第56話 スーパーアルバイターローラ
それから数日後、
休日のブリッケンリッジ中心部に姫屋の屋台は出店していた。
ここは役場があらかじめ設置した屋台に、店主が設備や商品などを持ってきて商売する方式の青空市場だ。
「い、色んなお店があるなぁ〜」
「そ、そうですねぇ〜、
私も久しぶりに来ましたけど、だいぶお店が増えてますね〜」
幹太とアンナは朝の仕込みを終え、開店前に屋台の並ぶ青空市場を歩いていた。
この青空市は週末に開かれる休日限定のもので、朝から多くの人が訪れている。
「あ、アンナ、あそこにパン屋があるぞ…」
「か、幹太さん、あっちにはお洋服が売ってます…こ、こっちには食器も…」
先ほどから二人は何故かギクシャクしながら、人混みの中を歩いていた。
その原因は、二人の後ろをニコニコしながら付いて来る女性にある。
「お二人はとっても仲良なのね♪」
「は、はい!」
「え、ええ、いつもこんな感じです、ローラお母様…」
そう、彼女はローラ。
ビクトリアにアンナと幹太の見張りを頼まれた、シャノンの実母であり、アンナの義理の母である。
「んー♪久しぶりにお城の外に出たわ♪
しかも屋台でお店ができるなんて、なんだかワクワクしちゃう♪」
幹太とアンナの気も知らず、とてもご機嫌なローラは今にも踊り出しそうな勢いだ。
「な、なぁ、アンナ、ホントに連れて来ちゃって大丈夫だったか?
あの人、王妃だよな…?」
「いえ、お母様は肩書き的には王宮の副料理長です。
ソフィアさんの代わりにお手伝いしてくれると言ってましたので、たぶん大丈夫かと…」
「フッフッ〜ン♪ラララ〜♪」
ローラはそんな幹太とアンナに構う事なく、ついには鼻歌まで歌い始めた。
それは今朝のこと、
幹太が今日の出店に向けて朝の準備をしていると、少し顔を赤らめたソフィアが部屋から出てきた。
「ぉばようござぃます〜、
ずみまぜん、ガゼを引いてしまいました〜」
彼女はフラフラしつつ、いつもの優しい声とは比べ物にならないガラガラ声でそう言った。
ソフィアは幹太への告白以来、妄想が捗ってあまりしっかり睡眠を取れていなかったのだ。
「そっか、んじゃソフィアさんは今日はゆっくり寝ててくれ」
「ぞれだと屋台が〜」
「大丈夫、店は由紀かシャノンさんに手伝を頼むから心配しないで」
幹太はそう言って部屋を出て、由紀の部屋に向かった。
「あ〜ゴメン。今日はダメなんだよ、幹ちゃん。
お城の女の子達にラクロスを教える約束なの」
由紀は残念そうに手を合わせ、幹太に謝った。
「シャノンも一緒の予定だから、手伝えないかも。
幹ちゃん、お店は大丈夫?なんなら予定変えてもらうけど…?」
有り難いが、せっかくの由紀の休日の予定を変更させるのは忍びない。
「ん〜、とりあえずアンナと相談してみる。
アンナがどうしてもダメだったらお願いするよ」
「わかった。そうなったら遠慮なく言ってね」
「うん、ありがとう」
幹太が由紀の部屋を後にしてキッチンワゴンのある中庭までやって来ると、屋台の中にアンナとは別にもう一人の人影が見える。
「おはよう〜アンナ」
「あっ、幹太さん、おはようございます」
「あら、おはようございます♪」
アンナの隣に立つ黒髪の小柄な女性が、ニッコリ笑って幹太に挨拶をした。
「お、おはようございます。
アンナ、こちらの人は誰かな?」
「そういえば幹太さんは初めてでしたね。
こちらはローラお母様。
今日は屋台を見学にいらしたそうです」
「はじめまして、芹沢幹太…さん?幹太君でいいかしら?
よろしくお願いしますね♪」
「し、失礼しました!
も、もちろん幹太で大丈夫です!
こちらこそ宜しくお願いします。
いつも王宮の設置を使わせていただいてありがとうございます!」
幹太はカチンコチンに緊張しながら新入社員ような挨拶をした。
アンナの言う通り、彼は今日初めてローラに会ったのだ。
トラヴィス王にシャノンの母である第二夫人がいることは、先日ソフィアから聞いている。
しかし、目の前で腕まくりをしてエプロンドレスを着ている女性は、とてもじゃないが王族には見えない。
「でも、屋台ってすごいのね〜♪
こんな小さなスペースにキチンと全てが使いやすく揃ってるわ。
あら?このお鍋には蓋はどうなっているのかしら?」
「そ、それは移動中に固定できるようになっています!」
ローラは王宮の厨房で働いているだけあり、キラキラと目を輝かせながら矢継ぎ早に幹太へ質問をしていく。
「あ、そうだ!アンナ、ソフィアさんが風邪引いちまって今日はダメそうなんだけど、二人で大丈夫かな?」
幹太はローラの質問の隙間をついて、アンナに事情を説明した。
「あ、そうなんですか…。
ん〜、まぁ元々いつも厨房は二人ですけど…」
「うん。でも今回は忙しくなったらキツイかな…?」
「えぇ、休日の青空市ですからちょっとキツいかもしれませんね…」
「そっか。そんじゃしょうがない、由紀に頼むか」
「あっ!幹太君、ちょっと待って!」
幹太が王宮へ戻ろうとするのをローラが引き止めた。
「お手伝いなら私がやります♪」
「えっ!ローラお母様が!?
今日のお仕事はいいのですか?」
「えぇ♪大丈夫よ、アンナちゃん。
最初から今日はお休みで青空市に行く予定だったから♪」
「そ、そうですか…。
幹太さんもそれで大丈夫ですか?」
「う、うん、もちろん。た、助かります」
とりあえず一般市民の幹太に、この国トップクラスの偉い人の好意を断る度胸はない。
「それは良かったわ♪
それで、いつ頃出発するのかしら?もう準備は大丈夫?」
「はい、後は俺…僕が持ってきた餃子を積んで終わりです」
幹太は王宮の厨房で餃子を冷凍してもらっていた。
「あっ、アレね。
実はちょっと気になってたのよ。
できたら後で試食させてもらえるかしら?」
「は、はい、もちろん。
でも、まずは青空市場に出発しましょう」
「「はーい」」
そうしたやり取りを経て、三人はこの青空市までやって来ていた。
「ア、アンナ、そろそろ屋台に戻ろう…」
「ですね〜。お母様ー!屋台に戻りますよ!」
「は〜い。やっとラーメン屋さんができるのね♪楽しみだわ♪」
すでにローラはビクトリアに頼まれた当初の目的を忘れ、新しい料理への興味が百パーセントであった。
「今回は牛骨スープなので、細いストレート麺にしてみました!」
アンナが自信に満ちた笑顔で麺箱から麺を取り出す。
基本的に味がドッシリしたスープには細いストレート麺の方が良い。
博多豚骨ラーメンなどが代表的だが、麺にスープが絡み過ぎず、味がしつこくならないのだ。
「おう、試食の時も相性バッチリだったもんな」
「これは…すごく黄色い麺なのね…」
ローラは初めて見るラーメンの麺に興味津々だ。
「ローラ様、一杯食べてみますか?」
幹太も開店前だけあって気合いが入り、ローラに必要以上の気を使わなくなっていた。
「まぁ♪よろしいのですか?」
「はい、ぜひ」
「では、一杯いただきますね♪」
今回の姫屋のラーメンはジャンルとしては牛骨醤油ラーメンだ。
「細麺だから茹で時間に気をつけて…」
幹太は麺をよくほぐし、ボコボコと音を立てて沸騰するお湯へと入れた。
今回は小さな屋台での営業の為、タボと呼ばれる特殊なザルでなく、柄の付いたL字型の平たいザルを使って麺を上げた。
「んで、スープを…」
スープを軽くかき混ぜた後、柄杓すり切れいっぱいまでスープを掬い、あらかじめ特製の醤油ダレを入れておいた丼に注ぐ。
牛骨スープは牛のダシ特有の臭みもなく、パッと見は普通の鳥ガラや魚介系のラーメンスープと大差はない。
「よし、じゃあ麺をあげるよ〜」
「はーい、どうぞ〜」
幹太は見事に平たい麺ザルで麺を掬い、チャッチャッチャッっと手早く湯切りをして、スープの入った器に流し入れた。
「アンナ、よろしく!」
「はいっ!」
続いてアンナがラーメンの上に具を乗せていく。
「まずはメンマとほうれん草と味玉を乗せて〜」
アンナは滑りやすいゆで卵も器用に菜箸で挟んでラーメンに乗せる。
メンマはソフィアの故郷、ジャクソンケイブのタケノコを塩漬けにしておき、王都まで持ってきていた。
そして味玉は幹太が前日にチャーシューのダレに漬け込んでおいたものだ。
「最後にこれを乗っけて完成です♪」
アンナはそう言って調理台の端にあるタッパーから、大きな豚バラのブロック肉を取り出してラーメンに乗せた。
そう、今回のメインの具は豚の角煮である。
幹太は牛骨スープのラーメンを作るにあたって、何かパンチの効いたトッピングはないものかと考えていた。
「う〜ん、やっぱり肉っ気が欲しいんだけど…なんかいい案はないかな?」
幹太は数日前の試食会に集まった、いつもの女子四人に聞いてみた。
「でも幹ちゃん、ラーメンの定番はチャーシューじゃないの?」
「私は牛串が乗せたらいいと思います。」
「思い切って豚肉を揚げてみるのはどうでしょう〜?」
由紀、シャノン、ソフィアの三人がそう提案するが、どれも今ひとつピンとこない。
由紀の意見は定番すぎるし、シャノンの案は当たり前だが串が邪魔。
最後のソフィアの案は、すでにサースフェー島で作っている。
「お肉ですか…」
そんな中アンナだけがすぐに意見を言わず、うんうんと頭を悩ませていた。
「ん〜、あっ!幹太さん、いつかの麺の太いラーメンに乗っていた四角いお肉はどうでしょう?」
「麺の太いラーメン…?」
幹太は日本でアンナと食べ歩いたラーメン屋を、一つ一つ思い出す。
「うん?喜多方ラーメンか?
でも確か…二人で行った喜多方ラーメン屋は刻みチャーシューだったような…?」
「違います!ラーメンって名前じゃないラーメンです!」
「ラーメンって名前じゃない…?
つけ麺かな…?」
「そんな名前じゃなくて…オーキ?ドーキ?とかなんとか…」
「おお!ソーキそばかっ!」
「あ!それです!」
ソーキそばは言わずと知れた沖縄のそばである。
そばといっても鰹など和風の出汁だけでなく、豚骨で出汁をとるスープであったり、かんすいを使って麺を打ったりする、限りなくラーメンに近いソーキそばも存在する。
「ラフティーか…それ、いいかも…」
ソーキそばの定番の具は、泡盛や醤油などで豚の三枚肉を煮た沖縄風角煮、ラフティーだ。
「あれなら牛骨スープに負けない。
よし、アンナ!それでいってみよう!」
「アンナやりました!採用です♪」
それから幹太は数日をかけ、牛骨ラーメンに合う豚の角煮を完成させた。
こちらの世界には泡盛がないため、普通の醤油や酒などで仕込んだ中華風の角煮である。
そして幹太は再び女性陣を集めて試食会を開いた。
「どうかな…?」
牛骨スープや角煮など初めて尽くしのラーメンに、さすがの幹太も自信なさげである。
「美味しいですよ!」
「牛串ではないですが、この角煮も美味しいです」
肉好きのアンナとシャノンは速攻で高評価を下す。
「はい〜美味しいと思います〜♪」
「うん…美味しい…と思う」
残る二人のうちソフィアには好評のようだったが、最後の由紀だけはなんとなく微妙な表情をしていた。
「由紀、なんか気になるとこあるか?」
「ううん美味しいよ、幹ちゃん。
ん〜だけど…なんだろ?」
「お、美味しいのは確かなんだな?」
珍しく歯切れの悪い由紀に、不安になった幹太は恐る恐る聞いた。
「うん、美味しいよ…ちゃんと美味しい。
だから…お店で出しても大丈夫だと思う」
と由紀は最後まで歯切れの悪い様子だったが、概ねの好評を得て、幹太はひとまずこの牛骨醤油角煮ラーメンで勝負してみることにしたのだ。
「ではローラお母様、どうぞ召し上がって下さい」
「はーい♪ではいただきますね♪」
ローラは早速、牛骨醤油角煮ラーメンを食べ始めた。
「うん…しっかりアク取りもしてある…。
きちんと手間をかけているわね♪」
「よ、良かった〜」
国王様の料理番とも言えるローラの言葉を聞いて、幹太はホッと胸を撫で下ろす。
「豚バラは…あ〜八角の香りがする。柔らかくて美味しいわね。
アンナちゃんの麺もコシがあって美味しいわ♪」
「やりました!ローラお母様から高評価です!」
「ん〜けど…」
と、それまでニコニコとラーメンを食べていたローラの顔が少し曇った。
「な、何かありましたか?ローラ様…?」
そんなローラにちょっとビビりつつ幹太が聞く。
「いいえ、大丈夫よ。
幹太さん、これがラーメンなのよね?」
「はい。いくつも種類がある多様な料理なので、これもラーメンと言っていいと思います。」
「そう、分かったわ。
幹太さん、その内また違う種類のラーメンも食べさせて下さいね♪」
「はい、もちろん。
よしアンナ!そいじゃー開店しようか!」
「はい!では姫屋開店でーす!」
そうしていつもの様に、アンナが軒先に暖簾を掛けて、本日の営業を開始した。
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