第75話 初対面
「ふふっ♪こりゃ結構な量だな…」
翌日、幹太はクレアの離れにあるかなり広いキッチンで、大量の食材を前にほくそ笑んでいた。
「やっぱ大きな街だけあって、市場もデカかったな♪」
幹太はこの日の午前中に、クレアとゾーイの案内でレイブルストークの市場へ行っていたのだ。
「扱ってる物はそれほどブリッケンリッジと変わんなかったけど…」
レイブルストークの中央市場では、ブリッケンリッジの市場と同様に肉や野菜、そして調理器具や食器など様々な物が売られていた。
「魚屋と乾物屋の数は今までで一番だったなぁ〜」
この大陸でも有数の港町だけあり、レイブルストークの市場では魚介類の乾物を扱う店が多い。
また、魚介専門の魚市場には負けるものの、新鮮な魚や貝を扱う店舗もブリッケンリッジの市場とは比べ物にならないほど数多くあった。
「そういや…サースフェー島ではどうしたんだっけ?」
ここと規模は違うが、幹太は以前、南の島の港町でラーメンを作っていた。
「あ〜でも、あそこは漁師さん相手の商売だったんだ」
同じく漁港を持つとはいえ、都会であるこのレイブルストークと、小さな島のサースフェー島ではお客の人数と客層がかなり違ってくる。
幹太がサースフェー島で作ったラーメンは、その土地の名産品を使ったラーメンというよりも、その島の漁師達に向けのご当地ラーメンを作ったという感じだった。
「あんときゃ金がなかったから必死だったんだよなぁ〜」
訳もわからずこの世界に飛ばされて来たあの頃の幹太は、アンナと自分を守るために、必死になって旅費を稼ごうとしていた。
今思えば、あれほど漁師達がたくさんいたあの島に名産品が無い訳がない。
『結果的にはパーコー麺もちゃんと名物ラーメンになったから良かったけど…もし次行く機会があったら、もうちょっとサースフェー島ならではの食材も使ってみたいな…』
今回のクレアの希望は、アンナと同じくこの国をラーメンで盛り上げることだ。
ならば、おもいっきりこの街の名産品を使ったご当地ラーメンを作ってやろうと幹太は考えていた。
「いやぁ〜こりゃ〜楽しみだ♪
これだけあれば何でもできそうだぞ♪」
ちなみに何度も言うが、彼は正式にそのようなオファーを受けた訳ではなく、あくまで誘拐からの強制である。
「とりあえずまずはスープだな…。
確か乾物の中に…えっと…あったあった。
しっかし、この世界にも荒節があるなんて、異世界でも人の食文化って似てくるのかな?」
荒節とは、簡単に言うと一般的な鰹節の工程をいくつ減らして作る鰹節のことである。
「実は荒節って使ったことないんだよなぁ〜。
本枯れ節より味に癖はありそうだけど…」
幹太がそう言って真っ黒な鰹節の匂いを嗅くと、普通の本枯れ節とは違う強い魚の香りがする。
「こんな感じか…よし、まずはあえて多めに入れてみよう」
ラーメンのスープを作る作業は、こうして素材の味を想像することから始まる。
「魚介系って言っても、ガラは入れないとダメだよな。
でも…」
幹太は買ってきた鶏ガラから鳥の足を取り除き、きれいに血などを洗い流してから寸胴鍋に入れた。
「足は取っとかないと、鰹の邪魔になりそうだ…」
鳥の足先から出るダシは、鳥の割には肉の臭みが強いのだ。
「これに乾物の貝柱を入れて…」
主にホタテなどを干して作られる貝柱は、食材の旨味が凝縮された澄んだスープが取れる。
本来、中華料理などでは水でダシを取るのが一般的な貝柱だが、ラーメンスープの場合は、他の食材と一緒に鍋に入れて沸かしても問題はない。
「フッフッフッ♪あとはこの立派な昆布と…」
なぜかニヤリと気持ち悪い笑顔をして、幹太は立派な昆布を固く絞った濡れふきんで拭く。
これだけの良質の素材を使ってスープを仕込めるという快感が、彼の脳内にヤバい物質を作り出しているのだ。
「そんで野菜っと…」
そして最後に、玉ねぎやニンジンなどを布袋にいれて寸胴鍋に投入した。
「さぁ〜あとはしばらく待つだけだ」
「はーい♪お昼持ってきたわよ〜♪」
「お疲れ様です、芹沢様」
とそこで、クレアとゾーイが昼食を持って離れにやってきた。
「おぉ、ありがとう。そこに置いといてくれ」
「それでどうなのっ!?最高のラーメンはできそう?」
そう聞きながら、クレアは勢いよくキッチン前のカウンターから身を乗り出す。
「ハハッ♪まだスープを沸かし始めたばっかだよ♪」
「そっちに行って見てもいい?」
「あぁ、もちろん」
「やった♪ゾーイも一緒にいらっしゃい♪」
クレアはカウンターの横を通り、小走りで調理台の前に立つ幹太の隣までやって来た。
「それで幹太、この真っ黒いお魚なぁに?」
と、クレアは調理台の上にある荒節を指差した。
「鰹だよ。鰹節」
「ん〜?幹太、もう一度言ってみて…」
「か・つ・お・ぶ・し・だよ」
クレアは幹太の間近まで近づいて、じっくりと彼の口の動きを見ている。
「幹太…あなた翻訳の魔法を使ってない?」
クレアは幹太の口の動きと、発声される言葉が微妙に違う事に気が付いた。
幹太はこの世界に転移して来る時の魔法によって、こちらの言葉が話せるようになってはいるが、本人が喋っているのは完全に日本語である。
それが翻訳の魔法により、この世界にある物事は現地の言葉に訳されて幹太の声で相手に伝わり、この世界にない物事は、彼が言ったそのままの声が相手に伝わるのだ。
「そうそう。
たまに翻訳されない時もあるけど、なんだかそうみたいだな」
この世界に来た時にアンナから簡単に聞いただけで、幹太はこの翻訳魔法がどういった仕組みで成り立っているのか詳しく聞いていなかった。
「ゾーイ…あなた翻訳魔法って知ってる?」
クレアは外国人であるゾーイに聞いた。
「知りません。
少なくとも私は、この国の言葉を一から勉強して話せるようになりました」
「やっぱりそうよね。
ん〜?ってなると、やっぱりバーンサイド家独自の魔法かしら?
確か…あそこにはムーア導師がいたわね」
クレアは思考を巡らせた。
思い返してみれば、ゾーイとの数日の張り込みによって幹太の人柄や生活パターン調べられたが、その素性までは分かっていない。
「えっと…なんだっけな〜?
そうだっ!たしか転移魔法に付属してるんだって言ってたぞ!」
「えぇっ!バーンサイド家ってそんなことできるのっ!?」
「芹沢様、本当ですか…?」
「うん。アンナは別に秘密の魔法じゃないって言ってたけど…」
幹太は以前、アンナがソフィアに転移魔法の話をしていた時の事を覚えていた。
「あ〜ちょっと待って…転移って事は…幹太、あなた一体どこから来たの?」
クレアは自分の額を押さえ、幹太の顔の前に手のひらを差し出して聞いた。
「そっか…話してなかったよな。
俺、この世界の人間じゃないんだよ」
「「この世界の人間じゃないっ!?」」
「お、おぅ…」
と、タイプの違う二人の美少女に詰め寄られ、幹太は思わず仰け反った。
「ゾーイ…他の世界ってわかる?」
「…ぜんっぜんわかりません」
二人は今まで見たこともない幹太の風体に、どこか遠い国の人間であろうとは予想していたが、別の世界の人間までとは思っていなかったのだ。
『ありゃ…?確かソフィアさんの時はそんなに驚いていなかったような?
あぁ、そっか…そりゃソフィアさんだからか…』
やはり村娘から王族の一員になるお姉さんは、器のデカさが違うのだ。
「幹太…」
「ん?どしたクレア様?」
「あなたは異世界人なのにアンナと婚約したの?」
「う、うん、そうだよ。
まぁ最初は俺らの世界にアンナが来たんだけど…」
「「俺らの世界にアンナが来た!?」」
と、二人は再び幹太に詰め寄る。
「さすがはアンナ・バーンサイド…私達の常識を軽々と上回っていくわね。
国の為とはいえ次元を超えるなんて…常軌を逸してるわ」
「ク、クレア様…私達、そんなバケモノに勝てるでしょうか?」
「や、やるわ!やるしかないじゃない!」
「そ、そうですよね!クレア様なら大丈夫ですよね!?」
「当たり前よっ!」
ひとり蚊帳の外の幹太を置いて、二人の主従はどんどん盛り上がっていく。
「いや、クレア様…勝ち負けはあんまり関係ないんじゃ…」
「あるわよ!
マーカスお兄様の為にも、私はこの国をこの世界で一番魅力的な国にしたいの!
隣の国!しかもアンナの国になんかに負けてなんかいられないわ!」
クレアは拳を握って力説する。
「と、とにかくっ!ラーメンの作業がひと段落したら、私に今までの話をぜーんぶ聞かせてちょうだいっ!」
「お、おう。だったら今は大丈夫だぞ」
「本当に?ラーメン作りの邪魔にならない?」
「うん。平気だよ」
幹太は、この少女のこういうところを気に入り始めていた。
先ほどキッチンに入る時もそうだったが、クレアは仕事をしている人の邪魔にならないよう極力気を配っている。
「じゃあ、なるべく詳しくお願いね♪」
「あぁ。そんじゃえっと…まずはアンナが俺たち国、日本にやって来た所からだな。
あ〜その日はいつも通り…」
それから一時間ほどかかって、幹太はアンナと出会ってから今までの話をクレア達に語った。
「ほぇ〜、ブリッケンリッジにたどり着くまでにそんなに苦労をしたのね」
「本当に大変でしたね…」
クレアとゾーイは、幹太の話が終わるまで黙って真剣に聞いていた。
「そうだなぁ〜振り返って二人に話してみたら、改めてずいぶん遠くまで来たんだなって思うよ。
しかも今じゃ、さらに遠くのリーズ公国にいるんだもんなぁ〜」
「最後にたどり着いたのがこのリーズで良かったわね、幹太♪
私がこの国を最高に幸せな国にするから、あなたは安心してゾーイと仲良く暮らしなさい♪」
クレアは胸を張り、全く悪びれる事なくそう言い切った。
「クレア様っ!そろそろホントになりそうで怖いですっ!」
「あぁ…ゾーイさん、やっぱり怖いんだな…って、ちがーう!
そーだよ!俺はちゃんとシェルブルックに帰るぞ!」
「あ〜はいはい。
とりあえずラーメンを作ってから考えてあげるわ♪」
「本当だな?頼むぜ、クレア様。
そいじゃそろそろ…」
幹太がそう言って立ち上がり、再びラーメンの試作に移ろうとしたその時、
ドン!ドン!ドン!
と、離れの扉を誰かが強くノックした。
「クレアー!クレアー!いるのかい?私だ!マーカスだよ!」
どうやら扉の向こうにいるのは、クレアの義理の兄、マーカス王子らしい。
彼は王宮の裏窓から、クレアの使っている離れの煙突に煙が立ち昇るのを見て、急いでここまでやって来たのだ。
「どっどっどっ、どうしようゾーイ!?
マーカスお兄様が来ちゃったわ!」
「ええっ!?クレア様…?」
扉の方を見ていた幹太が振り返ると、彼を誘拐しても平然としていたクレアが思い切り動揺している。
「落ち着いて下さい、クレア様!」
「と、とりあえずこれを隠さないと!あぁっ!」
クレアはキッチンの床に置いてあった食材の入った木箱を持ち上げようとしたが、焦りからタイル張りの床でツルッと足を滑らてしまう。
「あっ!クレア様っ!」
すかさずゾーイが支えようとするが、勢いのよく転倒するクレアを支えきれず、彼女までもがバランスを崩す。
「危ないっ!」
それを見た幹太は、彼女達を衝撃から守ろうと二人と床の隙間に飛び込んだ。
「おい!大丈夫かっ!?」
そして倒れてきた二人を仰向けでしっかり受け止め、すぐに無事かどうかを確認する。
「だ、大丈夫よ、幹太…あ、ありがとう」
「わ、私も大丈夫です。
ありがとうございます、芹沢様」
「ま、間に合って良かった〜」
「…君がアンナの婚約者かい?」
「えぇ、はい。そうです…が」
と、頭の上からかけられた突然の男性の声に、幹太は思わず返事をしていた。
「えっと…マ、マーカス様ですか?」
そう聞きながら幹太は必死に立ち上がろうとするが、クレアとゾーイに乗っかられたままなので身動きがとれない。
「うん、そうだよ♪」
「マーカスお兄様…」
「マーカス殿下…」
なぜかニコニコと笑顔を崩さないマーカスに、妹と従者がゴクリと息を呑む。
「クレアもゾーイも久しぶり。
二人とも、アンナの婚約者とずいぶん仲良くなったみたいだね♪」
マーカスはより一層、笑みを深めてそう言った。
「いやぁー!誤解よ!お兄様ー!」
「それは誤解です!マーカス殿下!」
これが幹太とこの国の王子、マーカス・ローズナイトとの初対面であった。
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