第41話 お姉様登場!
「まだ帰ってきてないのですか!?」
王都の空にシャノンの叫び声が響き渡る。
「え、えぇ…まだアンナ姫様はお帰りになっておりません」
王宮の入り口でシャノンに捕まった衛兵が恐る恐る答える。
「あちゃー、これは二人は別の道で帰ってきてるのかなぁ〜?
それともどこかで追い抜いたのか…?」
由紀は額に手を当てて苦笑した。
ずいぶん前に国境の町ストラットンを出た二人は順調に街道を遡り、王都ブリッケンリッジに戻って来てしまっていた。
「でも…確かに山を越えてからラーメン屋さんの噂を聞いてないんだよね…」
シャノンと由紀は、街道沿いの町に寄るたびに二人の情報を集めていた。
しかし、幹太達が屋台を開いたという情報は聞いた覚えがない。
だけに幹太とアンナは、急いで王都に向かっていると思っていたのだ。
「しかし、こちらのルートでは山脈を越えたらほぼ一本道です。
お二人はストラットンまで来ていたのですからどこかで追いついたはず…。
まさか…誰かに攫われて…?」
「うーん…だったらたぶん山脈で違う道に進んだんじゃないかなぁ〜?確かもう一人、女の人と一緒だったんだよね?」
「その様ですね…」
と、そこまで二人が話したところで王宮の中から騒ぎを聞きつけたムーア導師が出てきた。
「シャノン!なんじゃ騒がしいっ!
お前はもう少し落ち着きなさい!」
「しかし導師っ!」
「いいから!早く中に入って国王様に帰還の御報告してくるのじゃ。
由紀さんも長旅でお疲れじゃろう?
とりあえず部屋を用意させるので、ゆっくり休んでくだされ」
「…はい」
「ありがとうございます、ムーア導師」
シャノンは渋々了承し、由紀と一緒に王宮へと入った。
「ではアンナとは会えなかったのだな…」
シャノンの報告を聞いたトラヴィス国王は溜め息をついた。
「全く…真っ直ぐに帰ってくることはないだろうと思っていたが、ここまで時間がかかるとは」
自分の娘が行方不明だというのに、トラヴィス国王はずいぶんと落ち着いていた。
「こ、国王様!アナは何か事件に巻き込まれているのではないでしょうか!?
早急に捜索隊の編成をお願いします!」
「シャノン、お前の心配は分かるが少し落ち着きなさい。
お前達がアンナを探しに出ている間に、こちらでもムーアに頼んで情報を集めていたのだ」
「何かアナに関する情報はあったのですか!?」
シャノンは今にも王座に駆け上がりそうな勢いだ。
「ムーアの報告だと魔法協会の協会員が旅先でアンナによく似た者を見たそうだ。」
「それはどこでなんですか!?すぐにその場所に行きます!」
「だから落ち着けと言うのに…、バルドグラーセン山脈の村だそうだ。
旅先で温泉に寄ったらたまたま祭りの日で、アンナによく似た女性が屋台で商売をしていたらしい。」
トラヴィス国王はその報告を聞いた瞬間、百パー自分の娘だと思った。
「アンナと幹太君がクレイグ公国のサースフェー島に居たのは確認が取れている。
そこからお前の報告とムーアの情報を合わせれば、二人はバルドグラーセン山脈を越えてブリッケンリッジに向かっていたと見て間違いない。
アンナならばその途中で寄り道する事は十分あり得る。」
「やっぱり…私達は二人を追い抜いていたんですね」
取り乱し気味のシャノンに付き添って、王の間まで来ていた由紀がそう言った。
「そのようだな。
由紀さんだったね、せっかく娘を迎えに行ってもらったのに無駄足を踏ませて申し訳ない」
国王は父親として由紀に謝罪をした。
「そんな!いいんです!
私が幹ちゃ、幹太君を探したくて頼んだことですから!
それにこちらの世界の見聞を広められましたので、とても有意義な旅をさせて頂きました」
トラヴィス国王は再びふぅ〜っと溜め息を吐いて、深く王座に身を沈めた。
「そうか…だったら良いのだが。
まったくうちの娘は三人とも…。
ビクトリアのやつも急いで帰ってくると言っているしな」
「ビ、ビクトリア姉様が帰っていらっしゃるのですか…?」
国王の言葉を聞いたシャノンがプルプルと細かく震え始めた。
「ビクトリア様ってアンナのお姉さんだっけ?」
「え、えぇ…私の姉にも当ります…」
「こうなると思って、アンナが行方不明なのはビクトリアに黙っていたんだが…誰が話してしまったのか…?」
実はイタズラ好きの第一王妃ジュリアが、ビクトリアの留学先に手紙を送っていたのだが、トラヴィス国王はまだその事実を知らなかった。
「ではビクトリア様はいつ帰って…?」
「わからん。
ただ…あいつの事だ、すぐに帰ってくるだろう」
「や、やはりそうなるでしょうね…」
だんだん深刻な表情になっていく親子二人を由紀は不思議な思いで眺めていた。
『お姉さん…、一体どんな人なの!?』
翌朝、
朝早く目が覚めた由紀は、王宮の広大な庭でランニングをしていた。
「すごーい!この間はあまり時間がなくて見て回れなかったけど、このお庭本当に綺麗!」
さすがは王宮だけあって、色とりどりの花が咲き、植木もしっかり手入れされている。
王宮から離れた一角にはヨーロッパの田舎の村の様な場所があり、ハーブや野菜などが育てられていた。
「これは料理好きなシャノンのお母さんのお庭なのかも♪」
由紀は久しぶりのランニングを楽しんでいた。
昨日までの旅では、とてもじゃないがトレーニングをする暇などなかったのだ。
「よーし!ぐるっと一周回ってみよう♪」
由紀はペースを上げて、王宮の裏手までやってきた。
すでに裏庭では王宮の衛兵達が訓練を始めている。
「皆さーん♪おはようございまーす♪」
由紀はこちらに来てから少し伸びた髪を揺らしながら、訓練する衛兵達の横を走り抜ける。
「か、可憐だ…」
「うん。なんかその…素敵な子だよな」
幹太とアンナを捜索に出る前から、王宮の衛兵達の中では密かに由紀は人気があった。
「よし、まだ衰えてない!このまま正面まで!」
由紀は少しもペースを落とす事なく城の正門までやって来た。
とそこで城門の外から衛兵の叫び声が聞こえた。
「と、止まれー!」
驚いた由紀がそちらに目をやると、一頭の馬が城門に向かって突っ込んでくる。
馬には日本の女子高生の制服を豪華にしたような洋服を着た女性が乗っていた。
「と、止まれと言っているだっ…、あっ!あれはっ!?」
馬の進路上に立っていた衛兵が何かに気付き、ギリギリの所で身を躱した。
馬に乗った女性は振り返る事もなく、城の入り口に向かって一直線に駆け抜けて行く。
「もしかして…あれが…?」
留学した姉、制服、急いで城に帰ってきた女性。
由紀でなくとも誰だか簡単に予想がつき、そしてその予想は的中していた。
「ビ、ビクトリア様がっ!?」
旅の疲れからまだ寝ていたシャノンは、焦った様子で部屋に飛び込んできたメイドに起こされ報告を受けた。
「はい、私はまだお見かけしておりませんが、中央玄関に馬をお乗り捨てになって、国王様のお部屋の方へ向かったそうです」
「なぜ誰も制止しなかった!?
不審者だったらどうするのだ!?」
「いえ、その…留学先の制服をお召しになられたままのビクトリア様だと誰もが一目で分かったそうです」
メイドの言う通り、ビクトリア一目で王女と分かる雰囲気の女性である。
「はぁ…そうか、分かった。もう下がっていいぞ」
「はい。では失礼致します」
シャノンはきっちり時間をかけて身支度してから王の間に向かった。
「ビクトリア姉様、できれば今はお会いしたくないです…」
シャノンはこれから起こるであろう事にビビりつつ廊下を歩いている。
とそこへ、こちらもちゃんと身支度を整えた由紀がやってきた。
「シャノン、もしかしてお姉さん帰ってきた?」
そう聞きながら由紀はシャノンと並んで歩く。
「えぇ。ビクトリア姉様です」
「やっぱりか〜。
すっごいゴージャスな人だったから、そうだと思った♪」
「あの方は王女と言う役割を、アナとは別の意味できちんと理解していらっしゃいますからね」
「確かに王女って感じだったねぇ」
「はい。それではよろしくお願いします」
シャノンがそう言うと、王の間の前に立つ衛兵達が扉を開く。
「ビ、ビクトリア姉様っ!」
「わぉぅ…」
中に入った二人の目に飛び込んで来たのは、金髪の制服美女が国王の胸倉を掴んでいるという衝撃的な光景だった。
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