第57話 母親とは
それから二日間、幹太達は同じ場所で営業をした。
結果として、今回のブリッケンリッジの青空市場おける姫屋の売り上げはとても微妙な金額で終わった。
仕入れなどお差し引いても、いくらか儲けはあったものの、次回の仕入れを考えると決して余裕のある金額ではない。
「客足が悪い訳じゃないんだけどな…」
「はい…今まで違う気がします」
青空市場での二日目の営業を終え、
幹太とアンナ、そして昨日に引き続き手伝いをかって出たローラの三人は、王宮までの帰り道を姫屋のキッチンワゴンに乗ってゆっくりと進んでいる。
「アンナちゃん、違うっていつもはどんな感じなの?」
「う〜んそうですね〜、これまでならば初日はもっとお客さんが途切れないんです。
それこそ必死でラーメンを作り続けて、気付いたらスープが無くなってるって状態でしょうか…?」
「そうなんだよなぁ〜、初日の開店後しばらくは忙しかったけど、夕方の閉店間際はポツポツ程度だったもんなぁ」
幹太とアンナがそう言って馬車の荷台に座るローラの方を振り返ると、彼女は空を見上げて何かを考えていた。
「ローラお母様?」
「ん〜そう…あっ!ごめんなさい!ちょっとボーっとしちゃったわ。
なるほどね、いつもはもっとたくさんお客さんが来てくれるのね」
「えぇ、そうなんです。
ローラ様は僕達と働いていて、なにか気づかれましたか?」
「そうねぇ〜、みんな美味しそうに黙々と食べてたわね。
だからラーメンの味は心配いらないんじゃないかしら?」
「そうですか。
なんだろうな〜?餃子はめちゃくちゃ出たんだけど…」
「ですねぇ〜、今日も餃子が先に売り切れました。
しかも二日続けて餃子を買い来たお客さんもいらっしゃいましたよ」
二人の言う通り、今回の営業での姫屋の一番人気は餃子だった。
あまりに注文が入る為、ローラには二日間、餃子焼き専門で働いてもらっていたぐらいだ。
「あの最後にバリバリって餃子を剥がすのが楽しいのよね〜♪」
幸いローラは餃子焼きの仕事が気に入ったらしく、二日間とも笑顔で働いていた。
「お母様、本当に助かりました。
ありがとうございます」
「ありがとうございます、ローラ様」
アンナと幹太はそう言って頭を下げる。
毎日王宮のキッチンで働いている彼女は、ラーメンの店員としても超一流であった。
「どういたしまして。
こちらこそ、アンナちゃんの旦那さんになるかもしれない人と働けて良かったわ♪」
そんなローラがニコニコと笑顔で爆弾を落とした。
「えぇっ!ローラ様!ご、ご存知だったんですかっ!?」
幹太はめちゃめちゃ焦った。
先ほどまで仕事に没頭して、すっかりその事を忘れていた。
よく考えたら今の自分は、アンナの他に二人からプロポーズを受けて保留している身だ。
それに加えて、その三人共と結婚する可能性もあるという、以前に増してクソ野朗なのである。
「ほ、本当に申し訳ありません。
自分は…その、女性にここまで好意を持ってもらえたのが初めてで…。
あの…ちゃんとお返事するので、もう少しまっていただけたらと…」
自分の発言の情けなさから、消え入るように幹太が言う。
「あら、アンナちゃんじゃダメって可能性があるの?
そんなっ…ヒドイ…あぁっ!オヨヨ〜」
ローラはかなりわざとらしく荷台に倒れる。
「いえっ!ダメじゃな…」
それを見た幹太が思わずそう言いかけたところで、アンナが助け船を出した。
「もうっ!お母様!
あんまり幹太さんをからかわないで下さいっ!
気にしないで下さいね、幹太さん…」
アンナにそう言われても、精神のキャパを超えた彼の表情は青ざめたままである。
「ウフフ♪なんてね、冗談よ♪
そうね…幹太君、みんな素敵な女の子だから、できればいいお返事してあげて下さいね♪」
「はい!善処致します!」
「それは私からも是非お願いします!幹太さん!」
ドタバタとそんな話をしてい内に、気づけば馬車は王宮に到着していた。
そして夕食後、
幹太は今回のイマイチな反応を受け、再び牛骨醤油角煮ラーメンの改良をしようと王宮の厨房を借りていた。
「餃子が人気か…確かに親父のレシピは美味いけど…何でだろ?」
「豚肉だからじゃないですか?」
「アナ、それを言ったら角煮も同じ豚肉です」
幹太の隣にはアンナとシャノンが居た。
由紀はまだ具合の悪いソフィアの看病をしている。
「だよなぁ〜。お客の反応もラーメンをを食べている時より、餃子を食べている時の方が一心不乱って言うか…テンションが高いというか…」
いままで幹太達がこちらの世界で屋台を開いた時は、大抵のお客は色々とラーメンの感想を漏らしつつ、がっついてラーメンを食べていた。
しかし今回の青空市場のお客はそうではない。
むしろ先日の中央市場での営業の方がお客の受けが良かったぐらいだ。
「王都の人達がおとなしいだけって訳じゃないよな、アンナ?」
「はい。むしろこの世界では比較的まだ活気の残っている町ですね」
「そうか。ん〜どう改良したものか」
お客がそこそこ入っている今の状況では、根本的な理由が分からない限り、さすがの幹太にも大きな改良をする勇気はない。
調理台に並ぶラーメンスープの食材を前に、三人はどうする事もできなくなっていた。
とそこへ、
バンッ!
「お邪魔するぞっ!!」
大きな音を立てて扉が開き、いつもの制服を着たビクトリアが厨房へ入って来た。
「お、お姉様どうしたんですか!?」
まだ幹太の事をキチンと説明していないアンナは焦った。
「お姉様…厨房なのですからもっと静かに入って来て下さい」
一方、シャノンはいつも通り冷静だ。
「芹沢幹太っ!
ローラお母様から聞いたぞ!
貴様のラーメンとやらはまったく人気がないらしいな!」
「えっ!?いや、まったくという訳では…」
「私の可愛いアンナをそんなヤツと結婚させる訳にはいかん!!」
「おっ、お姉様!?誰からその話を!?
まさか、シャノン!?」
「いいえ、アナ。私ではありません」
「ローラお母様から聞いたのだ!
ということで!私は貴様とアンナちゃんの婚約は認めん!絶対にだっ!
ではなっ!」
ビクトリアは一方的に酷い言いがかりをつけ、厨房を去って行ってしまう。
「す、すごいなビクトリア様」
「えぇ、我が姉ながらいつも驚かされます…」
「シャノン…どうしましょう?
お姉様、婚約を認めないって…」
ポカンと呆気に取られる幹太とシャノンとは違い、アンナは深刻な表情だ。
「大丈夫ですよ、アナ。
お母様がアナの都合が悪くなるような事を言うわけがありません。
大方、お姉様が勝手に言っているだけです。
まずはキチンとお母様に聞きいて確認しましょう」
そう言われてみれば、先ほどローラはできればいいお返事をと幹太に言っていた。
「え、えぇ、ですね…。
幹太さんすみません、そういう訳でちょっと行ってきます」
「お、おう、分かった」
アンナとシャノンは今だ状況について行けない幹太を置いて、急いで王宮の裏庭にあるローラの私室を訪れた。
「ローラお母様!姉様になんて言ったんですか!?」
部屋に入ってすぐにアンナがそうローラを問い詰める。
「あらあら、ちょっと落ち着いてアンナちゃん♪
まずはここへ座って、お茶でも淹れましょう♪」
「母さん、私が淹れます」
そう言ってシャノンがキッチンへと向かう。
「それで、ビクトリアちゃんはなんて言ってたの?」
「幹太さんのラーメンは人気がないから婚約は認めないって…」
シャノンがお茶を入れている間に、少し落ち着いたアンナが悲しげに言った。
「ん〜でもそれは私が言った事とあまり変わりないわね」
「えっ!?」
アンナは驚いた。
いつも優しいローラが、まさか自分に不利な発言をするとは夢にも思っていなかった。
「ろ、ローラお母様…?なぜあんなことを…?」
「そうですよ母さん。
幹太さんは決して悪い人ではありません」
とここで、お茶を淹れ終わったシャノンも話しに参加する。
「そうね、悪い人じゃないのは分かってるわ。
アンナちゃん達と上手く行けばいいとも思ってる。
でもね…」
ローラは不安そうな二人に、ゆっくりと噛み砕くように話し始めた。
「えーと、アンナちゃんはたぶん女王様にはならないでしょ?」
「はい」
ビクトリアがいる限り、アンナが女王になる可能性はほとんどない。
「それで…幹太君は由紀さんとソフィアさんからもプロポーズされているのよね?」
「えぇ、そうです。
でもお母様…?どこで由紀さんとソフィアさんのプロポーズの事を…?」
「私だって一応王妃ですから♪
その気になればいくらでも情報は入ってくるのよ」
ローラはそう言ってパチンとウィンクをした。
「だからね、もしかしたら国費で生活できなくなるかもしれないじゃない?」
「えっ?」
「あぁ、なるほど…」
アンナはピンと来ていないようだが、シャノンには実の母親が言っている意味がよく分かった。
元々貴族のジュリア王妃とは違い、ローラは王宮の食堂に勤める一般市民の娘である。
「私もね、いざという時にトラヴィスが困らないようにと思って…」
国政に関わらないと決めていた自分には国費で生活する権利はない。
そんな事をしていたらきっとトラヴィスとジュリアに迷惑がかかる。
結婚当初のローラはそう考えていた。
「だからね、シャノンと私が生活できるだけの収入は自分で稼がなきゃって思っていたの…」
結婚前から王宮の食堂で働いていたローラは、ジュリアやトラヴィスの反対を押し切って、そのまま仕事を続けた。
今となっては慈善事業や自然保護などの活動をして国費からの援助もあるが、それは王妃としての給料ではないのだ。
「もしアンナちゃんと他の二人が幹太さんのところにお嫁にいって、生活が苦しくなったらと思うと…。
だから今の状況じゃ手放しに賛成とはいかないの…」
愛する娘やその友人には幸せになってもらいたい。
ローラは母親として当然の判断をしたのだ。
「そ、そうですか…。
でもお母様、それなら私はどうすれば良いのでしょうか…?」
アンナはいまさら他の誰かと結婚する気など毛頭無い。
「このままだと私は一生独身のままです…」
プリンセスアンナ、若くして切実な危機である。
『おばさま〜、なんでも買ってくれるからだーい好き♪』
すでにアンナの頭の中では、ビクトリアの子である甥っ子だか姪っ子を、必死で可愛がる自分の姿が浮かんでいる。
「あら、幹太さんと結婚する方法ならあるわよ」
そんな悲惨な未来を想像し落ち込むアンナに、あっけらかんとローラは言った。
「四人で力を合わせて、今の屋台を私とビクトリアちゃんを納得させられるラーメン屋さんにすればいいのよ」
「しかし納得させるだけと言っても…母さんだけならまだしもビクトリア姉様もとなると…」
「その辺りは大丈夫。
もし私が納得できるようなら、ちゃんビクトリアちゃんを説得してあげるわ」
「で、ではローラお母様…その納得していただける条件とは…?」
アンナは恐る恐るローラに聞いた。
このスーパー奥様は王宮のキッチンの収入だけでも半端じゃない。
さらに新しい調理器具の開発や販売などでの副収入もあるのだ。
自分の自由になるお金は、国王のトラヴィスよりも多いかも知れない。
「そうね〜どうしましょうか?
ん〜じゃあ今度の王宮主催のバザールで、売り上げが一番になったらというのはどうかしら?」
王宮主催のバザールとは、ローラの行っている慈善事業の一つで、出店した人はその日の売り上げの何パーセントかを恵まれない子供達に寄付するというものだ。
「い、一番ですか…」
「母さん、それは厳しいかと…」
「もちろん飲食店での一番ね♪
ダメよ〜、この条件が越えられないようじゃビクトリアちゃんだって納得しないわ」
「ですが…」
「母さん、もう少し…」
などとその後もアンナとシャノンは色々と交渉を試みたが、ローラが条件を譲る事はなかった。
深夜、
二人と話しを終えたローラは寝室で日記をつけていた。
『あのままじゃ進展しそうになかったからね』
そう、ローラはなにも意地悪で幹太との婚約を反対していた訳ではない。
経済力の話も半分ぐらい本気だったが、本当の理由は、いつまでもビクトリアの様子をうかがって話を切り出せないアンナを後押しするためであった。
「あとは幹太さんが気づかなければ大成功なのだけど…」
実は彼女にはあと一つ、密かに企んでいる事があった。
「ん〜私も久しぶりにワクワクするわ♪」
あれはジュリアと共にトラヴィスに結婚を申し込みに行った日。
『トラヴィス!私と彼女どっちが好きなの!?それとも両方!?』
とド直球で聞いたジュリアに、
『りょ、両方…』
と真っ赤になって答えたトラヴィス顔を今でも鮮明に覚えている。
『それじゃ私達二人と結婚して!いいわね!』
『はい!』
自分は一言も言わずに結婚が決まったのは、今となってはいい思い出だ。
『ふふふっ♪
アンナちゃん達にも幸せになってもらいたいわ。
あっ!でもそうしたら、いったい私は何人の子のお婆ちゃんになるのかしら?』
そんな幸せな想像をしながら、彼女は今日の日記のページを閉じるのだった。
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