第71話 囚われの君?

「幹太さん…」


「どこにもいませんでした〜」


二人は店舗の外をぐるりと一周探した後、ひとまず幹太の部屋へと戻ってきた。


「…アンナ、落ち着くのよ…そう、まずは落ち着いてシャノンに連絡をして…。

シャノーン!!アンナでーす!!」


アンナは幹太の部屋の窓から身を乗り出し、王宮に向かって大声で叫ぶ。


「アンナさんっ!?ぜんぜん落ち着けてませんよっ!?」


突然の彼女の奇行に突っ込むソフィアも、いつもののほほんとした話し方ではない。


「す、すいません、ソフィアさん!

アンナ、ちょっと取り乱しましたっ!

え〜と、と、とりあえず下でシャノンに連絡を取ってきます」


アンナはソフィアを部屋に置いて下に降り、幹太がここへ住み始めてから設置された古い電話型の念話装置の受話器を手に取って、シャノンと書かれたボタンを押す。

これは一定の距離以内であれば、自分の魔法を使わなくても、決まった相手と会話ができるという便利なものだ。


『シャノン…シャノン…聞こえますか?

私は今、貴方の心に直接語りかけています…』


『うわっ!気持ち悪っ!

あ、あぁアナですか…?

念話装置など使ってどうしたんです?』


『シャノン、幹太さんがいません』


アンナはあえて簡潔に今の状況を説明する。


『…すぐにそちらに向かいます』


その頃二階では、ソフィアがじーっと幹太の部屋を観察していた。


『…幹太さんが私達に何の連絡もせずに姫屋を休むわけがないです。

やはりこれは王室がらみの誘拐でしょうか〜?』


一見アンナと比べて、ソフィアの方が落ち着いて見える。


『私の幹太を攫うなんて、絶対に許さない…』


しかし、内心はアンナ以上の怒りに染まっていた。

彼女は震えるほど強く拳を握りしめ、幹太の部屋の観察を続ける。


「…外から入ってくるとしたら〜」


まずソフィアが確認したのは、通りに面した窓の周辺だ。

彼女は窓際に置いてあるベッドに上がり、じっくりと窓枠をチェックする。


『えっと〜アンナさんが窓を開けた時は鍵も一緒に開けてましたよね…?

あと…開いていた玄関も特に壊れたりとかは無かったはず…。

ということは、幹太さんが招き入れたという事でしょうか…?

あっ!これは…髪の毛ですか〜?』


窓枠の次にベッドを観察していたソフィアは、その隙間に落ちていた長い赤毛を見つけた。


『確か…ビクトリア様の護衛のクロエ様が赤毛でしたね。

でも、クロエ様はもっと短い髪の毛です〜』


「ソフィアさん、シャノンと連絡取れましたよ」


と、ソフィアが髪の毛を拾ったところで、アンナが部屋に戻って来た。


「アンナさん、ベッドの脇にこれが落ちてました〜」


ソフィアは長い赤毛をアンナに手渡す。


「これは…?赤い髪の毛ですか?

身近だとクロエぐらいしか思いつかないですけど、長さが全然違いますね」


アンナはそう言って、手に持った髪の毛をピンッと張った。


「しかし、この時間になっても戻って来ないということは…」


すでに時間は、中央市場での開店時刻を過ぎている。


「やっぱり幹太さんは誰かに誘拐されたんでしょうか〜?」


「そう考えた方が自然ですね…。

でも、どうして婚約者が幹太さんだとバレたんでしょう?

私の婚約者の見た目はあまり知られていないはずなのに…」


「あの…アンナさん、かなり多くの皆さんに知られてると思いますよ〜」


「えぇっ!そうなんですか!?」


ソフィアの言う通り、この街でアンナの婚約者である幹太の顔はかなり多くの人に知られている。


「アンナさん、普段一緒にいる男性は幹太さんぐらいしかいませんから〜」


「あ〜そう言われてみればそうですね…」


アンナはガックリと肩を落として落ち込んだ。

これでは自分せいで幹太が攫われたようなものだ。


「もうっ!アンナさんのせいじゃありませんっ!

悪いのは、私達の幹太さんを攫った人です〜」


そう言って、ソフィアは落ち込むアンナの手を握った。


「ソフィアさん…」


バンッ!ドカッ!ドドドッ!


「アナっ!ソフィアさんっ!」


とそこへ、シャノンが階段をもの凄い勢いで駆け上がりやってきた。


「ハアッ!ハアッ!

や、やはり幹太さんは戻っていないのですかっ?」


「えぇ、残念ながら…。

さっそくですがシャノン、幹太さんがいなくなった理由について、何か思い当たることはありますか?」


「そうですね…もちろん自発的ではないでしょうし、誰かに攫われたと考えるのが妥当でしょう。

今、衛士隊の皆さんがこの付近で聞き込みをしています。

まずはその情報を待ちましょう」


「あの…シャノンさん、由紀さんは大丈夫でしょうか〜?」


幹太が行方不明と彼女が聞いたら、それはそれは動揺しただろうとソフィアは思っていた。


「あぁ、由紀さんはですね…」


アンナからの念話を受けた時、シャノンは由紀と共に女性衛士隊のトレーニングを行っていた。


「…すぐにそちらへ向かいます」


「シャノン?もしかしてアンナと話してた?」


「はい。幹太さんが部屋からいなくなったそうで…あっ!」


シャノンも動揺していたのか、何も考えず由紀にそう答えてしまっていた。


「えっ?いなくなったって?

幹ちゃん、どこに行ったの?」


「い、今はまだ行方不明としか…」


「そっか〜幹ちゃん、どこ行ったかわからないんだぁ〜。

あれっ…?なんか目が…」


事情を知った由紀の顔からは急激に血の気が失せ、その体がゆっくりと傾いていく。


「由紀さんっ!!」


「「「由紀お姉様っ!!」」」


正面にいたシャノンよりも早く、由紀が指導していた女性衛士達が彼女の身体を受け止めた。


「あぁ!おいたわしや由紀お姉様!」


「お姉様の大事な方がいなくなるなんてっ!」


「シャノン様!誘拐ですか!?それとも失踪ですか!?」


「芹沢様の浮気ならば…私がちょん切ります…」


一人の衛士がスラリと剣を抜いた。


「現時点ではまだ何もわからないのですから、まずは皆さん落ち着きましょう。

そうですね…貴方達は由紀さんをお願いします。

私はこれからアンナ王女の所へ向かいます」


「「「はい!了解です!シャノン様!」」」


それからシャノンは、全速力で馬を走らせてこちらにやって来たのだ。


「由紀さん、倒れてしまったんですね〜」


「由紀さんのことはあの子達に任せておけば大丈夫でしょう。

みんな心から由紀さんを心配していましたので…」


「由紀さん、お姉様って呼ばれてるんですね…」


アンナはそっちの方が心配だった。


「それでシャノン、先ほどソフィアさんがそこで髪の毛を…」


「赤毛ですか…?」


「私、ひとまずお茶を入れてきます〜」


そうして三人が落ち着かない気持ちで待っていると、しばらくして店舗の扉をノックする音が聞こえた。


「シャノン様ー!ご報告があります!

下に降りてきてくれませんかー!」


「了解です!いま降ります!

では、お二人も一緒に行きましょう」


三人が店舗の一階に降りると、女性衛士の一人がビシッと敬礼をしてから説明を始めた。


「シャノン様!昨晩、この辺りで女性が助けを求めていたようです!」


「何か事件があったという事ですか?」


「いいえ、そうではないようです。

周りの飲食店などでも聞き込みを致しましたが、女性が絡まれていたなどという事はありませんでした。

付近の病院にも、昨夜は病気や怪我で運び込まれた女性はいないそうです」


「となると…」


「えぇ、囮の可能性が高いかと…」


お人好しの幹太ならば、家の前で倒れている女性を放っておける筈がない。

先ほどのソフィアの推理と同様に、彼は自ら鍵を開け外に出たのであろうと二人は考えたのだ。


「しかし、王家の関係者を攫うということは…」


「はい、シャノン様、単純な金銭目的ではなさそうです…」


単純に金銭だけを求めるなら、そこそこの富豪を狙った方が、何かと都合が良いはずだ。


「私達と因縁があって、そこまで用意周到な人物…?

アナ、誰か思い当たる人はいますか?」


犯人は幹太の人柄を確認するためにしばらく彼を見張り、その上で計画を立て、実行に移している。

そこいらのチンピラの犯行でないのは明らかであった。


「慎重で王族の婚約者を攫うという思い切りもある人ですか?

ん〜?あとは…クロエのような赤毛…?

あっ!シャノン、もしかして!?」


「そうです、アナっ!彼女かもしれません!」


いくつかのヒントが繋がり、シャノンとアンナの頭にある一人の人物が浮かび上がった。


一方その頃、


『…あれ?ここ、どこだ?』


ゴトゴトとした揺れに、幹太は目を覚ました。

どうやら目隠しされているらしく、目の前は真っ暗である。


『俺、どうしてたんだっけか?えーと、確か…』


昨夜、幹太が仕込みをしていると、外から女性の悲鳴が聞こえたのだ。

大方の予想通り、彼はすぐさま家を飛び出して女性の元へ駆けつけた。

そして、そこでうずくまっていた女性に部屋で休ませてくれと頼まれたのである。


『そういやあれからどうなったんだっけ?

今は…こりゃ馬車っぽいな…」


こちらに来てから幾度となく体験している揺れに、幹太は自分が馬車に乗せられている事に気づく。


『っていうか…んんっ!?なんか喋れないし動けないぞっ!?

あぁ…こりゃまたビクトリア様かな…』


というように、幹太は早くも諦めモードだ。



しかしそこで、


「あら♪もう目が覚めたの?思ったより頑丈なのね♪」


という声がして、突然目隠しが外される。


「うっ!まぶしっ!あれ…?」


射し込む光に徐々に慣れてきた幹太の目に写ったのは、燃え盛るような赤い髪に赤眼の美少女であった。


「ビクトリア様じゃないっ!?」


「違うわよっ!」


予想と違う人物を見て驚いた幹太に、少女は鋭くツッコミを入れた。


「あ、あなたは誰?だ、誰ですか…?」


またもやパンイチにされていた幹太は、生娘の如く怯えながら少女に聞いた。


「私?私はクレア♪クレア・ローズナイト♪

リーズ公国のプリンセスよ♪」


幹太にとって衝撃の事実であった。

この世界のプリンセスは、今のところフィフティ・フィフティの確率で男を裸に剥く。


「えっと…それでクレアさんは…」


「ふふっ♪ク・レ・ア・さ・まっ♪」


「…クレア様はなんの御用で…ハッ、ハァッ、ハックション!」


幹太は馬車の窓からガンガン入ってくる風を浴びてクシャミをした。

なぜならパンイチだからである。


「えっとね♪うちの国でもあのラーメンって食べ物を作って欲しいの♪

もちろんこれからずーっとよ♪」


クレアは人差し指で幹太の胸元をなぞりながらそう言った。


「ま、マジで…」


「うん、マジで♪」


幹太はクレアの笑顔に目眩を覚えつつ、


『マジってこっちの世界でも定番になりそうだなぁ〜』


と、精一杯の現実逃避をしていた。

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