第73話 ラーメン馬鹿

「はぁ〜こりゃでっかい町だなぁ〜」


あれから再び服を脱がされる事もなく、拘束も解かれた幹太は、呑気に車窓からの景色を眺めていた。


「人もたくさん住んでそうだな…」


馬車は町に入ってからずいぶん走っているが、窓の外にはまだまだ建物が並び、果てしなく続いているようにも見える。


「ふふっ♪当たり前じゃない♪

レイブルストークはこの国の首都なのよ♪」


「そっか、そうだよな…他の国なんだもんな…」


「あら?もう寂しくなっちゃったの♪」


「うーん、まぁ寂しい…かな?」


アンナ達と離れたのは寂しいと言えば寂しいが、それよりも誘拐されたのが自分だけということに、幹太はひとまずホッとしていた。


『ブリッケンリッジにいる限り、アンナ達は安全なはずだよな…』


と、この時の彼はそう思っていた。


「しっかし本当に綺麗な街だな」


窓の外には見渡す限り赤茶色の建物が並んでいる。

どうやらこの町にある建物は、ほとんど同じ色のブロックで建てられているようだ。


「なぁ、どうして全部同じ色の建物なんだ?」


「それはね、このレイブルストークが港町だからよ。

この町のほとんどの建物はね、塩害に強い赤茶色のブロックと、黒いペンキを塗った屋根でできているの」


「そういやさっきから海の匂いがするな」


レイブルストークはリーズ公国の北側にせり出した半島にある町だ。

リーズ公国自体も、シェルブルック王国やクレイグ公国のあるプラネタリア大陸の北側に位置していて、国の南側はアンナ達の国、シェルブルック王国に面していた。


「もともと貿易で栄えていた町がそのままこの国の首都になったからね〜♪

ずーっと昔の領主様が、そこから内陸に向かって開拓していったのよ。

つまりリーズ公国の歴史はここから始まったの」


「なるほどねぇ。

つーことは海産物が名物のかな?」


驚くべきことに、幹太はすでにこの町ならどんなラーメンができるかを考えようとしていた。

一応この男は、シェルブルック王女と他二名の婚約者であり、現在絶讃誘拐され中の身である。


「う〜ん、そうなるのかしら?

でも名物っていうより、それが手近にあるから食べてるって感じだけど…」


「あ〜こっち世界だとそうなっちゃうのか?

たぶんここって名産品の宝庫だと思うんだけどなぁ〜」


「ん〜確かにここでしか獲れない魚とかもいるみたいだけど…」


「そっか、できたら見てみたいな…。

それでクレア、これからどこに行くんだ?」


「クレアさ・ま・よ!

なんであなたはどんどん馴れ馴れしくなるのっ!?

まぁ城には連れて行けないから、とりあえずは私の離れに行くわ」


「ハイハイ。わかりましたよ、クレア様」


それからしばらくして、馬車は首都レイブルストークの中心部にある宮殿の裏門にたどり着いた。


「あなたはそこで静かにしていてね♪」


クレアは幹太を馬車の座席下に押し込み、口に人差し指を当てて可愛らしくウィンクをした。


「お帰りなさいませ、クレア様」


どうやら門番が確認に来たようだ。


「お勤めご苦労様。

あ!そうだっ!私が帰って来たことは家族のみんなに内緒にしておいてね♪

それじゃゾーイ!いいわよー!」


馬車はゆっくりと門の中へと入り、宮殿裏側にあるクレアの私室である離れの前で停まった。


「やっと着いたー!

カンタ!もう出て来ていいわよー!」


「おぉ、やっとか…」


先に降りたクレアに呼ばれ、幹太も座席の下から抜け出して馬車の外に出る。


「うわぁ〜ここも凄いな…」


リーズ公国の宮殿も、シェルブルック王宮に負けず劣らずの広さと豪華さであった。

幹太の正面には綺麗に切り揃えられた植木の並ぶ庭があり、その先には巨大な宮殿が見える。


「ここは宮殿の裏側ですよ、芹沢様。

表側はもっと美しい庭が広がっています」


と、いつの間にか背後に迫っていたゾーイが耳元で囁いた。


「うわっ!?ゾーイさん!

い、いきなり後ろから話しかけてるのやめてくれよっ!」


「昨夜の仕返しです…」


「えぇっー!?仕返しってなんの?」


「カンタ!行くわよ!

モタモタしてるとお兄様にバレちゃうわ!」


「へーい、了解です、クレア様」


「申し訳ありません、クレア様」


二人はクレアの後に続いて、宮殿の反対側にある彼女の私室に入った。


「こ、これは…?」


「ふふん♪凄いでしょ?」


クレアの私室は、幹太の感覚でいうと二階建ての単身者向けアパートほどの建物だった。

建物の一階は仕切りのない大きな部屋になっており、そこには焼き物を焼くためであろう窯が並んでいる。


「これは陶器…?いや、ガラスかな?」


「あら、鋭いじゃない♪

そうよ、これはガラス細工用の窯♪」


窯の中を覗き込む幹太に、クレアは嬉しそうに説明を始めた。


「私はねカンタ、他のどこにも負けない名産品を作りたいの」


「名産品?」


「そう、名産品よ。

それで色々調べてみたら、この辺りの海岸線には良質なガラスの材料が豊富にある事が分かったの。

もともとこの国じゃ酒瓶ぐらいしか作ってなかったんだけど、それじゃもったいないって思ってね。

今はここで色々と職人達に試行錯誤してもらっているわ」


クレアはそう言って一頭の馬の置物を手に取り、そっと幹太に手渡す。


「…すごいな、どうやったらこんなに緻密に作れるんだ…?」


その馬はガラスで出来ているとは思えないほどの躍動感に溢れていた。


「ね、キレイでしょ?

最初は細工のある瓶から始めて、それからコップやお皿なんかの食器ね♪

それで最近になってやっと、この置物まで進んだの♪」


クレアは同じプリンセスであるアンナと同様に、本気でこの国のことを想っていた。

はじめは自分を拾ってくれた公爵家への恩返しにと始めたことだっだが、今となっては再び貿易でこのリーズ公国を繁栄させたいと彼女は思っている。


「なるほど、それでラーメンか…」


「そうよ♪

まぁ最初はシェルブルックじゃなくて、旅行で立ち寄ったクレイグ公国の島で食べたんだけどね。

え〜と、なんて言ったかしら…?

ん〜とにかく可愛い女の子と渋ーいお父さんのお店だったわ♪」


「あぁ、小姫屋か…」


小姫屋は幹太がこの世界に来て、一番最初たどり着いたサースフェー島にあるラーメン屋台である。


「ニコラさん達、元気かなぁ〜?」


ニコラは幹太がこの世界に飛ばされて来て、まだ右も左もわからない時に世話になったヘルガセン一家の父親だ。


「お店のご主人に聞いたら自分で作ったレシピじゃないって言うし、だったら誰が作ったのって女の子に聞いたらびっくりして泣いちゃうし。

あなたの名前を聞き出すまで、ほんとーに大変だったのよ」


「リンネちゃん…可哀想に」


もしクレアが今の勢いそのままでリンネを問い詰めたとしたら、それはそれは怖かったであろうと幹太は思った。


「それで国に帰ってあなたの事を調べたら、あのアンナの婚約者だって言うじゃない?

これは結婚する前になんとかしなきゃって思って…」


「それで誘拐か…」


「誘拐じゃないわ。事後承諾の同行よ♪」


「おいっ!俺はまだ承諾してないぞ!」


「でも…あなたはやってくれるでしょ?」


と幹太の手を握って聞くクレアの表情は、直前までとは違い真剣だ。


「それは…」


幹太は考えた。


『まぁ逃げようたってムリっぽいしな…』


いくぶん腕っぷしに自信がある幹太ではあるが、この城の衛兵を相手に敵うわけもない。

それにたとえこの城を出れたとしても、ブリッケンリッジに帰る手段も無ければ帰り道も分からないのだ。


『こりゃアンナ達の助けを待つのが最善の策かな…?

それに…』


幹太はクレアにこの町が港町だと聞いて以来、ずっと頭の中で新しいラーメンを想像し続けていたのだ。


『そうだな…南のサースフェー島なんかとは魚介の種類も違いそうだし、まずは市場に行ってみないと…』


「…カンタ?…カーンタ?」


「ほぁっ!す、すまん!」


顔の前で手を振るクレアに呼ばれ、幹太は焦って妄想を中断する。


『い、いかん!お、俺…今、ご当地ラーメンを作りたすぎてちょっとトリップしてたぞっ!』


すでに彼は末期のラーメン中毒だったのだ。


「それで♪どうするの、カンタ?」


と、クレアがニヤニヤしながら聞いてくる。

どうやらよほど表情に出ていたらしい。


「あーもーわかった!やってやるよっ!」


見透かされたのが悔しかった幹太は、精一杯渋々というフリをしてそう答えた。


「キャー♪ありがとう、カンタ♪

お礼にゾーイをお嫁にあげるわっ♪」


「えぇっ!クレア様!私はイヤですっ!」


そう言うゾーイは、本気で嫌そうな顔をしていた。


「そ、そうだよな…そりゃさっきまでパンイチで転がってた男なんて嫌だよな…」


幹太は胸に手を当ててガックリとうなだれる。


「あら♪どうするのゾーイ?

カンタはあなたの事が気になるみたいよ♪」


「そ、そんな!私は絶対に無理です!」


「うぅっ…」


ゾーイが発言する度に、幹太のピュアハートがガシガシ削られていく。


「な〜んだ、ゾーイがカンタと結婚してくれれば全部丸く収まったのになぁ〜」


「すみません、クレア様…」


「ううん、私もちょっと無茶だったわ。

それでカンタ、まずはどうすればいいの?

とりあえずは市場?漁港?それともキッチン?」


クレアにそう聞かれ、今だダメージを引きずる幹太はなんとか立ち上がった。


「そ、そうだな…まずは呼び方かな。

俺は幹太。せ・り・ざ・わ・か・ん・た」


幹太は、クレアが自分の名前に妙なアクセントをつけて呼ぶのが気になっていたのだ。


「ん〜?えっと、かんタ?カンーた?かんた、幹太!これでどう?」


「それでオッケーだよ、クレア様。

んじゃ、まずはこの街で一番デカい市場に連れていってくれ」


「わかったわ♪ゾーイ、行きましょう」


「はい。クレア様」


ひとまず話はそう決まり、幹太によるレイブルストークご当地ラーメン製作は始まった。







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