第32話 ジャクソンケイブ

「「おはようございます、幹太さん♪」」


翌朝、幹太が目を覚ますと目の前にはニコニコと笑顔で挨拶するアンナとソフィアの顔があった。


「お、おう…。ふ、二人共おはよう」


タイプの違う二人の美女に起こされた幹太は、若干引きつりつつ挨拶を返す。


『起き抜けにあんな綺麗な顔が二つもあるなんて…。俺、一生分の運を使い果たしてるんじゃないか?』


幹太はそう思いながら、御者台の上で起き上がる。

昨晩は女性陣は屋根のある荷台に、幹太は御者台で眠っていた。

少し早起きしたアンナとソフィアは、幹太のその少年の様な寝顔を眺めて楽しんでいたのだ。


「いや、毛布があって良かった。

やっぱり高原だなぁ、夜中はかなり寒かったよ」


「えぇ。私達も二人でくっついて寝ていました。

ソフィアさんの言う通り、下とはかなり気温差があるようですね」


「ふぁ〜。私の村はもう少し高い場所にあるので、もっと寒くなりますよ〜」


と、ソフィアはあくびをしながら伸びをする。

それにより、ソフィアの豊満な胸が幹太の前に突き出され、シャツの間から黒い下着と胸の谷間が思い切り見えていた。


『ソフィアさん…、ナーイスブラック!』


と幹太が思った瞬間、


「ソフィアさん!見えてますよ!」


と、アンナが二人の間に割り込んで幹太の視線を遮った。


「あ、あぁすいません。私、薄着でないと眠れないんです〜」


ソフィアはユルユルと動きながら、寝床に畳んで置いてあったニットのカーディガンを羽織る。

しかし、そのカーディガンも前が開きっぱなしで着ているので、見た目はあまり変わらなかった。


「あーもう!とりあえず出発の準備ができたらジャクソンケイブに向けて出発しますよ!

幹太さんもボーっとしてないで早く支度して下さい!」


アンナはソフィアのボタンを留めながら大声でそう言った。


「は、はい!了解です!」


幹太は先ほどの光景を忘れるため、顔を洗いに湧き水の流れる水場に向かう。

すぐに準備は整い、三人はソフィアの村、ジャクソンケイブに向けて出発した。

出発してしばらくはブナの木が立ち並ぶ森の間を進んでいたのだが、徐々に街道の周りから背の高い木が無くなっていく。

幹太が周りを見てみると、遠くに今まで登ってきたであろうつづら折れの道が見えていた。


「森林限界ってやつかな?なんだか景色が開けてきたぞ」


「かなり寒くなってきましたし、そうかも知れませんね」


御者台に座るアンナは長袖のブラウスを着ているが、よほど寒いらしく、二の腕を擦りながら少し震えている。

一方のソフィアは地元だけあって、先ほどのカーディガンの上にきっちり上着を着ていた。


「アンナ、屋台に俺の仕事用の上着があるから取ってくるよ」


と言って幹太は荷台に入り、屋台からドカジャンを持ってきてアンナに着せた。


「ありがとうございます、幹太さん♪」


アンナは自分を包む暖かさと幹太の匂いにほっこりしていたが、後ろの幹太はその見ための違和感に必死で笑いを堪えていた。


『ははっ♪ダ、ダメだ!自分で着せといてなんだけど、めっちゃ可愛いお姫様がドカジャンって!』


そんな事をしている間にも、姫屋のワゴンは山道をグイグイと登って行き、その日の夕方にジャクソンケイブ村に到着した。


「ようこそ私の村ジャクソンケイブへ!

幹太さん、アンナさん、ここまで送っていただいて本当にありがとうございます〜♪」


ソフィアはなんの看板もない村の入り口で頭を下げて、二人にお礼を言う。


「ここがジャクソンケイブ村かぁ〜」


やっと着いたジャクソンケイブ村は家の形こそ違うが、幹太の想像した通り、日本の過疎の村と変わらない雰囲気だった。

酷い言い方をすれば、ソフィアのような若くて綺麗な女性が住んでいるとは思えないような田舎の村である。


「それでは、ひとまず私の家に来て下さい〜♪」


ソフィアはニコニコしながら馬車を村の中に進めて行く。

あれだけ危険な目にあったにもかかわらず、無事に自分の村に帰って来れたことが本当に嬉しいようだ。


「あまり人通りがないのですね…」


御者台の上でアンナが周りを見渡しながら言う。


「大体この時間は皆さん農作業に出ていますからね。

と言っても、それ以外の時間は皆さん家に居るので、あまり人通りは変わらないのですが〜」


幹太も馬車の荷台から顔を出して外を見てみると、確かに人通りはほとんどない。

家のそばにある畑で、たまに人が作業をしているぐらいだった。


「あそこが私の家です。誰か居るみたいですね〜」


ソフィアは片手で手綱を持ったまま、正面の丘の中腹にある赤い三角屋根の家を指差す。

屋根にある煙突からは煙が立ち登っていた。

そのまましばらく進んで家の前まで来ると、ソフィアは畑のある広い庭に馬車を停めた。


「お二人はここで少し待っていて下さい〜」


ソフィアは一人で馬車を降り、家の中へと入って行く。


「しかし、のんびり暮らすには良さそうな村だな♪」


「はい。でもやはり活気と無いと言うかなんと言うか…」


アンナはこの村に着いてからなんとなく物憂げな表情をしていた。

二人が馬車を降りて待っていると、扉の向こうからいつもと話し方が違うソフィアと、誰かが言い争う声が聞こえてきた。


「もう、恥ずかしいからあんまりはしゃがないで!」


「でも、ソフィアがお友達を連れてくるなんてすごく珍しいじゃない♪」


「だからお友達じゃなくて、危ないところを助けていただいた人達なの!」


幹太とアンナが扉の方を見ていると、その声がだんだん近づき、バタンッと勢いよく扉が開いた。


「あらあら♪まあまあ♪

貴方達が幹太さんとアンナさんね♪」


中から出てきたのは、ソフィアの母親らしき女性だった。


「私はティナ・ダウニング。ソフィアの母です。

この度は娘を助けてくれてありがとうございます」


ティナはそう言って、ガバッとアンナと幹太を抱きしめた。

親子と言うだけあって、ティナとソフィアの顔はよく似ていた。

明らかに違うのは、ソフィアは目元にホクロがあるのだか、ティナは口元にホクロが一つある。

そして、ソフィアは胸以外は細めの体格なのだが、ティナの方は全体的に肉付きの良いグラマラスな体型をしていた。

簡単に言ってしまうと、ソフィアの隠された色気を思いっきり表向きにしたようなイメージの女性だった。


「は、初めまして、芹沢幹太です!」


「私はアンナ・バーンサイドと申します。

よろしくお願い致します、お母様」


幹太とアンナはティナの抱きしめられつつも、なんとか挨拶を返す。

二人の名前を聞いたティナは、抱きしめる力を緩めてアンナの顔を見た。


「アンナ・バーンサイド…?それにその銀髪はもしかして…?」


と、ティナはすぐにアンナの正体に気付く。


「そうですティナさん、私は…」


とアンナがそこまで言ったところで、恥ずかしさの限界を迎えたソフィアが真っ赤な顔で叫んだ。


「もうっ!お母さん!早く二人を家の中に入れてあげて!」


娘の言葉に我に返ったティナは、抱きしめていた二人からパッと手を離す。


「あ、あぁ、そうよね。とりあえず家に上がって下さい」


ティナに招待され、幹太とアンナは家の中に入った。

一階は真ん中に暖炉がある大きな一部屋で、キッチンもダイニング、リビングも全て同じ部屋にある。

二階もあるが大きなロフトの様な作りで、暖炉の熱が入るようになっていた。

これぞカントリーハウスといった雰囲気の家だ。


「いいお家ですね♪」


「そうだなぁ〜。ソフィアさんの住んでる家って感じがする」


「幹太さん、アンナさん、こちらにどうぞ〜」


ソフィアがキッチン横のテーブルのイスを引き、二人に座ってもらう。


「ありがとう、ソフィアさん」


「ありがとうございます、ソフィアさん」


とそこへ、ティナがキッチンからお茶のポットとカップを載せたトレーを持ってやってきた。


「幹太さん、アンナさん、お茶をどうぞ♪

今日は二人も一緒に晩ご飯を食べて、できたらうちに泊まっていってもらいたいんだけど大丈夫かしら?」


「そうですね。送ってもらったご恩もまだ返しきれてませんから、是非そうして下さい〜」


ティナとソフィアにそう言われ、幹太とアンナは顔を見合わせた。


そして、


「「よろしくお願いします!」」


と二人揃って頭を下げた。


それから一休みしている間に夜になり、食卓の上には様々な料理が並び始めた。

家の中には食欲をそそる料理の匂いが漂っている。


「ソフィアさんの料理も美味しかったけど、料理上手は母親譲りだったっぽいなぁ」


「ですねぇ。実は私、先ほどから我慢するのが大変です♪」


幹太とアンナは食卓に座り、次々と出てくる料理に目を奪われていた。


「幹太さん、アンナさん、お待たせしました。

ソフィアも早く座って」


「はい〜」


ティナが最後の料理をテーブルに置いて座り、つづいてソフィアも席についた。


「お母様、ソフィアさんのお父様は待たなくて大丈夫なのですか?」


「大丈夫です。たぶんもうそろそろ帰ってきますから、お料理が冷めないうちに食べましょう」


「そうですか。では、いただきます♪」


「いただきます、ティナさん」


「はい。どうぞ召し上がれ♪」


そうしてひとまず四人での食事が始まった。

まず幹太はドンとテーブルの真ん中に置かれたサラダを食べた。


「美味しいっ!こりゃ野菜の甘みが良く分かる!

ティナさん、これって何もかかってないんですよね?」


「えぇ、そうね」


道中ソフィアの言ったように、このジャクソンケイブ村の特産品は野菜が中心の様だ。

幹太はまるごと皿に乗せられた小さいサイズの人参を食べたのだが、ドレッシングを付けなくても嫌な味が全くしなかった。


「どれも美味しいです…♪

幹太さん、こっちの玉ねぎもシャキシャキで苦味が全然ありませんよ♪」


アンナも野菜のみずみずしさに惹かれたらしく、珍しくメインの肉料理ではなくサラダから食べていた。


「この野菜はラーメンに使えるよ!」


幹太は昨日、ソフィアの料理を食べてからラーメンの創作意欲が増していた。

彼が興奮ぎみにそう言うと、まだラーメンを食べた事のないティナが幹太に質問をした。


「幹太さん、ラーメンってどんな食べ物なんですか?」


「ラーメンは肉や野菜、あとは魚なんかで出汁を取ったスープに、茹でた麺を入れて具を乗せて食べる料理です。

先日、ソフィアさんには食べてもらったんですけど…」


「お母さん、あれは美味しかったですよ〜♪」


ソフィアは幸せそうな顔で、ストラットンで食べたラーメンの味を思い出していた。


「そういえば幹太さん、いつもスープに野菜を入れてますけど、あれはどういった理由で入れているんですか?」


と、アンナは日本にいた頃からの疑問を幹太に聞いてみた。


「えっと、そうだな…濃い豚骨スープなんかだと分かりずらいけど、野菜の出汁がないスープはすごく味が雑になるんだよ」


幹太は昔、豚骨ラーメン作りにハマり、ゲンコツと言う骨だけでラーメンのスープを作った事があった。


「あれは食べれたもんじゃなかったなぁ〜。

野菜はそんな豚骨や乾物から出るスープのバランスをとってくれるんだ。

ケモノ臭さや生臭さを取って、スープの旨味が増すんだよ」


「そうなんですか…?

うーん…では次に幹太さんのラーメンを食べる時は、もっと野菜の味を意識して食べてみますね」


「うん、そうだな。今のアンナならもうちゃんと分かると思うよ」


二人の話を聞いていたティナは、ラーメンとはどんな食べ物なのか猛烈に気になった。


「幹太さん、アンナさん、娘が世話になっているのにこんな事をお願いするのは申し訳ないけど、できたらそのラーメンを作ってもらうことはできませんか?」


「もちろん!アンナともぜひ食べてもらおうと話していたんです!」


幹太は笑顔で即答した。


「できればこの村の人達にも食べてもらいたいんですけど、大丈夫でしょうか?」


幹太がそう言うと、しばらく黙って話しを聞いていたソフィアがパッと顔を輝かせて言った。


「それでしたらちょうど二日後に村の収穫祭があります〜♪

そこで姫屋をやるというのはどうでしょう〜?」


ソフィアの提案は幹太とアンナにとって渡りに舟であった。


「やりましょう、幹太さん!」


「うん。村の人が大丈夫ならばぜひ!」


そうしてトントン拍子に、姫屋キッチンワゴンのジャクソンケイブ村での開店が決まった。


その後しばらく四人で食事をしていると、なにやら外で物音がする。


「あっ!お父さんが帰っきました〜」


「そうね。あの足音はうちの人ね」


ソフィアとティナがそう言って、玄関の方を向くと、バタンと扉が開いて恰幅の良い大柄な男性が家に入ってきた。


「おぉ!なんだか立派な馬車が停まってると思ったら、お客さんかい?」


このアゴにヒゲを蓄えたこの家の主人であろう男性は、穏やかな笑顔でそう言ってテーブルに座るアンナを見た。


「あーこりゃー綺麗な子だな…っと…」


と、そこまで言ったところで父親の視線が幹太に移る。

その途端、彼の表情は一転して怒りに染まった。


「お前をコロース!」


「えっ!?おわっ!」


ソフィアの父はいきなり幹太に掴みかかったが、幹太は上手く上体を躱した。

彼はそのまま勢いよくテーブルに激突してひっくり返る。


ゴンッ!


「うぅ、きゅう〜」


強烈な音と共に、彼は床に頭を打ち失神してしまった。

あまりの突然の出来事に驚いた四人は、イスから立ち上がり情けない姿を晒す父親を見つめる。

アンナに至っては驚きのあまり、口からメインのTボーンステーキが垂れ下がった状態だ。


「びっ、びっくりした!ソフィアさん、この人はお父さんで間違いないのかな…?」


幹太は額の冷や汗を拭いながらソフィアに聞く。


「は、はい、申し訳ありません。私の父です…」


幹太とアンナにとって、かなり衝撃的なソフィアの父との出会いであった。

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