第72話 誘拐犯の正体

一方、幹太の部屋では、ソフィアがアンナとシャノンから話を聞いていた。


「クレア・ローズナイト様ですか〜?」


「そうです、ソフィアさん。

クレアは隣国、リーズ公国のプリンセスです」


「アナの元婚約者、マーカス・ローズナイト殿下の妹君でもありますね」


「えっと…なぜそんな方が幹太さんを〜?」


一般市民のソフィアには、友好的な隣国お姫様がなぜ幹太を攫ったのか全く予想がつかない。


「まぁ詳しいことは分かりませんが、たぶん、はぁ…」


アンナはそこで一度言葉を区切り、大きくため息をついた。


「マーカスの為でしょうね…」


「マーカス殿下のためです」


「ご兄妹と幹太さんに何の関係があるのでしょう〜?」


「大方、ラーメンの評判でも聞きつけて、『これで国が活気づけばマーカスが喜ぶわ♪』とでも思ったのでしょう。

あのおてんば姫っ!機転だけはいいんだからっ!」


アンナはそう言ってガシガシと地団駄を踏む。


『おてんば姫はアンナさんも、一緒なんじゃ…』


と思ったソフィアの耳元でシャノンが囁く。


「アナとクレア様は似た者同士なんです…あれは同族嫌悪に近いかと」


「あぁ、なるほど〜」


クレアの方が年下ではあるのだが、隣国の姫同士という立場と、二人とも妹ということもあり、アンナとクレアは小さな頃から交流があった。


「ただ…そうですね、ソフィアさんには話しておきましょう。

クレア様はマーカス様の実の妹ではありません」


「えっ?それはどういう〜?」


「ソフィアさんはビクトリア姉様の護衛のクロエに会った事はありますか?」


「えぇ、あの赤い髪がお綺麗な方ですよね〜」


「クレア様とクロエは姉妹なんです。

元々お二人はリーズ公国の貴族の娘で、クレア様が生まれたばかりの頃にご両親が馬車の事故でお亡くなりになってしまったのです。

その後、クロエはシェルブルック王国の貴族の家に、そしてクレア様はリーズ公国の公爵家に引き取られました」


「そうですか…そんな事が〜」


「そういった事情もあって、クレア様は公爵家…特にマーカス様のためにいつも一生懸命なんですよ。

まぁ公爵家の方々は、そうでなくとも彼女を大事にしているのですけどね」


「あの子はいつもやりすぎなんですよ、シャノン。

とりあえず、今は私の幹太さんをどう取り返すかが問題です!」


「アンナさん、私達のです〜」


ソフィアはちょっと前の自分を棚に上げて訂正を求める。


「そ、そうでした!私達の幹太さんをです!」


最近のアンナは、ちょっとソフィアにビビり気味なのだ。


「落ち着いて下さい、アナ。

クレア様が幹太さんを攫ったのであれば、彼に危害を加える事はないでしょう。

まずは外交ルートでリーズ公国に確認を取るとして…とにかく一度王宮に戻りますよ」


「そうですね…仕込んだ食材がもったいない気もしますが、やっぱり先に幹太さんの無事を確認しないとです。

ソフィアさんもそれでいいですか?」


「あの…私は…」


ソフィアはそう言って厨房を見た。

厨房の中には昨晩幹太が仕込んだスープがあり、調理台の上にはアンナが今朝打った麺が重ねて置いてある。


「私は姫屋をやってみます〜」


ソフィアは少し考えてそう決めた。

このまま王宮へ帰っても、王族でない自分に出来る事はない。

ましてやリーズ公国に幹太を助けに行く事も不可能である。

ならば自分は、幹太が一番気がかりであろう姫屋を守るべきだと思ったのだ。


「でもソフィアさん一人じゃ…


と、アンナが言いかけた時、


「そうよ!そうでなくちゃ!ソフィアちゃん!」


と勢いよく店舗の扉を開け、突然ローラが入って来た。


「ローラお母様!?」


「か、母さん!?」


「ロ、ローラ様?」


ローラはズンズンとソフィアの前まで進み、ア然としている彼女の両肩を掴む。


「安心してソフィアちゃん♪

今日は私も一緒に姫屋をやるわ。

こんな時だけど、私、あなたと一緒に働けるのがすっごく楽しみなの♪」


幹太が行方不明になったと聞いたローラは、こんなこともあろうかと調理スタッフを連れてここまでやって来ていたのだ。


「さぁ!そうと決まればさっそく出発しないとね!

みんなー!荷物を載せるのを手伝っでちょうだい!」


というローラの指示の元、外に待機していた数人の調理スタッフがテキパキと姫屋のキッチンワゴンに食材を積んでいく。


「アンナさん、シャノンさん、私、行ってきます〜」


そう言って、ソフィアは先ほどカウンターの上で見つけた手書きの豚骨野菜ラーメンのレシピを持って馬車へと飛び乗る。


「それじゃ行くわよー!」


というローラ掛け声と共に、姫屋の馬車は市場に向かって走り去って行く。


『幹太さん…私、頑張ります…』


そして、その日のソフィアによる姫屋の営業は、ローラや他の王室料理人達の手助けもあって、大繁盛と言っていい売り上げを得ることができたのだった。


そしてその夜、


「由紀さん、大丈夫ですか?」


「うん。ありがとう、アンナ。

大丈夫、具合が悪いとかじゃないから…」


と、由紀が憔悴した笑顔でそう答える。

夕食を終えたアンナ達は、由紀の部屋に集まっていた。


「でも由紀さん、すごいお洋服ですね…」


と、アンナは頬を赤くしつつ由紀の格好を見た。

ベッドから体を起こした由紀は、ピッタピタに体に張り付く白いセーターのみを身につけている。

セーターといっても背中の部分がほとんどの無いため、後ろから見るとほぼ裸と言っても過言ではない。


「これはその…さっき目が覚めたらこんな格好だったの。

運んでくれた女性衛士のみんなが着替えさせてくれたみたいで…プレゼントですってお手紙もそこに置いてあって…」


どうやら由紀のこの姿は、一部の女性衛士達の趣味らしい。


先ほどシャノンがリーズ公国への連絡を終えてこの部屋を訪れた時も、


「お、お姉様!と、尊い!尊すぎますっ!」


「わ、私!このままだと開いちゃう!新しい世界の扉が開いちゃうの!」


「このままガラスケースに入れて永遠に…」


「お姉様お姉様お姉様お姉様…」


というヤバめの声が部屋の中から聞こえ、しばらく中に入るのを躊躇ったのだ。


「幹太さんが帰って来たら、その格好を見せてあげましょう〜♪」


「そ、それはムリだよっ!ソフィアさんっ!」


「大丈夫ですよ♪私も一緒にやりますから〜♪」


「い、一緒にって!?ソフィアさんもこんなエッチな格好を…?」


アンナは戦慄した。

こんな攻撃力の高い服をソフィアのようなどエロいバディーの持ち主が着てしまったら、この世界の理が崩壊してしまう。


「ん〜?私はそういうお洋服を持ってないので、下着だけ着て幹太さんと寝ます〜♪」


『『『寝るってどっちの意味でっ!?』』』


と、そこにいる全員がそう思った。


「フ…フフッ…フフフッ♪あはははーっ♪

あーもーダメだよ、ソフィアさん♪

いくら幹ちゃんだって、ソフィアさんにそんな事されたら絶対襲いかかっちゃう♪」


ソフィアとそんな話をしているうちに、由紀は自然と笑顔を取り戻していた。


「いいじゃないですか♪私達は家族になるんですから〜♪」


彼女は自分と家族になる人を、どうにか元気付けたかったのだ。


「由紀さんも、アンナさんも、この際みんなで幹太さんを誘惑しちゃいましょう〜♪

こんな風に♪ほら、どうですか〜?」


と、ソフィアはクネクネとわざとらしくポーズを取る。


「それはナイスな考えですっ!

アッハーン♪どうです?これが私のセクスィポーズです♪」


さらに彼女に負けじと、アンナもポーズを取り始めた。


「ふふふっ♪アナっ♪、なんでいちいちアゴがシャクレるのですか♪」


「あははっ♪そーだよ、アンナ♪なんかヘンだよ♪」


そうして四人は涙が出るほど笑い、気がつけばすっかり真夜中になっていた。


「シャノン、まだ起きてる?」


「はい」


アンナとソフィアが部屋へ戻った後、由紀とシャノンは客室の大きなベッドで横になる。


「シャノン、一緒に居てくれてありがとね…」


「いえ、たまには誰かと一緒に寝るのもいいかと思いまして」


「…うん」


彼女が由紀の部屋に残った理由がそうでないことは、由紀にもわかっている。


「あーあ…みんなに心配かけちゃったなぁ〜」


「仕方ありませんよ。

幹太さんは由紀さんにとって大切な人なんですから」


「んーん、それはアンナもソフィアさんも一緒だよ。

それでもアンナは、シャノンとリーズに連絡したりしてたでしょ。

それにソフィアさんは…シャノンはさっきソフィアさんの腕は見た?」


「えぇ、所々赤くなってましたね。あれは…」


「…うん。

ソフィアさん、たぶん今日は麺を茹でるお仕事をしてたんだよ。

いつもは幹ちゃんがやってるから、慣れてなかったんじゃないかな…」


慣れない人が麺の湯切りをすると、跳ねて自分にかけてしまうのはよくあることだ。

彼女は大好きな人の大切な場所を守るため、文字通り体を張って頑張ったのである。


「すごいなぁ〜ソフィアさん」


「由紀さんだって、由紀さんなりに幹太さんを大切にしてるじゃないですか」


というシャノンの言葉を聞いた由紀は、唇に指を当てて考える。


「ん〜と…あのね、一緒にいるとソフィアさんの愛情ってすっごく深いんだなって感じるの。

さっきもそうだったけど、幹ちゃんだけじゃくて、その周りにいる私達も一緒に幸せにしたいって思ってくれてるんだよ…」


「あぁ…確かにそんな感じはしますね」


「幼馴染として負けたくないけど…さすがに負けちゃうなぁ〜」


「ふふっ♪そうですか…」


珍しく落ち込む由紀を見て、シャノンは思わず笑ってしまった。


「なに〜シャノン?なんで笑ったの?」


「いえ、この間アナとソフィアさんが、由紀さんに対して同じような事を言っていたんですよ。

それを思い出したんです」


「えっ?そうなの?」


「えぇ、お二人とも由紀さんには敵わないって仰っていました。

ですからたぶん、皆さんそれぞれに羨ましく思う所はあるのです」


「そうかな…?そうだといいけど…」


「そうですよ。

さぁ、もう今日はゆっくり休んで下さい。

明日になれば、リーズ公国から連絡があるはずです」


「うん、そうだね。

それじゃおやすみ〜シャノン」


「おやすみなさい、由紀さん」


そうして由紀とシャノンが深い眠りについた頃、幹太はどこか知らない山中を一人で歩いていた。


「服、返してもらえて良かった…」


たぶんこの辺りの季節は晩夏といった時期だろうが、さすがに夜中の山中で裸ではいられない。

幹太は用を足してくるという理由で、クレアから馬車から離れる許可をもらっていた。


「こんなどこだかわからない場所で逃げても、迷子になるだけだろうからなぁ〜」


と言いつつ幹太が森を歩いていくと、唐突に視界が開けた場所にたどり着く。


「すごいな…」


幹太は眼下に海が広がる巨大な断崖の上に立っていた。

月明かりに照らされた風景に街の灯りなどはなく、遠くに見える灯台だけが明るく光っている。


「ひょっとして…もうシェルブルックじゃないのか?」


「…ここはもうリーズ公国領内です…」


「うわっ!!」


急に話かけられ驚いた幹太が振り向くと、そこには見た事のない黒い軍服を着た女性が立っていた。


「…驚かせてすみません。一応逃走しないように見張っていました」


「は、はぁ…それであなたは?」


幹太はバックンバックンに脈打つ心臓を抑えながら聞いた。


「私はクレア様の護衛のゾーイといいます」


「ゾーイさんですか…」


ゾーイと名乗るその女性は、浅黒い肌に白っぽい金髪、そして月夜に輝く銀色の瞳をしていた。


「えっと、もしかしてずっと一緒に居たんですか…?」


「えぇ、ずっと馬車の御者をしておりました。

芹沢様、用が終わったのならそろそろ馬車に戻ってくれませんか?」


「あっ、はい」


「では行きましょう…」


幹太は素直にゾーイの後をついて行く。


「リーズ公国ってどんな国なんですか?」


「…国の説明はクレア様に聞いて下さい」


「あっ、すいません」


「…いえ」


「…」


「…」


「ゾーイさん、すごく綺麗な瞳をしてるんですね。

こちらのご出身なんですか?」


国の事がダメならと、幹太はゾーイ自身のことを聞いてみた。


「へっ!? わ、私はこの国の生まれではありませ…あっ!」


ゾーイは思わず答えてしまっていた。

クレアの警護をするゾーイの身の上は、初めて会う一般人に話すような事ではない。


「へぇ〜そうなんですか」


幹太は商売柄、あまり物怖じせずに人に話しかける癖がある。

その上、彼は良くも悪くもドが付くほど正直な人間なのだ。


「俺の国はほとんどの人が黒い瞳に黒い髪だから…」


「芹沢様、無駄話はその辺りで…」


「す、すみません…」


そこからはさすがの幹太も空気を読み、気まずい沈黙を続けたまま森の中を歩いて行く。


「あっ!遅いわよっ!カンタ!

逃げたかと思ってゾーイに探しに行かせちゃったじゃないっ!」


二人が馬車まで戻ってくると、馬車の前でクレアが仁王立ちして待っていた。


「すいません、クレア様。

つい景色に見惚れちゃって」


「ふふ〜ん♪そうでしょ♪

この辺りの海岸線はエイト・ブラザーズって言うのよ。

明るい時に来ると、八人のおじさんが踊っているように見えるの♪」


クレアは自慢げに薄い胸を張ってそう答える。


「じゃあもういいわね!出発よ、ゾーイ!」


「はい」


それから三人の乗る馬車は夜通し走り続け、日が昇る頃にはリーズ公国の首都、レイブルストークに到着した。

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