第3章 シェルブルック王国編

第42話 王都へ

「アンナさんのお姉様、ビクトリア様はどんな方なんですか〜?」


幹太、アンナ、ソフィアの三人は、ジャクソンケイブ村を出発し、順調にバルドグラーセン山脈を下っていた。


「ビクトリア姉様ですか…?

うーん、私が物心ついた時にはすでに立派な王女様といった感じでしたね」


「お城でご家族の方と一緒にいらしてもそんな風なんですか〜?」


アンナはそんなソフィアの何気ない質問に正直に答えるかかなり迷った。


『お城では全然違うんですよね…』


アンナの姉、ビクトリア王女は対外的にはしっかり王女の務めを果たしていて非の打ち所がない印象である。


「その…なんと言えば良いのか…、

家族には優しい方と言いいましょうか…特に私に甘いと言いますか…」


ビクトリアは実の母親ジュリアが自由気ままな王妃だった事もあり、早くから王女の自覚を持ち城の内外でその務めを果たしていた。

しかしそれは末の妹、アンナが生まれた事によって激変する。


「そう言えば、ストラットンにいらっしゃった時もアンナさんを抱っこされてましたね〜♪」


「えぇ…一緒に公務に出る時は必ず私のそばにいて下さいます」


アンナはかなり控えめに説明した。

実際には必ず体のどこかはアンナとくっついている。


「やっぱり妹好きの優しいお姉さんなんですね〜♪」


ほとんどのシェルブルック国民のビクトリア王女に対する印象はソフィアが考えいるものと同じであった。


「そっか優しい人なんだ。できれば会ってみたいな」


馬車の御者台に座っていた幹太が呑気にそう言ったが、


「か、幹太さんはお姉様に近づいてはいけませんっ!」


とアンナ即座に拒否した。


「なんでっ!?そんなにダメだった!?」


食い気味で拒否られた幹太は軽くヘコんだ。


「あっ、もしかしてお姉さんが他の人と仲良くするのが嫌なのか?」


「違います…違うんです。

その…幹太さんの身が危険…いえ、その今は留学中なのでなるべくお邪魔はしないでおこうかと…」


「そっか、そうだよなぁ。

アンナを見てると感じないけど…お姫様って大変そうだしなぁ〜」


「か、幹太さん!?

私を見てると感じないってどういう事ですか!?」


「ふふっ、ごめんごめん。

お姉さんに会わせたくないって言われた仕返しだよ」


「もうっ!私は幹太さんを心配しているのに!

でも…そうですね、由紀さんも含めて皆さんをきちんとお姉様にご紹介できたらいいですね」


アンナは王都ブリッケンリッジのある方向を眺めながらそう呟く。


「しっかし馬車の操縦って難しいんだな。

自分が引っ張ってる訳じゃないのに、身体がバッキバキだよ」


幹太は片手で手綱を持ちながら自分の肩を揉む。


「慣れれば力は要りませんよ〜♪ね、アンナさん?」


「ですね。ふふっ♪幹太さん、後ろから見ても力が入っていてなんだかおかしいですよ♪」


いつも女性二人に御者を任せていた幹太だったが、さすがに申し訳なくなり今日は二人に馬車の操縦を習っていた。

今はソフィアが幹太の隣に座りながら指導している。


「そうなんだよな〜俺は何するにも力みがちなんだよ。

由紀だったら俺とは違ってすぐに上手いことできるんだろうけどなぁ」


「あー確かに由紀さんはコツ掴をむのが早そうですねぇ」


「あいつの場合は運動神経が良いってだけじゃ説明できない部分があるからなぁ〜」


「由紀さんっていう方は、そんなにすごい方なんですか〜?」


ソフィアは、たまに二人の話に出てくる由紀という女性の事が気になっていた。


「うーん、すごいのかな…?」


「えぇ、すごい運動神経だと思いますよ。

それこそ乗馬なんて、一瞬で覚えてしまいそうです」


アンナは日本にいる時から由紀の驚異的な運動能力に驚かされていた。


「か、幹太さんとはどういう関係なのでしょうか〜?」


と、ソフィアは思い切って一番気になる事を聞いてみた。


「えっと、幼馴染だよ」


幹太はあっさりとそう答える。


『ゆ、由紀さんっ!不憫ですっ!これは本人に聞かせられません!』


アンナは遠く離れたの友人を想い、思わず涙が出そうなった。


「由紀とはそれこそ赤ん坊の頃から一緒にいるからな。

昔は何をするにも由紀と二人だったよ」


「確か同じ事を由紀さんも言ってましたね…」


幹太と由紀は幼稚園から高校まで学校はもちろん、クラスもほとんど一緒であった。


「で、では幹太さんの初恋はその由紀さんという方ですか〜?」


「あっ、私もそうなんじゃないかなと思ってました!」


アンナとソフィアは幹太の前にズイッと身を乗り出す。


「違う違う。

初恋は由紀じゃなかったと思うよ…確か幼稚園の先生だったよーな?

由紀はたぶんうちの親父だったんじゃないかなぁ〜?よく懐いてたから」


「そうなんですか…?では幹太さんのファーストキスはソフィアさんという事ですか?」


実は久しぶりの旅でテンションが上がっていたアンナがいきなりものすごい質問をブッ込んだ。


「ア、アンナ様っ!あれは事故です!」


「そうだよ!アンナ!あれは事故!

あと俺のファーストキスは…」


と焦った幹太がそこまで言ったところで、アンナとソフィアがギロリと幹太を睨む。


「「ファーストキスは…?」〜?」


完全にヤブ蛇だった。

幹太は仕方なく覚悟を決めて話し始める。


「その…ファーストキスは由紀なんだよ…」


それは二人が幼稚園の頃、由紀の友達の女の子が由紀に言った。


「ゆきちゃん、ファーストキスって知ってる?」


由紀はファーストキスと言う言葉は知っていたが意味は知らなかった。


「わたし知らない…。教えて?」


由紀は友達の女の子にそう聞いたが、彼女は恥ずかしくなったらしくその意味までは教えてくれなかった。


「よし…おうちでおかあさんにきこう…」


そう思った由紀は家に帰り、キラキラと輝く純粋な瞳で母親に聞いた。


「おかあさん、ファーストキスってなに?」


それを聞いた由紀の母親は思った。


『これはこの子の一生を左右しかねない質問だわ…慎重に答えないと…』


そして彼女は熟考したのち、簡潔に由紀に答える。


「ずっと一緒に居たい大好きな人と初めてチュってすることよ」


「じゃあもうわたし、おかあさんとおとうさんにしてる…」


「うーん、それとは違うの。

そうね…お父さんとお母さん、あと幹太ちゃんのお父さん以外で誰かいない?」


「それいがいかぁ…まだいないなぁ」


「それでいいのよ。いい、ゆきちゃん、自然にしたくなるまで無理に考えちゃダメだからね」


「うん、わかった…」


しかし、それからしばらくの間、由紀の頭の中はその事で一杯になっていた。

そしてある日の朝、由紀は手を繋ぎ、隣を歩く幹太に何気なく聞いたのだ。


「かんちゃんはわたしのことすき?ずっといっしょにいたいとおもってる?」


「うん、ぼくゆーちゃんのことがだいすきだよ。ずっといっしょにいたい」


幼い幹太は迷う事なくそう答える。


『わたしもそうかも…』


そう言われてみると由紀も幹太の事が大好きで、ずっと一緒に居たいと思っている。


『ずっといっしょにいたいひとにチュってする!』


幸か不幸か、幼い由紀には今以上の行動力があった。

そして彼女は幼稚園に着いてすぐ、友達みんなに向かって宣言したのだ。


「わたし、かんちゃんとファーストキスをします!」


チュー!


そして間髪入れず、隣でボーっと由紀の顔を眺めていた幹太にキスをした。

幼い頃の事だけあって普通ならばカウントされないはずなのだが、由紀と幹太の場合はファーストキスをするという宣言してからキスをしたために、思いっきり本人や友達の印象に残る結果となってしまったのだ。


「今でも同級生にからかわれるんだよ…」


「ん〜私は幼い頃にしかできない素敵なファーストキスだと思いますけど」


「うん。確かに女子はそう言ってくれるけど…やっぱり今考えると相当恥ずかしいよ。」


「由紀さんもそう言ってるんですか?」


「うん、その話をされると恥ずかしいって言ってゴロゴロ転がってる」


「可愛らしい方なんですね〜、由紀さん♪」


「そうですねぇ、素敵な人なのは間違いないですよ。

そういえば由紀さん、元気でやっていますでしょうか?」


「由紀なら大丈夫だよ。アイツはどこに居ても元気だから」


そしてその頃王宮では、


ビクトリアがトラヴィス国王の胸ぐらを掴んで詰め寄る光景を由紀が驚いた表情で見ていた。


「ビ、ビクトリア姉さま!」


シャノンは思わず大声を上げる。


「おぉシャノン!シャノンからもお父様に言ってくれ!」


「と、とりあえず落ち着いて下さい!ビクトリア様!」


シャノンが再びそう言うと、威勢の良さそうなビクトリアが一瞬で暗い表情になる。


「シャノン、私達は姉妹なんだ…、様だけはやめてくれ」


ビクトリアはパッとトラヴィス国王から手を離し、シャノンと由紀の方へ歩いてきた。


『あっ、やっぱり優しいお姉さんなんだ』


シャノンの後ろで呆然と固まっていた由紀はそう思った。

ビクトリアは青を基調とした豪華な装飾が施された制服に、膝までのロングブーツを履いていた。

アンナは違い、金髪の長い髪を豪華な装飾の施された髪留めで纏めている。


「そちらの方はどなたかな?」


ビクトリアは先ほど国王に向けていた表情とは違い、優しい笑顔で由紀に聞いた。


「この方は柳川由紀さんです。

私とアナが異世界でお世話になった方の一人で、私が転送に失敗してこちらの世界に連れて来てしまったのです」


シャノンはそう言って、一歩後ろに退がった。


「お初にお目にかかります、ビクトリア様。柳川由紀です」


由紀は深々と頭を下げて挨拶をした。


「おお、そうか!

こちらこそ二人がお世話になったのに挨拶が遅れてしまって申し訳ない。

ありがとうございます、由紀さん。

こちらの事情に巻き込んでしまってすまなかった。」


そう言って、ビクトリアも由紀に向かって頭を下げた。


「それで姉さま、国王様に何をしていらっしゃったのですか?」


シャノンにそう聞かれたビクトリアは頭を上げてフンと鼻で息を吐いてトラヴィス国王を睨む。


「アンナが行方不明だというのに、お父様は捜索隊の編成もしていない!

そんな悠長にしていて、あの子に何かあったらどうするのだ!」


ビクトリアはワナワナと拳を震わせていた。


「さっきもシャノンと由紀さんに捜索してもらったと言ったろう…。

こうなるからビクトリアには知らせなかったというのに…」


トラヴィス国王は額に手を当てて、はぁ〜っとた溜め息をつく。


「お父様!

もういいです!私が探してきます!」


そう言って、ビクトリアは部屋から出て行ってしまった。


「シャノン、ビクトリアをあのまま放っておくと何をしでかすか分からん。お前がそばに付いて見張っておいてくれ」


「はい、分かりました。では行きましょう、由紀さん」


「え、私も?う、うん分かったわ。

では国王様、私も行ってきます」


と、なぜか由紀も一緒に見張りに行く事になり、二人は急いでビクトリアの後を追った。


そしてその夜、


意地でもアンナの捜索に出ようとするビクトリアをシャノンと由紀は文字通り身体をを張ってなんとか引き留め、三人は王宮の浴場に来ていた。


「姉様…なぜお風呂に…?」


三人でこの浴場に来たのはビクトリアの希望である。


「せっかく家に帰って来たのだから、妹と一緒にお風呂に入るぐらいいいじゃないか!」


「わ、私も一緒で大丈夫なんでしょうか?」


由紀はシャノンとビクトリアというナイスバディーの二人に挟まれ、目のやりどころに困っていた。


『お、同じ女性なのに直視できないってどういう事!

何を食べたらこんなに大きくなるの!』


ちなみにアンナはある事情からこの二人とお風呂に入る事をやめている。


「もちろんだ。由紀さんもゆっくり入ってくれ」


湯船にプカプカと大きな胸を浮かべながらビクトリアが言った。


「そうですね。そういえば由紀さんとこちらの湯船に浸かるのは初めてでしたね」


そう言うシャノンの胸もビクトリアと同様にプカプカと湯船に浮いていた。


『浮くんだ…本当に。でも、』


自分の胸に視線を下ろした由紀の目から光が失われた。


「由紀さんはアンナとどうやって出会ったのかな?」


ビクトリアにそう話しかけられて、ハッと由紀は正気に戻る。


「その、私の幼馴染の…、あんっ!」


と由紀がそこまで言ったところで、シャノンがお湯の中で彼女の脇腹を突き、ヒソヒソ声で話しかけてきた。


「ゆ、由紀さん、幹太さんが男性という事はボカしてビクトリア様に話して下さい。」


「え、なんで?なにかマズイの?」


「とりあえずこの場はそうして下さい。」


「うーん?まぁ、じゃあそうしておくね。」


由紀はコホンと咳払いをして、改めて話しを始める。


「私の幼馴染でお隣さんがアンナ…アンナ様が倒れているところを見つけて助けたんです…」


「おぉ!それはその幼馴染の方にもお礼を言わないといかんな。

あと由紀さん、私の前でもアンナと呼んであげて下さい。」


「えぇ、分かりました。

アンナとはその時に出会って仲良くなりました。

そして、その後に私達の世界にやって来たシャノンも一緒に生活していたんです」


「なるほど、そういう訳でしたか。

由紀さん、これからもシャノンとアンナと仲良くしてやって下さい。

姉として、よろしくお願いします」


「もちろんです、ビクトリア様。こちらこそ宜しくお願いします」


「それで由紀さん、もう一人の幼馴染というのは…」


その時、ビクトリアの言葉を遮るように突然ザバッとシャノンが湯船から立ち上がった。


「で、では身体を洗いましょう!

ね、姉様!お背中をお流しします!」


「う、うん…?

そ、そうか♪じゃあお姉ちゃん、お願いしちゃおうかな♪」


ビクトリアは一瞬戸惑ったものの、久しぶりの妹との触れ合いに勝るものなど無く、気づけばそうお願いしていた。

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