クレアに私の婚約者が誘拐されたらしいのです。

あなたは何か知っていますか?)


(えぇっ!本当に!?クレアがそんな事したの?

今、こっちでもクレアを探しているんだ)


(クレアはどこにいるのですか?)


(正確には分からないんだけど、ブリッケンリッジのホテルにゾーイと泊まっていたって話だよ。

あとこれもまだ未確認なんだけど、今日の昼間にクレアとゾーイが知らない男性と一緒にいたのを、レイブルストークの魚市場の人達が目撃したらしいんだ)


(…マーカス、それ、たぶん私の婚約者です…)


(あ〜アンナ?君の婚約者は誘拐されてるっていうのに、呑気に漁港を見て回るような人なのかい…?)


(…はい)


(……)


(……)


(じゃ、じゃあ新しい情報があったらまた連絡するよ!

この装置、一個の魔石で何回か連絡が取れるらしいから!)


(ちょ、ちょっと待って下さい、マーカス!)


「シャノン、他にマーカスに聞いておいた方が良いことはありませんか?」


アンナはそう言ってシャノンに伝声管を渡した。


(マーカス様…)


(あっ!そ、その声はシャノン王女ですね。

ご機嫌ようシャノン王女)


(ご機嫌ようマーカス殿下。

ですが、私はもう王女ではありません。

どうかお間違えないようお願い致します)


(う、うん分かった。君が嫌ならもう言わないよ。

そ、それで?なにか聞きたい事があるのかな?)


(クレア様はどこかに隠れ家のような場所はお持ちですか?)


(うーん、どうかなぁ?

この宮殿にもクレア用の離れがあるけど…色々と活動的な子だから、他にも友人の家とかは多いと思うよ)


(ありがとうございます。

それではマーカス様…)


(シャ、シャノンさん!今度僕がそっちに行った時にはぜひ…)


(はーい♪アンナです♪

それじゃあマーカス!次の連絡を待ってますね!さようなら〜)


アンナはそう言って、まだマーカスが話している途中で思いっきり通信を切った。


「クレア…これはもう完全にクロですね」


「はぁ…そのようですね」


「それで、これからどうするのじゃ?」


「まずはシャノン…」


「えぇアナ、由紀さんとソフィアさんに報告ですね」


アンナとシャノンは、それからすぐに由紀とソフィアに集合をかけた。


「えぇっ!?幹ちゃんまたお姫様と一緒なのー!?」


アンナから話を聞き、ようやく調子の戻った由紀が再びベッドに倒れ込む。


「あらあら〜♪一緒にお買い物ですか〜♪」


一方のソフィアはニコニコと笑顔で話を聞いているが、その手に握られたティーカップがミシミシと悲鳴を上げていた。


「なので、幹太さんがリーズ公国にいるのは間違いないかと…。

私はすぐにでもリーズに向かいたいと思ってますが、皆さんはどうお考えですか?」


アンナは自分と同じ婚約者である二人とシャノンに意見を求める。


「でも…アンナさん、マーカス様もクレア様を探しているんですよね〜?」


「えぇ、そう言ってましたね」


「でしたら幹太さんもすぐに見つけてもらえるんじゃ〜?」


ソフィアは山村の出身だ。

村ではたまに山菜を採りに行った者が行方不明になる。

そんな時の行方不明者の捜索は、山の土地勘がある者が行う決まりになっていた。

ジャクソンケイブのような小さな村でさえそうなのに、このブリッケンリッジと同じぐらい広いレイブルストークで人探しをするのであれば、なおのこと土地勘のある者に任せた方が良いのではと、ソフィアは考えていたのだ。


「私もそう思います」


と、シャノンもソフィアの考えに同意する。


「今はまだ行方不明ですが、クレア様はあの国の姫です。

いつまでも見つからないとは思えません。

でしたらこちらで、マーカス様の連絡を待っている方が得策だと思います」


シャノンはアンナの護衛である。

万が一にもアンナが他国で危険な目にあうリスクは避けたかった。


「そうですか…そうお考えなのですね。

あとは由紀さん…あら?」


アンナは先ほどまで由紀が倒れ込んでいたベッドを見たが、そこに彼女の姿はない。


「シャノン、由紀さんは?」


「わかりません。

さっきまでそこに倒れていましたけど…」


「由紀さんならフラ〜っと外に出て行きましたよ〜」


ソフィアがそう言って客間の扉を指差した。


「はっ!もしかして由紀さん…リ、リーズに向かってしまったんじゃ…」


「あぁっ!そうですっ!あの人ならやりかねませんよっ、アナ!

幹太さんがいなくなった時のあの人は、ハッキリ言って何をしでかすかわかりません!

あ、あなた達を探しに行くと言った時の由紀さんの目…目が…」


シャノンはあの時、由紀が見せた迫力を忘れていなかった。

っていうか、ちょっぴりトラウマだった。

すでにシャノンの脳裏には、馬の背に起立してリーズ公国に向かう由紀の姿が浮かんでいる。


「い、いけないっ!早く止めないとっ!!」


と、シャノンが客間の扉を開けようとした瞬間、


「ほーい!準備できたよー!」


と言って、逆側から大きな荷物を持った由紀が勢いよく扉を開けた。


「つってもある物全部詰めただけだけど〜♪…って、みんなどしたの?」


由紀はポカンと自分を見つめる三人にそう聞いた。


「ゆ、由紀さん?幹太さんを探しに行ったんじゃ…?」


「うん?なんで?

なんで私一人で行くの?シャノン?」


「よ、良かったぁ…」


安心したシャノンが、カクンとその場に崩れ落ちる。


「由紀さん…シャノンはあなたが一人でリーズにカチコミに行ったと思ったんですよ…。

お〜よしよし、怖かったでちゅね〜」


と言って、アンナがシャノンの頭を撫でる。


「えぇーっ!そんな事しないよー!

やるなら衛兵のみんなを連れて行かないと♪」


「由紀さん…?」


「由紀さん〜?」


笑顔でそう言う由紀に、アンナとソフィアは若干引いた。

そしてシャノンの頭の中には、民衆を導く由紀の姿が浮かんでいる。


「ウソウソ♪

でも、リーズにはみんなで行くよね?」


と、由紀は当たり前のようにそう聞く。


「えっ…行かないの?」


しかし、なぜか反応の悪い三人に、由紀の表情が不安に染まる。


「…プッ♪フフッ♪アハハハハッ♪も、もうっ♪由紀さん♪」


そんな由紀を見て、まずはアンナが笑い出した。


「えぇっ!なに!?どうしたの、アンナ?

私、なんか変だった?」


いきなり笑い始めたアンナに、由紀が困惑する。


『あなたはいつもそうやって、正しい選択をするのですね♪』


アンナは涙が出るほど笑いながらそう思う。


「プッ♪アハハハッ♪そうですね、由紀さん♪

私達で幹太さんを迎えに行きましょう〜♪」


そう言って、次に吹き出したのはソフィアだった。


「だから何で二人とも笑うの〜?」


「フフッ♪まぁもう止めてもムダそうですね♪」


最後には珍しくシャノンまでもが笑顔を見せ、そうして全員一致でリーズ公国に行く事を決めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る