第58話 難題

翌朝、


アンナはローラから出された条件を、幹太とチームプロポーズのメンバー全員に伝えた。


「バザーで売り上げ一番にならないと婚約を認めないか…」


「はい…ローラお母様が主催のバザーでは、全てのお土産が売り上げを発表して、その中から寄付する決まりになっています。

お母様はそれを見越してこの条件をつけたのでしょう」


「えーとアンナ、私とソフィアさんとの婚約も認めてもらえないって事かな?」


円卓で幹太の隣に座る由紀が小さく手を上げてアンナに質問した。


「そうなりますね…そもそも現時点で一夫多妻は王族にしか認められていません。

もちろん、お二人のどちらかと婚姻は可能ですが、私達の目指しているのはその様な形の結婚ではありませんよね?」


「うん。そうだね、こうなったら以上、誰か一人だけが幹ちゃんと上手くいってもねぇ〜」


「私もそれはイヤです。

そうなるぐらいならば村に帰って一生独身でいます〜」


いまだ幹太ははっきりした返事をしていないが、三人の中では全員一緒に幹太にもらわれる事が決定している。


そして当の幹太と言えば、


「そうか、一番に…今のままのラーメンじゃ無理だろうな…」


と、すでに新しいラーメンの構想を始めていた。

基本的に負けず嫌いな幹太は、すでに婚約ではなく、出店する店舗の中で売り上げ一番になるという事に集中してしまっている。


『これはかえって良かったかもしれません♪』


アンナは正面に座り、ブツブツ言いながら考え込む幹太を見てそう思った。

女性に対して奥手な幹太に、正攻法で三人との婚姻を認めさせるのは正直言ってかなり無理がある。

まずはラーメンの売り上げ一番というところに集中してもらい、条件をクリアした後、なし崩し的に婚姻を認めさせれば良いのだ。


『必ず認めさせてみせます!

でも…もしかしてローラお母様はここまで計算されていたのでしょうか?』


一方その頃、ローラは王宮のキッチンでトラヴィスの朝食を作っていた。


『アンナちゃん、そろそろみんなに話したかしら♪』


ローラは笑顔でサラダを盛り付けながらそう思っていた。


「幹太君はラーメン屋さんが大好きみたいだったから…」


アンナの思う通り、ローラの企みとはバザーで一番という条件を付ける事により、幹太に三人との婚約への意識を薄くさせる事であった。


『そうね…男の子としては合格だったわ♪』


ビクトリアに幹太の監視を頼まれたローラは、ビクトリアほど邪悪ではないにしろ、彼がアンナや他の二人の婚約者に相応しいがどうか品定めする目的で姫屋を手伝っていた。

商売に対する一生懸命さや、アンナや自分に対する優しい態度から、彼女達の結婚相手としては合格点に達している。


しかし…、


『でも…何のキッカケもなく君達全員と結婚するって言える子でもなかったのよね…♪』


そもそも張り切ってそんな事を言うような男の所に、自分の娘を嫁にやるのは嫌だ。


「…そうね、トラヴィスぐらい奥手なのがちょうどいいのよ」


ジュリアの強引な説得によってトラヴィスとの三人での結婚に成功したローラは、トラヴィスと同じ様なタイプである幹太も、女性からのアプローチに弱いであろうと踏んでいた。



『彼ならまずお店の事に集中するはず…。

三人の事は大好きそうだったから、きっと結婚の話はその後で大丈夫だわ♪』


そう思い、ローラは今回の条件を提示したのだ。


「簡単な事じゃないけど…頑張ってもらいたいわね」


母として娘の旦那さんになる人になんとかこの難関を越えて欲しい。

ローラは心からそう思っていた。


そして数日後、


「「「いらっしゃいませ〜♪」」」


ローラにそんな婚約の条件を付けられて以来、幹太達はブリッケンリッジの中央市場で毎日姫屋を開いていた。


「うう〜ん、やっぱりイマイチだなぁ」


「そうですか?今日はけっこうお客さんが多い気がしますけど…」


「でも餃子だけのお客さんもいました〜」


この市場での出店は基本的に幹太、アンナ、ソフィアの三人で営業していた。


「ちょっと麺を変えたんだけどなぁ〜」


「えぇ、今日から中太ちぢれ麺です」


幹太はアンナと話し合い、牛骨醤油角煮ラーメンの麺を細いストレート麺より、よくスープが絡む中太ちぢれ麺に変更していた。


「意外にこっちの方が合ってたんだよ」


「牛骨スープが思ったよりさっぱりしてましたからね」


「お客の感触もいいんだけど…」


幹太はそう言って周りを見回す。

お昼をちょっと過ぎた市場の屋台村は徐々にお客が引き始めていた。


「あそこの麺屋と同じぐらいか…?」


「もしかしたら向こうの方が忙しいかもしれません…」


幹太とアンナははす向かいの屋台を見た。

そこはアンナが幹太を初めて市場に連れてきた日に食べた、米粉麺のお店である。

市場で働く人達は、食事に時間をかけられない人も多く、素早く食べれる麺の料理の屋台は人気がある。

この店や姫屋の他にも麺を扱うお店はいくつかあった。


「あそこのお料理とこちらの餃子を食べているお客様もいましたね〜」


幹太とアンナの後ろで洗い物をしていたソフィアが何の気なしにそう言った。


「う、うそだろ…?

それはショック!俺!めっちゃショック!」


「アンナもめっちゃショックです!」


姫屋ベテラン組のアイデンティティ崩壊の危機である。

このブリッケンリッジ中央市場の屋台村は、好きなお店で食べ物を買ってきて、中央にある公共のテーブルで食べるという、日本で言うフードコートスタイルの屋台村だ。


「確かに組み合わせは自由だけど、麺と餃子で別の店って!?そんなの聞いた事ないよ!」


「えぇ、短い間しか日本に居なかった私でもそう思います」


「もしかしてこれはサースフェー島以来の難関だぞ…。

いや、今までで一番かも…」


幹太は今更ながら、ローラに突きつけられた条件の難しさを知った。


「ソフィアさん、お客さんは何か言ってませんでしたか?」


「う〜ん、これと言ってラーメンが美味しくないとかは聞いてませんね〜

というより、餃子って美味し〜って言ってる人がたくさん居ました♪

こちらのラーメンもお向かいのお店の麺も、皆さん淡々と食べている方が多かったと思いますよ〜」


「う〜ん、なんだ?どういう事なんだ?

どちらの麺も大差はないって事なのか?」


「米粉麺が好きな人が多いのでしょうか〜?」


「いや、今回のうちのラーメンだってこの町の人に合わせて作ったはずなんだよ」


「私も違和感なく食べれるように

麺を作ったつもりなんですが…」


「とりあえず明日はもう少し多めに餃子を仕込んでこよう。

そんでラーメンは…ん〜どうしたもんかな〜?」


というように、ここ数日これと言った改善策は見つかっていない。


結局その日も姫屋はあまり繁盛せず、三人は市場を後にした。


「幹ちゃん!明日は私がお手伝いに行くよ!」


王宮に帰り、幹太が片付けをしていると、由紀が屋台にやって来た。

明日はアンナがシャノンと共に公務のため、姫屋に出ることができない。


「あぁ、助かるよ…」


「あら?幹ちゃん、なんだか元気ない?」


「うん。ちょっと壁にぶつかっちゃってな」


「そうなんだ…でも、お店がヒマな訳じゃないんでしょ?」


「そうだけど…うちの餃子を買って、麺は他で買うってお客が居たんだ」


幹太はそう言ってうなだれた。


「ん〜そっか〜。確かにそれはショックだったね〜幹ちゃん」


由紀がたはは〜と苦笑しながら幹太の背中をさする。

幹太も幹太で、若干そちらに側に体重を預けて、されるがままにしていた。

この辺は幼馴染ならではの気安さである。


「どうかな、由紀?何か分かる事あるか?」


「いや、さすがに分かんないよ。

明日、お店に出てみたらなんか分かるかもだけど」


「そっか、そうだよな。じゃあ明日よろしくな」


「うん。幹ちゃんはこの後仕込み?」


「あぁ」


「そう。私は先に戻って大丈夫?」


「うん、大丈夫」


「りょーかい。それじゃ後でね〜」


由紀はそう言って王宮に戻って行く。


「そっか、明日は久しぶりに由紀と一緒か…」


アンナが日本に来る前、由紀はよく幹太の店を手伝っていた。

いつも元気な由紀はお客のからの評判も良く、一時期は幹太の屋台の看板娘だった事もあるのだ。

今となってはアンナも相当のものだが、手際の良さだけで言えばまだまだ由紀に軍配が上がる。


「由紀なら本当になんか分かるかもな…」


そんな期待をしつつ幹太はプライドを捨てて、昨日より多めに餃子を巻くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る