第43話 猪突猛進

数日後の朝、


由紀が王宮の客間で目を覚ますと、隣のシャノンの部屋が何か騒がしい事に気がついた。


「ふぁ〜これはひょっとして幹ちゃん達が見つかったのかな?」


そう思った由紀はすぐに立ち上がり、身支度を整えてシャノンの部屋に向かった。

彼女がシャノンの部屋の前まで来ると、扉の向こうからビクトリアとシャノンの声が聞こえてくる。


「とにかく情報の真偽を…」


「いや、私が直接…」


どうやら彼女の予想は当たっているようだった。


ゴンゴン!


由紀はいつもより強めに扉をノックした。


「おはようございます、ビクトリア様、シャノン。

もしかしてアンナが見つかったんですか?」


由紀がそう行って部屋に入ると、中ではシャノンが暴れるビクトリアを羽交い締めにしていた。


「お、おお!由紀さん、おはよう!

早速で悪いが由紀さんもシャノンを説得してくれ!」


「おはようございます、由紀さん!私からもお願いしまします!一緒にビクトリア姉様を引き留めて下さい!」


二人は揉み合ったまま挨拶をして、そのままズリズリと由紀に向かって近づいて来る。


「えと…まずは落ち着いて、何があったのか説明して下さい…」


由紀にそう言われたシャノンがビクトリアから手を離し、三人は窓際にあるテーブルのイスに座った。


「それでシャノン、何があったの?」


「先ほどムーア導師から報告がありました。

どうやらアナ達はバルドグラーセン山脈を越えて、こちらに向かっているようです」


「そうなんだ!良かったー♪」


しかし、アンナの無事が確認されたにもかかわらず、由紀の向かいに座るビクトリアは深刻な表情をしている。


「導師の報告だと途中の町で何やら屋台を開いていたらしくてな。

その町の役人から報告が上がってきたようなのだ。

あぁアンナ、可愛そうに…きっと路銀が尽きて嫌々働いているに違いないんだ!」


お姉ちゃんは今にも王宮を飛び出しそうな勢いだ。


「シャノン、他に何か情報はなかったの?」


「あとは…三人で旅をしてるというお話でしたね」


「三人…?途中で助けた人かな?」


「えぇ、たぶん」


「どの辺まで来てるとかは?」


「報告があった町からはあと数日といった所でしょうか…?

しかし、途中で屋台を開いているとなると、どのぐらいかかるのか予想がつきませんね」


「そっか…三人だと宿代とかもかなりかかるもんねぇ」


先ほどから由紀とシャノンは冷静に話をしているが、ビクトリアだけはガジガジと爪を噛んで落ち着きがない。


「大体なぜその役人もアンナをすぐに保護しないのだ!

あの子はこの国の宝だぞ!」


「姉様…アナは国宝でなく王女です。

その役人だって、まさかアナが屋台で働いているとは思いませんよ」


「うん。でもアンナって、日本にいたからお姫様とは思えないほどラーメン屋さんが似合ってだんだよね〜」


由紀の脳裏に、幹太の屋台で濃紺のエプロンを着けて元気に働くプリンセスの姿が思い出される。


「とにかくっ!私はこれから準備を整えてアンナの捜索に向かうからな!」


「姉様、それでは私と由紀さんの二の舞になりかねません。

ここはグッと堪えて、アナの帰りを待った方が…」


「いいや!私は行くぞ!

シャノン、お父様にもそのように伝えておいてくれ!」


ビクトリアはそう言って立ち上がり、バタバタと慌ただしくシャノンの部屋を出て行ってしまう。


「ビ、ビクトリア様っ!ちょっと待…。

うーん…たぶんあの様子じゃもう止められないね」


「ですね。むしろあの姉様が今までよく我慢していたという感じですから…」


「どうしようか、シャノン?

ビクトリア様の後を追いかける?」


「そうですね…この先どうなるか分からないので、まずは朝食を食べておきましょう」


「あ、それ賛成♪」


「えぇ、では食堂に行きましょう」


「はーい♪」


そうして二人はしっかりと朝食を取った後、トラヴィス国王にビクトリアの件について報告に来た。


「…という訳で、ビクトリア様は今日中にもアンナ様の捜索に向かうそうです」


「そうか…。仕方ないな、もうビクトリアは好きにさせておこう」


「では私も一緒に行った方が良いですか?」


「いや、シャノンは由紀さんと一緒にここでアンナの帰りを待っていなさい。

ただ、ビクトリアが出発するまではきっちり見張りを続けておいてくれ」


「分かりました。

では由紀さん、これから一緒にビクトリア姉様を探しに行ってもらえますか?」


「うん、大丈夫だよ。

じゃあ一緒に行こうか」


「はい。では国王様、私達はビクトリア姉様を探してきます。」


「あぁ、よろしく頼む。」


そうして二人は、まだ王宮内に居るはずのビクトリアを探し始めた。

まずはビクトリアの自室に行ってみたのだが、すでに部屋には居ないようでシャノンのノックに返事がない。


「もしかしてもう出発しちゃったのかな?」


「まさか…いくらビクトリア姉様でもそこまで早く準備は出来ないと思います。

とりあえず次は厩舎に行ってみましょう」


シャノンがそう言って、二人は王宮裏の厩舎に向かった。


「ビクトリア様、一人で行くつもりなのかな?」


「いえ、姉様にはいつも必ず警護がついています。

姉様一人で行く事はまずあり得ません」


「警護か…もしかしてあそこにいる軍服の二人はビクトリア様の警護の人?」


由紀が厩舎の前にいる赤毛の女性を指差す。


「あっ、そうです!彼女がビクトリア様の護衛の方です!」


シャノンはそう言って、護衛の女性に駆け寄る。


「おはようございます!

ビクトリア様はこちらにいらっしゃいますか?」


「お、おはようございます、シャノン様。

はい、ビクトリア様なら厩舎の中にいらっしゃいます」


と警護の女性に言われ、シャノンと由紀は厩舎の中に入った。

日本の小学校の体育館ほどの厩舎の中は、左右で馬房と馬車の置き場に分かれており、その厩舎の一番奥に巨大な馬車が駐車されていて、その周りに大量の荷物が積み重ねて置かれているのが見える。


「由紀さん、たぶんあそこにビクトリア様がいます」


シャノンは由紀を引き連れ、厩舎の奥に進んで行く。


「ほぇ〜おっきな馬車だねぇ〜。

ビクトリア様はあれでアンナを迎えに行くつもりなのかな?」


「あれは王宮にある馬車では一番大きな物ですからね。

しかし、ビクトリア姉様は何をあんなに積んでいくつもりなのでしょう…?」


シャノンと由紀が馬車まで着くと、豪華な装飾のついた馬車の扉が開き、中からタイミング良くビクトリアが顔を出した。


「おぉシャノン!お父様には報告してくれたのか?

珍しくなにも言ってこないのだが?」


「はい。もうビクトリア姉様の好きにして良いとの事でした」


「よし!ではお父様が心変わりをしないうちになるべく早く出発してしまおう!

シャノン、由紀さん、悪いが荷物を積むのを手伝ってもらえないか?

職務中の警護の者に手伝わせる訳にはいかんのだ」


「はい、姉様」


「もちろん!手伝いますよ!」


そう言って二人はビクトリアと一緒に荷物を運び始める。


「姉様、このお洋服の山はなんですか?」


シャノンがフリフリのドレスがたくさん入った木箱を運びながらビクトリアに聞いた。


「それはアンナのお着替えだ!朝昼晩を一週間分揃えた!」


「…って言うと、一日三着で…二十一っ!?

二十一枚もドレスを持っていくの!?」


シャノンの隣で別の木箱を運んでいた由紀が驚く。


「ちなみに由紀さんに運んでもらっているのはアンナの寝巻きだ」


ビクトリアにそう言われ、由紀は木箱の中を覗く。


「ほ、本当に色違いの寝巻きがたくさん入ってる…」


シャノンはドレスの入った木箱を地面に置いて、ため息を吐きつつビクトリアの方へ振り返った。


「姉様、アナがこちらに帰って来てから何日も経ってます。

少なくとも洋服は必要な分だけ持っていると思いますが?」


「万が一にもアンナに不自由な思いをさせる訳にはいかないからな。

大丈夫!まだまだ馬車のスペースには余裕がある」


「あと姉様、あそこに置いてあるベッドは何ですか?」


とシャノンが指差す厩舎の片隅に、この場所にはそぐわない豪華な天蓋付きのベッドが置いてある。


「あれはアンナの部屋のベッドだ!

アンナもいつも寝ていたベッドで寝るのが一番落ち着くであろう!」


拳を握って力説するビクトリアを由紀が引き攣った笑顔で見ていた。


「あ、あのビクトリア様…外なのにあんな豪華なベッドで寝るのは逆に落ち着かないような気が…」


「そうか…ならば天蓋は取り外していこう」


由紀が言いたいのはそこではなかった。


「も、もういいです!とりあえず私が荷造りをしますから姉様はここで一休みしていて下さい!」


業を煮やしたシャノンがそう言って、ビクトリアを馬房の前にあるベンチに連れて行く。

シャノンが馬車まで戻って来ると、由紀がスススッと近寄って耳打ちしてきた。


「ナイス判断だよ、シャノン。

ほら、こっちの箱を見てみて…」


由紀の指差した木箱にはなぜかぬいぐるみが大量に入っている。


「こ、これはアナと私が小さい頃から大切にしていたぬいぐるみ達です…。

こんな物まで持っていったらアナに怒られますよ」


「お姉さん、妹の事になると本当に周りが見えなくなるんだねぇ…」


「由紀さん、すいませんが片っ端からから木箱を開けていってもらえますか。

私が中身を精査していきますので」


「了解。その方が良さそうだね」


そうして一から準備をし直す事になり、全ての準備が整ったのは辺りが暗くなった後だった。

その後、結局シャノンと由紀の必死の説得により夜の出発を諦めたビクトリアは、翌日の日の出と共に出発する事を決めた。


そして翌朝、


ビクトリアと護衛の二人は、最初に準備していた物より幾分小さいサイズの馬車で旅立つ事となった。


「シャノン、由紀さん、準備を手伝ってくれてありがとう。

私は必ずアンナを探し出してみせるぞ」


「あの…姉様、今更ですがもう少し出発を待ってもらえませんか?

もしかしたらアナが帰ってるくかも知れませんよ」


「そうですよ、ビクトリア様。

ひょっとしたらもうすぐ近くまで来てるかも…」


「いや、たとえそうだとしても私はアンナを迎えに行くぞ!

街道沿いに行けば絶対にアンナとすれ違いにはならないからな!」


「あの…姉様?私達はそれでアナとすれ違ったのですが…」


「とにかく!すぐにアンナを連れて帰る!

シャノンと由紀さんは安心して城で待っていてくれ!」


ビクトリアは誤魔化す様にそう言って御者台に飛び乗り、自ら手綱を握った。


「では行ってくる!」


ビクトリアが手綱を打つとゆっくりと馬車は進み始め、徐々に加速してゆく。


「姉様、お気をつけて!せめて無事に戻って来て下さい!」


「ビクトリア様!行ってらっしゃーい!」


シャノンと由紀は遠ざかる馬車にそう声をかけた。

そしてあっと言う間に馬車は土煙りの向こうへ消えて行く。


「あー行っちゃったね…」


「はい。ですが、姉様が城で悶々とアナの帰りを待つよりよっぽど良かったと思います」


シャノンはそう言って、しばらく馬車の走り去った方向を見つめていた。




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