第44話 三人の絆
ビクトリアが王宮を出発した頃、幹太、アンナ、ソフィアの三人は順調に旅を続け、王都ブリッケンリッジまであと二日ほどの距離のトガリの町まで来ていた。
「うん、今日もスープは大丈夫そうだ」
アンナと幹太はトガリの町の大通りで姫屋のキッチンワゴンで店を開いていた。
ソフィアは初めての長距離移動でバテてしまい、心配した幹太とアンナの二人から宿に残るように言われて留守番をしている。
「麺も大丈夫です。
でもお店を出せるのは今日が最後になりそうですね」
幹太達は王都までの旅の道すがら、ラーメンの普及とジャクソンケイブのご当地ラーメンの宣伝も兼ねて所々で屋台を出していた。
「うん。ここまで来る間にあんまり大きな市場がなかったからなぁ。
もう次回のスープを仕込む食材がないよな」
「ですね。麺も今回でお終いです」
「ソフィアさん、明日には良くなるといいけど…」
「だいぶお疲れでしたからね。本人は明日には大丈夫ですと言ってましたが…」
「王宮に着けば少しはゆっくりできるかな?」
「それはもちろんです。幹太さんもゆっくり休んで下さいね」
「ありがとう。そうだな、そうさせてもらうよ。
じゃあ最後のひと頑張りしますか!」
「はい!」
夕方、この場所に開店した姫屋にはポツポツと途切れる事なくお客が訪れる。
「はーい、チャーシュー麺2つ!お待たせしましたー!」
王都付近になって気温が上がってきた事もあり、ジャクソンケイブのご当地ラーメンの塩五目あんかけラーメンよりも、さっぱりとした味の醤油チャーシュー麺の方がよく売れていた。
「それでこそのご当地ラーメンなんだけどな」
「はい、でもラーメンという食べ物を知ってもらえばある程度は宣伝になりそうです」
「うん、一応ちゃんとメニューにもご当地ラーメンって書いてあるし、ジャクソンケイブの近くを通る人には食べてもらえるかもしれない…」
幹太とアンナがサースフェー島からプラネタリア大陸に渡って以来、毎日の様に色々な場所で姫屋を開いていたおかげもあり、この王都ブリッケンリッジに繋がる大きな街道沿いではラーメンの知名度がじわじわと上がってきていた。
「昨日はここのラーメンを食べるのは二度目だって人がいたしなぁ〜」
「はい♪とっても嬉しかったです♪」
商売でこの街道を使っている人の多くが王都とクレイグ公国の間を往復している。
行きに姫屋のラーメンを食べた人は幹太達が屋台を開いてさえいれば、帰りもラーメンを食べるチャンスがあるのだ。
「おかげで宿代にも困らなかったし良かったよ」
「えぇ、さすがに毎日馬車の中はキツいです」
三人はジャクソンケイブを出て以来、数日このキッチンワゴンで野営をしていた。
『朝のソフィアさんは幹太さんに見せられませんからね…』
三人が野営をする時はアンナとソフィアの二人が馬車の荷台で横になり、幹太は一人で御者台の上で寝ている。
その時ソフィアはいつも薄手の白いワンピースに着替えて眠るのだが、なぜか朝になるとそのワンピースが全て捲れ上がり、下着一枚の状態でアンナの隣に寝ているのである。
『毎朝、目の前でおっきいのがボロンって溢れ落ちそうですから…。
いったいどうやったら、あんな奔放なバディになるのでしょうか…?』
偶然にもアンナは遠く離れた由紀と同じ疑問を抱いた。
実は家や宿にいる時も大体ソフィアはそんな感じなのだが、アンナの必死のディフェンスにより大事な所はギリギリ幹太に見られずに済んでいる。
「…アンナ、アンナ、そろそろ麺はお終いかな?」
なにやら考え込んでいるアンナに幹太はそう声をかけた。
アンナはハッと我に返り、慌てて残りの麺を確認する。
「あっ、はい、あと三つでラストです!」
「そいじゃ、閉店にしよう。
すみませーん!ここまででお終いになりますーす!」
幹太は屋台の周りにいるお客に大声で知らせた。
「アンナ、暖簾をお願い。お疲れ様でした」
「はーい、幹太さんもお疲れ様でした」
その後二人はテキパキと片付けをし、ソフィアの待つ宿に戻った。
「ただいま〜」
「ただいまです、ソフィアさん」
「お二人共おかえりなさい。お疲れ様でした〜」
直前まで寝ていたらしいソフィアは、ベッドの上で体を起こした状態で二人を出迎えた。
「今日はお手伝いできなくてすみません〜」
「店は今日までだし、ソフィアさんはゆっくり休んでいて大丈夫だよ」
「そうですよ。あまり調子が戻っていないようならば明日もこの宿に泊まっていきましょう」
アンナはベッドに座るソフィアに近づいて手を握る。
「いえ、そこまで調子が悪い訳ではないので明日は大丈夫です。
たぶんずっと馬車に揺られていたので酔ってしまったのだと〜」
そう言われてみれば、朝この町に着いた時には青ざめていたソフィアの顔色がだいぶ良くなっていた。
「まぁ明日のソフィアさんの調子を見てから考えよう」
「そうですね、そうしましょう」
「はい。お二人ともありがとうございます〜」
「それじゃあ晩飯にしょう。今日はアンナと外の屋台で適当に買ってきたから、ソフィアさんも好きなの選んで食べてくれ」
「はい、ではいただきます〜」
「私的にはこの鳥の半身焼きがオススメです♪」
アンナの手にはざっくりと鶏を半分に割った骨付きの焼鳥が握られている。
「アンナ…調子悪い人にそれは無理だから…」
幹太は内心で調子が良い時でもなかなかそれはイケないだろと思っていた。
「そうですか?私は体調の悪い時にお肉を食べれば大体治りますけど?」
バーンサイド家の遺伝子はだいぶ肉食側に偏っているようである。
「と、とりあえずソフィアさんには果物でも食べてもらって…」
「え、えぇ、ではこちらの果物からいただきます〜」
「そうですか!ではこのお肉は私がいただきます!ハグッ!」
そう言ってアンナは鶏肉にかぶりついた。
「ん〜♪美味しいですっ!」
「はははっ♪アンナが食べていると本当に美味しそうだな。それ、後で一口もらっていい?」
「ふぁい、いいでふよ」
アンナはガブガブと夢中で半身焼き食べながら幹太にそう返事をしたが、気付いた時には全て一人で食べ終えてしまっていた。
そして翌日。
ソフィアの体調もすっかり良くなり、三人は予定通りにトガリの町を出発した。
「幹太さん、昨日はすみませんでした…」
今日最初に手綱を握るアンナが恥ずかしそうに幹太に謝った。
「いいよ♪アンナにお肉を分けてもらおうとした俺も悪かった♪」
幹太はニヤニヤしながらアンナに答える。
「幹太さん、あんまりアンナさんをからかってはいけませんよ〜」
それを見たソフィアがそう幹太を叱った。
国境の町ストラットン向かう道中で出会ってからジャクソンケイブ村を経て、ここまで来る間に三人の絆はかなり強まっていた。
「ははっ♪ごめん、ごめん、もう言わないよ。
そう言えば、あとどれぐらいで王都に着くのかな?」
「もうっ!本当にお願いしますよ!
でも…ん〜そうですねぇ〜あと二日もあれば着くと思いますが…」
「私、こんなに村から離れたのは初めてなんです♪なんだワクワクしちゃいます〜♪」
「ソフィアさん、王都は初めてなんだっけ?」
「えぇ、村のお仕事ではクレイグ公国に行くのがほとんどでしたから。
他の用事でもここまで王都側に来たことはありませんね〜」
「そういえば私もこんなに長い間王都を離れたことはありませでしたね」
「地球に転移してきた時はどのぐらい居る予定だったんだ?」
アンナは元々、自分の世界の発展のヒントを得る為に異世界の地球に転移してきたのだ。
「ん〜特に決めてませんでしたよ。
そもそも向こうの世界から自力で戻るのは不可能でしたから…。
それが分かった時はさすがにどうしようかと思いましたが…」
「そういえば最初にアンナに会った時はずいぶん焦ってたな」
「焦りましたよ!知らない男性にものすごい姿勢で担がれていたんですからっ!」
ソフィアは後ろで二人の話を聞きながら、
『あら?何か私にも身に覚えが〜?』
と思っていた。
「初めてラーメンを食べた時も子どもみたいで可愛かったなぁ〜」
「か、幹太さん、やだもうっ♪可愛いって♪
でも確かに不思議な食べ物だなって思ってましたね」
それを聞いたソフィアも頷く。
「それは私もそう思いました。
あそこまでスープの黒い食べ物は見た事がありませんでしたから〜」
ソフィアが初めて食べたのは姫屋の街道醤油チャーシュー麺だった。
「アンナさんは幹太さんの世界でどのように生活なさっていたんですか〜?」
そういえば幹太とアンナはソフィアに日本での暮らしを詳しく話した事がなかった。
「それがですね…幹太さんのお家でお世話になっていたんです」
「幹太さんのご家族の方やアンナさんのお付きの方も一緒にですか〜?」
ソフィアには、異世界の家族とアンナが一緒に生活をしている場面が想像出来なかった。
「あっ、いえ、幹太さんはお一人で暮らしてらしたので最初は私と二人でした。
その後、シャノンが私を迎えに日本にやって来てからは、二人でお世話になりましたね」
「ははっ♪よく考えるとすごいよな。一国のお姫様がノープランで異世界にやってきて一般人の家で暮らすって」
「そうですね。今思うとかなり無茶な事をしました♪」
と二人は笑顔で話しているが、いちシェルブルック国民のソフィアはかなり驚いていた。
『アンナ様が一人で異世界に行ってらした!?
しかも男性の幹太さんと二人暮らし!?』
ソフィアはこの世界のジャクソンケイブ村でずっと暮らしていた一般市民である。
日本のように基本的に身分のない社会で暮らす人々とは少し感覚が違う。
今となってはいつも気さくなアンナのお陰もあり。お互いが自信を持って友人と言える関係を築いてはいるが、元々王族と言えば自分にとって雲の上の存在である。
本来その様な立場に居るアンナが、そんな危険を冒してまでこの世界を救おうとしていたのだ。
「まぁ最初も二人と言うより、ほとんど由紀と三人で暮らしてたけどな」
「えぇ、すごく邪…いえ、すごく助かりました」
と幹太とアンナが思い出話しをしていると、二人の後ろで俯きながらフルフル震えいたソフィアが突然ガバッと頭を上げて叫んだ。
「アンナさん!私!頑張ってお手伝いします!
これからはなんでもおっしゃって下さい〜」
手綱を握って正面を向いていたアンナが驚いて振り返ると、いつもはホワホワしているソフィアが真剣な表情でこちらを見つめている。
「ソフィアさん…?」
アンナはそのまましばらくソフィアと見つめ合い、彼女が何に気付いてアンナの手伝いをすると言ったのかを悟った。
「ありがとうございます、ソフィアさん。
大丈夫ですよ、今までだって十分お手伝いしてもらっていますから。
これからもよろしくお願いします」
アンナのその言葉を聞いてソフィア表情から力が抜け、いつものホワホワした雰囲気に戻る。
「後は幹太さんの世界でどんな事があったのですか〜?」
「そうだな〜動物園に行ったりしたな」
「あっ、行きましたね!こちらの世界では動物を集めて見せる施設なんでありませんから新鮮でした」
とそこで、なぜかアンナの新鮮と言う言葉を聞いた幹太の瞳から光が失われた。
「アンナが動物を見ると必ずアレは食べれますか?って聞くんだよ…。
確かにカピバラは食べれるけど…あんなにかわいい生き物を最初から肉扱いって…」
それは日本人が水族館のイワシを見て思う事と一緒なのだが、幹太からすれば魚類と哺乳類ではラブリー度にかなりの差がある。
「幹太さん!それは誤解ですよ!
私だって最初は可愛いって思ってました。
まぁ後になってちょっと美味しそうだなって思いましたけど…」
図らずも幹太はバーンサイド王家の恐ろしい一面に触れてしまっていた。
「いつか私も一緒に行ってみたいですね〜」
自分には想像もつかない異世界の話を聞いたソフィアが思わずそう呟く。
「ソフィアさん♪いいですね、それ♪
色々と落ち着いたらちゃんと考えてみましょう♪」
「あれ?でもこっちに帰る時がまた大変なんじゃないのか?」
「日本に行くのもこちらに帰って来るのも手順は変わりません。日本には魔力がないので魔石が必要になりますが…」
「あぁ、あのシャノンが持って来たヤツか?」
「そうです。あれは強力すぎで暴走してしまいましたが、普通の魔石ならまずあの様な事にはなりません」
「そっか、じゃあ大丈夫そうだな…」
「えぇ、大丈夫ですよ♪
お城に着いたら魔法局の皆さんに相談してみます」
「幹太さんの世界…本当に行けたら素敵です〜♪」
三人そんな話をしながら街道を進み、その日の晩には王都ブリッケンリッジの隣町に到着した。
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